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外国人に日本語を教えています。
「何年もの間、二人はそれを不思議に思っていました」という文ですが、
「何年もの間」の「もの」はどう説明したらいいでしょうか。
「何年間も」と同じ意味と言ってもいいですか。

A 回答 (6件)

この「の」は、名詞と名詞を繋いでいます。

机の上、僕の楽しみ、などと同じです。「の」の前の語が後の語の説明となっていますが、日本語文法としては連体修飾格を作る格助詞とされます。説明にあたる名詞と説明される名詞を仲立ちするわけです。

「も」は係助詞に分類することもありますが、単に「強調」を表現するときは副助詞でよいと思います。
https://www.kokugobunpou.com/%E5%8A%A9%E8%A9%9E/ …

「何年も」その期間をとても長いと強調した上で、「の」によって「間」に対する連体修飾語としているわけです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。よくわかりましたし、外国人に説明するのにもわかりやすい説明だと思いました。
皆さま、即座のご回答を寄せて頂き感謝しておりますが、「外国人への説明」として一番わかりやすかったので、この回答をベストアンサーとさせていただきます。

お礼日時:2019/01/17 13:02

極端な強調で「何年も、何年も、何年も……もの間」という意味。

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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2019/01/17 12:56

日本人は意識していませんが「もの」は形式名詞です。



形式名詞とは「~もの」や「こと」「ため」などの種類があります。

形式名詞は名詞の後ろにくっつき、名詞の意味を「抽象化」します。
ご質問の「何年もの間」は年数を具体的な期間で示すのではなく、「数年あるいは数十年ぐらいの、一般的に『長い期間』と人々が考えるに相当する期間」に抽象化するのです。

「何年間も」とは全く異なります。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2019/01/17 12:56

「も」は係助詞(副助詞)で複数の存在を意味する助詞。

去年も、今年ものように、列挙しますが、一例を挙げて他にもあることを意味する用法も多く使われます。またまとめて何年ものように表すこともあります。「の」は全く別の「連体格の格助詞」です。
「何年もの間」も「何年間も」も同じ使い方です。←「も」の花盛りです(笑い)
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この回答へのお礼

ありがとうございました。よくわかりました。

お礼日時:2019/01/17 12:57

「も」


1-5 驚き・感動の意を表す。「この本、三千円もするんだって」
https://dictionary.goo.ne.jp/jn/218351/meaning/m …
という用法の係助詞。
「の」は連体修飾語を作る格助詞。

「何年もの間」=何年という長い間。

「何年間も」は、驚き・感動の要素が含まれておらず、強調の意図に乏しいという意味で同じとは言えないでしょうね。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。よくわかりました。

お礼日時:2019/01/17 12:58

同じではないです。



程度の重さといいますかね

「そんなに長い時間」という強調がなされるわけですから
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2019/01/17 12:54

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Q繋がる の可能形

繋がる の可能形は何ですか。繋がられるですか。

Aベストアンサー

何だかいろいろ錯綜していますね。

まず、可能形(可能動詞・可能構文)というのは、すべての動詞についてあるわけではありません。

   可能構文は意志的な行為について述べるため、通常、主語は有情物であり、
   動詞は意志動詞に限られる。
                『現代日本語文法2』p.278(くろしお出版)

例えば、自然現象である「雨が降る」「雷が鳴る」は、
   ×雨が降れる  ×雷が鳴れる
とは言えません。

人間の非意志的な動作、例えば「財布を忘れる」も、
   ×財布を忘れられる
で、可能形は使えませんが、「嫌なことを忘れる」なら、「忘れよう」と努力して、
    嫌なことを忘れられた/忘れられない
のように可能形が使えます。

「つながる」も、
    この路線は地下鉄につながっている
では非意志ですが、
    世界の人とつながろう!
のような用法なら意志動詞です。

「意志動詞」というのもよく分からないところがありますが、ある動詞が意志動詞かどうかというよりも、用法ごとに考えるべきでしょう。

さて、「つながる」の「可能形」ですが、ひらがな単位でやるよりも、形態論の分析はローマ字を使ったほうがいいでしょう。

   可能構文の述語動詞は、動詞の語幹に可能の接辞をつけて作られる。可能構文は、
   動詞の語幹に接辞「-e-ru」(I型動詞の場合)や「-rare-ru」(Ⅱ型動詞、「来る」
   の場合)が付加した派生動詞によって表される。
           『現代日本語文法2』p.278(くろしお出版)

