魔女狩りについて調べています。魔女と異端者の違いがよく分かりません!!異端者という枠の中に魔女という存在が含まれているのでしょうか?ぜひ教えて下さい。

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A 回答 (6件)

 「異端尋問」→「魔女狩り」と書きましたが、魔女の存在そのものはかなり昔から認められていたようです。

しかし、魔女が裁かれるようになったのは中世になってからですから、異端尋問が魔女狩りの発端でしょう。もともとは魔女たちが行っていたとされる諸々の行為は教会の処罰の範疇にありませんでした。教会は、異端者は裁けても魔女は裁けなかったはずなのです。しかし、次第に魔女も異端者と同様に裁かれるようになりました。魔女の処罰が急に始まったのには政治的・社会的な事情があるのでしょうが、教会としては、長い間、魔女を裁きたいと思い続けていたのではないでしょうか。それが異端尋問をきっかけに始まっただけなのかもしれません。
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この回答へのお礼

またまた解答ありがとうございます!やはり、どうなったら魔女!!というはっきりとしたものはないのでしょうか、、、もしお勧めの本などがございましたら、教えて下さい!お答えありがとうございました。

お礼日時:2001/07/30 01:57

魔女像は地域と時代によってだいぶ違いがあるので整理しながら調べていく必要があると思います。



魔女という考え方が何時頃から存在していたか分かりませんが、キリスト教がヨーロッパで優勢を占めたとき、各地の原始宗教の中でキリスト教との共存が難しいもの(多くの習俗は姿を変えてキリスト教に取り込まれているが)が排除され、その中に魔女がいたと考えられます。

しかし、中世の魔女狩り旋風が吹き荒れるまでは、魔女はキリスト教とは別の世界で幸せな生活を送っていたようです。スペインでは魔女は当時の人が知らない不思議な薬の調合を行い(媚薬など)山の洞窟で行われる魔女集会に箒や雄山羊に乗って出席したりしていました。不思議な薬を作る魔女は、当時スペインを占領していたモーロ人(アラブ系)の流れを汲む者と思われていたようです。アラビア人は科学,化学分野において超先進国だったからです。魔女を取り仕切るのは魔王でした。

中世期にキリスト教の国教化が強化される中で、魔女とはなんら関係ない人々が仲間の告発によって魔女として宗教裁判にかけられ多くの犠牲者がでました。一部の熱狂的宗教関係者を除き、魔女と異端者の違いは分かっていたはずですが、都合の悪い人は魔女のレッテルを貼られたものと思われます。フランスの英雄、ジャンヌ・ダルクも最後にイギリス軍に捉えられ魔女として火あぶりの刑に処せられています。

中世に政治的、宗教的に濡れ衣を着せられなければ、魔女は妖精や森の小人たちと一緒に現代まで生き延びて、三日月のかかる空を箒に跨ってスイスイと飛んで、恋に悩む若者を媚薬で助けたり、魔法で大空に虹をかけたりしていた筈です。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。地域や歴史ごとに整理、、、そうですよねー、本によって、取り上げている地域も時代もばらばらで困っていることろです、、、

お礼日時:2001/07/31 22:07

もう20年以上昔の岩波新書に、魔女狩りという本がありました。


その中に、魔女を決定する根拠として針を刺して血が出るか出ないかという判定法があったと書かれていました。
その判定のための針は、びっくりナイフのようなものであったと言うことです。
気に入らない人の場合には、中に引っ込み血が出ない。
どうでもいい人の場合はそのまま刺して血が出ると言ったかなりいい加減なものであったようです。
まだまだ酷い判定法があったようですが、それについては本を読んでみてください。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。その本はもう読みました!みなさんに勧められます。結構有名な本なんですね、、、

お礼日時:2001/07/31 22:05

 民俗学的なことですが、やはり典型的な魔女像というものがあるようです。

地域によって差がありますが、「人里離れた小屋にこもり、呪術を用いて不幸をもたらす醜悪な老婆」と伝えられていることが多いようです。しかし、それは迷信であり、実際に魔女として裁かれた人はそのような伝説的な魔女像とは大きく異なっており、老若男女問わず裁かれました。当時の判決文には、彼らは呪術で人畜に被害を与えたり悪魔と契約したなどと書かれていますが、実際は、少し変わった生活や行動をしている人の揚げ足を取って魔女とみなしていたのでしょう。そこに魔女の明確な定義はもはや存在しないと思われます。
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この回答へのお礼

