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承久の乱後の朝廷の政治力は大きく撃退する関する質問なのですが、この中で正しいものを教えていただきたいです。自分的には2が正しい物だと思うのですが、他の選択肢がなぜ間違えているかが考
えても分からない為教えていただきたいです。

1.上洛した北条時房・泰時は朝廷の監視と尾張国以西の御家人の統括を役目とする京都守護となっていた

2.幕府は上皇方の所領を没収し幕府方の御家人を地頭として配置し、畿内・西国への影響力を強めた。

3.乱の後新たに置かれた新補地頭には田畑11町につき1町の免田や、段別五升の兵粮米の徴収等が認められた

4.後鳥羽上皇らが配流された後、幕府の意向によって後嵯峨天皇が即位した。

A 回答 (4件)

1 の時房たちは


京都守護じゃなくて六波羅探題です!
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3は兵糧米じゃなくて加徴米

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4は、即位したのは 後堀河天皇です


だからバツですね
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日本史の専門ではないので細かく突っ込まれるとボロが出ますのでその点はご容赦の程を。



1.鎌倉時代を勉強した時に京都守護なる用語は出てきたでしょうか、いや無い。
朝廷の監視と来れば六波羅探題であって守護ではないでしょう。ということでこの選択肢は消えます。

3.「免田」とありますが免田を承認出来るのは国司であって鎌倉幕府ではありません。
律令制は事実上崩壊していたと言えど、律令と幕府による式目との二重体制だったことが中世の特徴です。
よってこの選択肢も消えます。

4.後嵯峨天皇というのは土御門上皇の息子です。
土御門上皇というのは承久の乱で土佐に流された人です。
流人の息子がいきなり天皇に即位することはないだろうと想定出来ますし承久の乱においては事実そうでした。
というわけでこの選択肢も消えます。
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