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先月、千葉県で小学校4年生の女児が死亡しましたね。
その男親の人物像が気になります。
彼は、職場や近所からは実直で温厚とみられていたそうですね。
だが、家族や学校や市や児童相談所に対しては威圧的な言動を取っていたそうです ね。
温厚と威圧とに、差を感じます。
しかし、彼の内部では、つじつまが合っているのでしょうね。
質問は、正反対のような態度をとる、彼の性格はどういうものでしょうか?

A 回答 (6件)

> クレーマーは、相手が強く出ない(出れない)ところへ攻撃しますね。

彼は、相手を選別することが巧みなのでしょうね。

たぶん、「彼は、相手を選別することが巧み」ということではないのだと思います。
相手を選別する手際がイイのでも、相手をすばやく選別出来る力量やセンスが優れているのでも、ないでしょう。

感情が高じて強い怒りを発してしまう人、泣き出す人、ヘイト的投稿に励んでしまう人、イジメのような活動に熱心になる人、「感情が突然激しく動き出すような状況にある」というだけであって、「その人の性格」とか「その人の能力が発揮できる巧みさ」というようなものではないです。
誰でも、疲れ切っていたり、緊張が強い状況に長時間晒されていると、その人にとって外乱的な刺激や変化があると、普段とは違う強い突発性の反応を起こしがちになります。腹が減っていると怒り易く、イライラしがちというような状況になるのと同じようなものです。 失敗が続くとか、成功したい・周囲から認められたいのにそれがうまくいかずに達成感が得られない状態が続くとか、頻繁に指摘や指導をされていて自尊心を満足できない不満が高まったままの状態が続くとか、そうした状態になると、ちょっとしたきっかけで、自死あるいは自損、あるいは突然の買物や出奔、虎の威を借りる狐のような感じで強いものへの寄り添い=強い自分を感じるために"他人への正当な攻撃"に酔うというようなことをしがちです。
クレーマーの攻撃というのは、たんなる攻撃ではなくて、自分は自分の私的利益のためではなく、正義のため、本来なされなければならない応対をしない役人や店員を正すためにヤッテイルという感覚に依拠していることが多いです。 正義の実現のためにヤッテイルという感覚に依拠するので、テロでも、殺人でも、破壊や攻撃、盗み、ヘイトでも、誹謗中傷、排斥差別でも、役所や公的機関、銀行、大企業、スーパーやコンビニ、配達員、教職員などに対しても、強く執拗な攻撃をします。 これは性格というものではなくて、その人の状況がそうした状態をこしらえているだけです。
「子の成長、生育には、厳しい指導をする」のが親たる自分の正当な行為という感覚を持つことで、励むようなものです。 ただの反応なので、状況判別の巧みさという視点で見ては誤ると思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
<「子の成長、生育には、厳しい指導をする」のが親たる自分の正当な行為という感覚を持つことで、励>んでるのですね。性格などによるものではなく<正当な>が原動力なのですね

お礼日時:2019/03/28 17:01

相手を思い通りしたいという気持ちが強いね。


支配欲というか、相手をコントロールしようとする気持ちが強い。
真面目ということかもしれないけど、自分の基準に従って、
相手をコントロールしようとすることをしつけと思っていたのかも。
自分の想いも大事だけど、相手の気持ちを考えないというのは、ダメだね。
相手のことを考えないで、自分の思った通りにしようとすると、
融通が利かなくなる。
自分の判断基準を信じすぎると、頑固にもなり、相手に対しても威圧的にも
なる。
大事なことは、相手の気持ちを考えられるということだと思うけどね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
<自分の基準に従って、相手をコントロールしようとすることをしつけと思っていたのかも>ですね。
<自分の判断基準を信じすぎると、頑固にもなり、相手に対しても威圧的にも
なる。>ですね。
自分も大切、同じくらいひと(他人)も大切ですね。

お礼日時:2019/03/28 17:02

> 彼の性格はどういうものでしょうか?



