痔になりやすい生活習慣とは?

ヘイトスピーチは浴びせられる当事者だけでなく、それを聞かされる周りも迷惑だ。 迷惑だが取締りが困難だ。 個別に事例を解析して規制化していくしか方法がない。

中止された「表現の不自由展」、サヨクは「表現の自由」が侵害されたと言う。 愛知県知事も芸術監督の津田も暴力に負けた被害者という立場でいられるようだ。

サヨクマスコミや津田の主張(表現の自由)はどのように理解したら良いのだろう? 他人や社会に迷惑や不快感を与えて、それが許容される限度を問うているように見える。

質問1) タイトルの通り。 
質問2) 今回の展示会中止は「表現の自由」が侵害された悪例であり、抗議する側が自制すべきだったのか? 抗議の中で、テロ、脅迫行為は除いて回答して欲しい。
質問3) 「表現の自由」はもっと拡大されるべきなのか? 公序良俗や公共の福祉の存在を踏まえて回答して欲しい。
質問4) 「公金を用いた」展示会での「表現の自由」も規制がないのが好ましいか? 展示内容や趣旨を「不快に感じる層の存在が予測できたとしても」という前提を踏まえて欲しい。

以下は個人的感想。
昭和天皇を燃やす写真に感じる不快感は人それぞれだ。 何も感じない人もいる。 逆に、イスラム教徒が経典を焼かれたり、アッラーを侮辱されるのに近い感情を持つ日本人がいたって不思議ではない。 英国でエリザベス女王の写真に同様の行為をすれば、間違いなく騒ぎが起きる。 公金を用いた展示会であれば、知事は辞職を免れない。 展示物がアートと認められる訳がないし、展示目的も騒乱を意図したものと決め付けられる可能性だってある。 津田の行為は幼稚で軽率だ。 いや、茶番だ。 展示の目的は芸術ではないだろう。

平和の像も然り。 軍部、行政による「強制連行」を一環して否定している日本の立場にしてみれば、「強制連行の象徴」の像はヘイトスピーチ以上に日本人の尊厳を辱め、侮辱するものだ。 公金を使って展示する理由があるなら述べてみろ。

「表現の自由」という言葉さえ借りれば原爆被害者でもさらし者にできそうだ。

A 回答 (13件中1~10件)

1:>他人に迷惑をかける自由、他人を不快にさせる自由はどこまで認められるのか?



回答1:自由のそのものはどこまでも認められる。
そして、他者はそれらに対して不快感を表明する自由がある。
体制は、それらが違法である場合は法律に則って処罰する権限がある。
(法律が定めているのは行為に対する罰則のみであり「するな」という規範ではない)



2:>今回の展示会中止は「表現の自由」が侵害された悪例であり、抗議する側が自制すべきだったのか?

回答2:悪例ではない。
特定の存在への中傷は、日本の憲法の「表現の自由」の範囲内ではない(と思います)
(日本では、バカにバカと言っても名誉棄損になるらしいし)



3:>「表現の自由」はもっと拡大されるべきなのか?

回答3:(回答2と同様の理由で)思わない。

そもそも、この程度のものを表現の自由というレベルで語るべきではない。





4:>「公金を用いた」展示会での「表現の自由」も規制がないのが好ましいか?

回答4:好ましくない。
公金を用いている以上、主催者は公序良俗や公共の福祉に配慮をするべきだと思います。
それ以前に、回答3の理由から、主催者は公金を用いる以上「作品のテーマ」以前に表現物としてのレベルを吟味するべきだと思います。



以下は個人的感想。

私は、主催者側は日本人の度量の大きさを示しす為にも展示を許可し、津田大介氏はそれを受けて最終日まで彼の主張を圧倒的多数の日本人に見せて、彼とは異なる主張の人達からの表現の自由を受け止めていただきたかったと思います。

そして、今後の他者の表現の自由も認めて欲しいと思います。

『ツイ民さん 津田コラ画像を作ってしまう「私は氏の理念に賛同」』
https://www.moeruasia.net/archives/49637744.html
「他人に迷惑をかける自由、他人を不快にさせ」の回答画像8
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この回答へのお礼