「つながる」は五段動詞(I型動詞)ですので、
   tunagar -u → tunagar -eru つながれる (「つながられる」は受身形)
です。
  例 世界の人々とネットでつながれると思ったのだが、なかなかうまくつながれない。

「可能動詞」という言い方は、五段動詞の場合、助動詞「れる・られる」の付加による
   よむ → よまれる
の形ではなく、普通は「よめる」が可能を表す形として使われるので、それを「よむ」とは別の独立した動詞として名付けたものでしょう。(すみません。この辺の事情はよく知りません。)

この「よめる」という形は、ひらがな単位での分析では「よむ」から作ろうとすると無理があるので、可能形とは呼びたくないのでしょう。

上の、ローマ字を使った(つまりは音素表記?)なら、語幹に「れる」ではなく「-e-ru」をつければいいわけです。

なお、大辞林などが「可能動詞」を付記していないのは、「つながる」の多くの用法が非意志的なものだからではないでしょうか。上に書いたように、ある動詞の用法全体が意志的(つまり可能動詞がありうる)あるいは非意志的であるとは言えないので、その動詞の「可能動詞」が[ある/ない]とどちらかに決めることは難しいのです。

以下は補足的なことです。

「つなぐ」「つなげる」の可能形は、
   tunag -u → tunag -e-ru (可能動詞)  (「つながれる」は受身形)
tunage -ru → tunage -rare-ru (元が一段動詞なので「可能動詞」はない)
です。
この二つの「つなげる」は、上は「つなぐ」の可能形(可能動詞)で、「~できる」の意味を持ち、
下は単なる他動詞です。
   恥ずかしくて手をつなげない。(つなぐことができない)
   コードとコードをつなげる。(結びつける・延長する)

可能の「れる・られる」について、いまだに国語辞典などが「五段動詞は未然形に「れる」がつく」としているのはちょっと驚きでした。
   読まれる 書かれる 泳がれる 死なれる 解かれる 持たれる 言われる 切られる
などを可能の意味で使われると、誤解が生じるのではないでしょうか。(もちろん、普通「読める・泳げる」が使われる、とは注記してありますが。)

saburoo

何だかいろいろ錯綜していますね。

まず、可能形(可能動詞・可能構文)というのは、すべての動詞についてあるわけではありません。

   可能構文は意志的な行為について述べるため、通常、主語は有情物であり、
   動詞は意志動詞に限られる。
                『現代日本語文法2』p.278(くろしお出版)

例えば、自然現象である「雨が降る」「雷が鳴る」は、
   ×雨が降れる  ×雷が鳴れる
とは言えません。

人間の非意志的な動作、例えば「財布を忘れる」も、
   ×財布を忘れ...続きを読む

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日本語を勉強中の中国人です。「五月雨ですみません」という日本語についてお伺いいたします。この言葉はビジネスメールでよく使われるのでしょうか。ネットでも調べてみたのですが、正確は「五月雨式ですみません」となっているでしょうか。基本的には目上の方にも使える用語でしょうか。それとも同輩とそれ以下で使われるのでしょうか。

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Q「“におって”いただけますか」は、通常使う言葉ですか?

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質問は「“におって”いただけますか」は、通常使う言葉ですか?

Aベストアンサー

方言
匂いをかぐ。《におう》京都府葛野郡631島根県725岡山県真庭郡747広島市785山口県729山口市791徳島県811高知県864熊本県天草郡936大分県941鹿児島県種子島054《にゆう》大分県大分郡・大分市941《におぐ》京都市621大阪市638

しかし、実は他動詞としての用法もあったわけです。
【二】〔他ハ四〕
(1)香りを発散させる。
*古今和歌集〔905〜914〕冬・三三五「花の色は雪にまじりて見えずともかをだににほへ人のしるべく〈小野篁〉」
(2)匂いをかぐ。かぎわける。   ←◎
*俳諧・続寒菊〔1780〕「徳利匂ふて酢を買にゆく〈芭蕉〉」
【三】〔他ハ下二〕
美しく染める。におわせる。
*万葉集〔8C後〕一六・三八〇一「住吉の岸野の榛(はり)に丹穂所経(ニホフれ)ど匂はぬ我や匂ひて居らむ〈作者未詳〉」

