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兵士を殺傷する目的で鉄砲が実用化されたのはいつどこだったのでしょう?

A 回答 (3件)

 ●手砲(ハンド・カノン)ー12世紀頃中国で発明された黒色火薬は、アラビアを経てヨーロッパに伝えられたが、13世紀末ドイツのフライブルクで火薬の製造が始められると、同地のシュワルツ兄弟は金属製の円筒(銅銃)に火薬と石を詰め、点火して石を飛ばす手砲(ハンド・カノン)を発明した。



 ●手銃(ハンド・ガン)ー14世紀末になると石の変わりに金属製の弾丸が使用され、銃身は鍛造した鉄で作られるようになり、後部を閉じて銃口から火薬と弾丸を入れ、後方の穴から点火する構造になった。15世紀には小型化した手銃(ハンド・ガン)が発明された。

 ●火縄銃ー16世紀になると、引き金の操作で点火した火縄を点火孔に押し付ける激発装置付きの火縄(仕掛け)銃が発明され、銃身が長く口径の小さものが作られ、片に担いで発射する形になった。しかし、火縄銃は雨に濡れると湿ることと夜戦で敵に発見されやすいことから、1560年頃にはつい石(火打石)と撃鉄を利用した小銃が作られ、射撃速度は数倍速くなった。

 ●施条銃(ライフル)ー1743年イギリスの王立学会でベンジャミン=ロビンスは銃砲の腔内に螺旋条溝を切って弾丸に旋回運動を与えると飛行中の弾丸が安定し、命中率が上昇することを報告したが、当時、精密に施条するだけの技術がなかったので、すぐには実用化されなかった。しかし、1776年のアメリカ独立戦争で施条銃(ライフル)の威力が実証され、各国で研究・開発されるようになった。

 ●撃発銃ー1770年代に雷こう(雷酸水銀)が発明され、1807年にはスコットランドの技師アレキサンダー=ジョン=フォ―サイスによって、雷こうを起爆剤として利用する銅製の雷管装置が発明された。続いて1821年、ドイツのウェストリー=リチャ―ズにより、銅製の撃針で雷管に打撃を与えて発火させる、激発銃が作られた。

 ●後装銃ー1836年、ドイツのドライゼが雷管と発射薬と弾丸を1つにした金属製の薬莢(やっきょう)を作り高圧で有毒な火薬ガスの噴出を防ぐ、後装銃の発明をした。
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この回答へのお礼

詳細にご教示いただき誠にありがとうございました.

お礼日時:2004/12/07 14:49

 直接関係ないですが、1560年頃、スナップハウンスと呼ばれるつい石式発火装置がオランダで作られ、更には、1580年頃にはスペインで撃発と同時に火蓋の開くようになっているミュクレット(つい石式先込単発拳銃)が考案されたことにより、小銃の機能は著しく進歩しました。



 拳銃は、15―16世紀にかけて出現しましたが、元来、騎馬で戦う騎士たちが馬上で使用する小型銃器として発展しました。1620年頃にはイギリスでスナップハウンスとミュクレットの当て金を付けたドックロックという拳銃が作られ、ドイツやスペインの騎兵隊は早速これを採用し、重武装を排して剣と拳銃中心の軽騎兵隊を組織したと伝えられています。

 1814年頃には回転式連発銃が現れ、19世紀後半には、発射の反動を利用する自動装填式も生まれました。

 なお、『ピストル』という言葉の起源は、1540年頃イタリアのピストリア地方の銃工 カミロ=べテリが、それまでの銃よりずっと短い銃を考案し、以後、この地方で多く作られたので、これらの短銃が土地の名をとって呼ばれたと言われています。
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この回答へのお礼

大変詳しく教えていただいて感謝いたします.ありがとうございました.

お礼日時:2004/12/08 09:47

鉄砲の発明は、1381年という説と15世紀末という説などがあります。


よく言われるのはヨーロッパですが、黒色火薬が発明されたのが中国で、実際には、鉄砲の機構も中国が起源という説もあります。
ヨーロッパでは改良されただけというのが最近の説のようです。

鉄砲は基本的に生き物を殺傷する目的のもので、発明と同時に動物・人を殺傷したと考えるのが自然ですね。
お尋ねの「兵士を殺傷する」・「実用化」という意味では、戦争を前提に(それなりの数を)量産し、使用したという風に解釈すると「15世紀末ヨーロッパ」が妥当な線でしょう。

これにより、「騎士」が失業したという社会変化が起こっています。
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この回答へのお礼

大変ためになりました.ありがとうございました.

お礼日時:2004/12/07 13:36

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