親子におすすめの新型プラネタリウムとは?

モーセの出エジプト期に、シナイ半島でイスラエルの民が、不満を言い出した時、奇遇にもモーセが山に登り、偶然にも石板が、それを入れる箱(アーク)が偶然、シナイ半島にある唯一の木アカシアで作られ、偶然にも金で飾りが!
こうも旧約聖書ユダヤ教では偶然が、多いのですか?

A 回答 (2件)

> シナイ半島では金を含んだ岩石が偶然に見つかり、金を抽出して18金以上に凝縮、製錬職人、彫金し等いたのですか?



モーゼ(=モーセ)がいた時代には、そのようなことはなかったでしょう。 エジプトの新王国の時代には、金の産出はにビア、クシュなどの地帯で大量に金が採掘されています。 それをエジプトに持ってきていたので、その一部を使ったということでしょう。

> モーセは、ラ'ムセスでピラミッドの時、奴隷はいず、イスラエルから労働者、モーセがユダヤ教の開祖でしょうか?

ピラミッドが作られたのはもっと昔です。ラムセスがいたのは新王国時代です。新王国が成立する前にイスラエル人はエジプトで生活し、けっこう豊かだったらしいです。新王国になってから、異民族に対する態度が変わって、また、南方から大量の金をエジプトに持ってきて、奴隷もとても増えたらしいです。奴隷というのは、何が定義か分かりませんが、強制移住させられてしまった者たちのようなもので、時代によって扱いが変わるものの基本的には労働者です。エジプトにいたイスラエル人が奴隷としてつれて来られたというようなことはほとんどなかったでしょう。
https://www.y-history.net/appendix/wh0101-073.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B8 …
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%AF …

> モーセがユダヤ教の開祖でしょうか?

開祖とは普通言わないでしょうが、開祖という区分にいれても良いと思います。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%8B%E7%A5%96 …

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なお、鉄、銅、金などは、偶然に見つかって、それを価値あると偶然思って、思っただけで終わらずに探索活動、採取、選鉱、精錬を偶然&意図的に行って、それを社会的組織的に偶然行うようになって、金属器などが世に生まれ、増えるものです。 ただ、ゴールドラッシュでも、ヒスイ探しでも、社会的に現象になるものは、その状況を偶然という言葉では表現しないのです。 偶然夫婦に子が産まれた、偶然王制が産まれた、偶然司法制度が成立した、偶然戦争になった、偶然テレビができた、偶然スマホが普及したなどという表現は、普通はしません。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

モーセ十の戒律石板それを入れたアーク、持ち手は四人、それ以外の者がさわろうとすれば、途端に焼かれる。
それまでの宗教[法律]はハムラビ法典が派生して多神教と結びついた。十戒は、特殊な宗教ですね。

お礼日時:2019/03/01 20:11

出エジプト記を読みましたか。

 偶然ではなく、指示、命によってなされています。
旧約、新約も、約束、契約の約ですよ。 アカシアは、あのあたりでは自生するポピュラーな木ですが、唯一ではなく(ヤシや樫、松、オリーブなどもあります)、枝分かれする樹なので、これを材木として継ぎ合わせて指定サイズの箱を作るのは大変ですし、純金で箱の内外を覆い、さらに金の工作品で装飾するのは、ものすごく大変な作業を必要とします。 偶然でなんとかなるようなことではないです。 神を讃え、崇め、献身の労を尽くさないと出来ないことです。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

シナイ半島では金を含んだ岩石
が偶然に見つかり、金を抽出して18金以上に凝縮、製錬職人、彫金し等いたのですか?
モーセは、ラ'ムセスでピラミッドの時、奴隷はいず、イスラエルから労働者、モーセがユダヤ教の開祖でしょうか?

お礼日時:2019/03/01 13:21

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q八百万の神は黄泉の国に行くのか

天津神のイザナミが黄泉の国へ行ったとういうことは他の天津神も黄泉の国へ行くことがあるということですよね。
では、国津神や土着神や自然の神、神の使い、妖怪といったものでも死んで黄泉の国へ行くことはあるのでしょうか?(例えば、木の神様(精霊)や神の使いである狐などは黄泉の国へ行くという概念はあるのでしょうか?)