関西語は古い伝統を守り続けていて、それが現在では「方言」と見なされていることになります。

Q普通、「歌わないです」は間違った文です、この文「ミュージカル出演、もちろん歌わないですけど(笑)」、

普通、「歌わないです」は間違った文です、この文「ミュージカル出演、もちろん歌わないですけど(笑)」、玉城裕規インタビュー(下)の「歌わないですけど」はなぜ成立できるのか、聞きたいんですが、ぜひ教えていただきたいです。

Aベストアンサー

#6です。

誠に申し訳ありません。
辞書記述をすっかり読んでいなかったため、誤った回答をしてしまいました。(大辞林でも、「歌わない です」の形を認めています)
お詫び申し上げると共に、全面的に訂正させていただきます。


「です」は、昭和初期ぐらいまでは、名詞・体言に接続するのが基本だという考え方から、「歌わないです」ではなく「歌わないものです」のような表現が一般的だったようです。
「歌わないでした」と過去形にすることができないことなどから、「用言+です」の形は不安定だという認識があったらしい。
ただ、「です」が丁寧語であることから、「ません」よりも丁寧な表現になると思われ、特に若者の話し言葉として浸透していったとのこと。
2008年には、「ないです」の使用が「ません」の使用を約 3 倍も上回る結果が出たという研究結果もあります。↓(けっこう分かりやすい。短いのも助かる)
https://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/menu7_folder/symposium/pdf/8/10.pdf
因みに、わたしは(若くはありませんが)書き言葉でも使っています。
とはいえ、子供の頃は使っていなかったように記憶している。

#6です。

誠に申し訳ありません。
辞書記述をすっかり読んでいなかったため、誤った回答をしてしまいました。(大辞林でも、「歌わない です」の形を認めています)
お詫び申し上げると共に、全面的に訂正させていただきます。


「です」は、昭和初期ぐらいまでは、名詞・体言に接続するのが基本だという考え方から、「歌わないです」ではなく「歌わないものです」のような表現が一般的だったようです。
「歌わないでした」と過去形にすることができないことなどから、「用言+です」の形は不安定だという認...続きを読む

Q国文法の助動詞と日本語教育文法の接辞と語尾について

国文法の助動詞「です」は、日本語文法では名詞文の場合は接辞(コピュラ)とされています。
ナ形容詞(国文法の形容動詞)の場合はいずれにしても語尾(スフィックス)ですが、
イ形容詞(国文法の形容詞)の丁寧体(敬体)に付ける「です」は接辞でしょうか、語尾でしょうか。

Aベストアンサー

まず、初めの質問の、

  国文法の助動詞「です」は、日本語文法では名詞文の場合は接辞(コピュラ)
  とされています。

で、「接辞(コピュラ)」は、「繋辞(コピュラ)」の間違いだったということですね。
その後の、

  イ形容詞(国文法の形容詞)の丁寧体(敬体)に付ける「です」は接辞でしょうか、
  語尾でしょうか。

のところも、「繋辞でしょうか」となるはずだったのですね。
わかりました。
それなら、話はいくらかわかりやすくなります。

次に、「質問者からの補足コメント」の中で、

  丁寧体を表現するだけなので、接辞ではなく語尾だと思うのですが、日本語文法
  では何に位置付けられているのかを知りたいのです。

というところで、「丁寧体を表現するだけなので、接辞ではなく語尾だと思う」とありますが、ここも「繋辞ではなく」なのでしょうか。

大事な用語が違っていては、何が何だかわからなくなります。

ああ、もっと後の「コメント」で、

  この形容詞(イ形容詞)に用いられる「です」は形容詞(イ形容詞)の語尾(sufix,
  суффикс)なのか、繋辞(copulă, связка)なのかという質問です。

とありますね。「語尾(sufix」ということは、「語尾=接辞(suffix)」ですね。これではっきりしました。
しかし、この「です」はどう見ても、二つの名詞を「繋いで」はいないので、「繋辞」ではありえないでしょう。

井口厚夫の説明がわかりやすくていいですね。コピュラでなく、活用語尾とも言えない。形容詞普通体の、独立できる形にくっついているだけですから。
しいて分類するなら「接辞」でしょうか。

それにしても、

  いろいろな考え方のご紹介は結構ですので、「赤いです。」の「です」を助動詞
  という用語を使わずに外国人にどう教えるのかについてだけご存知の方のご説明
  をお願いします。