そのような言い方は、しばしば耳にするし、私もそういう表現をすることもありますが、このような言い方、表現で、何を明らかにしようとしているのかを改めて考えてしまうと、内容不明のような気がします。 性格という用語には価値的な意味合いがないにも関わらず、「彼(女)はどんな性格してるんだ」 どういう、なんて、どんな、を連体形でつける場合、いったいという副詞をつける場合には、詰問や非難、疑問視という価値感を込めた表現であることが多いです。 「なに言ってるんだ」「ああした行動をする、こんな態度をとるって、どうなの」でも同様です。
性格についての質問だとして、性格に関しての表現例を3,4あげると、どのようなのが並ぶのでしょう。  理論人・ 経済人・ 審美人・ 権力人・ 宗教人・ 社会人、 依存的・ 攻撃的・ 隔離的、裏表がある・ 表裏のない開けっぴろげの、臆病な・ 楽天的な、積極的な・ 消極的な、だらしない・ 几帳面な、攻撃性が強い・ 防衛的で籠もりがちの 、外面似菩薩内心如夜叉・礼儀正しく丁寧だが卑劣、、、

<温厚に見せたほうが利益がある場合は温厚に、威圧的なほうが効果的なら威圧する>
そのように使い分けるのは、自分に余裕や自信があるときだけです。 弁護士でも暴力団員でも、政治家でも、ビジネスマンでも、自分の能力で状況や相手をコントロールできるという自信をもっている状況でだけ、そのように使い分けるものです。
普通の人で、多くの状況でマナーにあった態度をとるのはそうした社会性を身につけているからであって、ただの習慣です。 そうしたマナーにあった態度・温厚そうな態度をとる方が利益があるといちいち考えているのではないです。 威圧的な態度をとるのも防衛反応であることが多いです。 イヌやネコ、ヤクザでも、なめられたら危ないと感じれば、威嚇、威圧的な態度をとります。 そうした行動や態度を、その個人の性格というように思うのは、勘違いという場合が多いです。 自分が優勢だと思って嵩にかかる場合もありますが、嵩にかかる態度をとることで優勢になれるという学習をしたから、優勢になるために防衛的に嵩にかかるということの方が多いです。 

自信がないから嵩にかかる、強がる、クレーマーになるというように理解した方が、実態に近いという見方はあります。
http://www.shimada-law.com/manager/claim/%E8%87% …

自分が相手にされてない、軽く扱われている、なめられてしまうと感じると、それを跳ね返して自分は正しいし、まともに扱われるべきだという感情が高じて強い怒りを発してしまう人は、結構多いものです。
https://www.mag2.com/p/news/373848/2
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
<自信がないから嵩にかかる、強がる、クレーマーになる>のですね。クレーマーは、相手が強く出ない(出れない)ところへ攻撃しますね。彼は、相手を選別することが巧みなのでしょうね。

お礼日時:2019/03/21 19:00

普通の性格でしょう。


人間の性格には、必ず両面が有ります。
10回に9回が温厚なら、温厚な人・性格と言われます。
でも、10回に1回は威圧なのが、人間と言う生き物の本質(性格)です。
どちらか一方・片方しかない人間は存在しません。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<どちらか一方・片方しかない人間は存在しません。>ですね。
ただし、今回は双方とも5回5回のような気がしています。

お礼日時:2019/03/16 19:23

俺は その彼の性格よりも あなたの性格が 気になる



匿名だから この様な質問を するのだろうが 本名 現住所を明かさないと質問出来ない場合 どうするのだろー?・・って
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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2019/03/16 19:12

別に何も矛盾はないでしょう。

要は「温厚に見せたほうが利益がある場合は温厚に、威圧的なほうが効果的なら威圧する」だけの人だということです。

強いていうなら利己的で自分の利益を最大にしたい人、ということです。

ただ「自分の利益を最大にしたい」ということであればみんな同じです。この父親はそのようなポイントを見抜くのが早く、同時に上手に表裏を使い分けられただけの話です。

よく「仏の顔も三度まで」と言う人いますよね。普段温厚だけど怒らせると一番怖い教師なども同じタイプです。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<温厚に見せたほうが利益がある場合は温厚に、威圧的なほうが効果的なら威圧する」>なのですね。
<同時に上手に表裏を使い分けられただけ>。
相手をみて巧みに<使い分け>ているのですね。

