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日本を戦争に突き進めさせたのは日本の軍部だと、亡くなった祖母が言っていたのですが、そういった人を祀っている神社に日本の首相が玉串料を奉納するのはおかしいと思うのですがどうなのでしょうか?

特に、靖国神社は天皇陛下の命によって創建されたわけで、その天皇すら合祀後には参拝しなくなっており、異常事態が継続中であり色々おかしい気がしています。

質問者からの補足コメント

  • 膨大な本を読んだとのことですが私自身はたまに見る程度で諦めています。正直、全てが同じようなテンプレートに見え面白くないと思っているところがあります。松井石根、推しとのことでWikipediaだけで恐縮ですが読みました。よくある話だというのが感想です。志が高くても不幸な結果になった、または作ってしまった人という気がします。もっと言えば歴史に名前が残っていない人まで含めると星の数ほどそのような人はおりそのうちの一人という気がします。化学は偏差値70くらいでしたが歴史は50なかったです。歴史は人物が変わるだけでやっていることがハンコを押したように同じで眠たくなります。また、見方次第で180度反転して解釈できる。ま、中国ではおそらく更にひどい書き方でしょうし、他の歴史についても各国では真反対の評価などいくらでもありますので将来的にスリわせる必要があると思っています。

    No.15の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2019/08/21 02:03

A 回答 (19件中1~10件)

>国家ではなく個人(母親や本人)の気持ちとは関係なく戦地へ徴兵された親の気持ちが欠如していませんか?



親の気持ち、本人の気持ち、これは私が感じればいいことでこれをこの投稿によって改めて語ることは必要ないでしょう。
しいて言うなら、
「冗談じゃねーぞ! 俺がどれほど痛みを感じているのかお前なんかにゃわかるまい!!」
ですよ。
貴方は靖国神社の遊就館に行ったことありますか?
鹿児島の知覧平和祈念館に行ったことありますか?
いったことあるなら涙なくしては見学できないでしょう。

ウチのオヤジは特攻隊だったと書きましたね。
そのオヤジの仲間があそこに眠っています。
ウチにも同じ写真があったりします。

知覧から記念日に親父にいまだに招待状が届きます。
私が代理で参加したこともあります。

遊就館では親が出兵し独身のまま戦死した子供のために
せめて黄泉の国で一緒になっておくれ、という親御さんの切ない願いが込められた
花嫁人形が遺影の隣に置かれています。
涙なくしては見れません。こうして書いてるだけでもにじんできます。

欠如もへったくれもない!
あなたのように小理屈こねて見れるものでもないんですよ。
とくにオヤジの友人がそのような遺影になってたりすると
自分の友達だったら。。。を考えると胸が張り裂けそうになりますよ!

それをここでその視点が抜けてると言われても俺の胸にしまっておくよ。としか言いようがないですね。

さて、もともとは
ご質問の冒頭にある

>日本を戦争に突き進めさせたのは日本の軍部だと、亡くなった祖母が言っていたのですが

というくだりから 違和感を覚え投稿したわけですが
前に書いたように軍部が戦争をしたのは確かですが、
突き進めたのが軍部だというのはおばあさんの聞きかじりだ。とと申し上げました。

私はやむなく戦争をせざるを得なかったのだ!と書きました。
決して日本が戦争をしたことを正当化してるわけではありません。
かといって、間違った選択とも思えません。

日本人が先の戦争を日本びいきで語るとバッシングを受ける傾向にある。
太平洋戦争を始めたのは悪いことだ!
真珠湾攻撃、イギリスの東洋艦隊を攻撃したり、軍部の暴走だった!
という「日本人」は確かにいる。

しかし,昭和26年。太平洋戦争でたたかった「敵将」であるダグラスマッカーサーがトルーマンに解任され、
帰国し、米議会の
上院軍事外交合同委員会での公聴会の宣誓証言で(宣誓証言ですよ!)
「日本は絹産業以外に固有の天然資源はほとんどない。彼らは綿がない、羊毛がない
石油の産出がない、スズがない、ゴムがない、それら一切がアジアの海域にあった。
もしこれらの原料を断ち切られたら1千万~1千2百万の失業者が発生する。
したがって、彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだ」
と証言しているのです。
つまり自衛のために戦争をせざるを得なかった、といっているのである。

戦った敵将がですよ!!

俺には理解できない。
敵将が日本が戦争に走ったのは安全保障上必要に迫られたのだ!といっているのに
自国の人間が軍部の暴走だ、戦争に走った日本が悪い。
という人がいる。
実に不思議である。

日本人が、あれは安全保障上やむを得なかった、とひいき目にいい
敵が軍部の暴走だ、日本が悪い!というなら話は分かる。

しかし当の日本人が自虐的にモノを言い、
敵将がやむを得ない選択だったという。。。。

6年もの間戦争にいたった日本を徹底的に検証したことを宣誓証言で敵将が語ったことは
嘘で、左巻きが言いふらす自虐ネタを信じてしまう日本人はどうかしてないか?
と思う次第である。

敵将が自衛のためやむを得ない選択だったといい
弁護、釈明すべき自国民が日本が戦争したのはけしからんという。
あまりにおかしな話である。

もちろん貴方の言うように
「戦争中」だから現場で行き過ぎもあったろうし、理不尽なこともあっただろう。
しかし、バーさんがいう、「戦争にいたったのは軍部の暴走だ」というのは絶対違う!!
そりゃバ~さんが聞きかじったこと以外の何物でもない。
ばぁさんはマッカーサーの証言を知っていたのか?
原文で読んだのか?
歴史や証言を研究もせず、語るのはよしたほうがいい。