毎度興味深い回答ありがとうございます。 回答3で貼ってくれたリンク拝見しました。 面白かったです。 今回の展示は津田の悪ふざけですが、リンクではそのコンセプトを生かすための方策まで述べている。 内藤陽介氏は博識なだけでなく企画力がある。 彼が紹介した絵画はどれもアートとしての水準に達していながら、強烈なメッセージが伝わってくる。 こういうものこそ展示すべきだ。 回答4にも通じるリンクだった。

回答1に関しては、法律に抵触しない限り「自由」としている。 しかし、自由を主張する側のあるべき姿に関しては回答3、4となる点が面白い。

個人的感想に関しては。。。。  あなたと同様の(さらし者派)意見は高須クリニックの高須克弥氏も述べていた。 気持ちは分かるが、まずは安全上の問題を最優先すべきでしょう。 こいつがクリアできたとしても、あのゴミ屑を展示し続けるのはなぁ。。。。 せめて、子供に見せるのだけは辞めて欲しい。 下の回答者みたいな(浅はかな)サヨク予備軍を増やすべきではない。

私としては、わざわざさらし者にしなくても、証拠の展示物で企画自体の低俗さは明らかになったと思っている。 二名の愚か者には悪ふざけの責任を取ってもらいたいものだ。

お礼日時:2019/08/14 22:16

失礼ながら、あなたは客観的に確かめようがないことを使うのが、お好きなようですね。


あなたが、英国人から返信を実際うけとっていることは、確かめられることでしょうか?
これは、卑怯なやり方ですね。

>あの作品から彼ら(英米人6人)が発したのはdisgust,dirty,vulgar,ugly,hideousです。

もし、これが本当だとしても、どうして、それで芸術でないと言えるのでしょうか?
芸術は、きれいな物だ、美しいものだ、とする押し付けをしていませんか?

>「平和を願って他国の国旗を踏みつけにする」

また、ご自分の主観をおしつけていませんか? 中垣の作品で、国旗をふみつけていますか?
中垣の作品で、国旗がぞんざいに扱われているとの解釈さえ、主観的な解釈にすぎないのですよ。
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この回答へのお礼

中垣の作品は国旗を踏みつけていませんね。 その通りですよ。

英国人からの返信は確かめようがないですね。 その通りです。 それは卑怯なことですか? ひとつだけ、中垣の作品に対する論評を紹介します。 これで終わりにしますね。

この作品が芸術に値するかは意見が分かれるでしょう。 この安易な奇抜さからは、作家の精神の未熟さを感じ取ることができます。 芸術作品とは表現者の感情を形にするものではなく、コントロールした感情を鑑賞者に伝えるために形にするものです。 残念ながら、この作品にはそれらの工夫や努力の証拠が見つかりません。

だそうです。 何の固定観念もなくこの作品を見れば、日本人でなくとも違和感、嫌悪感を感じるでしょう。 少なくとも、作品を好意的に評価する意見はひとつもありません。

あなたの周りでは評価する人がいますか? いないでしょう。 実際、美術界からの評価が全く見当たりません。

 民主主義に関しては紹介を辞めておきます。 ちょっと、気の毒ですから。

お礼日時:2019/08/15 21:43

質問者さんは、中垣の作品がヘイトであると解釈するような短絡的な英国人に送ったのでしょう。

バイアスが、とりのぞかれたもののとは言えませんね。

>『時代の肖像ー絶滅危惧種 idiot JAPONICA 円墳ー』という作品が展示されています。 本作品は「かまくら」に特攻隊員の寄せ書きを模した張り紙を貼り付けたもの

「ときの肖像ー絶滅危惧種 idiot JAPONICA 円墳ー」で、検索しますと、多くの解釈も現れてきます。そのなかには、idiot JAPONICA を、作者自身とするものもあります。日本人一般をさしたものとする強引な解釈には、疑問が残ります。

https://censorship.social/artists/nakagaki-katsu …

中垣の他の作品には、おおらかな民間信仰が取り上げられていることから、そのようなおおらかな姿、まわりからは馬鹿にされるような日本人のありかた、idiot JAPONICA が、偏狭に人を縛る国粋主義(その表れが特攻隊)によって、滅ぼされつつあると解釈できますよ。そのほうが、全体の素材をとおして、意味が通るでしょう。

