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大阪の十三ってなぜラブホ街になったんですか?

十三がラブホテル街道になった歴史を教えて下さい。

A 回答 (4件)

戦後の日本はすべて焼き尽くされて何もかもない状態でしたが、男たちは必死で働くと昭和30年代に入ってそれなりのインフラ(社会基盤)ができ、高度成長期を迎えるようになりました。

そうした男たちを癒すためもあって、昭和30年代には十三に初めてキャバレーが登場したんです。

十三には戦前は十三劇場、朝日座、光明館などがあり、戦後は十三劇場(松竹)、十三大映朝日座(大映)、OK映画劇場(日活、新東宝)など7つの映画館が出来ました。昭和30年代あたりは映画の最盛期だったわけですが、これがやがて歓楽街になる下地になったわけ。

十三は大阪から神戸と京都に分かれる分岐点でもあって、昭和40年代に入ると、万博やら千里ニュータウンの開発が始まって、工事関係者が仕事が引けてからここに集まって来たんですよ。こうしてその頃、北大阪に繁華街が出来たのも、十三だけでした。

映画館はその後は徐々に廃れて行くのですが、その代わりに十三の街はネオンサインがきらめくキャバレー街へと変化して人を寄せ集め、夜の歓楽街へと変わって行きます。
折から藤田まことが歌う「十三の夜」が全国的にヒットして十三の知名度は一気に高まりました。十三は夜の街だというイメージが定着したんです。

(十三物語 一巻の終わり)
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この回答へのお礼

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お礼日時:2019/07/21 17:41

ラブホで商売する売春婦が多かったから。

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停まらない駅と猫カフェのイメージしかない・・

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もともと部落の土地だったみたいです。

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