グッドデザイン賞を受賞したウォーターサーバー >>

情報科学の発達によって、私たちは瞬時にさまざまな情報にアクセスできるようになりました。あたかも押し寄せる波に溺れるかのように。聞いて吸収することは易しいと思いますが、頭の中には、ありとあらゆる情報が詰まり、いつのまにかデトックスの必要性を感じなくなっているように思います。
考える力を取り戻すために、定期的に私たちはデトックス、あるいはファスティング(遮断)する必要があるのではないでしょうか。

質問者からの補足コメント

  • >もし新しい世界を見つけたいなら、できるだけ情報を遮断して、仲間内だけでまとまって独りよがりになって明後日の方向のことをいっぱい考え出し

    私はこういう世界って素敵だと思います。
    情報に浸かっているいる状態では、どうしても固定観念から
    抜け出せないと思うんです。
    頭だけで考えて、結局、きれいにまとめるというか
    どこか既視感のある結論になってしまうんじゃないでしょうか。
    (つづきます)

    No.10の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2019/07/11 22:11
  • HAPPY

    それよりも、個性的で実現不可能に思えることも
    恐れず発言していくことで
    まったく違った世界が開けることも
    あると思います。
    私は文系脳ですから、文学系では
    その経験があります。
    人は十人十色ですし、考えること皆違うから
    互いに批評し合うってとてもエキサイティングだし
    思いも寄らない宝物を見つけることもできます。
    でも、逆にめっちゃ批判されて落ち込むことも
    ありますが、それはそれでいいんじゃないでしょうか。
    自分の気づかないところを指摘されたと思えば
    それこそ、ある意味、デトックス効果が
    あるのではないでしょうか。

      補足日時:2019/07/11 22:18

A 回答 (14件中1~10件)

情報量が多いほど創造的な営みの多さが相対的に減少するということは良く知られていることです。

ですから、グローバリゼイションなどで世界が一つになり、情報量が溢れた世界では新しいものが生まれ難くなるのです。それについて説明します。

理系の人なら常識なのですが、予測不可能な想定外の事象が本質的になっている集団ではその構成員の性質のあり方が平均値のところでピークを持つベル型の分布をします。この分布は正規分布とかガウス分布と呼ばれています。そして、ピークの取る値の半分の値のところの左右の広がりベル型の幅の大きさを半値幅とか「ゆらぎ」の幅の大きさと言います。そして、ここが重要なのですがそのベル型の形は構成要員の数が多いほど、細長いベル型の形になることが数学的に証明できます。すなわち、ピークの高さに対するゆらぎの幅は構成員の数が多いほど小さくなります。

そして、ゆらぎの幅が大きいほど思わぬ発見がなされることが知られている。ですから、集団の大きさが大きいほど、新しい世界の構築や思わぬ発見をするのに効率が悪くなる。逆に、新しい世界の構築や思わぬ発見を効率よくするには、集団の構成員の数を少なくし、したがって情報量を比較的少なくする必要がある。

しかし、もし外部からの情報量の流入を完全に遮断してしまうと、その系の安定性が保たれずに、崩壊してしまうことも、数学の安定性の解析の結果で良く知られています。したがって、創造性を豊かにするために最も理想的な集団とは、構成員が比較的少なく、さらに、適度に外部から遮断して、それでいて外部とは中途半端につながっていて、時々わずかな情報の流入流出のある系のことです。

実際、科学研究所の生産性について調べてみると、そこにつぎ込んだお金に対するノーベル賞受賞者の数が一番多かったのはドイツのマックス・プランク研究所だったのだそうです。この研究所は実は一つの研究所ではなくて、ドイツの主要な街に同じ名前の多くの研究所があります。したがって、各々の研究所の構成員は比較的少なく、さらに、各々の研究所がマックス・プランク研究所の名の下にルーズに繋がりながらも、各々独立に研究を進めている形式を取っています。

その逆に、巨大なお金をつぎ込んで世界中から著名な研究者たちを一堂に集めて巨大な研究所を作ってしまうと、そこからはほとんんど何も新しい世界を生み出すような研究が生まれてこなかった。具体的には、アメリカのジェネラル・モータースの研究所や、日本で京都、大阪、奈良の接点の地域に作った日本政府鳴り物入りの「けいはんな学研都市」からはほとんど何も生まれてきませんでした。

