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国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、慰安婦を表現した少女像などを集めた企画展「表現の不自由展・その後」について、
「条件が整い次第、速やかに再開すべきである」との方向性が示されたそうです。

その条件とは、「脅迫や電凸(電話による攻撃)等のリスク回避策を十分に講じること」「展示方法や解説プログラムの改善・追加」「写真撮影とSNSによる拡散を防ぐルールを徹底する」などだそうです。

※「表現の不自由展・その後」、展示再開の方向性定まる。
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/ …


一方、文化庁は、補助金約7800万円全額を交付しないことを決めたそうで、それに対し、愛知県の大村秀章知事は、法的措置を取ることを表明したそうです。

※大村知事、国を訴える考え 不自由展の補助金とりやめで
https://www.asahi.com/articles/ASM9V5RSPM9VOIPE0 …


もともと、展示中止要求については、憲法違反だとの論争もあった経緯もあります。

※展示中止要求、「憲法21条」違反か 知事と市長が応酬
https://www.asahi.com/articles/ASM857H5MM85OIPE0 …

※「表現の不自由展」で表現の自由が守られなかったことの真の問題
https://diamond.jp/articles/-/211198


そこで、お聞きしたいのですが、

①そもそも、「芸術(arts)」とは、wikipediaによれば、「表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動。文芸(言語芸術)、美術(造形芸術)、音楽(音響芸術)、演劇・映画(総合芸術)など」を指すそうですが、企画展「表現の不自由展・その後」は、芸術(arts)だと思いますか?

※芸術(arts)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B8%E8%A1%93


②展示を中止したり、補助金約の交付をやめたことは、法律違反(憲法違反)だと思いますか?

③公的機関が関係する芸術祭で、特定の思想性が関連すると思われる企画は、もともと問題が発生する懸念があったのであり、日本では表現の自由があるのであるから、このようなお騒がせの企画は、何かと規制が厳しい公的機関に頼らず、企画者が独自に、自由に開催し、それに伴うリスク回避策も、自分達で独自に行えば良いのにと思いませんか?

A 回答 (21件中1~10件)

まーだ愛知県大村さんは、落ち着かないジェスチャー並びに、色んな手振をりして誤魔化し言い訳屁理屈満載の記者会見してます‼️兎に角、高給取り売春慰安婦風味のキモイ少女像だけでなく、天皇さんのバーナー焼き破り踏みつた、特攻隊員を貶めたものや、日の丸星条旗床置き等を、全部日本メディアマスコミは日本人に報道して下さい。

何故、報道の最大の役目を果たさないのですか?
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あれは本当に酷い‼️


東日本大震災の被災者や、昭和天皇、死者、特攻隊、日本人を冒涜しております。
韓国や中国でやって欲しい。
「企画展「表現の不自由展・その後」の再開に」の回答画像20
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お礼をいただきまして、ありがとうございます。



>おっしゃるような「プロパガンダ展」の名称に価する、高尚な(?)もの なんですかね?
だから、痛い展とも書きました。
俗語で痛い奴、痛い人と呼ばれる周囲の反応が理解できず、自己満悦でトラブルを起こす社会不適合者。

>単なる、「憂さ晴らし」か「世間への八つ当たり」に見えてしまいます。
鬱屈や社会への攻撃を感じられる知性があったら、あのような作品は作ったり、まして人前に見せようとは思わないでしょう。
質問者様は製作者や主催者を買い被り過ぎだと思います。春になると人混みで奇声を発する輩がいるでしょう?、ソレと同じです。

>そもそも「芸術」とは、他人に強制することなく、極端に言えば、作者が「芸術」だと思っておれば、それはそれで価値があることでしょう。
作者どころか、作者は否定しても他人が評価すれば、芸術となる曖昧な概念です。アンフォラ(古代ギリシャ、ワインの貯蔵に使われた陶器)や酒爵(古代中国、青銅製の熱燗用の器)ですら、芸術と称して、世界的に有名な美術館で展覧されているのですから、いい加減です。現代で言えば、ペットボトルや魔法瓶を芸術品と言っているようなものでしょう。笑えます。

>それとも、単なる税金の無駄遣いの組織なのでしょうかね???
世界中の現代芸術家の作品を展覧する催し、と称していれば、開催都市のブランド力が強くなるから意味はあると思います。