(そもそもの前提として間違っている所があればすみません)

Aベストアンサー

wikiによると、「黄泉の国」と「根の堅州国or根の国」とは、別の場所の可能性があるとのことです。
黄泉国or黄泉に行ったことのあるのは、イザナミとイザナギ以外には明言がないのかもしれません。
http://himiko-y.com/scrp1/kojiki--4.html#130913
http://himiko-y.com/scrp1/kojiki--4.html#131130
黄泉には、黄泉の神や八雷神、千五百之黃泉軍はいるのかもしれないですが、前からいたのかもしれません。
人間や、以前は黄泉に行ったことのない神々や妖怪変化も、黄泉にはまったく行くことはできず、どうした理由なのかたまたまイザナミが行って、イザナギがうまい具合に一時進入しただけという可能性もあると思います。
伊弉諾が一時進入した後で、誰かが行ったことがないとは明言できませんが、行ったことは確かだという人間や神や狐や熊のことは後世には伝わっていないのだと思います。

Qホモサピエンスがネアンデルタール人を駆逐したのは、繁殖力の差ではないのですか?

現生人類(ホモサピエンス)がネアンデルタール人に生存競争で勝った理由ですが、色々な案が調べられているものの、はっきりとした理由はまだ分かっていないようです。
また、ネアンデルタール人の方が力が強く、脳も大きいのは事実で、ホモサピエンスの方が優秀だったという器質的証拠は見つかっていません。

上半身の部分はここまで詳細に調べてもよく分からないということは、差がついた理由は両者の下半身しかないと思いますが、どうでしょうか。
つまり、現生人類の方が繁殖力(生殖力)が強く、そのために大集団を形成することができた。
そうすると衆寡敵せずの論理で、小集団しか形成できなかったネアンデルタール人は追い詰められていき、最終的に滅亡したということです。

Aベストアンサー

似た様な疑問をお持ちの方に初めて会いました。

私の推察は、ネアンデルタール人とホモサピエンスは争う事もせず、
混交し、その際に母集団の大きかったホモサピエンスの形質が主流となり
現生人類と成ったという事です。
言換えると、ネアンデルタール人+ホモサピエンス→現生人類、と
区別すべきで、ネアンデルタール人絶滅(ホモサピエンス置換え)論は
もう終わりと思います。

最近のNHKの科学番組でも、ホモサピエンスの集団が大きく、文化の
継承や技術の改善に有利に働いたと説明しています。
しかし、何故そもそも<ホモサピエンスの集団が大きい>かに付いては
何の説明もありません。

それで<チコチャンに叱られる>式のキーワードですが「ホモサピエンス
は助平だったから」です。もしそうでなかったら今の現生人類の助平さは
説明しようがありません。

ホモサピエンスが描いた猥褻画像の数がネアンデルタール人のそれよりも
遥かに多いとかいう考古学的な証拠は残念ながら見つかりそうにも有りません。
それに「助平」は学会やNHKでは当然NGワードでしょう。提唱すれば
即抹殺されます。

しかし、合理的に考えれば、寒冷地に適応したネアンデルタール人には
発情期に近いような一年間の制約の有るリズムが有ったと推測されます。
これに対して、温暖な地域から北上するホモサピエンスには制限が無かった
と推測されます。
これらと、食料供給事情が重なれば集団の大小の差が生じて来るのは
当然です。

似た様な疑問をお持ちの方に初めて会いました。

私の推察は、ネアンデルタール人とホモサピエンスは争う事もせず、
混交し、その際に母集団の大きかったホモサピエンスの形質が主流となり
現生人類と成ったという事です。
言換えると、ネアンデルタール人+ホモサピエンス→現生人類、と
区別すべきで、ネアンデルタール人絶滅(ホモサピエンス置換え)論は
もう終わりと思います。

最近のNHKの科学番組でも、ホモサピエンスの集団が大きく、文化の
継承や技術の改善に有利に働いたと説明しています。
しかし、何...続きを読む

Q仏教の発生地て 北インドらしいですが カースト制や 女性迫害の ヒンズー教。 いったい インドて何な

仏教の発生地て
北インドらしいですが

カースト制や
女性迫害の ヒンズー教。

いったい インドて何なんですか??

