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先日、学校の課題で人権や平和に関する書籍を読んだ上で読書感想文を書くというものがありまして、私が読んだのは『生きるための選択』というものです。著者であるパク・ヨンミさんの脱北した経験とその後の日々についての話です。北朝鮮の配給制度が完全にストップしたために飢えに苦しんでいたという内容だけで心が苦しかったです。
さらには、意思を持つことも実質禁止のようなものだったために韓国に入ってはじめて自由を知ったことにも心が痛くなりました。
これを読んで、食べられる事自由な意見を持てること、安定した生活が送られること、学校に行けることが本当に言葉では表せないくらい幸せなことだと気付きました。これまで何度も、そのようなことは言われて来たけど今回あらためて感じました。
とはいえ、こんなにも幸せな生活が出来ているのについ不満を感じてしまう自分にイライラしてしまいます。それに、小学生の頃から出されたものは食べないといけないという考え方をしてるせいでレストラン等で兄弟が残したりするとムッとしてしまいます。
どういうふうに考えたらいいのかがわからなくなりました。
気の持ち方を教えてください。

A 回答 (4件)

天国に住んでいる人には、天国の良さなど


判りません。

貧乏を経験しないと、お金の有難味が
判りません。


ワタシには中国人の知人が多いのですが、
彼らが来日して生活すると、異口同音に
「日本は天国だ」
と驚きます。

当の日本人にはそんな自覚はありません。
あるのはもっと欲しい、もっとよこせ、という
不平不満だけです。

人間の欲望には際限が無いのです。


その脱北者にしても、数年経てば、自由や豊かさの有難味
など、感じなくなりますよ。
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この回答へのお礼

そういうものですか。やっぱり、感謝だけは本当に忘れたくないものです。

お礼日時:2019/09/03 18:40

日本人は、唯一「頂きます」といって食事をする国民です。

食事を残さない風習は、戦後の食糧難から始まったと言う説がありますが、それは違います。その理由は「頂きます」の言葉に集約されています。八百万の神が宿るとされる日本は、全てのものに生命を感じます。それが仏教思想と相まって、食事の「頂きます」に集約されているのです。

即ち、食事を必要とする人間は、命が宿っている動植物他の命を体内に取り込むことによって、自らの命を保っているのです。だから食事達の命を「頂きます」なのです。そしてこのことが理解出来れば、食事の前の「頂きます」が全く違った語感になる筈です。

災害が多く、飢饉も多かった日本人は、つい約70年前まで、餓死者が存在したのです。あのWW2では、70%以上の兵士が餓死だった事を日本人は忘れているのです。

貴方のイライラは分からないではありません。我が祖先も、つい2代前まで北朝鮮と違いは余りなかったのです。人は人です。食事に感謝するあなたには、必ず幸いが訪れるでしょう。でも聖書の「ヨブ記」の様なことが起きる事もあります。しかしそれは貴方の不幸ではなく、幸福をもたらす、前段なのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!少しだけ、考え方が変わりました!何が起こるかわからないからこそ、今を大切に感謝したいものです。本当にありがとうございます。

お礼日時:2019/09/03 18:42

若いうちは好きなように生きるべき、食べ物も無駄にするのでなければ残してもいいようにすれはば良い。


食べたくないものを無理に食べるのは好きではない、だから頼まない。
ご飯も半分でいいとか言えるのがいいと思う、食べれなくなる苦しみを断食してみるのもいいのかもしれない。
しかし、若いうちは自由に出来る事をなんでもするのが仕事でしょう。
あまり気にせずに飽きた方がいいですよ、なぜならまだあなたには何もできないからです。
今の思いを大人になった時出来る事を自分ですればいいのですから。
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この回答へのお礼

わかりました!ありがとうございます。自分にできることを考えること、大事ですよね!教えてくださりありがとうございます!

お礼日時:2019/09/03 18:43

自由というのは案外不自由なのである。


なぜなら、自分のことはすべて自分で責任を持たなければならないからである。

誰からの束縛も受けない雑草やクモの生き方を考えるとよい。
確かにどこに生えようとどう伸びようと巣を張ろうと自由である。
しかし踏み折られようと巣を壊されようと食べられようと、それ等はすべて自分の責任である。
誰にも文句を言うことはできない。
自由の代償という奴である。

このように、すべてのものには表の面と裏の面がある。
いかに表の面が光り輝いていても、その裏には必ずそれと同等のマイナスの面があるのである。

その本にはその裏の面が抜け落ちている。
だから自分が感じていることとずれるのである。

幸せというものに基準はない。

天国に住んでも3日たてば地獄になるという。
あまりに何も起こらなくて退屈の極みになるからである。
自由であるということは、その線引きも自分でしなければならないということである。
自由であるというのはじつに大変なことなのである。

自分が自由でいたいなら、相手の自由も尊重しなければならない。
そうでないなら単なる独裁者である。
相手がどういう食べ方をしようと、それは相手の自由である。
そこに自分が口を出す筋合いはない。
そのように自分の考えを律するのもそれに基づいて行動するのも、自由人ならすべて自分の力量でやらなければならない。
自由というのは一流の人間でないと使いこなせないのである。

ほとんどの人間は、先の見えない自由よりも安定が保証されている不自由の方を取るだろう。
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この回答へのお礼

自由という意味の重大さがよく理解出来ました。責任を持つことを忘れないでいたいです。本当にありがとうございます。

お礼日時:2019/09/03 18:46

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