>パーフーマンスと述べていたコメンテイターがいましたが、世間では、その程度にしか考えていないかもしれませんよ。
河村市長も、座り込みのようなパフォーマンスを行ったり、市の助成金を不交付にするとか言ったりしているのは、本心では展示物や主催者の活動を容認しているのでしょう。
本気で不快だと思うのであれば、市長なのですから市の有害図書条例を使って表現の不自由展に出品している製作者、主催者、検証委員会のメンバーの書籍や論文、図録を全て有害図書(図書には映像も含めれる。)に指定すれば済む話です。

有害図書になったら、18歳以上へ販売禁止となりますから、既に販売されている物は全て回収、18禁の表示と中身が見れないようシュリンクで梱包して再出版しなければ駄目です(普通は指定された時点で絶版になります)。また、再出版前の状態で販売したら、販売者は警察に逮捕され、懲役刑を受けます。また、図書の範囲は曖昧なので、メールマガジンや動画も販売している(広告収入を得ている)として、禁止もできるものです。そして、何度も最高裁で合憲と判断されています。
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この回答へのお礼

何度も有難うございます。

◇「春になると人混みで奇声を発する輩がいるでしょう?、ソレと同じです。」の比喩は、「幼児が駄々をこねると同じ」と表現する方が適切ではないでしょうか。
つまり、彼等は、幼児レベルなのでは・・・?


◇「河村市長も・・・・本心では展示物や主催者の活動を容認しているのでしょう。
本気で不快だと思うのであれば、市長なのですから市の有害図書条例を使って表現の不自由展に出品している製作者、主催者、検証委員会のメンバーの書籍や論文、図録を全て有害図書(図書には映像も含めれる。)に指定すれば済む話です。」は、そうなのでしょうか。

河村市長が「芸術祭は、愛知県や名古屋市が主催する公共事業だ。・・・・再公開は、名古屋市民や、愛知県民がこれを認めたことになる。民間の画廊で自費でやるのとは違う」と述べているように、公費で開催をすることを問題にしているのであり、単に、不快だから止めろと言っているのでないのでは。

※河村市長に独占直撃インタビュー! 不自由展の再公開に「大村氏は国民をナメている」「昭和天皇映像は暴力だ」
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/191010/dom1910 …

お礼日時:2019/10/10 23:55

お礼をいただきまして、ありがとうございます。



>誰が「懲罰の目的」や「制裁の意図」と言ったでしょうかね。
申し訳ないです。私は政府が不敬表現の制裁として不交付にしたのではないか?と勝手に思っていたので、それが出てしまったのでしょう。
作成者や監督のアレを目にできない現状に対する憤りによって、誤った回答を行ってしまいました。

>「表現の不自由展」は、抽選による定員30名の入れ替え制で、金属探知機でのチェックを受ける等の条件付きで再開が決まったようですね。
伏見を恐れて中止したのに、金属探知機を導入したり、普通の警備員を配置したり、実に滑稽だと思いました。常温の液体が金属とでも思っているのでしょうか、笑えます。

>そこまでして開催するなら、「表現の不自由展」ではなく、「入場の不自由展」と名称を改めて再開すべきではなかったのでしょうかね・・・???
どうせなら、プロパガンダ展でも良かったと思います。あるいは、熱い展、痛い展でも。しかし、入場制限って・・・、裁判で補助金の交付を争うようですけれど、文化庁は入場制限の案に承諾したのでしょうか。承諾していないのなら、新たな不交付理由となるのに・・・。愚か過ぎて、可哀そうに思えてきます。

>知事には、公的機関の事業運営の責任者としての再認識をして欲しいものです。
今年で引退する知事が、どういった認識をしていようが別に興味はないです。名古屋市民には申し訳ないですが、かわむら市長が知事になって欲しいです。
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この回答へのお礼

何度も有難うございます。

おっしゃるような「プロパガンダ展」の名称に価する、高尚な(?)もの なんですかね?
なるほど、元々の作品は、プロパガンダであったかもしれませんが、それを集めて、「表現の不自由展」と称して展示した時点で、単なる、「憂さ晴らし」か「世間への八つ当たり」に見えてしまいます。