きみの質問は根拠のないばぁさんの言葉、そこから始まっている。
これを前提に
「首相は玉串料奉納、特にA旧戦犯についてどのように考えているのでしょうか?」
などと質問されても困る。
ちゃんと勉強してから物を言って欲しいものである。

君の質問を見ると
軍部の暴走で戦争になって(ばぁさんが言った言葉)その軍部であったA級戦犯が祀ってある
ところに首相が玉ぐしを奉天するのはおかしい!といっているのである。

そもそもA級戦犯は日本人が日本国内で決めたことではない。
東京裁判で敵であった連合国が決めたこと。
少なくとも戦争に至る経緯を勉強すればA級戦犯が日本に悪いことをしたわけではないことは
わかるはず。
連合国に対し悪いことをした人というだけである。

つまり、自国では特にA級だとかB級だとか分けてはいないのである。
靖国は日本独自のもの。その独自のものに自分たちが決めたわけでなく、
敵国が決めたランクを飲む必要などどこにもない。

この戦争をきっかけにアジア諸国がポルトガル、イギリス、オランダ、フランス、アメリカなどの植民地から
独立して行ったことは確かである。したがって、独立していった国は日本に感謝こそすれ怨んでいる国はない。

アジア諸国の中で植民地でなかったのは日本くらいなものである。
なぜ植民地にならなかったか。軍艦と戦闘機があったからである。
日清日ロで列強と闘い勝利を収める軍艦があったからこそ独立国を維持できた。

ところが石油を止められ7か月後には軍艦も戦闘機も使えなくなる。
使えなくなれば植民地になってしまうのは火を見るより明らかであった。
この石油をなんとしても切らさぬよう維持するには自ら取りに行くしかないであろう。
とうぜんの事である。

植民地はそりゃ悲惨である。
ポルトガルやフランスなど植民地においては強姦は当たり前。
植民地内において強姦しても不問にするという法律まであった。
できてしまった子供はハーフになる。
この子供を自国民とし、戦争になれば最前線に送る要員としていたのである。
強姦を容認だ。もちろん植民地内で現地人を殺すことがあっても不問である。
それほどまでに白人というのは残酷なのである。

こんな仕打ちを日本人が飲めると思うか?
できない相談であろう。絶対戦争はしてはならんと今は思っている俺が
当時の政治家であっても戦争の道を選んだであろう。

余談ではあるが
オールアジアで白人と闘っていたのに
この白人に与したのはアジアに一か国だけあった。中国である。
ABCDラインのCは言わずと知れたChinaである。
こいつらはあの残酷な白人にアジア人のくせして与したのである。
本来、アジアを守るために中国こそ白人からアジアの開放を先導しなくてはならんのに
白人に手を貸したのである。

なので、戦争は軍部の暴走であるということだけは違う!

あーそれからじーさんの列車でのエピソードは太平洋戦争真っただ中の話です。
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>ただし、あなたの書かれたものには統治された側(彼らの主張によれば侵略された)からの視点、


>国家ではなく個人(母親や本人)の気持ちとは関係なく戦地へ徴兵された親の気持ちが欠如していませんか?
>また、戦争が悪化してからの統治された地域の列圧な状況についても抜けていませんか?
>あるいはあなたの言葉で言えば、聞きかじりの知識にしかなってないように思います。

いやいや、あなたのおばあさん、実際に戦地に赴きましたかか?
まぁ、おばあさんのことはいいですよ。

私の祖父、父、ともに軍人でした。
祖父も軍人、父は飛行学校ら自動的に徴兵された軍人です。
祖父は満州に赴任しており、父はシンガポールに居りました。

おっしゃる通り、兵隊に出した母親をはじめ家族の思いは現代人では想像を絶する切なさや憤りがあったかと思います。
しかし、戦った軍人、例えば硫黄島で負けと知りつつ自害もせず最後まで抵抗したのは
日本は負ける、そうなると日本も占領され家族も虐げられるだろう。
そうなるのはわかっているがそれを一日でも一時間でも一分でも幸せな時間を持ってもらおうと穴を掘って抵抗したんです。
つまり軍人は祖国の家族のため、恋人のため、恩師のため命を犠牲にしてもその一分を伸ばそうと努力したんです。
そこに、私は先達への崇敬の念を持ってます。

オヤジも特攻隊でした。出撃を待っている間に終戦になりました。
シンガポールからいよいよ本土決戦に備え鹿児島に戻ってきたそうです。
毎回飛び立つたびに何度も何度も後ろを振り返り、キャビンの天井に頭を擦り付け首を折り曲げてまで
本土の陸地を見えなくなるまで見たそうです。
出撃するたびにもう生きてこの日本を見ることはなかろうという思いだったようです。
そいいう思いをして日本を守ろうとした戦った人、犠牲となった人には感謝しきれません。

そして、「統治された列圧な状況」と書かれていますが婆さんは見てきたんですか?
今、被害者だと訴え出てる人の話でしょ?
当時の人の話ではないでしょ?