追記
インドて 世界一女性が旅したらいけん国No. 1です。
韓国も儒教 レイプ犯罪の多い国…だけど
仏教信者もいたりする。

Aベストアンサー

現在、インドにも中国にも韓国にも仏教はありません
仏教はカースト制を否定し、女性の成仏を説き、非暴力を説きました
仏教が滅んだ原因は、聖職者の堕落です

現在の日本でも、坊主の堕落は大問題です
仕方なく葬式を頼むくらいで、戒名代等で、ぼったぐり、
誰も坊主等尊敬していません
日本の仏教の滅亡も時間の問題です
東南アジア諸国に見られる、小乗教の僧を見習え、と言いたい

ちなみに 中国や韓国の仏教は、すでに血脈が断たれており
釈迦に行きつかない、〇〇仏教です、  詳しくは又

QKing James 聖書 Galatiansガラテア人への手紙 6章1節 .....restore

King James 聖書 Galatiansガラテア人への手紙
6章1節 .....restore such an one in the spirit
Oneは子音ですから、冠詞は a のはず。
ベーコンのエッセイ of custom and educationにもある。 ジョージオーエルあたりにもあるようだ。
特別な意味があるのか?音韻的に意味があるのかご教授下さい

Aベストアンサー

http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2009-07-22-1.html

Q心から信じていれば命さえも懸けられる

私が「本当に心から信じていれば命だって懸けられるだろう」と言えば、皆さん「命を懸けるなど軽々しく言うものではありません、時代錯誤です」などと反論されます。また「あなたはそう言うけれども本当に信じているの? いのちを懸けてもそう言えるの?」と言えば「言論の自由だろう、お前は言論の自由を否定するのか!」と言われます。

しかしですよ、例えばバンジージャンプは命綱が絶対に切れないだろうと心から信じているから、あんな高いところから皆さん命を賭けて飛び降りているのでしょ? 皆さん命綱が切れないと心から信じているから命を懸けているではありませんか。この事実があるのに何故、皆さんこの事実を否定されるのか。事実判断を皆さんの価値判断で否定することなどできませんよ。事実そうなのですから。

「本当に信じていれば、全財産や命さえも懸けられる」というフレーズは色んな難しい社会的問題を解決できる魔法の言葉なのです。
例えば 従軍慰安婦問題も「本当に韓国政府が従軍慰安婦問題(少女二十万人拉致、性奴隷)があったと心から信じているなら、もし間違っていたら竹島を無条件で返してもらうぞ」と言えばそれで片が付くのです。何故なら韓国政府は本当は慰安婦の証言など信じていないのですからです。

このようにこのフレーズで多くの難問は解決できるのです。皆さんも「本当に、心から信じていれば命さえ懸けられるだろう」という言葉に嫌悪感を示さずにどんどん使いましよう。あらゆる難しい問題もすぐに解決できるのですから。

「本当に、心から信じていると言うことは、命さえも懸けられると言うことなのだ」というこの言葉は普通に使っても何らおかしくはないと思いますが皆さんどう思いますか? 私間違っていますか?

私が「本当に心から信じていれば命だって懸けられるだろう」と言えば、皆さん「命を懸けるなど軽々しく言うものではありません、時代錯誤です」などと反論されます。また「あなたはそう言うけれども本当に信じているの? いのちを懸けてもそう言えるの?」と言えば「言論の自由だろう、お前は言論の自由を否定するのか!」と言われます。

しかしですよ、例えばバンジージャンプは命綱が絶対に切れないだろうと心から信じているから、あんな高いところから皆さん命を賭けて飛び降りているのでしょ? 皆さん命...続きを読む

Aベストアンサー

>「本当に、心から信じていると言うことは、命さえも懸けられると言うことなのだ」というこの言葉は普通に使っても何らおかしくはないと思いますが皆さんどう思いますか? 私間違っていますか?

真木さんの今回の論旨の流れにいろいろ突込みどころがあるのですが、外国人を相手にする時には日本人とは違った価値観を彼らが持っていることを理解する必要があると思います。文化が違うのです。文化とは価値観の総称のことです。だから文化が違うとは、価値観が違うということです。

日本は日本海という越すに越されね荒海のおかげで、他の文化とは遮断され、縄文時代から現在に至るまで数千年かけて世界的にも類を見ない特異で独特な文化、すなわち価値観を築き上げてきました。外国で生活してみるとへーって思うことばかり。日本人の考え方ってこの国の人とそんなに違うのかって思い知らされることばかりです。例えば、日本人てこの地球上で性善説を信じている唯一の文化を持った国民なんですよ。そして、話し合えば解ってもらえると信じている人が態勢を占めている。

でも、日本以外の国では陸続きだったために互いに侵略しあい、戦に負ければ男どもは殺され、女どもとその子供は奴隷にされてきた。長い歴史の中でそんなことを繰り返してきた人々に性善説を信じよといっても無理です。