またまたまたお答えありがとうございます。やはり魔女の明確な定義は存在しないのdしょうか、、、どうしよう。夏合宿の発表のテーマなのに、、、

お礼日時:2001/07/31 22:04

不確かなんだけど


キリスト教じゃないものは異端者として扱われてて
ゾロアスター教とかそんな感じの
儀式をやるものや まじないをやる人もそうで
魔女の疑いがあるものとして捕らえられ
それで 尋問(拷問)は段階的に分かれてて
最初ので 体に小さくてもあざや傷跡があったら
悪魔と契りを交わしたとして魔女にされるんだと思います
拷問に耐えると
最後の拷問の段階で水に浮かぶ浮かばないかで
沈んだら普通の人(でも 時間が長いのでほとんど死ぬ)
浮かべば魔女(水が聖なる物とされてたから)
それで初めて魔女とされて 処刑されるらしいです。たしか
だから キリスト教が認めた異端者の中に魔女にされるものがいるで言いと思います
たぶん
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。尋問のあと、あざ次第で異端者のままか魔女になるかが決まる、、、そうかもしれませんね。どの本を見てもその辺の記述があいまいで困っているんですよー。何かいい本あったら教えて下さい!

お礼日時:2001/07/30 01:11

 魔女は異端者ですが、異端者が魔女とは限りません。

魔女は「魔女」である事によってすでにキリスト教に背いているという事でしょう。順序としては、「異端尋問」→「魔女狩り」なので、「魔女」は異端者の特別の類型という位置付けでしょう。
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この回答へのお礼

素早いお答えありがとうございます。どうなると、「異端尋問」に留まらず、「魔女裁判」にまで発展するのでしょう?特別の類型というのは、どのように定められているのかを教えていただけたら幸いです!!

お礼日時:2001/07/30 00:29

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こんにちは、お世話になります。

ふと、頭に浮かんだ素朴な疑問なのですが、ご存知の通り欧州の国々で曜日の名前は、ローマや北欧の神話の神々の名前からとったものが多いですよね?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%9C%E6%97%A5

別にこれが宗教に寛容な国々なら、何の不思議もないのですが、その昔は、「魔女狩り」をしたり、「異端審問」をした国々でもありますよね?

『曜日の名をすべて聖書関連の名前にする。』という動きはなかったのでしょうか?

よろしくお願い致します。

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中世ヨーロッパでなされた異端審問や魔女狩りといった弾圧行為が世界史の教科書に載らないのはなぜですか?

Aベストアンサー

 歴史教育を専門にしている立場ですが、
山川をはじめ、東京書籍などの17社の世界史教科書に魔女狩りについての記載は確認できます。
異端審問は、魔女狩りと同義とされる傾向もありますので、精査の余地がありますが、例えば、ガリレオ・コペルニクスなどの科学技術に関する宗教裁判は総ての教科書に言及があります。

つまり、世界史の教科書に載っていないはずはありません。
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Q魔女狩り

魔女狩りについて教えてください。おねがいします。

Aベストアンサー

魔女狩りの起源は13世紀のフランスだとされています。一説では1318年の教書で明確に教会が魔女裁判を認めているとされています。
異端審問に端を発した魔女狩りは当時のヨーロッパでブーム(言い方悪いですが)となりました。ブームに拍車を掛けたのが1486年に発刊された『魔女への槌』です。
魔女狩りで思い出すのはジャンヌ・ダルクでしょうか。彼女が1431年に魔女の烙印を押されて火刑に処されたのは有名ですね。
異端の摘発が目的だったはずの魔女狩りは最終的にはビジネスとして機能していきました。

魔女か否かを判断するために幾つもの試験や拷問が考案されました。
・魔女は悪魔と契約した証に身体に刻印が刻まれている
・刻印には感覚が無いとされていた為に、肉眼で刻印が見つからなかった場合は全身に針を刺して無感覚の部位を探る
ビジネスとして成立するのはこの部分です。『魔女』を一人見つける毎に『魔女鑑定料』として高い報酬が貰えた為です。
その為に細工を仕込んだインチキ針を使って『魔女』を捏造する者達が跋扈することになります。
有名どころではマシュー・ホプキンスですかね。尤も彼は当時のイングランド法に違反する事になる「針刺し」は行わず、より巧妙な手段を使っていましたが…。彼は魔女狩り将軍と渾名され、東イングランドで荒稼ぎをしました。まぁ最後にはゴール牧師によって罪業を暴かれて田舎に引っ込みましたが。
他に有名な魔女判別法として試水法がありました。右手親指と左足親指、左手親指と左足親指を結んだ後に池や川に放り込みます。
もし沈んだならば無実。浮かんだならば魔女とされました。まぁ、魔女の嫌疑を掛けられた時点で死刑という未来が決まったようなものなので、被疑者の生死を問わない方法がまかり通っていたんですね。
因みにこの試水法はジェームズ一世(スコットランド王としては六世とも)の著書『悪魔論』にあります。
自白させる為の拷問も、骨砕き、吊り下げ、吊り落とし、焼き鏝、鉄の靴、馬裂き、鉄の処女、針椅子、窒息責、塩鰊などエグいものばかりです。