ウチの爺さんが赴任してた満州では、もちろん見方としては日本の傀儡政権といわれる愛新覚羅溥儀がいたわけですが。
なぜ直接統治しなかったのでしょう?
列圧を加えるなら、あるいは虐げるのなら直接統治でもいいはずです。
現地人の気持ちを汲んだんですよ。

そりゃ日本が統治するのに現地人の協力なしにはできるわけがないんです。
また反感持たれたら統治がしにくいんです。
なので、非常に現地の人に気を遣い、同じ万引きでも日本軍人がやったらビンタどころじゃすまなかったんです。
じいさんが当時のエピソードを話してくれたことがあります。
ある日同僚と満鉄に乗っていたそうです。席は向かい合わせに4人座る席だったそうです。
じーさんは当時もう40を過ぎていてそこそこ位のある軍人で同僚も同じ位。
二人で乗り込むと立っている人もいる中で空いてる席があったので近寄ってみると
若い軍人で少尉だか中尉だったようですが前の席に足を延ばしてふんぞり返って
いたそうです。
同僚がその足を下から思いっきり蹴り上げ、びっくりした若い軍人は
なにしやがんだ!!とばかり立ち上がったそうです。
「きっさまぁ!満州まで赴任している他の軍人が気を遣って現地人を大事にしているのに
何だこの態度は!!降りろ!」
といってビンタ3発食らわせたそうです。
軍人は直立不動で殴られるまま身じろぎせず、そのあとずーっと立ってたそうです。

また、席がすいてきて、じーさんも同僚も座れて前の席も空いていたところ、途中でやはり若いペーペーの将校が二人
乗ってきて向かい合わせに座ったそうです。
今度はその駅で今でいう駅弁のようなものを売っていました。
昔の駅弁売りのスタイルご存知ですか?あんなような格好で弁当(お菓子や果物?)を列車の窓越しに売っていたそうです。

その若い将校が窓から身を乗り出し買っていたようですがベルが鳴りお金を探しているうちに走り出してしまい
とうとうお金を払わず列車は出てしまいました。

そこまでは同僚もじーさんもよくあることだから怒らなかったのですが
その将校二人が一言
「おい、得したな」ともう一人に言った瞬間同僚が切れて
「立てお前ら!!!」といっていきなり拳固で(じーさん言葉ですが)殴り倒したそうです。

そのくらい現地の人に気を遣ってたんです。
悪い見本を日本軍人が見せたのでは統治しにくくなるからです。
現地人の心証を少しでもよくしようと必死だったんです。

それから現在朝鮮半島出身労働者(韓国に言わせると徴用工)が問題となっていますが
ではなぜ、その人たちが働いた軍艦島にその徴用工の家族が後から半島からきて住みついたのでしょう?
待遇が良かったからですよ!当たり前でしょそんなこと。
彼らが呼び寄せたんですよ。
朝鮮にいるよりはるかに待遇が良かったから家族を読んで一緒に暮らしたんですよ。

いまそういう人たちがみんな亡くなって、残った朝鮮人が知りもしないでいちゃもんつけてるんですよ。
単純にここ何代かの韓国大統領の政権維持のための反日アナウンスによって洗脳された人間が恨み節を言ってるだけなんです。


>備蓄石油があったとしても海軍など欧米の技術力などを知るところからは無謀と言われていたわけです。
>自信過剰過ぎでしょう。
>更に、戦況が不利になり負け戦にも関わらず行くところまで行き、本土に大量の焼夷弾とそして核を2つも落とされたの全面降伏です。

無謀も承知の上の戦争だったのです。
あそこで戦争しなければ永遠の亡国となったのです。
戦争したから日本は生き残り現在の繁栄を見てるんです。

>戦死者数があまりに大きくすぎることについて少し考えてみるべきではないでしょうか

たしかに200万人超という膨大な犠牲者、民間人まで犠牲となりました。
もちろん戦争中の作戦や降伏の時期によってもっと犠牲は少なくできたかもしれません。
しかしそれはもう元には戻せない。そこの責任論を今更議論しても考えてみても始まらないんです。
意味がないんですよそんなこと考えたって。

その大きな犠牲となり日本を残してくれた先達に感謝こそすれ責任論をぶつけるつもりは私には毛頭ないです。
なにしろ言えることは
二度と戦争をしないように願うだけです。
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この回答へのお礼

満州の実際のお話大変興味深いです。ただ、これもどの時期に派兵されていたかによるかと思います。
私が聞いた話では特に朝鮮半島ですが現地の人を埋めて笑っていたという醜悪なものまであります。
あとはいいように使え便利であったと言っていました。ただ引き上げ時に財産はすべて取り上げられたそうですが。
なお、歴史的事件を見ても日本の自作自演などまであります。軍の規律についても幹部と末端の意識の差(現在の政治家でもありますよね)、
また、幹部であったとしても様々な考えたあり結果的に不幸な事件をたくさん起こしているかと思います。
現地に派兵された軍人の視点ありがとうございます!

しかし、統治された側(彼らの主張によれば侵略された)からの視点、国家ではなく個人(母親や本人)の気持ちとは関係なく戦地へ徴兵された親の気持ちが欠如していませんか?いい話ではなく辛い話を聞くと全く異なる話が出てきます。こちらについてはどのように思いますか?

日本を残してくれ感謝とのことですが、仮に、他に国になっていたとしてもその変化を受け入れ慰霊碑に行きその政府に感謝してそうですね。ただ、個人的には当時の日本は消え別の日本になっている気がします。戦前と戦後には大きな溝を感じます。また、アメリカの犬です。善し悪しは別として安保を含め高度な政治判断をする時全てについてです。

二度と戦争をしないように願うだけです。とのことですが、実際に世界では沢山戦争しています。日本も戦争にアメリカの犬として賛成支持を真っ先に表明しています。そこから更に多くのテロなどが世界中で起きています。(とりあえずイラク戦争とそれからのテロを念頭に話しています。)
もとに戻せない以上ただ感謝するのではなく、過去については反省をすべきかと思います。今回も朝鮮半島が不安定になる方向にかじを切っています。
責任論についていえば政治家は基本的に結果責任です。韓国のように大統領経験者がすべて死罪は功罪の罪にしか注目しておらず異常ですが、日本の場合政治責任不在が非常にが長く続いていますがそこまで甘いものでいいのでしょうか?個人的には功罪両面についてしっかり考えるべきだと思うのです。単純に靖国へ祀るというのはあまりに一方的な見方であり被害者(日本人の母親や遺族など)への配慮が欠けていませんか?