もちろん、日本人の作り上げてきた価値観の中には、外国の一部の世界で作り上げてきた価値観と共通した部分がないわけではなく、その共通項の部分のために、日本人が尊敬されている部分もあります。例えば正直であるとか、約束を守るとか、名誉を重んじ恥づべきことをするなという価値観です。このような価値観は、昔のギリシャや中世の西欧や日本のように、常態が群雄割拠で、いつも小国同士が小競り合いの戦さをしていた歴史を持った国に共通した価値観です。そしてこれは、基本的に武人たちが国を支配してきた世界に生じた価値観です。武人は基本的に理系人間で、技術と合理性を重んじる文化を作り上げてきた。しかしこのような小国による群雄割拠が常態であった地域は世界史的には例外に属しています。

世界史的には、圧倒的に大多数の民族は常態が群雄割拠ではなくて、強大な力を持つ政府による中央集権でした。中央集権国家では、小国同士ような小競り合いもほとんどなく長期にわたって安定して平和が保たれていました。そしてこの安定した中央集権国家の支配者は官僚と呼ばれる文系人間でした。戦さもなく社会が安定しているゆえに官僚が世襲化されるようになる。この世襲化された官僚のことを貴族とも呼んでいました。このような安定した社会の支配層を維持するために必要なのは、技術でも合理性でもなく、前例という伝統を重んじる固定化された価値観です。そのように合理的な根拠もなく支配されている一般民衆の中に、性善説など生じる余地がない。

しかし、安定した社会の内部の発展による富の蓄積や外部の予期せぬ環境の変化によって、この伝統による支配の説得力は徐々に失われて行きます。だから、歴史的に見て腐敗しなかった官僚は存在していません。時代と共に官僚は必ず腐敗します。その腐敗に我慢ができなくなった時に短期間の大混乱が起こって、新たな連中によってまた新しい長期の中央集権の安定期に移行して、そのうちにまた腐敗して短期の混乱が起こって、、、とこれを繰り返してきたのが、上記の古代のギリシャ、西欧、日本という群雄割拠地域を除いた地球上の圧倒的に大多数の民族の歴史です。

上に述べたように、このような文民支配による中央集権制度では、合理性よりも前例に基づいた伝統が重んじられる。もちろん、その伝統は偶然の成り行きで出来てきたために、各民族で全然違っています。そのようなそれぞれ違った根拠で出来上がってきた彼らのそれぞれ違った価値観を、合理的な論拠に基づいて話し合えば解り合えて一つの価値観に統一できるはずがありません。唯一できることは、互いに価値観の違いがあることを認識し、それを認め合って、一方の価値観を相手に押し付けずに、それぞれのやり方に任せることです。

真木さんの言う、死の覚悟を持って、とか、名誉を重んじ恥じた行為をしない、とか、公に尽くす、と言う価値観は古代のギリシャ人や群雄割拠で戦争に明け暮れた西洋人や源平以降戦国時代を経験した日本人には理解できるでしょう。しかし、このような武人支配を長年続けてこず、文系の官僚支配を続けてきたにこの地球上のほとんどの国の人には理解できない価値観だと思います。そのような国とうまくやってゆくためには、日本人独特な価値観を相手に強要するのではなくて、某元防衛省大臣がおっしゃったように「丁寧に無視」しながらお付き合いが最善の方法だと思いあますが、どうでしょうか。

>「本当に、心から信じていると言うことは、命さえも懸けられると言うことなのだ」というこの言葉は普通に使っても何らおかしくはないと思いますが皆さんどう思いますか? 私間違っていますか?

真木さんの今回の論旨の流れにいろいろ突込みどころがあるのですが、外国人を相手にする時には日本人とは違った価値観を彼らが持っていることを理解する必要があると思います。文化が違うのです。文化とは価値観の総称のことです。だから文化が違うとは、価値観が違うということです。

日本は日本海という越すに越...続きを読む

Qクリスチャンではない日本人の意識について 私はクリスチャンではないのですが、よくさまざまな教会へ行き

クリスチャンではない日本人の意識について

私はクリスチャンではないのですが、よくさまざまな教会へ行きます。
教会によって違った特徴があるのでそれを目的に見に行っているといってもいいかもしれません。

今回は旅行先の沖縄で日曜礼拝に参加しました。
そこは観光地なので、会う人達に「今日はどこへ行ったの?」と聞かれるので、普通に礼拝に行ってきました。と伝えると、ワンテンポおいてから「へぇ、、、」みたいな返事になってました。(その後で、クリスチャンだったんか…と影で言われました)また、その教会の道中、道を聞いたりすると地元民でも「ちょっとそこはよくわからないかな」といって濁されてる感がありました。

私は宗教関係は特に何も意識することはないのですが、日本人的には気にしちゃうのでしょうか?地域差とかあるのでしょうか?もしかして、タブーだったりするのでしょうか?

