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最近聖書を読み始めました。
ど素人です。バプテスマはしてません。

教会では、神に祈り信じ受け入れることの大切さを説かれます。
そして、信じるものが救われ、次の世界?天の王国で、報われると。

1 信じるものだけ救われる、これが本当に神のやることなんでしょうか? ひどくエゴイストに感じます

2 中国などでは、キリスト教信徒は弾圧されてると聞きます。信じる者が救われるどころか、弾圧されているのに神は何もしないのです。このことへの疑義をどう解釈するのでしょうか

3 イエスが十字架で死に、その血で、全ての罪は赦されたとされますが、理解できません

どれか一つでも構いません。
解説できる方お願いします

A 回答 (21件中1~10件)

逆に問おう、人間たちでなんとかなる(強欲の塊)問題に対してなぜ神様がでなきゃならんのだ?

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1、 信じる者『だけ』とは書いてなかったと思います。


また、信じている『だけ』で良いとも書いてありませんでした。

2、人を助けるのは、同じく人であるのが望ましいと思います。またイエスは、自分に固く従う者には迫害がある、と述べておられます。

本来人に備えられている良い特質が、良い教育によって十分に伸ばされ発揮されれば、人は人を助けると思います。ですが、その為の教育はほとんどなされていません。

私の知っている人達は、それぞれの方法で仲間や、時には仲間でない人も助けています。なので私の知る限り、『神は何もしない』ではなく、正しい聖書教育によって考え方と心を訓練された人々を育て、遣わすことによって、必要な助けを与えている、という感覚です。


宝飾店の前を通りかかったとき、高級車を扱う店の前を通りかかったとき、あふれんばかりに並ぶ商品の前を通りかかったとき、これらの、無くても困らないような物や必要以上に高価な物達は、はたして全部売れていってるのだろうか? と考えてしまいます。家族を養い、収めるべき税金を収めてもなお、これらを購入する余裕が、あるところにはあるんだなーと思って見てしまいます。それらの余剰の資金の幾らかが、困っている人達の為に使われたらどんなにいいだろう、とも思います。資力だけでなく、体力や時間もそうです。

例えば優れた教師は、まず自ら問題の解き方を教え、やってみせ、次に生徒本人に解かせてみせるでしょう。自分で解けたときは嬉しいし、教師もそれを喜ぶでしょう。どうしても問題が解決できなかったとき、その時が教師の出番です。

以前、夫が単身赴任で不在だったとき、暖かなサンルームでゴロゴロしている猫たちを見て、「お前たちのご主人様は別の所で働いてるんだよ。だからご飯が食べれるんだよ?」と言った後で、この子達には分からないか、と思いました。人間に神様の存在が分かりにくいのも、似たようなものでしょうか?

3、これに関しては、自分で納得のいく説明をすることができません。
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1 信じるものが救われると言ってるのは人間の側であって、人間の都合上そうなってるだけです。

実体が伴わないのに救いはありません。神が救うわけではなく、人間がそういう人になるかどうかの問題であり、神がどうこうできるものではありません。
2 神は何でもできるスーパーマンと勘違いしてるのは人間側の思い込みであり、できないものはできない。
3 すべての罪が赦されていれば、今の世はこうはなってないわけで、結論は、すべて罪が赦されてるわけではない。ということ。

そもそも、天国って何?救われるとは何?という話ですね。誰かが連れてってくれたり、決めてくれたりするものではありません。イエスも、あなたの中にあるんだと言ってますね。
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1.神が救うのではなく、信じた者は救われるという一般論です


2.いまや中国がGDPで神を抜き、更にアメリカをも抜き去って世界一の経済大国になろうとしているので、神でも中国には歯が立たない
3.ローマ帝国に迫害されていたことについて、その時点での罪はキリストの死をもって免除された
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人間界には、あまり神は関わる事は、無いみたいですよね


個人的に、関わる神々はいます
信じる者が救われるのでは無い
信じ実践する人達だと思います
イエス・キリストの死で、人々の罪は、許されたなど有り得ないでしょう
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聖書は


お子ちゃま向きに書かれておりまして
低レベルで、考えず、疑わず、素直なバカにならないと
アホらしくて読んでいられません
聖書は後世の創作であり、信用できません

仏典を読みましょう
(法華経)等、その奥の深さ、論理的な考え
聖書等とは天地の差があります

又、キリスト教が信じられない理由のもう一つが悲惨な歴史です
http://rokusann.sakura.ne.jp/default2.htm
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私もど素人ですが以下に自分なりに考えた貴方の質問への回答を致します。