魔女裁判での裁判官の質問も、殆どが同じ内容だったようです。
魔女になってから何年か、魔女になった動機、関係を持った淫魔の名、悪魔に誓った内容、サバトに参加した悪魔と人間の名、箒の柄に塗った軟膏の作り方等々です。
容疑者が魔女として処刑された後は、その財産から裁判費用諸々を差し引いた余りを法王庁、領主、異端審問官、司教達が分配します。生産力が低い当時にとって魔女狩りとは実に効率の良い商売だった訳です。
実際魔女狩りの対象は貧しい人よりも有産階級(特に金持ちが多かったユダヤ人)に集中していました。
魔女の処刑方法はイングランドの一部が絞首刑を採用していたのを除くと、他は火刑でした。それも生乾きの新木を使って長時間苦痛を与えるような惨い方法です。
記録によると、魔女の火刑の黒煙でドイツの空が黒く染まった、とされています。誇張も含まれているとは思いますが、当時どれだけ魔女狩りが横行していたのか推し量る事は出来るかと思います。

確か…、1800年代まで魔女狩りはあったと思いました。残念な事に現在でも(流石に当時の様な火刑までは無いと思いますが)、魔女の家系とされて差別されるような風潮が残っています。4~5年前にもアメリカだかイギリスで問題になったような気も…。

一般的な魔女狩りについてはこのくらいでしょうか…。
もっと突っ込んだ内容となると、そっち関連の本を読まれる他無いように思います。

魔女狩りの起源は13世紀のフランスだとされています。一説では1318年の教書で明確に教会が魔女裁判を認めているとされています。
異端審問に端を発した魔女狩りは当時のヨーロッパでブーム(言い方悪いですが)となりました。ブームに拍車を掛けたのが1486年に発刊された『魔女への槌』です。
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異端の摘発が目的だったはずの魔女狩りは最終的にはビジネスとして機能していきました。

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Aベストアンサー

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No.26646 質問:魔女狩りってどうやって始まったのでしょうか?

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 「魔女狩り」と「異端審問」を混同している論調が散見されるが、これは間違いです。「魔女狩り」の本質は地方自治であって、本質的には異端審問とは全く異なるものであるからです。ただ魔女裁判の形式を異端審問に倣っただけのことです。ローマ・カトリック教会は概ね魔女裁判を主導してはいないし、組織的に関わったわけでもない。個別に魔女裁判に関わった聖職者やローマ教皇の存在は否定できない。しかしほとんどの魔女裁判は、ローマ・カトリックと無関係に行われている。
 魔女狩りはむしろ宗教改革の後に燃え盛っている。ルターは「聖書に帰れ」と叫んだ。大衆はその通りに出エジプト記 22:17 の「魔法使の女は、これを生かしておいてはならない」に帰っただけです。ローマ教皇は魔女狩りを止めることができなかった。なぜならローマ教皇の権威を否定するのがプロテスタントだからです。聖書は魔女狩りの正当性を理論的に裏打ちしてしまった。聖書原理主義者の暴走を誰にも止めることができない。
 魔女狩りの主催者は大衆自身です。中世ヨーロッパにおいて地方の領主権力が低下し、絶対王政による中央集権化もまだ行われていない、民衆による地方自治が行われ、中央権力が介入できない時代と地方に魔女狩りは燃え盛ったということなのです。
 17世紀独立前のアメリカ植民地でセイラムの魔女裁判が行われ、容疑者は順次処刑されていきました。これを中止させたのが州知事です。地方自治の暴走に歯止めをかけることができたのは上位レベルの権力者しか存在しないということです。「誰か」などと漠然としたことをいっても無意味。大衆の暴走を食い止めることができるのは何時の時代であっても権力者意外には存在しない。それが歴史が教えるところです。
 関東大震災の直後の混乱で多くの社会的弱者が自警団の私刑によって命を落とした。裁判も何も無い。問答無用で即時処刑というのだから中世の魔女裁判よりも酷い。これを止めさせたのは誰か。それは大衆ではない。国家権力が介入して止めさせたのだ。
 邪悪な戦後教育は、国家権力暴走神話を強調している。しかし実際のところは暴走するのは常に大衆であり、地方自治体です。国家権力は大衆と地方自治体の暴走に歯止めを掛けるために存在しているのです。それが歴史の教えるところであり、魔女狩りの歴史もまたそうなのである。
 国家権力の中央集権化が遅れた地方で魔女狩りは燃え盛ったのだ。

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