沖縄は教会が多いイメージがあって、他の県より抵抗みたいなのが少ないと思っていたのですが、そんなことはなかったみたいです。

詳しい方教えていただきたいです。

Aベストアンサー

私は沖縄県民ですがキリスト教だけが偏見があるのでは無く、布教活動のある宗教に良い印象が無いと思います
私は歴史的な寺社仏閣を巡る事は私も好きですし、遺産的な価値のあるイタリアの教会には憧れもあるので貴女の気持ちはわかります。
しかし信仰心もマナーも無くパワースポットと呼ばれる場所へ行けばご利益があると勘違いした有象無象の観光客と一括りにされると嫌だなとも思っています。
日本だと人の信仰は自由だけど関わりたくないと思うのが大多数かと思いますが、そ
私は沖縄県民ですがキリスト教だけに偏見があるのでは無く、布教活動のある宗教に良い印象が無いのだと思います
日本では他人の信仰は否定しないけど勧誘してくる宗教には関わり合いたくないのが一般的ではないでしょうか?
単純に沖縄は戦争で死体がゴロゴロあったので死体置き場の後にアメリカ人が建てた教会が結果的にゴロゴロあるだけだと思います。
なので慰霊碑的な宗教施設だと思うんですね。礼拝は洗礼を受けた家族が習慣で通うようなイメージです。

Q人類がアフリカ以外で進化しなかった理由

人類はアフリカで進化し、その後アフリカ以外の地域に広がったとされています。
そして世界中に存在する現生人類は同一種であり、世界各地の人種の違いは種どころか、亜種レベルの違いもないと言われています。

アフリカ大陸は確かに広いですが、ユーラシア大陸をはじめとする他の地域の方が広いわけであり、それらの地域で人類の進化が起きなかったのが不思議でならないのですが、それはどうしてだと考えられるでしょうか。
広さでいうとユーラシア大陸の方が圧倒的に広いのに、なぜそこで人類の進化が起きなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

どうしてか、と言われれば「ヒト科ホモサピエンスと呼ばれる現生人類を含む系統樹の祖先がアフリカで生まれたから」です

いわゆるサルと呼ばれる霊長類に関しては、最も古い化石がアメリカ大陸で見つかっており、亜熱帯から熱帯にかけたアフリカ・ユーラシア・アメリカの各大陸に霊長類の祖先が居たことが分かっています。

しかしのちにホモサピエンスを生むことになる類人猿はアフリカで発生しています。また現在でもヒト科に属するゴリラやチンパンジーなど多くの種類がアフリカだけに生息しています。

もう一つ重要なのは「進化の過程で原初発生地から広く分布するには、環境適応の勝ち組だけである」ということです。
たとえばテナガザルはヒト科でその他のヒト科とは1800万年前ぐらいに分岐し、世界に広く分布しましたが、1800万年前から基本的な形質は変化していません。そのためテナガザルの形質を保持したまま各地の環境に合わせた亜種が存在する、ということになっています。

従って人類も「人類としての形質」を獲得し、それが発生地の環境以外でも生き残れるようになった時点で初めてアフリカを出て世界に分布を開始したわけです。

分布した後「人類としての亜種」は様々生まれ、結局最終的に現生人類ホモサピエンスが勝ち残ったとされています。ただし、最近の研究では絶滅したとされるネアンデルタール人やデニソワ人などのDNAもホモサピエンスの中に残っていると確認されていて、特にネアンデルタール人はアジア人のDNAに多く、ヨーロッパ人に少ない、という特徴があるようです。

ですから本当は人類も「亜種」があるはずなのですが、啓蒙主義からくる平等の考え方と、人類においては「形質」よりも「後天的に教育から取得する技能」のほうが生存に必要な条件であり、亜種があっても「同じ教育を受ければ同じ能力を持ちえる」ので(アメリカではどんな人種もほぼ同じ能力を有している)ホモサピエンスは亜種無しとされている、のです。