お礼日時:2019/08/23 17:48

>日本を戦争に突き進めさせたのは日本の軍部だと、亡くなった祖母が言っていたのですが



そのばぁさん今の立憲民主党の人と同じくらい勉強不足、あるいは勘違い、あるいは聞きかじりの知識でしかない。
ばぁさんが正しいとは限らない。

日本は追いつめられてやむなく戦争になった。
当時、たしかに日本は満州や朝鮮半島を統治していた。
しかし、この統治はそこに住む住民にも安泰な生活を提供してた。
決してヨーロッパのように植民地として奴隷的扱い、略奪的物資の調達をしていたわけではない。


日本の統治する広大な満州や朝鮮半島の資源が日本の軍事力を増大させると米国は考えたのである。
そこで、軍事力を背景に満州や朝鮮半島から手を引け!といってきたのである。

日本はここで手を引けばヨーロッパ諸国やアメリカがそこに入ってきてアフリカのように奴隷的扱いをする植民地になってしまう
と拒否したのである。

いうことを聞かせたい米国は日本の命綱の石油をはじめ天然資源の禁輸措置をとった。
さらに海上封鎖し石油を完全に止めたのである。

ここで、日本が白旗を上げ米国の言うことを飲んだら、
どんな要求が次に来るのか、いずれにしろ次から次へと
要求がエスカレートするのは目に見えていた。

戦争に踏み切ったのも、このまま石油がなくなるのを待っていれば
なくなった時には完全にアメリカの属国になると危惧し
備蓄石油があり軍事力が維持できているうちに戦おう、という決断をしたのである。

開戦数か月前の御前会議において
陛下が戦争を避けられないのか?と軍部に尋ねたところ
長野参謀長が
「ここで戦わずして治めればこの日本は亡国となるでしょう。
戦い、たとえ負けても戦いを挑んだということが後世を燦輝させることでしょう」
といってやむなく戦争に踏み切ったのである!

後の世、復興までわずか10年後である、さらにその10年後、その通りになったではないか!!!
あそこで米国の要求を呑んでいたら亡国となっていたことであろう。
大きな犠牲を出しても戦ったからこそ米国はじめ外国も日本のというものを知り
日本に対するその後の対応を変え、一目置いたことにより独立国として今や
G7に入るほどの大国になっているのである。

なので、その犠牲となった靖国に祀られる英霊には崇敬の念をもって
お参りするのが国民の義務であるとさえ俺は思う!!
彼らがいたからこそ今我々がこうして平和にまた贅沢をできる生活をしているのではないか!

陛下がお参りしないのは
お参りすることで政治問題になるからなのである。
好むと好まざる、あるいは筋を通す通さないにかかわらず
中国、韓国が政治問題として騒ぐ。
(「アジア諸国では」という表現をマスコミはするが騒ぐのは実は中国と韓国だけである)

安倍さんの参拝によって政治問題になるのはいっこうにかまわん。
なぜなら安倍さんといえどパンピーである、単なる政治家であるので
政治問題を起こしたってかまわない。
起こった政治問題を解決するのは政治家だから。

しかし陛下を政治に介在させることはできない。
また問題になった時陛下が解決することになる。
それは政治になってしまう。
よって、政治問題化しやすい靖国参拝は遠慮しているのである。

なにも無理やり陛下が中韓との政治問題を起こすこともあるまい。
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この回答へのお礼

歴史的な事実についてはそうですね。私の理解と同じです。

ただし、あなたの書かれたものには統治された側(彼らの主張によれば侵略された)からの視点、国家ではなく個人(母親や本人)の気持ちとは関係なく戦地へ徴兵された親の気持ちが欠如していませんか?また、戦争が悪化してからの統治された地域の列圧な状況についても抜けていませんか?全体主義的な日本国家としての見方であり残念ながら一方的かあるいはあなたの言葉で言えば、聞きかじりの知識にしかなってないように思います。
事実、旧満州や朝鮮半島の人から偉く恨まれていますがそれについてはどのように納得させられますか?

また、アメリカと日本の関係ですが日本は実質第51州という気がします。(善し悪しは別でアメリカの犬であることは間違いないです。)ここまで日本の独自色を消して、接近するのであればあれだけの日本人を死に追いやること無く政治的に解決すべきであるでしょうし、トップの責任は重大と言わざるを得ないです。備蓄石油があったとしても海軍など欧米の技術力などを知るところからは無謀と言われていたわけです。自信過剰過ぎでしょう。更に、戦況が不利になり負け戦にも関わらず行くところまで行き、本土に大量の焼夷弾とそして核を2つも落とされたの全面降伏です。旧ソ連と欧米で分割統治にならなかったことを素晴らしいせいかと言うならそうでしょうが私にはとてもじゃありませんが評価できません。なお、当時のトップに功罪があることについては異論はありませんが、戦死者数があまりに大きくすぎることについて少し考えてみるべきではないでしょうか。

