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徳政令の対象になるのは、利息付きの貸借だそうですね。
利息なしの貸借は対象にならないそうですね。
なぜ、このような差があるのですか?

A 回答 (2件)

農本主義では利息は「悪」だったからです。



日本では明確ではありませんが、同じように農本主義だった中世ヨーロッパはキリスト教徒=農民に商売を禁止していました。特にお金をお金で増やす金貸しは「憎むべき虚業」であり、キリスト教徒は一切禁止、そのためにユダヤ人がそれを一手に引き受け、その結果「ベニスの商人」のようなキリスト教徒対ユダヤ教徒の軋轢が生まれたのです。

この問題点を知っている後発のイスラム教はそもそも金利を禁止しています。

なぜ利息が「憎むべきもの」だったかというと、土地を耕して食べ物を得るのがものすごく辛い作業だったからです。商売をすればモノを右から左に動かすだけで稼げますし、金貸しなら貸すだけで儲けることができるわけです。
 誰でもそれをやっていいなら、農地を耕さないでそちらをやるでしょう。そうなると結局農地を耕す人がいなくなって社会が崩壊するのです。
つまり今の感覚で分かりやすく言えば「商売や金貸しはギャンブルと同じレベルの射幸心の元」だったのです。

日本も同じですが、日本も8世紀には通貨を使い始め、江戸時代の中期には近代経済が成り立つぐらいまでなっていました。だから本来は農本主義ではやっていけない状態だったのですが、幕藩体制=農本主義だったので、幕府や各藩はと徳政令を実施することで、商業経済の過熱を抑える必要があったのです。

しかし、生活をしていれば「金を借りる必要」は出てきます。だから「金を貸さない」と病人などすくわれない人も出てくるので、金貸しそのものを禁止にはできなかったし、元本まで帳消しにしたら逆に労働意欲が薄れるので「利息」に焦点をあてて、徳政令で利息分を帳消しにする方法を採ったのです。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<農本主義では利息は「悪」だった>からですね。今でも、イスラム教では利息が禁止されていますね。<農本主義>では、汗水を流しては働くことが善であり、<「商売や金貸しはギャンブルと同じレベルの射幸心の元」だったのです>ね。<幕府や各藩はと徳政令を実施することで、商業経済の過熱を抑える必要があったのです>ね。したがって、利息はあるべきものではないのですね。

お礼日時:2019/05/18 19:19

推定ですが、江戸時代の金利はものすごく高かったのが理由ではないかな? 一般に年に2割が普通です。

4~5年も放置すると元利合計で2倍以上になるので2~3年で返してしまわないと返済不能になります。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<金利はものすごく高かった>ので、<2~3年で返してしまわないと返済不能>に陥るのですね。徳政令は、後追いで、金利付きの貸借の<返済不能>は抹消し、新たな社会・経済活動にレセットするのですね。

お礼日時:2019/05/18 14:00

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