要するに、情報が溢れ、グローバリゼーションが徹底してしまうと、何も新しいものが出てこない。もし新しい世界を見つけたいなら、できるだけ情報を遮断して、仲間内だけでまとまって独りよがりになって明後日の方向のことをいっぱい考え出し、でも時々は外部とつながって、出来るだけゆらぎの幅を大きくすることが必要だということです。

日本が人類史的に見て非常に特異な文化を作り出したのは、日本海のお陰で日本が外部から孤立していたからです。その結果、残りの世界と比べて集団の数が小さく、したがって、ゆらぎが残りの世界よりも大きかった。しかし孤立していたからといっても、決してミクロネシアのように完全に孤立しているわけではなかった。遣唐使や足利時代の御朱印船のように、日本は鎖国と開国を間欠的に繰り返して、時々は適度に外部との情報の流入流出があったからなのです。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

ということは、ガウス分布をみると、
構成員が多くなるほど、平均値を示す人が多くなる。
つまり、これは人の影響を受けるということから
生じるものでしょうか。
人は自分で思うより人の影響を受けやすい。
無意識に人に操作されてしまうことを
表してはいないでしょうか。

構成員が少ないほど、相互に影響を受けにくく
逆に個人の価値観が保たれる。
ある程度、情報を遮断されることも
必要なことですね。
それに間違った情報も自分で咀嚼して
排除する自浄力も、そういう環境では
醸成されるのかもしれませんね。

お礼日時:2019/07/11 07:30

何やら私にとっては、雲行きが怪しくなって来たような。



この質問は、耳や目を塞がなければ入って来てしまう情報、の事を指しているのではないでしょうか?

求めているわけでは無く、また特に必要なわけでも無く、それなのにいやでも入って来る情報。
これに影響を受けて、本来の自分が分からなくなってしまっているのではないか、という事についての疑問であると、解釈してましたが違っていましたか?
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この回答へのお礼

Thank you

違っていませんよ。
自分でもそのつもりで質問したのですが
情報が飛び火していますね。
でも、それでいいと思うんです。
議論をしていく中で、今回は
デトックスという意味が明らかになれば。

お礼日時:2019/07/11 22:02

№11を承けます。

№10&12のかんれんにもなります。


▲ (けいはんな 世界と共創) ~~~~~~~~~~~~~
1. 企業や研究機関など140超の施設が立地する。

2. 革新的なビジネスを生み出すイノベーションの動きが目立
ってきた。

3. 島津研究所は・・・人の感情を数値化しようと取り組む。
・・・

4. 〔前項とのかんれんで〕空調機メーカー某は・・・温度や
湿度だけでなく 天井や壁の照明をどのように調整すれば室内で
作業する人の集中力をより高めることができるかを調べる。

5. 〔他の事例を省略します〕。

△ (理事長の話) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
6. 筑波は・・・大規模な国の研究機関が立地する。けいはん
なは・・・民の力が強い。

7. 今後は製品化の一歩手前の基礎研究をしっかり商品に結び
つけることが必要だ。・・・

8.〔今年に入って イスラエルやカナダなど海外との連携が相
次いでいます。〕・・・基礎研究を30年積み重ねてきて 海外が
注目するレベルに達した。条件が整ったということだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(日経 2019.07.11 朝刊 28面)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆ 30年間鳴かず飛ばずだったのだろうか? 

効率のわるい多集団の集中する立地条件を採ったが それでも外
との開放態勢を採っていれば ゆくゆくはそのような散逸構造つ
まりほったらかしであっても よい成果につながることがある。
――ということを実地でしめしていると言えるか?