陛下が親拝できなくなったのはA級戦犯合祀後からです。それまでは親拝されておられました。

お礼日時:2019/08/23 14:11

日本人が神社に参拝するにはおかしくはありません。


神道なら極悪人でも亡くなれば仏です。
神社に祭われている方々は仏ですから、靖国神社であろうが首相(私人の立場)であろうが神社に参拝するには日本人なら当たり前なのです。
そもそも靖国神社を国内問題にすることほうがおかしいな事です。
結婚式で神道形式を選択し場所を靖国神社で実施する日本人を批判しますか?
もし、靖国神社で実施することを批判するのであれば、靖国神社のことを勉強してください。
あと、東京裁判のことも勉強してください。
最後に戦犯で処刑された「東條英機」のことも勉強してください。
特に何故首相になったのか?首相としての彼の行動も日本人なら知っておくべきです。
彼は根っからの軍人です。政治家としての彼は畑違いですので素人、やはり下手くそでした。
しかし、下手くそでも彼なりに天皇の期待に応えようと必死だったと思います。
その天皇の意向とは何か?
日本人なら当然に知っておくべきです。
重要なことですので勉強してください。
東條英機のみならず、東京裁判で処刑された他の戦犯のことも知っておくべきです。
日本人なら「A級戦犯」と軽々しく呼称するのはよくありません。
元々、マスコミから生まれた言葉ですのでマスコミが使用するのは仕方ありません。

国歌や国旗を反対する者が、国際スポーツなどの国際イベントで活躍する日本人を応援するに日の丸の手旗を振っているのをよく見ますが、あなたの主張はそれと同じです。
首相であろうが国旗を反対する日本人あろうが、国際会場で頑張る日本人に日の丸を振って応援するのは別におかしくありません。
日本人ですから自然な行為なのです。
それを疑問視する日本人こそおかしいと思います。
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この回答へのお礼

勉強した結果が今の話です。FluidMechさんのお礼や他のお礼に特に私の考えを述べていますので異なる点があればそのあたり指摘していただければと思います。あなたが勉強した内容と私が勉強した内容が異なるか、視点が異なります。

為政者は現在でもそうですが結果責任でしょう。

また、天皇の意向は平和でしたが、それを実現できず軍部の暴走を抑えらず無謀にも世界に宣戦布告、日本を戦争に邁進させ一億玉砕とまで言い、赤札で不幸な歴史も作った。ま、為政者が国民を莫大な数死に追いやっても国をあげて讃えている国も結構ありますが私には同じ気持ちになれません。頑張ったのだから、志が素晴らしかったのだから讃えようというのは違うと思います。かと言ってお隣の国のように首相がほぼ全員死罪にするような国も明らかに間違いでしょう。功罪ありすぎる人を単純に国のために貢献したと言ってその被害者がいる所に合祀するのはおかしいかと思います。
称えるべきを称えるのは必須です。しかし、罰せられるべきところはキッチリを罰し、正しく評価すべきでしょう。

お礼日時:2019/08/21 02:17

君をサヨクのクルクルパーと誤解していた。

 申し訳ない。
>1)香港近くの深セン市のことでしょうか?
 ⇒ 深センを例に挙げた。 ただし、通州事件の舞台を現代に写したら分かりやすいかと思っての比喩なので、回答は当方の論旨からはずれている。 是非とも通州事件を調べてみて欲しい。 日本を擁護するためではない。 そこを基点として様々な歴史的事実を考察するきっかけにするのだ。

>2)今の政治家も思いは素晴らしいですが結果責任のみが問われます。残念で仕方がないですが誰も擁護しませんね。
 ⇒ しのごの言わずに松井石根について調べてみたらよい。 彼こそ無私の人だ。 日本という小さな枠組みではなくアジアのために中国のために何ができるか考え、実践した礎だ。
若い君がやるべきことが2つある。
1つ) 日本の文化と近代史を「多角的」に知ることだ。 サヨク的視点も、右翼的視点もダメだ。 多角的にだ。
2つ) 世界中の若者と友達になって、日本が誇れることと反省すべきことを堂々と自分の言葉で語ることだ。

>私も怒りの対象はまずは松平永芳ですよ。日本のために尽くした人を祀ることは必要です。(中略)ただ、戦犯を合祀してしまえば戦犯について着目されるのは仕方がないことかと思います。(中略)中国から見ても戦争で最も重たい責任を負っている人を日本人が祀るというのはいい気はしないでしょう。
 ⇒ その通りだ。 A級戦犯合祀が遅々としたことは事実である。 しかし、そこにはやるべき壮大な手続きがあったのだ。 それは、周辺諸国(日本も含む)が理解する「A級戦犯」という印象(誤解)と実態の乖離を漸減していくことだ。 松平はこれを割愛して軋轢だけを残した。 ぶち壊しだ。
 ⇒ 誤解する世界(諸外国)を無視することはできない。 これも正論だ。 しかし、日本国、アジアに殉じた祖先(そういう考え方があったって良いだろう?)を粗末にしたくないという考え方があったって良いだろう? 政府は亀のような歩みを続けて、それでも着実なゴール(乖離する意見の是正と殉国した先祖への礼儀)を目指していたと信じたい。

 ⇒ 私は若い頃、米国に留学した。 たった一人で3年間だ。 留学当初、米国に渡れば国際人になれると想像した。 留学当初、皆がペラペラと英語を操れるものと想像した。 それが国際人だと信じていた。 実際にはアジア人がたどたどしい言葉で教授と議論する。 言葉のハンデは研究のハンデではなかった。
 ⇒ 留学して半年たった。 孤独だった。 英語は少しばかり上達したし、友達もできた。 しかし、自分が目指した国際人になれないのだ。 何故か? 自分が思っていた国際人と目指すべき国際人に乖離があったのだ。 そして、それを埋め合わせる手立てがないのだ。 友人達(アジア人、欧米人)は自国の文化や歴史を語る。 自分は「英語がしゃべれる日本人」にはなれた。 ただ、それだけだった。

国際人というのは自国の歴史と文化についての教養と誇りを持ち、グローバルな視点で他者の話を理解し、語るべきを語れる人間だと理解した。 ところが、自分は日本の歴史も文化も何も知らないのだ。