他方、特攻隊の戦死者を英霊とあがめる人からすれば、寄せ書きが使われるだけで、「ヘイト」と解釈するかもしれません。その観点から、作品の残りを解釈してしまうのでしょう。

この作品をどう見るか、それは結局、人の解釈に依存するのです。
「ヘイト」であるとするには、「ヘイトであることにしたい」との願望の反映なのです。
作品を浅はかで反日ヘイトと解釈するのは、解釈者自体が、ふだんから反日かどうかを優先させる偏狭な思考の持ち主だからに他なりません。まさに芸術は、その人のあり方を暴露してしまうのです。

そして、解釈という主観やその人の背景・価値観に依存したものであるからには、この作品が「客観的にヘイト」であることは、とうてい出てこないのです。

くりかしえますが、主観に依存し、推測にすぎない理由をもって、表現の自由を制限することは無謀であり、民主主義の前提にいどむ弾圧行為にすぎないと言えましょう。
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この回答へのお礼

おかしいな。 中垣の作品を英国人はヘイトという表現は使っていませんよ。 私自身どこにも書いていないはずです。 ましてや、彼らの素直な評価を短絡的とするのは? 理解しがたい。 もう一度、ご自身の最初の文章を読み返してみては。

>idiot JAPONICA を、作者自身とするものもあります。日本人一般をさしたものとする強引な解釈には、疑問が残ります。
 ⇒ 私も調べました。 しかしね、中垣の輝かしい経歴はともかくとして、あの作品はゴミです。 本人がどう説明しようと、作者が何を意図しようが、その評価の主体は鑑賞する側にあります。 ご存知ありませんでしたか? くりかえしますゴミです。 

作品について6人中6人が「芸術ではない」との評価、中垣自身も事実として受け入れる必要があります。  芸術と呼べる水準でないのです。 あまりにも稚拙で表現方法が下劣なのです。

あの作品から彼ら(英米人6人)が発したのはdisgust,dirty,vulgar,ugly,hideousです。 ヘイト(hate)以上に汚らしいというニュアンスを共通して持っていますよ。

>くりかしえますが、主観に依存し、推測にすぎない理由をもって、表現の自由を制限することは無謀であり、民主主義の前提にいどむ弾圧行為にすぎないと言えましょう。
 ⇒ いいですか? その主観に委ねるのが芸術なのです。 推測に過ぎない理由ではなく、そのように感じさせてしまう作品に問題があるのです。 分かりませんか? ならば、「平和を願って他国の国旗を踏みつけにする」、作者がその意図を平和だと述べれば規制不能ですか? こんなことが許されたら国際問題になる。 今回の事例について考えてみるべきです。

メールは10人以上に送りました。 既に2通返信がありました。 何通かまとまったら補足に紹介しますね。

あなたの民主主義についての考え方への回答も来てますよ。

お礼日時:2019/08/15 19:08

それから、殺人や嘘などの正当化は別として、「政治的立場の違いからくる不快」は、表現の自由を制限する理由としては、認められません。

違う立場・価値観によって表現しあうことは、民主主義の前提ですから、それを「迷惑」とすることはできないのです。
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この回答へのお礼

今回の事例を立場の違いや価値観の相違とするのはおかしいと思うな。 海外ではどうなのか、確認してみます。 日本ではあなたのような意見があるということも添えておきます。

民主主義の考え方を履き違えているという回答が来そうな気がする(想像です)。 米国人はともかくとして、英国人は自分達がPublicWelfareを何よりも尊重していることを誇りにしているからね。 その自制の中で自由が主張できることを良く知っている。

私はしばらく英国に住んでいたことがあるが、日本人のことを尊敬している英国人が多い。 彼らが申すには、英国と日本には共通点が多いそうだ。 一つは伝統ある王室。 もう一つは道徳観念だそうですよ。 そして、もの静かで勤勉な国民性は英国人が理想とする人間像(gentleman)だそうです。

まず、英国人(知的階層)にとって「政治」は利害対立する意見の「調整行為」という共通認識があるはずです。 今回の事例が「政治」に当てはまるか否か、その認識についても聞いてみます。

お礼日時:2019/08/15 12:42

>「表現の自由」という言葉さえ借りれば原爆被害者でもさらし者にできそうだ。



原爆被害者を傷付ける表現であることが、誰にでも確認できれば、自由の制限の対象になりますが、そうでない場合に制限すれば、弾圧の可能性があります。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。 

>原爆被害者を傷付ける表現であることが、誰にでも確認できれば、自由の制限の対象になりますが、そうでない場合に制限すれば、弾圧の可能性があります。

質問4) 今回、一定数の苦情が寄せられました。 その中にある「侮辱」「不快」という意見は、今後の規制の根拠になり得ないでしょうか?

この件、英国人の友人からの「日本で騒ぎが起きている」というメールで知りました。 本来の展示の趣旨(芸術展)と展示概要、および展示物を6人の英米人にメールで送りました。 メッセージはどう感じるか(What do you feel these "art"?)だけです。 ※idiot japonicaだけは上部に貼り付けられているのが大量の特攻隊員の遺書との注釈をつけました。

その返答は前述の通りですが、全員が芸術ではないと申しています。 また、作品に悪意を感じるというのが全員の回答でした。 全員ですよ。 これほどの事例ならば、客観性の担保は可能でしょう。 現に、苦情が寄せられている訳だし、これから調査することも可能。 やるべきだと思う。

お礼日時:2019/08/15 12:21

>他人に迷惑をかける自由、



これは、もともとないですね。ただし、迷惑の内容に客観性がなければ、自由を制限する規則としては機能しません。

>他人を不快にさせる自由はどこまで認められるのか?

不快も、主観ですね。自由を制限するには、他者を傷つける表現が、だれでも認められるものである必要があります。

>「公金を用いた」展示会での「表現の自由」も規制がないのが好ましいか?

政治的なものは、一切禁止するか、一切認めるの、どちらかでしょう。政治内容によっては、規制すれば、検閲、思想の自由に、抵触するでしょう。

一切認めるも、政治的立場が違っても、表現の機会が与えられるので、公正な競争に近付けられるのです。
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この回答へのお礼

まずは回答ありがとうございます。 分かりやすい説明です。 何点か再回答いただけると助かります。

>迷惑の内容に客観性がなければ、自由を制限する規則としては機能しません。
質問1) 他国の国旗、他国の地図を破壊するような行為、画像を芸術と称する。 相手が受ける印象は侮辱。 侮辱と受け取るか否かの客観性はありません(人それぞれですから)。 こういった行為は規制できないものでしょうか?
質問2) 今回の展示物の中に、昭和天皇の写真を焼いて踏みつける映像がありました。 また、『時代の肖像ー絶滅危惧種 idiot JAPONICA 円墳ー』という作品が展示されています。 本作品は「かまくら」に特攻隊員の寄せ書きを模した張り紙を貼り付けたものです。 いずれも、芸術を語る水準に達していません。 6人の英米人に評価してもらいました。 全員が同様の意見を述べています。 同時に作品に悪意を感じると述べています。 全員です。
https://censorship.social/artists/nakagaki-katsu …
この事例に関してお答えください。 侮辱・悪意といった観点からヘイトスピーチ同様の規制はできる水準でしょうか、否でしょうか?

>政治的なものは、一切禁止するか、一切認めるの、どちらかでしょう。 政治内容によっては、規制すれば、検閲、思想の自由に、抵触するでしょう。
 ⇒ 極論はそうでしょうね。 しかし、個別事案に関して検証する、その結果を後の案件に生かして行くという考え方だってあるはずです。

>一切認めるも、政治的立場が違っても、表現の機会が与えられるので、公正な競争に近付けられるのです。
 ⇒ 今回の事例に関してもOKという考えですか?  法律に抵触しさえしなければ何でもありということになりませんか? 公正な競争が実現するかどうかも層別すべきです。 法の網を抜けることを意図する手法は淘汰できませんね。 今回の津田の行為はこれに近いです。 幼稚で刹那的な発想故に同様の人間が何度も繰り返すでしょう。

質問3) ヘイトは何故、個別事案ごとに解析され、規制の方向に進むのでしょうか? 芸術に名を借りれば免罪符でしょうか?

お礼日時:2019/08/15 12:00

不快に感じたり権利を侵害された人が裁判で解決すればよいと思います。

あなた自身が不快に思っているのに、お上に規制してもらいたいという気持ちが分かりません。
1. 当事者間で調整すればよい
2. 「中止すべき」の批評だけなら「表現の自由」だった
3. 本当に中止させたのは行き過ぎ
4. 国に規制してもらわずとも解決できる
歴史学者の多くは強制連行だったと言っていますが、彼らの研究を簡単に否定することができるのも「表現の自由」だと思います。
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この回答へのお礼

>不快に感じたり権利を侵害された人が裁判で解決すればよいと思います。
⇒ 今回の件は(モラルと良識の欠如を起因とする)不快感について論じたのであり、権利侵害は論点に挙げていません。 本件は裁判に馴染むような話ではありませんね。 理解できますか?
⇒「歩きスマホ」、「割り込み」など普段あなたがやっている迷惑行為を思い出してください。 もちろん、あなたは法律規制されていない以上、周りが我慢すれば良いくらいに思っているのでしょうが、私達はあなた達の存在に本当に迷惑してます。 しかし、この不快感を理由に司法に訴えることできません。 第一、司法が受け付けません。


>あなた自身が不快に思っているのに、お上に規制してもらいたいという気持ちが分かりません。
 ⇒ トンチンカンを絵に描いたような回答をありがとうございます(表現の自由)。 私はお上に規制してもらいたいなどと考えたことも、表記したこともありません。 第一にすべきはモラルの向上です。 あなた達のです。 しかし、無知で道徳心の低いあなた達が私達に迷惑をかけ続ければ、「自由」そのものが制限されることになります。 このことは理解しておきましょうね。
 

回答は1~3についてはどうでも良いことです。 マナー違反を繰り返すモラルの低い人間が言いそうなことですね。

回答4については、無教養なサヨクくんが馬脚を現したと微笑みました。 バカですね(表現の自由)。 規制の主体は国とは限らない。 現に、問題が生じているモデルケースに対して、これ以上のトンチンカンな回答は無いね!

>歴史学者の多くは強制連行だったと言っていますが、彼らの研究を簡単に否定することができるのも「表現の自由」だと思います。
 ⇒ バカですね。 モラルの低い人間は思い込みも激しいみたいですね。 サヨクの世界ではそのように教えられているのですか?

お礼日時:2019/08/14 16:07

No.2です。



> 徹底した法律による規制社会には住みたくない。
こんな国家は、次に分かれます。
1) 自由社会においても、習慣や道徳に従わず迷惑行為が多発すれば、
それを制限するために、法を整備しなければならない。
2) 国家が国民の行動を制限するために、先に法を整備する場合。
中国や北朝鮮がそのような国家です。
しかし、日本でも、共謀罪法はこの類でしょう。

前者はやむを得ない範囲と我慢するしかありませんが、
後者は、住みたくはありません。
しかし、最初からその国に生まれたら、その不自由さにさえ気づかないと思います。
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この回答へのお礼

挙げていただいた2つの事例はどちらも国家が社会秩序を維持するために必要かつ求められる行為です。 2)に関しては、中国や北朝鮮を挙げるまでも無く、国家体制に関わらず(民主主義であっても)行うものです。 立法府の義務ですね。

問題は1)です。 自由が暴走すれば規制されるのが当然です。 私が前回述べたのは、行き過ぎて(公権力に)規制される社会ではなく、個人個人がその良識で「自由を律して」他人に迷惑をかけない社会が好みだと申したつもりです。
こういう社会は自制が必要ですが、規制も少ないです。 行動の制限を法規にだけ求める社会は、益々締め付けが厳しくなります。 「歩きタバコ」は規制されました。 「屋外喫煙」もです。 「歩きスマホ」も規制されるでしょう。 法規に縛られないから自由であるという態度は自らを縛る結果になるのが当然です。

以上は子供でも分かる当たり前のことだと認識しています。 反論する人などいるはずもないと想像していました。

回答者さんの回答が不思議です。 そして、非常に興味があります。 他者に対する配慮や道徳観にです。 単なる公権力に対する反発心が言動の根拠なんてことではないですよね?

お礼日時:2019/08/14 10:07

他人に迷惑をかける自由、他人を不快にさせる


自由はどこまで認められるのか?
 ↑
個々具体的に検討するしかありません。

例えば、この世で最も悪しきモノはババア、と
いうのは、対象が一般敵なので許されると
しています。

沖縄県人はバカ、も同じです。

しかし、対象を特定して、バカだとか
罵るのは、公然と行われれば侮辱罪を構成します
ので、これは認められない、ということ
になります。

政治家の●●は汚職した、というのは
真実であることを立証できればOKとされています。

あいつは詐欺を働いた、というのは、控訴提起前なら目的が
公益の為で有り、かつ真実を立証できたときは
OKです。

しかし、片腕の政治家に対して、片手落ちと
揶揄するのは許されないというのが判例です。




今回の展示会中止は「表現の自由」が侵害された悪例であり、
抗議する側が自制すべきだったのか?
 ↑
税金が使われていますから、自制すべきでした。




「表現の自由」はもっと拡大されるべきなのか?
  ↑
もっと縮小されるべきです。
そうでないと、朝日など、ウソでもなんでも
やりたい放題です。
ウソを言う権利などありません。



「公金を用いた」展示会での「表現の自由」も規制がないのが好ましいか?
  ↑
公金を用いる以上、それは広く公益に資する
もので無ければならず、そうした制約があります。
公益に何ら資することが無い表現の自由は許されません。
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この回答へのお礼

>しかし、片腕の政治家に対して、片手落ちと揶揄するのは許されないというのが判例です。
 ⇒ 立法による規制にばかり頭が行っていましたが、裁判所による判決が規制になることに気付きました。 ありがとうございます。

>公金を用いる以上、それは広く公益に資するもので無ければならず、そうした制約があります。 公益に何ら資することが無い表現の自由は許されません。
 ⇒ その通りです。 義務として徴税された原資を用いるのです。 「みんな」のお金です。 一部人間の趣味やプロパガンダに使える訳がありません。 増してや、今回の行為は芸術に名を借りた「子供のイタズラ」です。 しかも、悪質な悪戯です。

https://www.asahi.com/articles/ASM854H8QM85OIPE0 …

--------------- 以下は大村市長の記者会見の抜粋 ------------------
憲法21条は『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する』。第2項では『検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない』。このポイントは、国家があらかじめ介入してコントロールすることはできない。公権力が思想の自由を判断することすら許されていない。
----------------------------------------------------------------------

これほどまでに、極端な事例にまで公権力が口出しできないならば、憲法を改正した方が良いとすら思う。

お礼日時:2019/08/14 09:48

日本の反日政党がある限りそこまでは許されます、自民党や維新の会が無くなれば日本は終わります。


外人でも反日は入国禁止若しくは強制退去にしないと工作員だらけになって、日本にも共に民主党があるように日の丸や旭日旗が焼かれる事になります。
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この回答へのお礼

公金を使って騒ぎを起こさないでもらいたいものです。 少なくとも、「迷惑である」、「不快である」という大衆の意思表示を表現する側(マスコミ)が隠蔽するような卑怯な態度が改められていく社会に変わっていって欲しいです。

微妙な問題なので政治家は関わり合いたくないでしょうが(河村市長の勇気を称えたい)、検討してもらいたい。 自民党にはできないと思う。 左翼マスコミの反発が強すぎて逆効果になる危険性が高い。 維新にはそれができると思う。 第三局という立ち居地が(自民に比較して)マスコミの攻勢を弱める可能性が高いし、建設的な問題定義能力がある。

自身の自由と権利を主張して、他者の迷惑を顧みない行為は人として最低だ。 マナーやエチケットという言葉で小学生でも知っている。 報道・表現という言葉が付くと、どんな「自由」も許すべきと大人の思考が停止する。

身勝手なサヨク思考に荒らされた社会を、他者に配慮する社会に変えて生きたい。 ただ、それだけだ。

お礼日時:2019/08/14 09:32

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