情報収集についても 同じか? つまり 特に作戦を講じないで
ほったらかしにしていても 長い目でみれば それほど悪いとい
うものでもない。か?
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この回答へのお礼

うーん・・・

「けいはんな学研都市」で検索してみました。
30年の基礎研究がようやく実を結びつつある。
基礎研究とは、時間がかかるものなのですね。
石の上にも三年どころか
鳴かず飛ばずの30年とは。

情報収集に関しては
ほったらかしにしておくと
収拾がつかなくなりそう。
整理する必要あり、と思いますが。

お礼日時:2019/07/11 21:56

#10関連で。



>ということは、ガウス分布をみると、構成員が多くなるほど、平均値を示す人が多くなる。

その通りです。巨大な研究所も同じで、新しいアイデアが出しても、そのアイデアのつぶしあいで互いの足の引っり合い、平均値から大きくずれる連中を潰してしまう傾向にあります。どんな素晴らしいアイデアでもそれが生まれた時はまだ未熟ですので、そのアイデアのケチをつけるのは簡単です。構成員が少ないとそのアイデアを潰す要因も相対的に少なくなる。構成員が少ないほど、ゆらぎが相対的に大きいので、突拍子も無いアイデアも出る可能性が高く、さらに重要なアイデアが成熟するまでの時間的な余裕があるのだと思います。
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この回答へのお礼

そうですか。
最先端科学と言えども、人間の悲しき性は
超えられないということでしょうか。
巨大な研究所って寂しいものですね。

お礼日時:2019/07/11 21:30

ひとつささやかな問題提起です。

聞いてくれますか?


むかし外国語をまなんだときには 入門書や辞書がなくてたいへん
でした。ちいさなパンフレットが見つかると しっかりとその文章
を貴重なものを得たと思ってすみずみまで読み解こうとしました。

でも いまは情報があふれるようになっています。NHKで各国のニ
ュース番組がそのまま視聴できます。

ヴェトナムやトルコのもやっています。となってくると――つまり
情報量がふんだんにあるとなると―― まなぶ意欲が減りますね。

メリメの『コロンバ』のヴェトナム語翻訳が ふと手に入って辞書
を引き引き読んだことがあります。

それが いまではNHKの放送を聞いても 食指が動きません。
① 歳を取ったから。② 語学は趣味だから 必ずしも守備範囲で
はないから。 ③ 話すちからは そのときにも身に着けそこねて
いたから。

で わたし〔たち?〕は ずるいですから 過剰な情報の所為にし
ました。




問題は ただし情報の過多について なぜ《デトックス》という対
処法を持ち出すのか? です。

ファスティングについては ただ捨てればいいですよね。
デトックスは?

意地のわるいツッコミとしては 情報の中身が分からなければ 毒
かどうかも分からないはずではないか? となります。

ということは 専門家が吟味してその評価を伝えてくれればよいと
考えられます。

そして その専門家の意見こそが 時にはトクシフィケーションの
最たるものであったとしたら? という問題に移ります。

となると われわれが一人ひとりそれぞれでデトックスすることが
出来るのか?

ファスティングは 過剰にするとすれば 情報が入って来ない。
・・・




問題は かんたんではないですよね?

1. 情報が多すぎれば 食指がおのづと動かなくなるから だい
じょうぶ。(?)

2. あくまでフェイクなものや毒を見つけ出して 広く知らせる。
そして その情報をも検証する係のような人たちがいるようにする。

3. そしてそのメタ情報についてなお毒見する係が・・・。

4. ?????

5. ちょとつ見解が こんかい 必ずしもケ・セラ・セラ史観で
はないことに ちょっぴり驚きました。(その史観という意味での
相対性理論をやぶっている ように感じます)。
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この回答へのお礼

情報量が多ければ、おそらく視覚や聴覚など
五感で認知される以上のものが
飽和して飛散していると思います。
つまりは、人間は自分の認識に頼り過ぎているということです。
自分を過信しているというべきでしょうか。

自分は絶対に騙されない。
そう思っていても、次の瞬間には騙されている。
そんな脆い面がある。私たちは
普段、流布している、自分の感知しない情報については
あれこれ詮索しないでそのまま受け入れてますよね。
言い換えれば、信用している。
これが曲者だと思います。
情報が増えすぎると、偽物も多くなる。
専門家の傘をかぶった偽物も出現するでしょう。
専門家の言質は正しい。そんな刷り込みもあるでしょうし。

少ない情報環境の方が学ぶ意欲が起きますね。
なぜでしょうか。やはり人間は
知識欲があるからだと思いますが。
探究する過程をも大切にする生き物だから。

お礼日時:2019/07/11 08:10

なんかルー大柴が来てるみたいだけど、それはそうとして代謝の問題はあると思います。

若い頃は代謝量が多いんで、沢山食べても太らないし、沢山の情報を仕入れても処理できてたんだけど、年取ってくると、若い頃より食べる量は減ってるはずなのに太ってくるし、沢山の情報を仕入れれば、もうお腹いっぱい、めんどくさいね、となってしまう。

