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今、学校教育について調べています。
わたしは今の教育というか先生たちが個性をつぶしたりしていると思うのですが、皆様のご意見をお聞きしたいです。
質問ではありませんがよろしくお願いします。

A 回答 (10件)

良く言われますね。



日本の学校では、アインシュタインも、ベートベンも
同じ教育をしている。

しかしです。

OECDの調査によると、学校教育で個性が
潰されることはまず無いそうです。
それどころか、肝心の学力についても、
学校の存在意義が疑われるほどで、
一時は学校不要論まで出たほどです。

個性も、学力も家庭環境の方がはるかに
重要なのです。

また、同じくOECDですが、日本は
英才教育などやらないので、いじめが少ない
とも報告されています。

いじめは日本特有だ、なんて錯覚している
人も多いようですが、いじめは世界共通の
問題だし、日本は少ないそうです。
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そうですよね


学校は仕事をさせるいわゆる「奴隷」作成機です
個性をつぶしています。
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学校教育ごときで潰せるような特徴など個性とは言わない。


ぶっちゃけ、最低限の常識とかモラルとかマナーを順守してたらそうそう皆と違うことなんてしてられません。
個性なんて、はた迷惑な変人をリベラル気取りの人が持ち上げてるだけだと思いますよ。


他の回答へのお礼にあった髪の色云々については、いったん決めたルールを安易に変えられないこととか例外への柔軟な対応ができないことが問題であって、個性を潰すのとはまた話が違ってくると思います。
髪の色なんかでしか表現できない個性なんて個性じゃないですし。
学生が髪を染めたりパーマかけることの何がいけないのか筋道建てて説明できないから、黒く染めさせるといったアホな対応になるのでしょう。
高齢者なら黒く染めることには抵抗ないでしょうしw
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社会の構成員になるなら集団のルールを守らなければならず、


社会の中で生きる限りこの掟からは逃れられない。
学校はそれを教える場でもある。

誰もがいかに集団と個人を両立させるか悩んでいるのである。

それを「個性をつぶす」と感じるメンタルなら、この先年を取るにつれどんどん厳しさを増す社会では到底生きられない。
山の中か無人島で一人で存分に自由に暮らした方がよい。
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個性をつぶす、というより「個性に重点を置かない」のは日本の教育の特徴の一つです。



ただ、アメリカの公立学校に通った経験から言えば「アメリカの学校が個性を重視しているとはいえない」です。

日本とアメリカで一番違うのは「あるべき姿の基準」があるかないか、です。「髪を黒く染めろ」というのも「日本人は黒髪で、他の色は脱色だからよくない」と言う基準があるからです。移民で成り立っているアメリカはそもそもそういう基準が無く、それ以外も宗教規範や民族的価値観が異なる場合があるので「社会が強制しない」というだけです。

この点、ヨーロッパになると日本同様に伝統的な社会規範があるので、少し変わってきますし、イスラム教国や敬虔な仏教国などになると、案外厳しい社会規範があります。

日本の場合「個性に重点を置かない」ということよりも「不合理なルールが多すぎる」ことのほうがより問題だと私は考えます。

たとえば近年は坊主頭の男子中学生は少なくなりましたが、アラフィフの私が中学の頃は「校則で丸刈り」という学校はけっこうありました。しかもそのルールが地域によって違って、23区の学校は丸刈りは無い、千葉県に入り東京都と隣接している地区は「長髪禁止」しかし東京から離れるにしたがって丸刈りが始まり、田舎にいくにしたがって毛の長さが短くなっていったのです。

で、どこの学校に「なぜこの校則なのですか?」と聞いても「これが中学生にふさわしい髪型だから」としか返ってこないのです。
しかし、隣の市は丸刈りではなく、自分の所は丸刈りなら「隣と何が違うのか?」と言う疑問をもつのは当然で、しかし、それにこたえられる教師は当時も一人もいませんでした。

今でも同じような問題が起きています。最近問題になったのは「女子学生の下着は白」というやつでしょう。あれも「なぜ白じゃなければならないか」を答えられた教師はたぶん誰もいないと思います。実は私の時代にも「白限定」はけっこうあったのですが、一応社会的にも「白は清廉潔白ですがすがしいから」という理由が成り立っていたように思います。
 それがいいか悪いかはともかく、そのレベルの理由すら教師が言えないなら「どうやって校則を決めたのか?」と疑問に思うわけです。

で、実は日本の学校は非常に「校則の決まり方が不透明」です。不透明なだけでなく無責任でもあります。
教師に「校則の決め方のルール、変更の仕方のルールを教えてください」と聞いてみて下さい。そのルールを明確に答えられる教師も教育委員会もないでしょう。

でも校則でも法律でも「みんなを縛るもの」です。その決め方が不透明で恣意的であるのは非常に問題であるわけです。この点、日本の校則は間違いなく欧米に比べて非民主的であるといえます。

結局そういう部分が絡み合って「日本の学校から個性が失われていく」のです。
なぜなら「個性を尊重する」ためには「個性も大事だけど、守るべきルール(校則)は守ってもらう必要がある」からです。学校という組織が各個人の個性を尊重するなら、生徒各個人はルールを尊重する必要があり、そのためには「透明で公平なルール」が必要になるからです。

日本の学校は「透明で公平なルール」という認識がうすいために、個性が尊重されないのです。
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1対1でそれぞれの子どもに合わせて指導しているわけではないのですから、潰していると言えば潰しているでしょうね。


何一つ潰さない集団教育なんて不可能だと思います。

とはいえ昔に比べたらはるかに個性を伸ばす教育をしていますから、「今の教育がつぶしている」には賛同できかねます。
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個性を評価しないのは、ある意味日本の文化、伝統なので、学校もその傾向はあります。



「全員一斉に揃っている」を美しいと感じる感性ですから。
最近はだいぶ変わってきましたが、教育者には結構根深く残っていると思います。
理由は、その方が管理しやすいからです。

もちろん、ルールは守らなければなりませんが、「これは本当に統一しなければいけないことなの?必要なルールなの?」という視点は持っているべきです。

客観的公平な視点にたって、ルールや習慣を見直すことで、様々な差別が解消されてきたのが人間社会の歴史です。

「先生たちが個性を潰したりしている」というのなら、どういうケースがあるのか、どう改善すべきかを考えてください。

それが勉強です。
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>私が高校生の時に、地毛が茶髪なのに黒髪に染めろなど言われている子がいたので


それは日本の学校教育は関係ないですね
その先生、もしくは学校の問題です
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>先生たちが個性をつぶしたりしていると思うのですが


全国にいる全ての先生がみんな同じ性格で同じ行動で同じ教育をしているわけではないので
具体的にどういったことでその様に思うのかを書きましょう

それが現在の学校教育に関係する話なのか
あなたの通っている学校に限った話なのかが重要です

ただ、根本的に国柄として
出た杭は打たれるというのが日本ですので
お気持ちは分かりますが、昔に比べたらましなほうかと思います
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この回答へのお礼

私が高校生の時に、地毛が茶髪なのに黒髪に染めろなど言われている子がいたので、それで不思議に思って質問させていただきました。

もともと日本は均一化が多いので仕方ないのかもしれませんが笑
コメントありがとうございました

お礼日時:2019/05/17 16:13

学校の課題なら、他人の意見は回答にならないと思いますよ。


事実関係を基にしたことを書かないと。
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この回答へのお礼

学校の課題ではないのですが・・・。
そうですよね。すいません。

お礼日時:2019/05/17 16:09

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