お礼日時:2019/03/16 19:11

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>ああ、私たちはいつになったら悟るのだろう
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たとえばJ・J・トールキンは「人間らしさ」を「自然(精霊や斎もの)との交流と恐れが人間の本質である」としてそれが失われる前に指輪物語を書きました。指輪物語で人間以外が西の国に行ってしまうのは、まさに19世紀が「機械に人間が乗っ取られ、人間性を失う時期」だったからです。

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どれも19世紀末から20世紀初頭の作品で、この辺りが機械を発明した第一世代から、機械と共存する第二世代に変わった時期なのでしょう。それから先はコンピューターでもAIでも機械化の延長にすぎないわけです。

人間のほとんどは「科学文明と共に生きること」を選んだのです。そのほうが「犠牲はあるかもしれないが、少なくとも自然の中で恐れて生きているよりは幸せである」と考えたからです。

実際、20世紀の科学進歩はすさまじく、それ以前の不治の病とされた天然痘は撲滅、ペストなどは激減、結核は治るようになり、飛行機を使えば1日で世界一周できるようになりました。機械を使うことによる犠牲者はあるものの、全体で見れば「機械のおかげで人は死ななくなった」のです。

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今は乳幼児の死亡率は先進国なら数パーセントしかありません。

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>人間はAIの奴隷。モルモット。

人間は自分で機械・技術の檻の中を選んだのです。アマゾンや砂漠地帯など一部の人間たちは拒否しています。ああ、インドに「文明を受け付けない島」があるようですが、そういう人たちはまだ「人間」なのでしょう。

でもほとんどの人間は自分たちで望んで、機械・技術に守られることを選んだのです。

#14です。お礼ありがとうございます。

>ああ、私たちはいつになったら悟るのだろう
人間を失ったことを

頭のいい人たちはすでに19世紀初頭に警鐘を鳴らしていますよ。
たとえばJ・J・トールキンは「人間らしさ」を「自然(精霊や斎もの)との交流と恐れが人間の本質である」としてそれが失われる前に指輪物語を書きました。指輪物語で人間以外が西の国に行ってしまうのは、まさに19世紀が「機械に人間が乗っ取られ、人間性を失う時期」だったからです。

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Q高校時代の塾の先生が、【口ばっかりで全然勉強しない。病的に性格が悪くて周りに迷惑ばかりかけている】教

高校時代の塾の先生が、【口ばっかりで全然勉強しない。病的に性格が悪くて周りに迷惑ばかりかけている】教え子を一番ひいきにしていたんですが、これはどういう心理からなのでしょうか?

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「馬鹿な子ほど可愛い」から。

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若いうちは「人を見る目」に関しては安易になりがちです。「一生懸命」は裏を返すと「人一倍苦労しないと人並みになれない」「周囲にも同じ苦労を強いそうな面倒な人」。「人柄いい」は裏を返すと「八方美人で自己が無い」場合によって「裏表がある」。「パーフェクト」は裏を返すと「計算高い」「何事にもソツが無いが、突出したものも無い」。・・・大人は、そんなこと以上の大事な「魅力」が人にはあるということを理解している人は多いのかもしれません。
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Q西郷隆盛は天才だったのでは?

西郷隆盛が中央政府に戻った明治4年から明治6年に中央政府を去るまでの日本の歴史を見ると、西郷隆盛は、写真嫌いという古い時代の人間だったにも関わらず、弟から海外視察の内容を聞いただけで世界的な動きを直感的に感じ、日本の進むべき方向性を理解し、今やるべきことをわかっていた人のように感じます。

 そのうえで、驚くほど権力欲がなく、人の能力を見極め適材適所で人を活用する能力に著しく秀でていたように思います。

以上から、西郷隆盛が稀代まれな天賦の才能を有していたのではないかと思うようになりました。
この考えは正しいのでしょうか?