どうしてか、と言われれば「ヒト科ホモサピエンスと呼ばれる現生人類を含む系統樹の祖先がアフリカで生まれたから」です

いわゆるサルと呼ばれる霊長類に関しては、最も古い化石がアメリカ大陸で見つかっており、亜熱帯から熱帯にかけたアフリカ・ユーラシア・アメリカの各大陸に霊長類の祖先が居たことが分かっています。

しかしのちにホモサピエンスを生むことになる類人猿はアフリカで発生しています。また現在でもヒト科に属するゴリラやチンパンジーなど多くの種類がアフリカだけに生息しています。

もう...続きを読む

Q新約聖書の4つの福音書について

新約聖書の4つの福音書の内容はどれも

イエスの誕生、少年期、受洗、ガリラヤ地方での活動、エルサレムに向かう、エルサレムにて、受難(逮捕、裁判、処刑…)

の7つに区分けできるらしいのですが、具体的にどの章や節がそれぞれの場面にあたるのか分かりません。

何回も読みましたが、イマイチ理解できませんでした。教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

こんばんは。

直リンクで申し訳ありませんが、以下をご覧ください。

http://meigata-bokushin.secret.jp/swfu/d/auto_ga2UNf.pdf
もとのホームページ
http://meigata-bokushin.secret.jp/

ちなみに、「福音書記事の対照表」は、聖書辞典(事典)の巻末にも載っているのではないかと思います。私のは、http://amazon.co.jp/dp/4264024773 (エッセンシャル聖書辞典の旧版)

Q宗教を信じていないので、自分のお葬式ではお坊さんを呼ばず、お経もいらないと思っています。

宗教を信じていないので、自分のお葬式ではお坊さんを呼ばず、お経もいらないと思っています。

お別れ会みたいなものがいいんですが、そういう場合もセレモニーホールなどでしてくれるんでしょうか?

お坊さんを呼ばないお葬式に行かれたことがある方いますか?
どんなことをするのでしょう?

Aベストアンサー

甥っ子の葬儀で行いました
司会者の元、普通の葬儀場で、通常の進め方をしました
坊主がお経を唱える段階で
司会者の支持で、皆がまるくなり、亡き人の思い出を語り合いました
参列者の殆どの人がしゃべり、笑い声まで、
この場合、司会者は葬儀社の方のようで
なるべく暗く、寂しくしたがるようなので、ここは注意 な芝居必要はない

私の母の時は
セレモニーホールで、葬儀社と相談してですが
家族、親戚だけで行い 
喪主である私が、坊主の代わりに、中央の母の写真に向かい
母の好きな・・・・を読みました
坊主の代わりに、私があいさつし、母の事を少々話、お礼を言いました
喪主としてのあいさつも、・・何か私が主役みたい
甥っ子の時、司会者が、暗い雰囲気を作ろうとしていたので
その反省の元、演技はいらない旨、伝えておいた
意外とうまく行き、大絶賛、 さすが、さすが、と言う声があった

後の方は、後日(いつでも)、自宅の母の部屋に、線香を上げに来てもらいました
母のスナップ写真や思い出の写真を張り巡らし
しばらく、母の部屋は友人が次々に訪れ、にぎやかでした
この時、慣例を捨て
お香典は受け取らず、記念品をお渡ししました
戒名などつけません

甥っ子の葬儀で行いました
司会者の元、普通の葬儀場で、通常の進め方をしました
坊主がお経を唱える段階で
司会者の支持で、皆がまるくなり、亡き人の思い出を語り合いました
参列者の殆どの人がしゃべり、笑い声まで、
この場合、司会者は葬儀社の方のようで
なるべく暗く、寂しくしたがるようなので、ここは注意 な芝居必要はない

私の母の時は
セレモニーホールで、葬儀社と相談してですが
家族、親戚だけで行い 
喪主である私が、坊主の代わりに、中央の母の写真に向かい
母の好きな・・・・を読みました
...続きを読む

Qプロテスタントの者です。よく道で屯しているエホバの人達が、プロテスタントやカトリックの信者のことを悪

プロテスタントの者です。よく道で屯しているエホバの人達が、プロテスタントやカトリックの信者のことを悪魔扱いしているという話を元エホバの人から伺いました。本当なのでしょうか?ご存じの方、いらっしゃいますか?

Aベストアンサー

本当みたいですよ。自宅に布教活動しにきたエホバの人に「私は無宗教だけれども、信仰するとしたらカソリックだ」といったら、そういってました。


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング