今、近代文学を勉強しているのですが、
歴史背景がどうしても必要となってきます。
図書館などで子供向けの本で、日清戦争などを
勉強していたのですが、
文学と絡めている本があったら教えてください。
HPでもOKです。
目的は暗記でなく、その時代の日本はどんな感じだったのか、
それがどんな風に文学に反映されたのかを知ることです。

歴史:文学=4:1
くらいがベストです。
文学が少なくても、歴史の流れがわかりやすいものなら
問題ないです。
時代区分は明治~昭和初期です。

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A 回答 (4件)

当時の空気を凝縮した秀逸な資料があります。

漱石や子規、鴎外みーんな生きてます。文壇から画壇、政界から財界の人間関係、そしてその時代の日本の空気そのものを吸うことが出来る。掌にすることが出来る。

当時の人々は、大阪毎日新聞のこのコラムを声を出して読み、その周りに家人が集って耳を傾けていたのですね。だからあなたも、これを音読し追体験して欲しい。詩人であり日本のコラムニストの嚆矢でもある薄田泣菫の「茶話」です。

大正四年から昭和五年に至る茶話が冨山房百科文庫から「完本・茶話(上中下)」として出ています。カネの下駄を履いても探して手に入れて下さい。購買して下さい。さすれば、あなたの研究に血が通いはじめます。馬が哲学者であり、蛙が詩人であることを発見します。そして、確かに幸せを手にすることが出来る。回答者はただ、質問者がこれにハマらぬ事を祈るばかり。
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この回答へのお礼

>詩人であり日本のコラムニストの嚆矢でもある薄田泣菫の「茶話」です。

詩人として知っています。
でも読んだ事がないんです。
おもしろそうですね。大正なら文体も読みやすそうですし、
文学の血がウズウズしそうな感じです。

試験が終わったら読みたいです!!
こういった生きたコラムは大好きです。
大学図書館や神田にありますかね??
いずれにしても探してみます。

ありがとうございました!

お礼日時:2001/08/05 23:38

明治から昭和初期を舞台にした文学というと、住井すゑさんの『橋のない川』しか、今ちょっと思い出せません。


長いですけど、興味深い本です。
日露戦争が終わった後から話が始まります。

参考URL:http://www.lifence.ac.jp/goto/book/book12.html
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この回答へのお礼

本の紹介、ありがとうございました。
今は試験勉強なので、詰め込み型になってしまうので、
こちらの本は厳しいかな??と思うのですが
個人的にとても興味があるので
試験が終わったら読んでみようと思います!
(もともとこういった本は好きなので…)

ありがとうございました!

お礼日時:2001/08/05 23:35

1.学問のすすめ--福沢諭吉


2.明星---与謝野晶子--君死にたまふことなかれ
3.夜明け前,破戒--島崎藤村
 
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この回答へのお礼

アドバイス、ありがとうございます。
そういった文学史はわかるのですが、
例えば「破戒」は明治39年。
明治時代はどんなことが起こっていて
人々は何を求めていたのか?
そして「破戒」がかかれた事によって
人々はどんな感情を抱いたのか?

ということがわかる本を探しています。
明治39年がどんな年だったかと、
人々が何を求めていたかがわかる本が
ベストかなって思っていますl。

お礼日時:2001/08/02 21:23

純粋な歴史の勉強とはちょっと外れるかも知れませんが、


日露戦争までの明治時代を理解するのに、一番てっとり
早いのは「坂の上の雲(著者:司馬遼太郎)」を全巻
読むことです。

元々小説だから読みやすいですし、司馬さんらしく当時の
時代背景についても、綿密な描写がされています。
文学という観点では、正岡子規について主人公の一人(?)
ということで、詳しく取り上げられています。(途中で史実
どうり死んじゃいますけど...)

絶対オススメです!

この回答への補足

回答、ありがとうござます。

>「坂の上の雲(著者:司馬遼太郎)」を全巻
>読むことです。

全巻ですか?!
どのくらいの量なんでしょう??
院試が9月なので、あまりゆっくり本が読めないので
試験が終わってから読みたい本ですね。

なだか面白そう…
個人的に好きですね。
読みたいです~!!←試験&卒論前

補足日時:2001/08/02 21:24
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Q銅がなぜ貨幣として広く使われてきたのか

銅がなぜ貨幣として広く使われてきたのか
近代以前、お金といえば洋の東西を問わず、「金、銀、銅」の3種が材料として使われてきたと思います。江戸時代は「江戸の三貨」といわれ、小判(金)、丁銀(銀)、銅銭(寛永通宝)が決済に利用されたと聞きますし、中国でも通常の少額決済には銅銭、多額の決済には銀が使われたといいます。
金や銀に普遍的価値があるのは常識ですし、錆びない貴金属としての価値が本位貨幣としての通用力に影響を与えたというのは容易に理解できることです。

一方で銅は卑金属であり、その金属としての価値は鉄やスズと比べて大差ないように思えます。少なくとも金銀と並び称されるほど「誰もが価値を認める」金属ではないと思えるのですが、なぜこれが貨幣として通用したのでしょうか。「金本位制」や「銀本位制」というのは聞きますが、「銅本位制」というのは聞いたことがありません。
特に中国や日本ではコイン(銭)といえばそのほとんどは銅銭でした。逆に金や銀のコインはほとんど作られていません。西洋では金貨や銀貨は作られていましたが、同じように銅貨も作られ、非常に普及していました。銅が貨幣の材料として洋の東西を問わず普及したのはどういった理由からなのでしょうか?

銅がなぜ貨幣として広く使われてきたのか
近代以前、お金といえば洋の東西を問わず、「金、銀、銅」の3種が材料として使われてきたと思います。江戸時代は「江戸の三貨」といわれ、小判(金)、丁銀(銀)、銅銭(寛永通宝)が決済に利用されたと聞きますし、中国でも通常の少額決済には銅銭、多額の決済には銀が使われたといいます。
金や銀に普遍的価値があるのは常識ですし、錆びない貴金属としての価値が本位貨幣としての通用力に影響を与えたというのは容易に理解できることです。

一方で銅は卑金属であり、...続きを読む

Aベストアンサー

鉄でも銅でも、人間が使用できるようになるするには、高度な冶金技術が必要になります。現代でも、だれでも原石から金属を簡単に取り出せるというわけではありませんから。

ですから、古代の人々にとっては鉱物から金属を取り出すのは非常に難しく、またコストのかかる作業でした。

銅を人間が使う歴史は紀元前9千年ぐらいまでさかのぼれるようです。この頃は銅そのものが含まれている鉱石を採取し、銅の純度の高い部分だけ切り取って利用していたようです。実は金もその頃には同じ用に利用されていたと思われ、とくに金は砂金として採取されたのが始まりのようです。

紀元前6世紀ぐらいになるまでに、人類は銅や金を溶かして好みの形に変える技術を会得していたようで、銅や金の融点はそれぞれ1083℃と1063℃ですから、木炭を大量に消費しふいごなどで火力を高めれば可能だったようです。
しかしこの時点では、銅は不純物も多く銅そのものはやわらかすぎるため、貨幣として用いられていたとは思えません。

これが変わったのは、紀元前3千5百年ごろに青銅器ができてからです。銅に特定の金属を混ぜ合わせることにより、硬い金属を作ることができるようになり、青銅製の剣・鏡などが作られるようになりました。この頃には銅を溶かす炉の温度も結構高くなっていたようです。この頃には銀も利用されるようになっています。
ところがこの頃になっても、鉄はまだ出現していません。鉄は銅や金に比べて融点が高いため、人類はその温度を安定的に作ることが難しかったからです。隕石(隕鉄)を砕いて利用したものはあったようです。
鉄は紀元前2000年ぐらいになるとヒッタイト帝国で生産されるようになり、青銅器よりも硬く強いため、圧倒的な武力で近隣を征服したようです。
この鉄の技術が時代が下がるにつれ、他国に流出して行き日本にも縄文時代から弥生時代に変わるぐらいの時期に伝来しています。

長くなりましたが、この鉄の技術が広まったことが銅を貨幣に用いるきっかけになりました。
同じように鉄以前から利用されてきた金や銀はもちろん金貨・銀貨として以前から利用されおり、希少性の高い金属でしたから、宝飾品として利用されていきます。そして武器はすべて鉄製に切り替わっていきます。銅は金銀に比べると非常に豊富にあるため、金銀の補助貨幣として利用されるようになりました。
もちろん、それ以前も紀元前1500年ぐらいの中国の商(殷)の時代には銅銭(ただし今のように丸いものではない)もあったようですが、世界的に利用されるようになるには、どの時代・国でも青銅器が鉄器と交換され、銅の使い道が減ったことが直接的な要因です。
さらにいえば、中国では貝を金銀の補助貨幣に利用していた時代もあったぐらいですから、錆びずに安価に使える金属貨幣の需要は高かったはずです。

そしてその後近代まで、金銀銅は錆びない貴金属として貨幣に利用されることになります。ただ銅が本位になれなかったのは、希少性が薄いからでしょう。金なら(経験的に)そう簡単に新しい鉱山が開発できないのは古代でも知識としてあったでしょうが、銅の場合は鉱山が見つかれば埋蔵量は結構あったからです。
ですのである民族が銅本位制をとっており、他国を侵略したら銅山も手に入って銅の価値が半減した、ということになりかねなかったからです。また金なら同じように見つかっても、他国に金を輸出することで金の価値を下げないようにできますが、銅は他国でもありふれていたでしょう。これは青銅器が伝播していく時代に各地で銅山が開発されたからだと思います。

ということで、銅は
金銀と同じぐらい貨幣に向いている性質をもつ、大量に利用できるだけの生産が可能であった。そのために金銀という本位貨幣の補助として利用されてきた、ということだと思います。

鉄でも銅でも、人間が使用できるようになるするには、高度な冶金技術が必要になります。現代でも、だれでも原石から金属を簡単に取り出せるというわけではありませんから。

ですから、古代の人々にとっては鉱物から金属を取り出すのは非常に難しく、またコストのかかる作業でした。

銅を人間が使う歴史は紀元前9千年ぐらいまでさかのぼれるようです。この頃は銅そのものが含まれている鉱石を採取し、銅の純度の高い部分だけ切り取って利用していたようです。実は金もその頃には同じ用に利用されていたと思われ、...続きを読む

Q【歴史・戦国時代の日本人口の矛盾】戦国時代の歴史教科書の総人口がおかしいことに気付いた。 戦国時代の

【歴史・戦国時代の日本人口の矛盾】戦国時代の歴史教科書の総人口がおかしいことに気付いた。

戦国時代の日本人口は1000万人くらい。

少なく見積もっても800万人。

で、大名に万石という土地を分け与えて国を管理していた。

そのときに3番目に多くの土地を貰っていたのは九州の大名で86万石。

天皇の朝廷
その時の天下人
でこの3番目の九州の大名

3番目の九州の大名で86万石。

日本で3番目に多くの領地を貰っている大名で最大で86万人しか食べられない。

ということは最低でも800万人国民いたとしたら、大名の数が当時の数と合わない。

本当はもっと総人口は少なかったのでは?

天下人と天皇の朝廷は大名に年貢を納めさせたので大名の万石から譲り受けたわけだからノーカウントとして、残り714万石。

あとの大名は10万石とかですよね。

当時の大名ってそんな数いませんよね?

おかしくないですか?

Aベストアンサー

士農工商のうち、武士以外が米を食っていたとでも?

Q貨幣・紙幣の不安定の影響

貴金属以前の商品貨幣
貴金属貨幣で中央銀行がない場合の貨幣
貴金属貨幣で中央銀行がある場合の貨幣
通貨管理制度の貨幣
の貨幣・紙幣が不安定になることによる悪影響を具体的に教えていただけたら幸いです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

貨幣の役割は「交換」なので、交換が不安定になることでしょう。
具体的には、貨幣と商品との交換のリスクが増大することでしょう。
つまり、インフレやデフレが短期的に生じるということです。
今、ある商品が100円で、商品自体の質が変化しなくても、通貨自体の価値が変化してしまえば、100円では商品と交換できなくなる。
そうすると、将来の売買や投資の予測や計画が立てにくく、経済の見通しが困難になり、リスクの大きい社会になり、経済活動が停滞してしまいます。また、労働の対価・報酬としても貨幣は重要です。報酬として得た貨幣が、あっという間に価値がなくなるような社会は、悪影響があるのではないでしょうか。

考えの手始めにこのようにとらえてみてはいかがでしょうか。

Qなんで戦国時代の人物はブームになるのに、近代戦争(日清日露、第1次世界

なんで戦国時代の人物はブームになるのに、近代戦争(日清日露、第1次世界対戦、大東亜戦争)の人物はブームにならないのでしょうか?

戦国時代の人物については、歴女まで現れて人物画とはかけ離れた美男子にされたりなど、やたらと美化されています。戦国時代をモチーフにしたグッズまであります。


ところが、近代戦争については全くというほどブームになりません。やたらと美化する必要はありませんが、日本のために戦った先人を敬うためにも、少しは注目されたらと思います。

やはり、注目されないのは敗戦アレルギーでタブー視されているからでしょうか?

Aベストアンサー

戦争物の発行物が禁止され、再開しますが、
「平和を守る。」などと言う表現が用いられます。
http://www.youtube.com/watch?v=bDvShSxAymw

次が平和と教訓です。
http://www.youtube.com/watch?v=SPQV63Ca-sI&feature=related

ここまで統一していると、規制と言う感が強いと考えます。

尋常小学校唱歌には、日本海海戦などの軍事的な物も多く含まれています。東郷平八郎は教科書に載っていたらしいです。

結局、NHKの主題が全てであり、
「太平洋戦争は日本の間違い。」
「勝てるはずがない。愚か。」

が言わんとする所です。
これが放送の倫理の模範とする所でしょう。

実際、日清戦争などは視聴率は望めません。
日露戦争も同じです。

現在では戦争映画自体が殆ど上映されません。
既に作品化されている物も地表波に登場する事すらありません。

その理由は、視聴率が稼げないからです。

地表波の映画自体が運営が難しく、
人気のある作品でなければまずオンエアしないでしょう。

家族みんなで見られる物。
などが必須の条件となります。

戦争物の発行物が禁止され、再開しますが、
「平和を守る。」などと言う表現が用いられます。
http://www.youtube.com/watch?v=bDvShSxAymw

次が平和と教訓です。
http://www.youtube.com/watch?v=SPQV63Ca-sI&feature=related

ここまで統一していると、規制と言う感が強いと考えます。

尋常小学校唱歌には、日本海海戦などの軍事的な物も多く含まれています。東郷平八郎は教科書に載っていたらしいです。

結局、NHKの主題が全てであり、
「太平洋戦争は日本の間違い。」
「勝てるはずがない。愚...続きを読む

Q貨幣とはなんですか?

貨幣とはなんですか?

太古人類は貨幣を所持していなかった。それがいつのまにか貨幣の量が多いか少ないかで苦しむようになりました。

貨幣とはなんですか

Aベストアンサー

物品交換の代換手段です。
あるものの価値を表す為に簡単に扱えるようにしてものであり、別に貨幣でなくとも、「土地の広さ」とか「所有している家畜の数」でも一緒です。

Q平安時代、鎌倉時代などの時代区分をした人物は?

質問させていただきます。
歴史学初心者です。
平安時代、鎌倉時代、室町時代などと、一般常識としてそれぞれの時代に名称がありますが、それを名付け、且つ特定の日時をその時代名称の変わり目と定めた人物又は団体とは、一体誰(何)なのでしょうか。

ご存知の方、是非ともお教えください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>平安時代、鎌倉時代、室町時代などと、一般常識としてそれぞれの時代に名称がありますが、それを名付け、且つ特定の日時をその時代名称の変わり目と定めた人物又は団体とは、一体誰(何)なのでしょうか。

明治5年の学制により学校制度が作られて以降、小学校への就学を促進するための親に対する啓蒙的な教育として、1885(明治18年)に「通俗教育」が初めて文部省の事務章程に規定されました。
この、全国民的な学校教育が開始され、それまでの「寺子屋」での「読み書き」「算盤」から、いわゆる、「国語」「算数」「理科」「社会」
を教えることとなり、この中の「社会」で、「歴史」を教える段階で、誰もが理解しやすいように、「鎌倉時代」とか「室町時代」「戦国時代」「江戸時代」等を区切って教えるようになったのが始まりのようです。

ちなみに、「通俗教育」とは、
通俗教育は当初、就学奨励を目的として、親に対して学校や教育の重要性について通俗的に語ることから始まったが、合わせて親や住民に対する国民としての啓蒙的な教育としての意味もあった。日清戦争以降、小学校の就学率は急速に上昇し、国民教育制度の確立が進んでいくが、それに伴って通俗教育の内容が、親への就学奨励を目的とする教育から民衆への啓蒙的な教育へと比重を移していく。特に1894(明治27)年8月に始まった日清戦争に際しては,国民の愛国心の形成や・「尚武教育」を目的とした幻灯会などが実施され,国民意識を鼓舞していく。

(よもやま話)
(1)江戸時代も後期になると、日本は教育世界一だったのです。
その頃のイギリスでは教育普及率が20%位、フランスにいたっては1.4%。ところが、日本では85%でした。

(2)日本人は大概の人が文字を読んだり書いたりできました。

(3)従って、「かわら版」や「絵草子」などが庶民にも読めたのです。また、「三下り半(離縁状)」なども、庶民は書くことができたのです。

(4)江戸時代も末期になり、アメリカやイギリス等々の外国人が日本に「上陸?」しましたが、これほどまでに庶民が文字を書いたり、読めたりすることには、非常な驚きであった、と、言われています。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>平安時代、鎌倉時代、室町時代などと、一般常識としてそれぞれの時代に名称がありますが、それを名付け、且つ特定の日時をその時代名称の変わり目と定めた人物又は団体とは、一体誰(何)なのでしょうか。

明治5年の学制により学校制度が作られて以降、小学校への就学を促進するための親に対する啓蒙的な教育として、1885(明治18年)に「通俗教育」が初めて文部省の事務章程に規定されました。
この、全国民的な学校教育が開始され、それまでの「寺子屋」...続きを読む

Q流動性と貨幣需要

公債を持つとLM曲線が左にシフトしますが、短期国債と長期国債のどちらがその効果が大きいのでしょうか?

短期国債だと、償還までの日が短いので、より直ぐに貨幣に変えることが可能=貨幣需要が大きい。

長期国債だと、償還までの日が長いので、直ぐに貨幣に変えることは不可能=貨幣需要が小さい。

と考えたのですが、どうやら逆みたいです・・・。

短期国債だと、流動性が高くて、貨幣に近い性質があるから、消費者は貨幣と同じ性質だと見なしやすいから、貨幣需要がより少ないってことなんでしょうか・・・。

ケインズ理論では、利子率が高いと、流動性を捨てて貨幣ではなくて債権を買う人が多いから、貨幣需要が下がるはずですが、これだと貨幣需要と消費者の流動性は比例して下がると思ったのです・・・。

Aベストアンサー

>ケインズ理論では、利子率が高いと、流動性を捨てて貨幣ではなくて債権を買う人が多いから、貨幣需要が下がるはずですが、これだと貨幣需要と消費者の流動性は比例して下がると思ったのです・・・。
 ケインズ理論で流動性選好と貨幣需要は同じことですから、この理解は正しいですよね。しかしこれは1本の流動性選好曲線上の推移についての理解であり、曲線のシフトを説明しているものではありません。たとえば価格が下がれば需要が増えるのは需要曲線上の動きですが、需要が増えると価格が上がるというのは需要曲線の右上方シフトを指しています。今はシフト幅の問題となっているのでうまくつながらなかったのだと思います。
 短期国債と長期国債を区別して考えるとき、その利回りの違いを説明する仮説の一つに流動性選好仮説があります。これは、長期債になるほど満期以前の売却価格に関する不確実性が高まるため、その分を反映した高い利回り(プレミアム)が必要になると考えるものです(たぶんヒックスだったと思います)。逆に言うと、短期債と長期債が同じ3%の利回りであれば、満期の近い短期債の方が不確実性が低いので、短期債の方が需要が大きく、その分だけ貨幣需要は少ないということです。これは3%でなくても同じことがいえますので、短期債の流動性選好曲線より長期債の方が右上方に描かれることになるでしょう。この違いをLM曲線で表現すれば、短期債のものより長期債を考慮したLM曲線の方が左上方に描かれることになるでしょう。この2つのLM曲線とは別に、初期のLM曲線が、より右下方に存在するとするならば、どちらのシフト幅が大きいかという問題が成り立ち、それは長期債の方が大きいということになります。実は冒頭の「公債を持つとLM曲線が左にシフトする」というのがよくわからなかったのですが、いかがでしょうか?

>ケインズ理論では、利子率が高いと、流動性を捨てて貨幣ではなくて債権を買う人が多いから、貨幣需要が下がるはずですが、これだと貨幣需要と消費者の流動性は比例して下がると思ったのです・・・。
 ケインズ理論で流動性選好と貨幣需要は同じことですから、この理解は正しいですよね。しかしこれは1本の流動性選好曲線上の推移についての理解であり、曲線のシフトを説明しているものではありません。たとえば価格が下がれば需要が増えるのは需要曲線上の動きですが、需要が増えると価格が上がるというのは...続きを読む

Q歴史に詳しい方、教えてください。最近歴史が面白いなと思ってきました。歴史が詳しい方はどの時代、ま

歴史に詳しい方、教えてください。
最近歴史が面白いなと思ってきました。
歴史が詳しい方はどの時代、または
どの人物が面白いですか?
また理由もお願いします。

私は最近、真田幸村と沖田総司が気になってます。

あと、伊達政宗は片目がおかしかったのですか?

Aベストアンサー

63歳主婦です。

何と言っても明治維新ですね。

長州テロリストの残虐性にびっくりします。

吉田松陰を始めとする門下生のその残虐性に胸が痛くなります。

幼い天皇を人質とした軍事クーデター。

「天誅、天誅!」と叫びながらの長州藩士の残虐行為。

民家に押し入り、夫の目の前で、数人で妻を犯し、夫の目の前で

殺害。

若い女がいない家では白髪混じりの老婆を犯して殺害。

そして10歳にも満たない女児まで犯して殺害。

そして抵抗する役人の肛門から先の尖った竹で脳天まで串刺し。

天皇拉致を企て、天皇の御所を砲撃し、京都中を焼き払った上に、

東北では女・子供にまで極悪非道の限りを尽くした

吉田松陰一派の長州テロリスト。

真実を知るとなかなか面白い!

沖田総司は、池田屋事件で喀血した、、、ということになってますが

これは事実ではないそうです。

司馬遼太郎氏の著作に「竜馬が行く」というのがありますが、

これは司馬さんの小説で、フィクシヨンです。

ですから、「坂本龍馬」を「竜馬」と敢えて「竜馬」に

したのです。

司馬さん自身もそのことを十分意識しておられたそうです。

岩倉具視を後ろで操った大久保利道。

大久保利通は、幼馴染の西郷隆盛を暗殺するため薩摩に

スパイを送り込み暗殺活動をしたとか。


真実を知ると 歴史はなかなか面白いものです。

63歳主婦です。

何と言っても明治維新ですね。

長州テロリストの残虐性にびっくりします。

吉田松陰を始めとする門下生のその残虐性に胸が痛くなります。

幼い天皇を人質とした軍事クーデター。

「天誅、天誅!」と叫びながらの長州藩士の残虐行為。

民家に押し入り、夫の目の前で、数人で妻を犯し、夫の目の前で

殺害。

若い女がいない家では白髪混じりの老婆を犯して殺害。

そして10歳にも満たない女児まで犯して殺害。

そして抵抗する役人の肛門から先の尖った竹で脳天まで串刺し。

天皇拉致を企て...続きを読む

Q韓国が近代化するまでの経緯は韓国でどう教え込まれているか。

韓国が近代化するまでの経緯は韓国でどう教え込まれているか。

今年で日韓併合100年だそうで、朝鮮あがりのばかカンちゃんは書物を大量にプレゼントするそうですが、その韓国が近代化したのは、日本の植民地経営の賜物だと考えております。

現在の貨幣価値に換算し60兆円もの税金を投入し、当時高級官僚のみが使用できたハングルを下層の民衆にまで浸透させ(日本語を強制しただなんて大間違い)、日本でもまだ使われていなかったような最新技術を使ってのインフラ整備、麻薬・あへんの根絶、疫病の根絶等日本の植民地経営は他国のそれと違い、明らかに韓国を独立国に昇華させようとするものであったと考えます。

そこで質問ですが、韓国では韓国が近代化した理由をどのように国民に刷り込んでいるのでしょうか?まさか上記のような事実は教えていないと思います。

また、もしこれを読まれた韓国籍の方がいらっしゃいましたら、日本の植民地経営についてご意見をお聞かせ願えないでしょうか?


よろしくお願いいたします。


なお、記載した内容は意見の主張でなく、質問の趣旨を明確にするための事実摘示でありますので、削除対象にはならないものであると信じています。運営者のみなさん、よろしくお願いします。

韓国が近代化するまでの経緯は韓国でどう教え込まれているか。

今年で日韓併合100年だそうで、朝鮮あがりのばかカンちゃんは書物を大量にプレゼントするそうですが、その韓国が近代化したのは、日本の植民地経営の賜物だと考えております。

現在の貨幣価値に換算し60兆円もの税金を投入し、当時高級官僚のみが使用できたハングルを下層の民衆にまで浸透させ(日本語を強制しただなんて大間違い)、日本でもまだ使われていなかったような最新技術を使ってのインフラ整備、麻薬・あへんの根絶、疫病の根絶等日本の...続きを読む

Aベストアンサー

質問者さんも御存知の通り、朝鮮半島では北も南もまともな歴史教育は行われておりません。
特に韓国に於いては近代化の原資殆んど全て(植民地時代のインフラ整備、在韓資産の放棄、8億ドルにのぼる有償・無償の円借款)を日本が負担しているにも関わらず、政府は無論の事その事実に就いて触れず未だに日本叩きに精を出しているメディアが殆んどであり、不毛な努力・御苦労さまと言いたいですね。

又軍事的にも経済・文化に於いても韓国・朝鮮の固有名詞が世界史に一行・一句たりとも記載が無いのに不思議な話ですが、ある年齢層迄(現在は分かりませんが)「韓国人は世界一優秀である」という悪い冗談としか思えない教育がまかり通っていたのも事実です。
朝鮮人の辞書には「恥」という文字は無いのでしょうね、悲しい民族です。

仮に朝鮮が今後世界史に登場するとするならば、有史以来初めて植民地でありながら旧宗主国を苦しめている唯一の国としてではないでしょうか?
通常宗主国が植民地から搾取するのが常態でありますが、日本と朝鮮半島の関係は併合以来一貫して宗主国である日本からの一方的な出超(朝鮮が何の資源・産業を持たない極度に貧しい地域だった為)という異常な関係であり、未だに金を毟り取られる図式(在日に対する様々な出費等を強いられている事実)に変化がありません。

尚朝鮮人はコンプレックスの裏返しで何でも自慢のネタする馬鹿ですが、ハングルを「15世紀に創造された世界で最も新しく合理的な言語である」と内外に喧伝している姿勢、そもそも15世紀迄固有の文字を持たなかった事実はさすが「世界一優秀な民族」、驚愕します。

これからも精々頑張って、「世界一優秀な民族」である事を維持して下さい(但し欧米人の前ではあまり吹聴しない方が良いですよ、馬鹿にされますから)!

質問者さんも御存知の通り、朝鮮半島では北も南もまともな歴史教育は行われておりません。
特に韓国に於いては近代化の原資殆んど全て(植民地時代のインフラ整備、在韓資産の放棄、8億ドルにのぼる有償・無償の円借款)を日本が負担しているにも関わらず、政府は無論の事その事実に就いて触れず未だに日本叩きに精を出しているメディアが殆んどであり、不毛な努力・御苦労さまと言いたいですね。

又軍事的にも経済・文化に於いても韓国・朝鮮の固有名詞が世界史に一行・一句たりとも記載が無いのに不思議な話で...続きを読む

Q日清戦争と日清製粉

別に確信とかはないのですが・・・・。
日清製粉の名前は日清戦争と関係はあるのでしょうか。
ご存じの方いらっしゃいましたら教えてください。

Aベストアンサー

 会社の主要生産物である小麦粉の原料を多く当時の中国の正式国名である清に多く依存したからと思います。日中友好の意味合いもあったことでしょう。台湾精糖(現 台糖)も同じ理由からです。


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