1 恐らく信じるということに信心を持って神に仕えるという意味が含まれているのではないでしょうか?この場合布教活動や施しなどを通じて徳を積む行為をさすと考えられるため、人類の為になり、エゴにならないと考えられます。
2 上記と被りますが自ら行動することで現在を背負った人間が神に許しを得て救われるのなら矛盾が生じません。
3 イエスについては聖書に記載されているような神秘的な体験を目の当たりにした人々がイエスの神格化の過程でそう解釈したのでしょう。たまに芸能人などがテレビで昔の出来事を何か神様や仏様が導いてくれたように語るのを見たことがあるでしょう。
過去の体験を肯定的に回想するとき人は神秘的なものとして、否定的に回想するときには極度に悲観的に捉えるようにできているのだと思います。
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私はキリスト教があまり好きじゃないからね、仏教のほうが良いと思いますよ。



キリスト教もシャーマニズム的な原始宗教に毛が生えた程度の宗教です。神道と大した差はありません。
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まあ、キリスト教ってのも、ある意味では破滅思想を持っているからねぇ


典型的な「来世利益型」の宗教ですから、現世利益はないんですよ

時代背景を考えてみれば、
「なんでこんなに苦しいんだ、死んだほうがましだ」
「死んで楽になれるなら、死んでしまいたい」
そう思うくらいに、迫害されてた時代に生まれた宗教なんですよねぇ。

神を信じ、罪を犯していない人は、死んだ後、天国で幸福に暮らせる。
それが基本的なトコロですね。
死んだほうがマシって時代だからこその教義ですねぇ。

つまり、生きてる間は天国に行けるかどうかの審査期間なわけです。
キリスト教徒はさんざん迫害されてきましたけれど、それを耐えなきゃいけなかった。
というより、迫害に耐えるための宗教だった、とも言えますねぇ。
自ら命を絶つのは、それ自体が罪ですから、死ぬよりひどい目に合い続けても耐えなきゃならない
ハードな試練です。

まあ、そんな時代に罪を犯さないで生きることは難しい。
そこで「救世主」って存在が出てきて、全ての罪をその命であがなった。
おかげで罪を犯してしまった人々も天国に行けるようになった。
そういうお話です。

そんで最後の審判とかハルマゲドンとか。
黙示録を読むと、これまで迫害してきた側を徹底的に滅ぼし尽くしています。
その一方で、許しを得た善良なる信者たちは天国で穏やかに暮らすのです
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神や仏などは存在しないからです。


これが私の回答ですが、これは№3さんの回答に行き着きます。
しかし、№3さんは何故人が神を創り出したのか、という疑問には答えていませんので、それについて説明したいと思います。

60歳を過ぎて私は、人の脳や体に関する法則性にたどり着きましたが、根源的な法則は「人は生きるために生きている。」ということです。
このことを否定する人は多いと思いますが、脳にはもうひとつの巧妙なしかけが仕込まれています。それは、「生きるためには何かが必要」ということです。その何かは成長期の旺盛な好奇心だったり、何かに夢中になったりを経て、夢や人生の目的ということに辿り着くことが多いのではないかと思います。
 なぜ、脳にこういう仕掛けが仕込まれているかというと、生き続けるためには体に負荷をかけ続ける必要があるからです。何故、負荷が必要かというと、人の体の環境適応能力がずば抜けているため、マイナスの負荷が続くと負のスパイラルに陥りやがては死んでしまうからです。一週間程度の無重力環境を過ごした宇宙飛行士が帰還直後に満足に立てなくなる事例は、人の環境適応能力の凄さはを証明しています。

科学が発達しておらず、人々にとって死が身近にあった時代に世界三大宗教は生まれ、今日多くの信者がいますが、神や仏が存在しないにも関わらず、世界の多くの人々が信心するということは、宗教には多くの人々を引き付けるなんらかの魅力があるとともに、どんなに科学や文明が発展しても、人の心の本質は昔も今も変わらない、ということを示しています。

私は宗教を否定しません。
困難を乗り越えたり生き抜くために宗教が必要な人も多いと思います。特に大きな不幸に遭遇した人にとっては、生き抜くための大きな支えになるのではないかと思います。宗教には、そのような良い面もある一方で、人の心を縛ってしまうという非常に危険な側面もあります。
過去の日本の宗教弾圧で死んでいった人は、改宗すれば生きられ「人は生きるために生きる」ということが最も大事なことなのに、無知だったためにおろかな選択をしていると思います。

私が調べた範囲ですが、キリスト教の特徴の一神教と選民思想は非常に危険な思想だと思います。彼らの言う「人はみな平等」は、キリストを神と信じる者が人であって、それ以外の者や奴隷は人とは見なしていなかった歴史があります。
 また、昔、アメリカの人類学者が指摘した「日本は恥の文化であり、欧米は罪の文化」ということは、日本にはズバリあてはまりますが、欧米の罪の文化について誤ったイメージを持つと危険です。彼らの言う罪とは、神に対しての罪であり、他人に対しての罪ではありません。
更に、神との契約では、自分が正しいと信じることが神の意志になってしまうため、なんでもありになってしまうのではないかと思います。

最後に、「奇跡を待つより、信じる力で・・・」あなたは、何を信じますか?
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