 ⇒ 正直に言おう。 当時の私は君に非常に近い考え方をしていた(違っていたら失礼)。 アジア諸国に迷惑をかけた(誰に? どんな?)。 反省すべきは反省すべきだ(誰に? 何を?)。 日本の戦時行為は侵略を目的としていた(エビデンスは? そもそも日本は何をした?)。 何も知らなかった。

 ⇒ 留学中膨大な書籍を読んだ。 日本人になるためだ。 それが、国際人になるためだと信じてだよ。 良かったのは場所が米国だったという点だ。 欧米人、アジア人が論評する日本の評価、アジア進出の理由を直接読むことができたのだ。 日本で教育とマスコミの洗礼を受け続けた自分にしてみると、それらの論評は意外なほどに日本に好意的だった。
信じられるかい?

 ⇒ 私の専門は流体力学という工学の一分野だ。 PHD(博士号)を取って帰国することになるが、3年間苦楽を共にした諸外国の友人が多数いる。 20年以上たった今でも付き合いは続いている。 その中の韓国人(韓国系アメリカ人 シアトル在住)と中国人(北京在住)とは今でも家族付き合いしている。 この二人とその家族とは当時本気で喧嘩をした。
イデオロギーと歴史認識に関する対立だ。 視点の相違は埋まらない。 埋まらないが、それぞれが悪意や敵意ではなく、人間的な良心が根底にあっても諍いが始まることを互いが知り、認めることはできた。
 ⇒ 君たち若者には、そういう役割をやって欲しい。

>また、諸外国がうるさいという話はよくマスコミで聞きますが、そもそも日本ではたくさんの人が殺されており、個人的にはそろそろアメリカの戦争責任についても話題にすべき時代に来ていると思っています。
 ⇒ おっしゃる通り。 話題にすべきだ。 また、そうでない考え方もある。 日本人がその精神の気高さによって尊敬されていることに気付いたことがあるか? 過ぎ去ったことを根に持つ行為はその気高い印象を後退させないか? 少しだけ心配だ。

20カ国渡航している君は海外で何を感じている? 海外で何を伝えている? 君の先輩達がアジアを含む諸外国でどんな貢献(戦中を含む)をして、どんな評価をされているか感じてくるべきだ。 スリランカと言ったのはそのためだ。 8月に行きなさい。 私が述べた「気高さ」が誇張でないことが分かる。

 ⇒ 一昨年まで私はケンブリッジに住んでいた。 英国人(知識階層)の日本人に対する評価は高い。 何故か? 日本人がgentlemenだからだよ。 受けた恨みを晴らすのも人の生き方だし、飲み込んで前進するのも生き方だ。 このような好印象はドイツでも感じることがある。 欧米人の「特定アジア諸国(分かるよね?)」に対する印象と日本のそれとに違いがあるのだ。 気が付かないかい?

 私は、欧米人、アジア諸国の一部にある「畏敬」に近い観念を崩したくない。 私は剣道をやっている。 据えかねることを腹に据えることを美徳だと信じる古い人間だ。 松井石根を尊敬する根拠もそこにある。 そして、若い君たちにもその観念を受け継いでもらいたいと勝手に期待している。 迷惑だろうがね。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

>>論評は意外なほどに日本に好意的だった。
>信じられるかい?
WWIIより前については各国が植民地を作っているわけで、雰囲気は世界が戦国乱世みたいな話で仕方がないというのが実情かと思います。

ただ、植民地で成功をした国は現代のモラルに照らし難民を受け入れなど何かしらの形で責任を取っているかと思います。また、多くの旧植民地の経済や軍事は欧米に比べ弱く旧宗主国に文句を言えるほどの力がないような気もします。

ガチの国際人ですか。私は英語で躓きました。偏差値は40くらいでそれが嫌で旅行がてらNZに行った時観光ビザの切れる3ヶ月ほどいましたが使えるレベルには程遠いです。CNN Student止まり。

ただ、私のような低レベルの人が集まる場所は残念ながら集まる人のレベルも私を含め表面的な人が多いです。ただ、それはそれで意外になんとかなるものです。歴史のみかたも様々な見方があっていいような気もしています。ただ、情報にバイアスがかかっていることについては誰しもが注意を払っていたほうがいい。そのようには思います。欧米人の日本に対する評価は一般にアジア国というくくりで広島、長崎、東京の地名だけかと思います。

スリランカは以前隣のインド旅行で死にかけ酷い目にあいました。国そのものは非常に興味深いですが命あってのものだねですのでインドに近いスリランカは行けないです。

ただ、どの国の人と話しても英語が使えるレベルの人であれば、戦争は良くないという点だけは一致します。

戦争責任の歴史については38億年前の生命発生当初から生存競争があり、地球環境は常に変化して常に不平等を強いています。原因を突き詰めればきりがないでしょう。根源的に言えばビックバン直後からすべての粒子の動きは確定し、今、そして未来の動きも全て確定している。不確定性原理で否定する向きもありますが、例えば全く同じビックバンが複数同時に起こった場合、その複数の宇宙はコピーしたDVDのように分子の動きすらすべで全く同じ歴史が繰り返されるでしょう。そうなると、全ては確定した未来と呼べ本質的な意味で誰にも責任がないでしょう。強いて言えば分子の位置が確定するランダム性の発露に責任があるということでしょうが誰もこんなものは認めないかと思います。

以下補足にて

お礼日時:2019/08/21 02:02

3つだけ言わせて欲しくなった。


ひとつ) 通州事件という事件があった。 歴史を知るきっかけにして欲しい。 中国人を非難することが目的ではない。 歴史の多面性を知ってもらうためだ。 中国と戦争を起こす要因の一つだ。 もし、現在の深浅で日本人がテロにあい続け、中国政府が適切な対応をしなかったとしたら、君ならどうする? 日本の世論がどうなると想像する?

