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漢字ってどう使うのが正しいのか…。
例えば、「トモダチ」を漢字にすると、「友達」ですが、
多くの場面で「友だち」と使われています。
「デキル」も、「出来る」があるのに「できる」と使われますし、使い道のわからない漢字が多くあるように感じます。
使い分け、というものがあるなら知りたいです…。
正しいのは「コチラ」だけど馴染み的に「アチラ」を使っている、とかなら国語の教科書くらい漢字を使えばいいと思うんです。じゃないとある意味なくないですか?
「漢字そのものがある意味」ではなく、その「単語」が「漢字としてある意味」がないと思うんです。
自分でもよくわからないことを質問しているとは思うのですが誰か知恵を分けてください…!

A 回答 (11件中1~10件)

ひらがなやカタカナを使うのは


ややフランクな場合です。
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多くの場合、訓読みが多いのではないかと思います。


昔は無学?の女性はひらがな、高学識者は漢字を使用?。
多分そんなところから、大和言葉(訓読みのことば)にフリガナ、ならぬふり漢字をして、漢字の方が定着してしまった。
その結果、大和言葉と漢字の意味が必ずしも一致していない、いわゆる当て字が相当あったのでは・・・・。
出来る、などは当て字もよいところ・・・と思っています。
漢字の良いところだけを取り入れている、それが日本語の素晴らしいところです、漢字を使用さえすれば・・・・よい?というのは、江戸時代以前の話のようにも思います。
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漢字をどう使うかは、その漢字を作り出した国(中国)のおける使用法がまず規範となるでしょう。

日本はその漢字を便利に使っているだけですから、こういう言い方は批判を招くでしょうが、便利に使えればそれでいいのです。
 漢字の書き換えあり(異体字)、当て字あり、意味の変更あり、仮名文字化あり、独自の漢字の作成(国字)で、中国から見れば異端者のようなものです。それでも、中国などを当てにすることなく、日本の中で完結していれば、それはそれでいいわけですが、必ずしもそうではなく、中国語における意味はこうであったという話を持ち込んだりするから、余計混乱するわけです。
 「ともだち」は「とも」も「たち」も和語(やまとことば)であり。「達」には「タツ」という発音はあるが、意味は「道が四方八方に通じている」で「達人」「達者」という使い方は合っていますが、複数を表す意味は持ちません。でも、「友達」「公達(きんだち←君達)」は長年にわたって使われ、それだけで完結しているとも感じられますから、認めていいのではないでしょうか。
 要するに、書き方は別として、「ども」も「たち」も複数を表す接尾語です。
No.8の回答で説明されているとおり、「だち」でも「たち」でも日本語で「複数を表す接尾語」で、「ども」よりは多少敬意を持った言い方で、関西方言では、自分の子は「子ども」、相手のこは「子たち」と呼び分けることもあります。
 「出来る」は、この語の起源が「出(いで)来(く)」だったので、出来と最初から書き、(シュッタイ←しゅつらい)と読んだ時期もありました。従ってこの漢字を使ったのは誤りではなかったのですが、そういう語源を知らない人には「できる」と書くべきだと考えることも出来るでしょう。
 日本人は漢字から仮名をつくりだしたのです。それは日本人の「創意」です。だから、漢字に何時までもこだわらず、「始め」か「創め」や「初め」で悩まず、「はじめ」と書くべきです。
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たち 【▽達】


[接尾]人を表す名詞や代名詞に付く。
1 複数であることを表す。「子供―」「僕―」
2 複数の意とともに尊敬の意をも表す。
「大舟にま梶しじ貫(ぬ)き此の我子を唐国へ遣るいはへ神―」〈万・四二四〇〉
[補説]上代では、神・天皇・高貴な人に限って用いられた。
[用法]たち・がた・ども・ら――いずれも人が複数であることを示す接尾辞。
◇「たち」は「公達(きんだち)」のように元来、若干の敬意を伴う表現であったが、現在では普通に「ぼくたち」「私たち」のように自称に付けたり、「犬たち」「鳥たち」のように動物にも用いるようになった。
◇近ごろ「道具たち」のように物に「たち」を付けることがみられるが、これは正しい使い方とはいえない。
◇「がた」は敬意を含んだ接尾辞で、「あなたがた」「先生がた」などと用いる。
◇「ども」には見下す気持ちが含まれ、「がきども」「野郎ども」のように使う。また、自称の代名詞に付くと謙遜(けんそん)の意を示す。「私ども」「手前ども」
◇「ら」は使われる範囲が広い。「彼ら」「子供ら」のように敬意を含まない場合、「お前ら」のように蔑視を表す場合、自称の代名詞に付いて謙遜の意を表す場合、「それら」「これら」のように指示代名詞に付いて物の複数を表す場合などがある。
◇敬意の程度は「あなたがた→あなたたち→お前ら」の順に低くなる。
 [日本国語大辞典]より
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障害者を障がい者と書くようになったのは、そもそもが障害という用字が誤りだからです。


本来、障碍者と書くべきところ、碍の字が常用漢字表に無いために害で置き換えてしまったのが失敗でした。
本来の用字に戻すのが良いのでしょうが、常用漢字表を重視すると「障がい者」という交ぜ書きになったものです。

子供の供は若干経緯が違っているようです。
複数を意味する「ども」なら「共」と書きます。「私共」「者共(出合え出合え!)」など。
こちらは「私供」、「者供」とは書きません。
すると「こども」が子の複数を意味するならば「子共」と書くべきところのはずです。
しかし、「こども」は複数の意味が薄れており、江戸期には「子供」と表記するようになったとのことですから、
もう定着してしまったから仕方ないのかなと思います。文科省も「子供」で良い、と発表しているようですし。
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>多くの場面で「友だち」と使われています…