という最後のコメントは強烈ですね。

「どう教えるか」という観点から言えば、この「です」の品詞論・形態論的位置づけをごちゃごちゃ考える必要はない、でいいんじゃないですか。そんなことを学生に言う必要もないし、教師も悩む必要はない。
「形容詞の後について「丁寧」の意味を加える」、と言えば終わりです。

日本語学としてこの辺の形態論を教えるなら、何か適当なことを言わなければなりませんが、「日本語文法」での定説・通説などないし、例外的な用法なので例外として扱うのがいいでしょう。

そう言えば、初めの「日本語(教育)文法」とは何を指しているのか、という問いへのお答えはないのですね。まあ、いいですけど。

saburoo

まず、初めの質問の、

  国文法の助動詞「です」は、日本語文法では名詞文の場合は接辞(コピュラ)
  とされています。

で、「接辞(コピュラ)」は、「繋辞(コピュラ)」の間違いだったということですね。
その後の、

  イ形容詞(国文法の形容詞)の丁寧体(敬体)に付ける「です」は接辞でしょうか、
  語尾でしょうか。

のところも、「繋辞でしょうか」となるはずだったのですね。
わかりました。
それなら、話はいくらかわかりやすくなります。

次に、「質問者からの補足コメント」の中で、

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Qこの画像の文章、おかしくないですか? 「忘れられた」が正しいと思いますが、どうして「忘れた」なのでし

この画像の文章、おかしくないですか? 「忘れられた」が正しいと思いますが、どうして「忘れた」なのでしょうか?

Aベストアンサー

船を擬人化した表現ではないですか。
船自身が自分の意思で進むことを忘れたような、と言いたかったのでは。

Q「を」か「が」

すみません、これを教えていただけますでしょうか。

下記の文章について「を」を使った方がいいですか。「が」を使った方がいいですか。

1)日本語の新聞が読めます。
  日本語の新聞を読めます。

2)私は英語が少し話せます。
  私は英語を少し話せます。

それかどちらでも日本語的に大丈夫でしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>下記の文章について「を」を使った方がいいですか。「が」を使った方がいいですか。
 どちらも同じように使えます。どちらを使っても構いません。

>どちらでも日本語的に大丈夫でしょうか。
 大丈夫です。

 時々同じような問題があります。
 いろいろ違いを説明する人がいますが、多くの場合、微妙な違いしかありません(厳密に考えればほんの少し違う気もしますが、他者に押し付ける気はありません。無視してよい程度のことです)。
 個人的には、こういう可能を表わすときはガを使うようにしていますが、それは個人の趣味の問題です。他者に押し付ける気はありません。
 ただし、近くに同じ助詞がある場合は別です。
 この点は、No.7のかたのコメントに賛成です。

1)日本語の新聞ヲ読むことガできます。
2)私は英語ヲ少し話すことガできます。

 どちらも、すぐ後ろにガがあるので、ヲを使うほうがよいでしょう。
 下記の例でも同様です。

1)A(中国にあるこの喫茶店は)日本語の新聞ヲ読める点ガ セールスポイントです。
 すぐ後ろにガがあるので、ヲを使うほうがよいでしょう。
1)B(中国にあるこの喫茶店は)日本語の新聞ガ読めることヲ セールスポイントにしています。
 すぐ後ろにヲがあるので、ガを使うほうがよいでしょう。

 近くに同じ助詞がある場合は、避けるべきです。
 こういう書き分けができるのは、ヲとガが同じように使えるからです。仮に「ヲとガでは意味が違う」と考えるなら、こういう自由な書き分けができなくなります。

 詳しくは下記をご参照ください。同じ質問でよくわからないやり取りになったときに書いたものです。
【自動詞と他動詞〈6〉 ヲガ交替(←オイ!)〈1〉〈2〉】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12359746188.html

>下記の文章について「を」を使った方がいいですか。「が」を使った方がいいですか。
 どちらも同じように使えます。どちらを使っても構いません。

>どちらでも日本語的に大丈夫でしょうか。
 大丈夫です。

 時々同じような問題があります。
 いろいろ違いを説明する人がいますが、多くの場合、微妙な違いしかありません(厳密に考えればほんの少し違う気もしますが、他者に押し付ける気はありません。無視してよい程度のことです)。
 個人的には、こういう可能を表わすときはガを使うようにしています...続きを読む

