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私はある宗教の信者です。信仰歴は20数年になります。入信してから長期間に渡り「神の教えに従って生きることが信仰である」と思い続けてきましたが、ずっと実行できませんでした。しかし、一年ほど前から「正しく生きることは道徳の本で学べる」と思い、「自然科学では立証不可能な神と霊魂と死後の世界を信じることが信仰である」と思うようになりました。すると、気持ちが軽くなり、教義の本を軽い気持ちで読み、宗教施設での集会を休んでもあまり罪悪感を感じなくなり、家で毎日、楽しい気分で祈ることができるようになりました。宗教の信者のかたがたは、「自然科学では立証不可能な神と霊魂と死後の世界を信じることが信仰である」という考えをどう思いますか?

A 回答 (6件)

違います



立証不可能な神と霊魂と死後の世界を信じること
ではありません
そんな浅くはありません

自分を強く、善く、賢くするのが宗教です
自分と共に他人の不幸の原因を取り除き、
崩れない幸福を築くのが宗教です

内村鑑三は
経済の背後に政治がある 
政治の背後に社会がある 
社会の背後に道徳がある 
道徳の背後に宗教がある
と述べています

すなわち
経済 政治 社会 道徳の
更に、生活、家庭に至るまで
更に、人生観、に至るまで
基礎であり土台となるのが正しい宗教なのです
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人それぞれ


真実や真理が
用意されてるんかも?

(  ̄▽ ̄)にっこり

みんな同じ真実とか真理だと
言い合いや
争いが、絶えないけど

人それぞれ
用意されてるなら

お互いに、尊敬しあえますもんね

他人の真理を否定したら
自分の真理も否定されて当然

真理はひとつとおもうんやけど

もしかしたら

真理がいっぱいあるんかも!


相談者さんは
相談者さんの
真実や真理に
導かれたんですね!

(  ̄▽ ̄)にっこり

さてさて
ワシにはどんな
真実や真理がまってるんか
楽しみですよ!
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生きとし、生ける全ての人、世の中が


精霊(大自然)に育まれ、共に神様(ご先祖様)を尊び、神様(ご先祖様)から愛されるように…。

これが根幹です。

自由意思なんで人生
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「信じることが信仰である」の中に「信」の文字がふたつあります



つまり、信じることの大事さに、重点がおかれています

これが定理であれば、信じない人にも、神と霊魂と死後の世界はあることになります

それであれば、信じなくても、信者でなくても存在することになります

なぜ存在するものに対して、信じなければならないのでしょうか

そこが疑問ですね
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クリスチャンです。

御国が来ますように、と毎日祈っているので、人間を創った神の住まいの天国がある事は大前提で、神と共に生きるのが信仰だから、その考えは物凄く今更感満載ですが、色々な人が居ていいと思います。
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馬鹿らしい考えだと思います。

立証不可能=事実である可能性がある、と言う考えは間違いです。レプラコーン(アイランドの小さい妖精)がいると証明することが出来る人もいなけれど、いないと証明するのもできないから、いる可能性といない可能性が同じぐらいある、と言うのと同じです。神というのが実在するのならば、それは科学の対象になります。科学の対象にならないのは、いないから、わざと科学で証明できないよう、都合よく変な特質を設定しているからです。時間を超えている、宇宙を超えている、なんか理屈もない言いわけをして、自分たちを騙しているか、他の人たちを騙して利益を得ているだけでしょう。
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