僕もある程度年を重ねてきたんですが、最近若い頃の夢を見ることが多い。頭の中ではまだ若い自分が居て、青春気取ってるんだけど、現実はそうもいかんよね。どうしてもおっさんになってくる。よくいやぁ大人に成ってるんだけど、なんか、自分らしさ、忘れてないか?と思うようなこの頃です。

物事を体系的に学んでる人は、ブロック積み上げるみたいにしっかりした基礎と積み上げ方を知ってるから、沢山の情報を搭載しても荷崩れ起こしにくいんでしょうけど、僕みたいなアバウト人間は情報量が増えると山積みになってすぐ荷崩れ起こしてしまう。それでも取り入れた情報から何かエッセンスのようなものを取り出してはいるつもりなんだけど、それがどの程度信頼できるかは分からない。感覚でやってることだからね。でもここに、自分らしさってものを持ち込んだら、自分なりの知識体系とか、体験の清算とかがうまくフィットする形でできるんじゃないかなと。余計な物や形を得ることなく、らしいものができてくんじゃないかなーと、ふと思いました。

ところで、健康的な体を作る標語みたなものに、こんなのがあります。いわく、
「栄養 休養 運動しよう」
この三つが揃って健康的な体になれるんですね。
考えることについても同じようなことが言えるんかなと思いますね。
「情報 休養 思考しよう」
ってことでしょう。
言うまでもないことですが、ジャンクフードや偏った食事が常態化するとやばいように、考えることについても、質の悪い情報とか、そういうのはスルーした方が良いですよね。その見分けがつくためには、良い情報と言うものがどんなものか、分かってなきゃいけない。

結論としては、情報の取捨選択を、自分らしさ基準で求めれば、自然とうまく成り立つんじゃないかと思うのが一つ。
もう一つは、立派な、考えられる人になりたいならば、知識は体系づける必要があるというのが一つ。
ありますかね。

特に自分らしさってのは、予期せぬ、思わぬ発見ももたらすから、大事にしたいですね。
自分らしくしてると良い友達もできるじゃないですか。そんな感じで、思わぬ事に気がついたりする。リラックスしてるからかな?
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この回答へのお礼

ありがとう

ルー大柴さんから、カタカナ語の
手ほどきを受けていました。

キサラギさんってアバウトな人なんですか。
そうは思えないですが^_^

情報と食事。似たとこありますよね。
質の悪い情報はスルーした方がよい。
それには、良い情報を知っていなければならない。
食も同じ。良いものを食べるためには
良いものと悪いものを見分けなければならない
と思います。
やはり、体系的な知識は必要ですね。

お礼日時:2019/07/10 22:21

キャラウェイシードさんのやり方じゃまだまだ生ぬるいですね。

確かに、意味透明な漢字表現で解毒と言ったり遮断と言ったりしないで、デトックス、あるいはファスティングと言うように字面を眺めただけじゃ全く意味のわからない意味不透明なカタカナ語を頻繁に使えば、おやっ、この人何を言っているんだろうと考えるようになって、考える力がつくかもしれませんが、キャラウェイシードさんのカタカナ語使用量はまだまだ少なすぎます。そこはやはり、カタカナ語をふんだんに使って、

「トゥルーリーにティンクするアビリティをリゲインしたいのなら、レギュラリーにウイーがデトックスして、あるいはファスティングするネセサリーがあるんじゃないでしょうか。」

って言えるようになれば、考える力も付くようになるのではないでしょうか。ティンクするアビリティをリゲインするために、もっともっとカタカナ語をユーズしましょう!