Q【が】についての質問です。 外国人の友人からこのような質問があり、答えられずに悩んでおります。 ☆質

【が】についての質問です。
外国人の友人からこのような質問があり、答えられずに悩んでおります。

☆質問
1.〔答えは、100円ですよ〕と〔100円が、答えですよ〕とは言えますが〔答えが、100円ですよ〕とは言えま…すか?
〔もし、次の標的が自分だったらどうしよう〕とかは言えますが、何ででしょう…?
【が】が使える理由についてご教示ください。

〔答えが100円ですよ〕
〔明日の天気が雨だったらどうしよう〕

Aベストアンサー

■1■
「〇〇が△△」は、△△という述部の主格が〇〇であることを示している。
つまり、主と述が直接的な関係にあることを表現していることになります。
「直接的な関係」なので、

【「〇〇が△△」は、あるひとつの状態を表したいとき に使う】

と定義することができる。

A.
〔100円が、答えですよ〕は、「100円が答えという状態であること」を表わしたいときに使う。
・何(円)が答えですか?
という設問に対応している。

B.
〔答えが、100円ですよ〕は、「答えが100円という状態であること」を表わしたいときに使う。
・100円は何ですか?
という設問に対応している。

A と B はどちらもあり得るシチュエーションなので、どちらも間違ってはいません。
ただ、B のように「100円は何ですか?」と問われるようなシチュエーションは稀であるため不自然に感じられるだけです。
稀なシチュエーションとは、たとえば、
・100円を私にくれると言ったのですか?
・いえ違いますよ。〔答えが、100円ですよ〕と言ったのです。
といった会話の場合など。

■2■
「は」の基本的用法は「主題提示」です。
「〇〇は△△」は、〇〇という主題を提示した上で、それに関して△△であると述べている。
「〇〇についてコメントを述べる」という構造なので、

【「〇〇は△△」は、〇〇について△△という コメントを表明したいとき に使う】

C.
〔答えは、100円ですよ〕は、答えについて「それは100円だ、というコメント」を表明したいときに使う。
・「答え」について、あなたのコメントを述べてもらえませんか?
という設問に対応している。

■3■
〔明日の天気が雨だったらどうしよう〕
〔明日の天気が雨〕(+条件)という構文。

「明日の天気が雨という状態であること」を表わしている。
・いつ(何日)が雨ですか?
という設問に対応している。

■4■
以下の比較がわかりやすいかも。

[ 桜がきれいだ ]
「桜がきれいという状態であること」を表わしたいときに使う。
・何がきれいですか?
という設問に対応している。

[ 桜はきれいだ ]
桜について「それはきれいだ、というコメント」を表明したいときに使う。
・「桜」について、あなたのコメントを述べてもらえませんか?
という設問に対応している。

因みに、以上で申し上げてきた「設問」は「暗黙的な設問」の場合も多い。
特に聞かれなくても、そういう設問があったという前提で答える形になる場合も多い、という意味です。
あくまで、構造をわかりやすくするために想定された「設問」、というふうに捉えていただければ。

■1■
「〇〇が△△」は、△△という述部の主格が〇〇であることを示している。
つまり、主と述が直接的な関係にあることを表現していることになります。
「直接的な関係」なので、

【「〇〇が△△」は、あるひとつの状態を表したいとき に使う】

と定義することができる。

A.
〔100円が、答えですよ〕は、「100円が答えという状態であること」を表わしたいときに使う。
・何(円)が答えですか?
という設問に対応している。

B.
〔答えが、100円ですよ〕は、「答えが100円という状態であること」を表わしたいときに...続きを読む

Q目的格は 日本語において を で表すじゃないですか? でも日々の中で が を使っても全然不自然じゃな

目的格は 日本語において


で表すじゃないですか?
でも日々の中で


を使っても全然不自然じゃないのは

が主格だけでなく目的格にもなるからですか?

Aベストアンサー

「が」を使って不自然でないケースは、実は限られています。
「君が好きだ(嫌いだ)→好悪」
「字が上手だ(下手だ)→巧拙」
「運動ができる→能力」(できない)
「水が飲みたい→希望」
これらは、格助詞「が」の「対象格用法」と呼ばれます。普通「目的格」(別称「対格」)は一般に「を」が使われますが、上記のように「が」が限定的につかわれるのです。
 格助詞「が」は、古くは「連体格」を表しました。院政時代(1086~1192)から以後「主格用法」が発達しますが、それに平行するように、「対象格」が使われました。


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