ふたつ) 松井石根について知って欲しい。 A級戦犯と間違われることが多いが、B級戦犯として処刑された殉国七士の一人だ。 彼を誹謗することを私はできない。 日本人として尊敬している。 彼の中国に対する思いを知るべきだ。 これも歴史の多面性を知る一つの行為だ。

みっつ) 狭い知識で他人を誹謗するのはみっともないことです。 昭和天皇が合祀に反対していたという解釈が多勢なのは事実だし、靖国側の勝手な判断に怒りの声をあげたという情報も真実味がある(卜部亮吾侍従日記)。 実際、「富田メモ研究委員会」では天皇の合祀に対する否定的な考えを最終報告で認めている。 しかし、その理由を「昭和天皇が靖国神社の合祀のあり方について、明治天皇の創建の趣旨とは異なっているとの疑問を抱いていたのではないか」とのまとめ方をしていることに留意すべきだ。

No.7の回答は事実の重要な側面を語っているよ。 そもそも、合祭の動きは1969年に厚生省援護局と靖国神社とで「外部発表を避けること」という合意のもと行われた。 特定アジア諸国への配慮が欠かせない微妙な問題であるため進捗は遅々とした。 しかし、1978年3月、宮司(筑波藤麿)の急逝により代替わりした新宮司(松平永芳)の暴走で状況は一点した。

マスコミは当然大騒ぎした。 朝日新聞は中国を炊きつけた。 予想通り外交問題になりかけた。 天皇でなくとも慌てたよ。 これも歴史的事実の側面だ。 サヨク的な無知で単純な解釈で決め付けるのではなく、様々な状況を確認して判断する必要がある。 富田メモを読んでごらん。 怒りの対象は戦犯ではなく、新宮司(松平永芳)であることが明らかだよ。 当時の状況を確認してごらん。 怒りの理由は手続きを踏むことなく独断によって混乱を起こした、松平の行為だよ。 その背景にあるのは諸国と軋轢を起こしたくないという天皇の姿勢だ。
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この回答へのお礼

1)香港近くの深セン市のことでしょうか?私もそこへは行ったことがありますが仮にテロが多いのであれば今の日本人同様その地域からは撤退するのではないでしょうか?現在深セン市に中国軍が集結していますが、香港についてもゴタゴタが起これば中国を非難はするでしょうが、クリミアがロシアになったように結局は静観するような気がします。
2)今の政治家も思いは素晴らしいですが結果責任のみが問われます。残念で仕方がないですが誰も擁護しませんね。

私も怒りの対象はまずは松平永芳ですよ。日本のために尽くした人を祀ることは必要です。ただ、それが神道かどうかは別でも必須です。ただ、戦犯を合祀してしまえば戦犯について着目されるのは仕方がないことかと思います。また、特に先の戦争で子供を亡くした(赤紙で徴兵)親などは戦犯について考えるところはあるかと思います。中国から見ても戦争で最も重たい責任を負っている人を日本人が祀るというのはいい気はしないでしょう。
また、諸外国がうるさいという話はよくマスコミで聞きますが、そもそも日本ではたくさんの人が殺されており、個人的にはそろそろアメリカの戦争責任についても話題にすべき時代に来ていると思っています。数年前ですがあちらの資料館へ行くと当然のように原爆などが正当化されておりそろそろ再度考え直すべきかと思ったりもします。また、原爆否定の展示は行えないなど戦勝国ゆえの問題も多くはらんでいるような気がします。諸外国がうるさく言うように日本国民の中にもアメリカに対してかなり複雑な感情を持っている人はいるとおもいますが意図的か知りませんが取り上げずひどいものです。話がそれてすみません。

お礼日時:2019/08/18 20:16

No.5ですが。

2点追記します。

その1、天皇は現在では靖国に参拝していませんが、年に2回、勅使を派遣し続けています。

また、昭和天皇は昭和54年に愛知県で行われた植樹祭に際し、わざわざ会場から遠く不便な、A級戦犯の墓所(殉国七士廟)にはごく近い山の上のホテルを希望して宿泊しています。そこで、自分の部屋の中から墓所を向いて直立不動の姿勢で15分以上黙禱していたという逸話が残っています。

真面目にこの話題を論じたいなら、少なくとも「昭和天皇はA級戦犯が個人的に憎くて参拝やめた」みたいな低レベルの決めつけはしないほうがよろしいかと思います。

無謀な戦争を始めてしまったという「過ち」について、昭和天皇からA級戦犯への気持ちがどのようなものだったか推測すると、共犯という意識のほうが強いだろうと思います。昨夜のNHKスペシャルでも関連する内容がありました。

たとえ話しますが、戦国武将が戦に臨んで有力家老の意見を聞き入れて結局負けた、だからって「あの家老がみんな悪い」なんて、よっぽどの人でなしでなければ考えない、いや考えたって表には出さないでしょう。自分にはその意見を了とした判断の責任があります。

実際、昭和天皇は敗戦直後、マッカーサーとの会見に際して「責任はすべて私にある」、A級戦犯として後に処刑された者も含めて「文武百官は...彼等には責任がない」と申し出ています。



その2、先に書いた前提、つまり無謀な戦争に突き進めさせたのはA級戦犯だけの責任だという主張を受け入れたとしても、彼等をヒトラーと一緒に扱うのは甚だ不適切です。

ヒトラーが今なお世界中で極悪人とされているのは、特異な優生思想に基づいてユダヤ人虐殺や同性愛者や障害者の断種や「安楽死」を行った、その狂ったイデオロギーゆえです。