Aベストアンサー

西郷隆盛が中央政府に戻った明治4年から明治6年に中央政府を去るまでの
日本の歴史を見ると、西郷隆盛は、写真嫌いという古い時代の
人間だったにも関わらず、
弟から海外視察の内容を聞いただけで世界的な動きを直感的に感じ、
日本の進むべき方向性を理解し、
今やるべきことをわかっていた人のように感じます。
  ↑
ハイ、ワタシもそう感じました。




そのうえで、驚くほど権力欲がなく、人の能力を見極め適材適所で
人を活用する能力に著しく秀でていたように思います。
  ↑
ここがポイントです。
西鄕さんが解りにくいのは、私欲に乏しい
からだと思います。
私欲に乏しいから、どういう人間像なのか
把握しにくいのです。
彼ほど解りにくい人物はおりません。



以上から、西郷隆盛が稀代まれな天賦の才能
を有していたのではないかと思うようになりました。
この考えは正しいのでしょうか?
 ↑
特別な才能を持っていたのではなく、私欲に乏しかった
ということだと思います。

彼は一度死んでいますね。
あれで私欲を無くしたのでしょう。
私欲が無くなれば、適格な判断が出来るように
なるのです。

西郷隆盛が中央政府に戻った明治4年から明治6年に中央政府を去るまでの
日本の歴史を見ると、西郷隆盛は、写真嫌いという古い時代の
人間だったにも関わらず、
弟から海外視察の内容を聞いただけで世界的な動きを直感的に感じ、
日本の進むべき方向性を理解し、
今やるべきことをわかっていた人のように感じます。
  ↑
ハイ、ワタシもそう感じました。




そのうえで、驚くほど権力欲がなく、人の能力を見極め適材適所で
人を活用する能力に著しく秀でていたように思います。
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ここがポイントです。
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Qおすすめの温泉教えてください

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群馬県の万座温泉。
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この、野趣あふれる感じが何とも言えません。
https://www.manza.co.jp/

半出来温泉。
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近くに万座温泉や草津温泉がありますので、陰に隠れていますね。
http://www.nande.com/tokiwasou/onsen.htm

不老不死温泉。
ここは、ロケーションがたまらないです。
http://www.furofushi.com/about

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どうしてか、と言われれば「ヒト科ホモサピエンスと呼ばれる現生人類を含む系統樹の祖先がアフリカで生まれたから」です

いわゆるサルと呼ばれる霊長類に関しては、最も古い化石がアメリカ大陸で見つかっており、亜熱帯から熱帯にかけたアフリカ・ユーラシア・アメリカの各大陸に霊長類の祖先が居たことが分かっています。

しかしのちにホモサピエンスを生むことになる類人猿はアフリカで発生しています。また現在でもヒト科に属するゴリラやチンパンジーなど多くの種類がアフリカだけに生息しています。

もう一つ重要なのは「進化の過程で原初発生地から広く分布するには、環境適応の勝ち組だけである」ということです。
たとえばテナガザルはヒト科でその他のヒト科とは1800万年前ぐらいに分岐し、世界に広く分布しましたが、1800万年前から基本的な形質は変化していません。そのためテナガザルの形質を保持したまま各地の環境に合わせた亜種が存在する、ということになっています。

従って人類も「人類としての形質」を獲得し、それが発生地の環境以外でも生き残れるようになった時点で初めてアフリカを出て世界に分布を開始したわけです。

分布した後「人類としての亜種」は様々生まれ、結局最終的に現生人類ホモサピエンスが勝ち残ったとされています。ただし、最近の研究では絶滅したとされるネアンデルタール人やデニソワ人などのDNAもホモサピエンスの中に残っていると確認されていて、特にネアンデルタール人はアジア人のDNAに多く、ヨーロッパ人に少ない、という特徴があるようです。

ですから本当は人類も「亜種」があるはずなのですが、啓蒙主義からくる平等の考え方と、人類においては「形質」よりも「後天的に教育から取得する技能」のほうが生存に必要な条件であり、亜種があっても「同じ教育を受ければ同じ能力を持ちえる」ので(アメリカではどんな人種もほぼ同じ能力を有している)ホモサピエンスは亜種無しとされている、のです。

どうしてか、と言われれば「ヒト科ホモサピエンスと呼ばれる現生人類を含む系統樹の祖先がアフリカで生まれたから」です

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