何故なら、この世の中、自分の思う通りに、単純に進む事柄は少ない(何事においても、努力せずに、100%己の自由になる事項は少ない)のに、一部の場所で展示を拒否されたからと言って、それを「表現の不自由」だと称して集めて展示をするのは、単なる、「憂さ晴らし」か「世間への八つ当たり」ではないでしょうかね。

「芸術」として、世間に認められるには、余程の場合を除いて、ある程度の努力は必要でしょう。
それに、そもそも「芸術」とは、他人に強制することなく、極端に言えば、作者が「芸術」だと思っておれば、それはそれで価値があることでしょう。
それを集めて、一部の場所で展示を拒否されたからと言って、それを「芸術」だと称して、公の経費を当てにして、展示を企画することが滑稽ではないのでしょうかね。

河村市長の件は、よく分かりませんが、あるテレビ番組で、河村市長の座り込みを、パーフーマンスと述べていたコメンテイターがいましたが、世間では、その程度にしか考えていないかもしれませんよ。

※不自由展再開 河村市長が座り込み「不自由展でなく不愉快展」
https://www.sankei.com/life/news/191008/lif19100 …


それにしても、河村市長は、「あいちトリエンナーレ実行委員会」の会長代行であり、この組織の意思決定は、組織として充分に検討されているのでしょうかね。
・・・それとも、単なる税金の無駄遣いの組織なのでしょうかね???

※あいちトリエンナーレ実行委員会
https://aichitriennale.jp/2013/about/gaiyo.html

お礼日時:2019/10/10 00:09

①企画展「表現の不自由展・その後」は、芸術(arts)だと思いますか?


  ↑
 全く思いません。

「表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動。」
 という枠内で考えても、「相互に作用し合う」のとは、全く異なる。

「汚物」を提示し、相手が「嫌悪感」「不快感」を受けるのが、「相互作用」とは
思われない。
(朝鮮人に対する反感は育むだろうが。)

単なる一方的「捏造」「悪意」に過ぎない。

「芸術」というのは、「相手が評価する」ことで、存在が許されるもの。

「汚物」は、「大多数が評価しない状況」では、単なる「駄作」でしかない。

その辺の無名の「芸術家気取り」も、未来永劫、誰からも評価されなければ、
単なる「駄作作家」でしかない。

今回の一連の作品で、「誰」が芸術と認めたのか?
朝鮮人か?
日本人もどきか?

天皇の写真が焼かれ、捏造の売春婦像を展示して、まともな日本人が
芸術と評価するわけがない。

朝鮮でやればいい。

②補助金約の交付をやめたことは、法律違反(憲法違反)だと思いますか?
  ↑
 全く思わない。

法律違反の意味が分からない。

「表現に自由」は存在する。
しかし、それを「公費」で「無条件で支援」する必要は全くない。

知事は開き直ったように「聞かれてもいない。」は、「聞く必要がないから」である。

資金援助は、「文化、芸術」の振興を目的とした制度だろうと思う。
詰まりは、「性善説」の制度。

天皇を辱め、売春婦を被害者と捏造するような行為を、前提としていない。
これに対処するには「性悪説」を取るしかない。

本当の「みんなに評価される芸術」や「悪意のない芸術」であれば、
「性善説」で足りる。

 抜け道を見つけて、それを利用しようとするのは、如何にも
 朝鮮人的発想だ。

③自分達で独自に行えば良いのにと思いませんか?
  ↑
 同意

 結局、「汚物」を展示しようとし、「汚物」であることを隠ぺいして
 公費を奪取しようとするから、騒動を巻き起こすので、「汚物」を
 「汚物」として、自分たちの責任で、資金で「展示」すれば、いい。
 (そうすれば、最初から公費をあてに出来ないだろう。)

 公に展示すれば、石が飛んでくるならば、場末の目立たないところで、
 展示し、自己満足に浸れる。

 「オラ、チョッパリ国で、展示してやったニダ!」と
 ホルホルすればいい。
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この回答へのお礼

ご意見有難うございます。

ほぼ、同感ですが、
作品を直接見た訳ではないので確定的にことは言えませんが、「汚物」とは、言い過ぎかもしれませんよ。
彼等にとっては、芸術的に価値のある大切な「作品」かもしれませんよ。