他国の領土に攻め入ることは、今では国連憲章で禁止されていますが、当時は連合国側含めて多くの国がやっていたことでした。A級戦犯は、情勢判断を誤った敗軍の将という以上のものではありません。

もちろん「こいつらのせいで肉親が死ぬことになった」と憤る遺族はいて不思議ではありません。しかし東京裁判によってA級戦犯が裁かれたのは、一言でいえば連合国に歯向かった罪を問われたのです。日本人を大勢死なせた罪ではありません。

捕虜虐待や民間人の虐殺などはBC級戦犯として裁かれています。彼等はA級戦犯より先に合祀されていますが、問題視する世論は国際的にもほとんどありません。

またさらに言えば、A級戦犯でも死刑ではなく終身刑や有期刑になった者達は、サンフランシスコ講和条約によって日本が独立を回復してほどなく釈放されています。刑の執行責任が日本側に移ったからです。衆議院本会議で「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が全会一致で可決され、それから関係各国の同意を得て、釈放に至っています。

釈放された元A級戦犯には、その後政界に復帰し大臣を務めたものもいます。重光葵に至っては、日本が国連加盟を果たしたとき、国連総会にて加盟受諾演説を行っています。

つまり敗戦から復興する当時の世論は、決してA級戦犯を悪者扱いしていなかったのです。ヒトラーと同一視するようなふざけたアイデアは、もっとずっと後になってから誰かが広めたファンタジーです。
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この回答へのお礼

あなたは先の回答でA旧戦犯以外に責任があるという書き方をされていますよね?そこで私は、ヒトラーを出したのはその思想などではなく、彼のような人ですら国民の支持を得ていたという話を出したのです。ヒトラーと同一視しているのはその思想などではなく、国民支持が背景にあったという話です。この点は誤解なきようお願いいたします。つまり、ヒトラー一派を責任者にする向きもありますが、現実としては国民全体が彼を支持したのだから国民全体に責任があるというのが正しいという話です。しかし、現実問題として幹部のみを処罰の対象としている、つまり、この例に倣うならA旧戦犯を責任者にすることにも一定の合理性はあるという話です。

まぁ、天皇陛下は国のトップでしたので共犯でしょうね。戦後を含めその言動からもそのように感じているでしょう。そして、戦争へ突き進めた共犯者を靖国に合祀したことについて良くは思ってないと思うところです。

なお、当時の倫理観や道徳などについては概ね私もそのように考えています。ただ、遺族の声が十分に発せられるくらい裕福(当時は人材不足であり当然能力のある人が国の舵取りをするのは普通でしょう。)になってからはやはり過去の精算が必要な気がするところです。
それ以前の、大政奉還のあたりを見ても賊軍の人材も多数登用されていますし優秀な人は優秀なわけですし、恨み云々よりも優先すべき時代はあるかと思います。

お礼日時:2019/08/18 19:34

日本人にして、A級戦犯などと言う単語を軽々に使用すること自体どうなんでしょうか。


戦勝国側が報復のために苦肉の策で作った名称ですよ。

ちなみに、オイラは右でも左でもないよ、単なる国民です。
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この回答へのお礼

それであれば、誰が責任者でしょうか?現在の政治なども結局は国民から信託されたトップが責任者になっていませんか?まぁ某国のように誰もが責任を取らず国際条約がまともに結べない国もありはしますが・・・

お礼日時:2019/08/18 19:14

>過去をみると結局は満州事変などもそうですが軍部の暴走に大きな責任があるかと。

まぁトップが天皇なので天皇かもしれませんが、「四方の海 みなはらからと思ふ世に など波風のたちさはぐらむ」など御前会議で言っていますし基本的には平和主義者かと。更に遡れば、彼らに力を与えたのは国民であったわけですから、国民と言えるでしょうがw
ナチスにしても国民の指示であのような大惨事を招いたわけですが・・・まぁなぜナチスが支持されてたのかを問えば諸外国と言えなくもないでしょうがw
 ⇒ 靖国に祭られている英霊はそっとしておいて上げなさい。 歴史の入り口すら見ていな君が黄色いくちばしを突っ込む話ではない。 まず勉強するべきだ。 掘り下げる程、どうしたら戦争が回避できたのか? 誰が悪かったかなんていう結論にはたどり着けなことに気が付くよ。 回避すべきだったかということだって分からなくなるぞ。 日本の国益なんていうちっぽけな理由ではないぞ。

 ⇒ 大人になったらインドネシアに行ってみな。 スリランカに行ってみな。 意味が分かるから。
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この回答へのお礼

一応、大人になり20カ国くらいは個人で旅行をしていますが、数ヶ月海外にいたこともありますが正直このくらいの短期間ではわからないものです。ついでに言えば、日本ですが沖縄にも行っています。戦争が悲惨であるということだけはわかりますがそれだけですね。まぁアメリカなどでは戦勝国ですし捉え方が異なっていますけどね。

お礼日時:2019/08/18 19:12

だれも責任を追及しなかった先の大戦。


今も変わってないねー。
日本人全員が悪かったのかね。
一億火の玉で戦争したんだよ。
そうだったら靖国神社に戦争で死んだ人全員を祀れ。
空襲で死んだ人々も靖国に祀れよ。
戦前回帰の保守議員よ何考えてるんだ。
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この回答へのお礼

たしかにそのとおりですね。実際、様々な都市が空襲にあい膨大な数の人がなくなっていますね。

お礼日時:2019/08/18 19:08

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