常用漢字音訓表で「達」の読みは、「タツ」しか定められていないからです。
「達者」は漢字で良いのですが、友達は「トモタツ」と変な読み方になってしまうのです。

日本語は漢字、カタカナ、ひらがなを取り混ぜて使用しときには算用数字やアルファベットも混じります。
漢字は高校まででならうものだけでも数千字あり、その読みとなると軽く万を超えてしまいます。

これらを無制限に使うと凡人には読めない場面も多くなるので、国は「常用漢字表」、「常用漢字音訓表」、「現代仮名遣い」などいくつかの国語表記基準を定め、原則として公文書はその制約下にあります。

新聞社は各社それぞれ独自の基準によっていますが、どの社も大筋では国の指針に従っています。

公文書でなく民間のビジネス文書まで強制するものではありませんが、他人に読んでもらうことを第一義とする以上は、公文書に準じるのが良いとされています。

もちろん、文学や科学技術の分野まで制限するものではありませんし、個人の手紙や日記はなおさら自由です。

今日はたまたまメンテナンスでつながりませんが、日本語に関する主務官庁である文化庁の「国語施策」です。
http://www.bunka.go.jp/index.html

>「デキル」も、「出来る」があるのに「できる」と使われ…

これも国の「公用文における漢字使用等について」という文書の中に以下のような記載があります。
------------------------------------------------------------------
次のような語句を,( )の中に示した例のように用いるときは,原則として,仮名で書く。
例 ある(その点に問題がある。)
  いる(ここに関係者がいる。)
  こと(許可しないことがある。)
  できる(だれでも利用ができる。)
------------------------------------------------------------------

明日にでも上記の文化庁「国語施策」をのぞいてみてください。
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私の感覚では、強いていうなら、世間の人々は「友だち」と書くより「友達」と書くほうが多いような気がします(調べたわけではないです)。

しかし、もともと「達」は当て字だったので、漢字を使わないほうがよいという考えから、「友だち」と書く人も少なくないのかもしれません

それはともかく、
「漢字で書くことができるからと言って、なんでも漢字を使うのは良くない。」
という考え方があるのは確かです。


例えば、次のWebページをご覧ください。
https://matome.naver.jp/odai/2140392683184874801



「できる」についてはこちらをご覧ください。
https://suzumi-ya.com/epub/post-529/



「友達」についてはこちらをご覧ください。
https://www.mitsumura-tosho.co.jp/webmaga/kotoba …
https://www.kyoiku-shuppan.co.jp/textbook/chuu/k …

これらによると、昭和23年に告示された「当用漢字音訓表」において、「達」に「タチ」という音が認められなかったために、教科書においては「友だち」と表記されるようになりました。
その当時の教育を受けた人が「友だち」という表記をし続け、それを見慣れた人が現在でも「友だち」という表記をしている、という推測もできます。

昭和48年に告示された「当用漢字音訓表」の付表、その後の「常用漢字表」の付表には「友達」があります。
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公的には、教科書や新聞などでの使い分けで良いと思いますが、私的にはどう使おうが構わないと思います。

キラキラネームなどがその例です。

>「出来る」があるのに「できる」と使われますし、
昔の使い方が正しいとは限りません。出る意味も来る意味もないのですから「できる」のほうがスッキリします。

表意文字である漢字は、一字見ただけで意味が強く迫ってきます。仮名文字やアルファベットは表音文字ですから、漢字では表せない日本語や英語の響きを伝えます。さらには同じ音でも仮名によって受ける印象が変わります。「あるふぁ」と「アルファ」。

これほど多様な文字を持つ国はほかに無いので、公的な場面以外では、堅苦しく考えないで、いじり回して楽しめばよい、と思いますがどうでしょう。
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着眼点スバラシイ!


と思います。

・・・ッあ、でも、イマの
「素晴らしい!··」を、
「スバラシイ」、「今」を「イマ」、はなかったでしょうか??…

まァ、あなた様の言われる通り、❨なぜか、少しといっても、ヘタすると数十年前に❩

どことなくnetや、wordの書き方からなのか?分かりませんが、たしか差別的な感覚からかなのか?

「子供」を「子ども」
「障害❨障碍❩」を「しょうがい」

「私達」を「私たち」と書くことが、正しい表記的なことを何かで聞いたような気がしています。

私は、学校教育で習ったワケではないので❨訳とワケ❩、これもどうか分かりませんが、

「いただく」「頂く」
「戴く」の使い方。

また、「くださる」「下さる」の使い分け。

いまの日本の学校教育では教えられているのでしょうか⁇

日本語も奥が深いデスね…‥…

チョッと、お話しと反れますが、www(笑)と草草草
❨そうソウそう。❩の理解で合ってます!??

❨プレバト勉強になりました。知らなかったヨ〜❩

という感じでしょうか?

あなた様の貴重な質問、
たいへん勉強になりますデス
、はい。
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それだけ日本語の自由度が高いと言うことですよ。




>多くの場面で「友だち」と使われています

子供→子ども
 「供」が「お供え物」「お供する」などを連想させ、差別的な印象を与える

障害者→障がい者
 「害」いう字を使うのは障害のある人を傷つける

などという基地外じみた理由で平仮名に置き換えたりします。
「友だち」はそう言う理由からではありませんが、「多くの場面で使われている」と言うのは間違いです。
(交ぜ書きという)
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