要するに、考える力をつけるには本来の日本語は貧弱すぎるとキャラウェイシードさんは間接的に言いたいんで、日本語の貧弱さを補うためにカタカナ語を使いましょうと暗に言っているのですね。日本語ってそんなに貧弱だったかなぁ。逆に流行りだからと言って安易にカタカナ語を受け入れてしまう態度が、考える力を退化させているんじゃないでしょうか。感じで表現すると、結構考えさせられるんですがねぇ。
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この回答へのお礼

助かりました

猪突先生!私はカタカナ語を使おうとしているわけではありません。
デトックスは日本ではもうトレンディ。
ファスティングもだいぶメジャーになりつつありますよ。
断食と言えば、宗教的禁欲的な感じしますが、
ファスティングとカタカナで言えば、不思議。
おしゃれな健康法になってしまいます。

ああ、なるほど。今、気がつきました!
言葉によって、私は日本語とカタカナ語を
使い分けてるんでしょうか?無意識に。
日本人なのに、ずいぶん洗脳されてしまったもんですね。
思いがけないご指摘でした。

お礼日時:2019/07/10 21:52

以前、もう一つのご質問に回答しました。

便利に生きているけれど、それだけでいいのか、という結論でした。

デトックスで思い出すのは、まだ幼い時に、育ててもらった祖父母と、同居していた叔父や叔母と、年末の寒い時に、正月を迎えるため、恒例であった障子の張替です。一日がかりでした。私は味噌っかすでしたから、古い障子をはがしたり、自家製のノリの粒々を刷毛でつぶしたりしていました。張り替えた後の障子は、何か、すがすがしくて、嬉しかったものでした。

その後に、一日中料理に明け暮れる大晦日があり、お飾りを家の内外にかけて、一夜明けると、改まったお正月が来ました。当時、お正月は、家族のためのもので、初もうでは、二日に出かけていました。お屠蘇や書初めなんて言う、今考えると、準備も大変な格式ばったしきたりもありました。

全てが非日常で、今考えると、一大事でしたが、デトックス効果があったんじゃないかと思います。

古風で倹約家の祖母だったため、純毛のセーターをほどいて、編み直しすることもありました。ほどいて巻きなおした毛糸を、湯の湧いているお鍋の上にかざして、ちりちりになった毛糸を、まっすぐにしてゆく、という、およそ、非生産的な手作業で、今だったら、小さくなったセーターは、寄付して、新しいものを買います。

こうして振り返ると、随分と丁寧な暮らしをしていました。あの丁寧さとつつましさを、私は、懐かしんでいるのかもしれません。
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この回答へのお礼

ciaopolpo2さんが便利な生活をシンプルだと
思っておられるのは
このような経験があればこそなんですね。
私が前の回答に、納得しながらも違和感を感じたのは、
便利な生活と、生活の質の高さが
イコールだと言っておられたことなんです。
なんか、そこに、別な思いが隠れているような
気がして、賛同できなかったのですが。
今回のご回答で理解できました。

お礼日時:2019/07/10 21:25

hつ年収一千万五江かあ。

全部間k手しあったなあ。ttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20190709/k10011988021000.html?utm_int=news_contents_news-main_002

~~~~~~~~~
necしんしんそ
心底バカにsれてるのだなあ。

蟹とか海老とか南アのでh僧ね。
今日は香川が問題のようです亜kら歯牙とか
派手羽化。頃船せーとかやはり伸ばし棒ですよね。
蟹は牢で奥で煽る屑ですし、宮助ははさみで脅迫です阿kら
滋賀も煽ってるんどえh層化。
蝉丸pの本wの買ったのは大失敗ですね。
屑や牢の本を勝てし合ってk根をどぶに捨てた気分です。
京都にいたのも無駄が寝です阿kら無駄な金ds対。

dsでゲームですか。八魔ショベルですか。
ショベルナイトというのはあおりだったのですか。
全部嫌がらせ奈央ですね。
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この回答へのお礼

安彦孝真という人は
40歳で年収900万から年棒120円の
Jリーガーに転向したそうですよ。
無謀というか前向きというか。
ある意味、すごいデトックスですよね。

お礼日時:2019/07/10 21:18

デトックスは毒抜きでしょうからは


ラクエのですね地獄の挟み
選挙特番がフジがミヤネと課とパンで、
なるほどという同じなのでしょうね。
それにしても見ヤン位牌らとしますね。よく平気で生きてレアm氏よね。

田中南が価値組奈央でh素か。
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この回答へのお礼

そうですね。
デトックスは毒抜き。排毒ですね。
解毒とは少しニュアンスが違います。

お礼日時:2019/07/10 21:06

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