ベートーヴェンの第9交響曲で、Diesen Kuss der ganzen Welt !という行がありますが、このシラーの詩のder ganzen Weltの部分なのですが、これを3格とみなし「全世界に」と訳するのが普通だと思いますが、2格とみなし「全世界のこの口付けを!」と訳されている方も少なくはありません。
中には「もろびとよ口付けを交し合おうではないか!」と3格とも2格ともわからない訳もあります。
2格で訳しても文法的には間違っていませんし、意味も一応は通ります。
ですが私はder ganzen Welt !が単独で合唱で歌われる部分もありますから、「全世界に!」と3格だと思うのですが、シラーが意図したドイツ語は、3格でよろしいのでしょうか?
それとも「もろびとよ口付けを交し合おうではないか!」という風に2格でも3格でもよい意味を込めてシラーはこの詩を書いたのでしょうか。
お詳しい方教えてください。
よろしくお願いします。
No.1ベストアンサー
- 回答日時:
2格はあり得ません。
文法的にも、意味的にも、また、ベートーヴェンの作曲法を見てもそれは明らかです。
2格で訳している人がそんなにたくさんいるのでしょうか。
インターネットでざっと検索したところ、
個人でツィッターに書いてあるものしかすぐには見つかりませんでした。
ほかの言語の訳、英語、フランス語、スペイン語などを見ても、
2格ととって訳してあるものはないようです。
ドイツ語が多少できても、ドイツ詩を普段読んでいない人は、
これを2格に取ってしまう危険はかなりあるとは思います。
ドイツ語は、冠詞などで格を明示できます。
そこで使われている名詞の意味と、それぞれの格を見ただけで、
何が言いたいのかが明らかな場合、動詞を使わないことが詩などでは結構あります。
「動詞を意識する必要がない」ということであって、「意図的な省略」ではありません。
古いドイツ語にその用法があったかどうかは疑問視されていますが、
少なくとも新高ドイツ語ではよく用いられます。
3格と4格に、このような動詞抜きの呼びかけの語法があります。
文法的に言うと、ここで特に言う必要がないので抜け落ちている動詞は、
二人称複数親称の命令形(ihr に対する)、gebt です。
Gebt diesen Kuß der ganzen Welt!
ですので、gebt のない字面だけを見ると、
der ganzen Welt を2格ととっても文法的に誤りでないように思えるでしょうが、
やはり誤りで、der ganzen Welt は間接目的語です。
意味的にもおかしいと思います。
「全世界の口づけ」とはいったいなんでしょうか。
口づけという行為の主語が「世界」という抽象的な概念になります。
比喩としてあり得ないわけではありませんが、文脈的に唐突です。
世界の人々が「互いに」友となる、という主題ですので、
一人ひとりが全世界のほかの人たちに口づけを送るというのなら筋が通りますが、
「全世界の口づけ」では文脈上おかしい上、Kuß が4格である以上、
それが向けられる相手がいなければならないのに、それが誰なのか不明になります。
その前の第1行に「抱き合おう」とあるので、
これで世界は一体になった、という解釈で
「全世界の口づけ」につながってしまう可能性もありますが、
1行目の文は seid で始まり、ihr(君たち)に対する呼びかけです。
2行目も反復として ihr に対する呼び掛け文の畳み掛けになっているので、
Kuß をどうせよと言っているのかは当然明らかにならなければいけません。
4行目に lieber Vater という語が出てきますが、
最初の2行と後の2行は内容的につながっていないので、
これを Kuß の相手とするのは無理です。
作曲法の点でも、質問中に既にお書きになっているように、
der ganzen Welt だけが何度も反復されています。
もしこれが2格で、「全世界の」という意味だとしたら、
これを反復して歌い上げる意味がありません。
反復する以上、それは重要な語です。
「全世界の! 全世界の! 全世界の!」と叫ぶのはおかしいでしょう。
もし「全世界の」という意味なら、むしろ Kuß の方が重要な語になります。
やはり「全世界へ!」でなければ呼びかけになりません。
「もろびとよ口付けを交し合おうではないか!」という訳がどこに出ているのかわかりませんが、
詩の翻訳は、ある程度大胆にしないと様にならないものです。
一人ひとりが皆、世界中のほかの人たちに口づけを送るのであれば、
結果的には「口づけを交し合う」ことになるので、
文学的な訳としては許容される意訳と考えることはできます。
なお、ドイツ語で文学的な創造をするとき、
格がどちらでもよいという考え方は基本的にないと思います。
お詳しいご回答をくださり、どうも有り難うございます。
私が質問しましたのは、2格で「全世界のこの口付けを!」と訳されていいる方々が、実際にLPやCDの解説で、本当によくみられたからでした。
昔の評論家の先生方は、明らかに2格で訳されておられる方々が多くみられたことは事実です。
それでこの度質問させていただきました。
わかりました、それらの訳は誤訳だったのですね。
長年の疑問を解決することが出来ました。
本当にお詳しくご説明くださり、大変有難いです。
どうも有り難うございました。
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