戦前ゼロ戦を作った三菱とこの頃話題になる自動車を作っている三菱とは直接関係があるのですか?

A 回答 (5件)

ゼロ戦を製作した(実際にエンジンと機体の生産数は中島飛行機のほうが多いはずですが)三菱重工の自動車部門が独立して三菱自動車になりました。


伝統の技術力と歴史という点では関係が深いとおもいます。
余談ですが、「隼」でも有名な中島飛行機製作所は現在の富士重工(スバル)の前身で、川西飛行機は新明和工業の前身です。
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どうもありがとうございました。

お礼日時:2004/12/12 13:24

ちなみに、ロケット戦闘機「秋水」も作ってますね。


Me-163のデッドコピーじゃないですよ。

三菱重工資料室
http://tekipaki.jp/~tomjim/HTML/tz/tz_80_1.htm

復元されたロケット戦闘機・秋水
http://www.sagisou.sakura.ne.jp/~arakawas/backn0 …
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この回答へのお礼

どうもありがとうございました。

お礼日時:2004/12/12 13:26

堀越二郎の設計により名古屋航空機製作所(当時)で昭和15年にそれまで試作機であった零式艦上戦闘機の零を取って「零戦」として登場しました。

そのほか今の水島自動車製作所でも戦闘機と主に「一式陸攻」「月光」などの爆撃機なども生産されました。詳しく書きたいのですが長くなるので質問テーマの回答だけにとどまります。ということで今の三菱の製作所の前進は航空機を製作していました。戦後はその技術を生かし自動車を製作するようになったのです。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございました。

お礼日時:2004/12/12 13:27

零戦は、三菱重工が基本的には作っていました。


(エンジンは中島飛行機とか色々ありますが...)
三菱自動車は、三菱重工の自動車部門が戦後に独立した会社です。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございました。

お礼日時:2004/12/12 13:23

関係あります。

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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。

お礼日時:2004/12/12 12:29

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Aベストアンサー

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「零("れい"とルビがふってある)式戦闘機は荒鷲達からは零戦("ゼロセン"とルビがふってある)と呼び親しまれている」

という記事があったそうです。

http://freebbs.around.ne.jp/article/g/gumi/16/mdpxrh/
http://www.warbirds.jp/ansq/1/A2000658.html
http://homepage1.nifty.com/tadahiko/GIMON/QA/QA244.HTML

参考URL:http://freebbs.around.ne.jp/article/g/gumi/16/mdpxrh/

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>その後アメリカが撃ち落としたゼロ戦をアメリカが分解、研究して日本のゼロ戦を上回るものを開発したんですか?
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>そのことの解説の動画がありましたら紹介してください。
 ⇒ネット上の動画はいくらでもありますが、零戦をあまりに神格化しすぎたものも多く見られます。たとえば柳田邦男さんの著書「零式戦闘機」や「零戦燃ゆ」(いずれも文庫本になっています)を読まれたほうが正確な知識が得られるように思います。

>日本のゼロ戦をアメリカが研究してF4を開発?
 ⇒いいえ、零戦の初飛行は1939年、F4Fの初飛行は1937年ですからあちらが先ですね。

>日本がゼロ戦を開発し、当時の世界最高の性能の戦闘機となった
 ⇒当時の世界最高レベルであったのは航続距離と中高度以下での旋回性能、搭載機関砲の威力、超々ジュラルミンの採用くらいですよ。機体そのものは世界レベル以下の部分も相当ありました。実際、緒戦での零戦とF4Fとのキルレシオはほぼ同じだったという記録もあります。
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Aベストアンサー

ゼロ戦は、元々爆撃機を迎撃するために作られていないので、B29に対抗するのは難しかったでしょう。
爆撃機を迎撃するには、短時間で上空に上がれることと、強力な武装が必要です。高速も必要ですね。逆に航続距離を短くても良いですし、小回りが利く必要もありません。
ゼロ戦は空母に載り、また味方の攻撃機などと一緒に敵地に向かうことを想定しています。敵の戦闘機と戦うために作られ、また航続距離もながいです。

その後、爆撃機を迎撃するための戦闘機も作られていますが、残念ながら時期も遅く、少量しか作られず、B29には対抗できませんでした。


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