ただ、問題なのは、「芸術」と言えば、人によって価値判断が異なるので、誰も100%「芸術でない」と証明できませんが、それをよいことにして「芸術だ」と騒いでいることです。

また、「表現の自由」を主張する権利はあるが、「表現の自由だから、公的支援をくれ」と主張する権利はないのに、勘違いして騒いでいることが、滑稽ではありませんか。

自分達が「芸術」と思うのであれば、それを展示してくれる会場に展示すればよいだけであり、それを妨げるのであれば、「表現の自由の侵害」であるが、「公的支援をくれない」から「表現の自由の侵害」と騒ぐのは、滑稽ですね。

お礼日時:2019/10/08 01:14

お礼をいただきまして、ありがとうございます。



知事は国と争おうとしていますし、展示物を苦言を呈した大阪市長や知事を猛批判して、作成者や監督を守ろうともしたので、知事の認識では21条に抵触しないと考えているのでしょう。
また、文化庁も自粛や懲罰の目的になく、手続き上の不備で不交付を決定しただけです。

質問者様の仰るような不敬表現に対する制裁の意図はなかった事でしょう。ただ、制裁を意図するのであれば前回の回答のような方法を行わないと無意味です。
有害図書法が作られても、相変わらず指定された書籍を売り続ける書店は沢山ありますし(特に中古書店)、わいせつ物法があって逮捕者もいるのに繁華街へ行けば裏モノは取り扱われています。補助金の不交付ぐらいでは、彼らの闘志に油を注ぐだけで、有害です。
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この回答へのお礼

何度も有難うございます。

誰が「懲罰の目的」や「制裁の意図」と言ったでしょうかね。
公的機関の事業運営の責任者として、不適切と判断し、出展中止や補助金の停止とすべきであったのであり、知事にしろ、文化庁にしろ、「懲罰」や「制裁」など、出来る立場にはありません。

公的機関で開催するから問題なのであり、「表現の自由」があるので、わいせつ物でない限り、民間の施設で開催するのは、何ら問題はありません。


ところで、結局、「表現の不自由展」は、抽選による定員30名の入れ替え制で、金属探知機でのチェックを受ける等の条件付きで再開が決まったようですね。
そこまでして開催するなら、「表現の不自由展」ではなく、「入場の不自由展」と名称を改めて再開すべきではなかったのでしょうかね・・・???


尚、
愛知県知事は、「21条(表現の自由)に抵触しない」と考えたのではなく、「21条に抵触するかもしれない」と考えたので、(非難を恐れて)再開を認めたのでしょう。
ただ、それは「作成者や監督を守ろうとした」よりも、自分を守る、つまり「表現の自由を阻害したと非難されるのを恐れて」、再開したと思えませんかね。

そこに、「表現の自由」に対する、知事の根本的な認識の誤りがあったのではないでしょうか。
こんなことで、再開するとは、「表現の自由」を武器とする、無言の圧力に屈したようなもので、「表現の自由」とは水戸黄門における「印籠」ではないので、知事には、公的機関の事業運営の責任者としての再認識をして欲しいものです。

お礼日時:2019/10/08 22:17

お礼をいただきまして、ありがとうございます。



表現の自粛や懲罰が目的なら、補助金の不交付は不十分ですし、今回の不交付理由のような言い訳も不要です。また、彼らの活動に対する気力を削ぐために、関係者(不自由展だけでなく、あいとれ関係者全て)を交付金の詐欺容疑で聴取し、主要人物は逮捕、起訴しなければ、不交付理由を逆手にとって更に過激で醜悪な表現をネットで拡散されるようになる危険性があります。
展示物の作成者は強引な取り調べで、失明や失調、手足の障害ぐらいは負わせないと、見せしめにはらないです。
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この回答へのお礼

何度も有難うございます。

「展示物の作成者は強引な取り調べで、失明や失調、手足の障害ぐらいは負わせないと、見せしめにはらないです。」とは、過激な意見ですね。

今回の件は、「表現の自由の迫害」の指摘は的外れであり、企画者の「思う壺」にハマってしまっただけであり、そのような者を相手に、過激な意見を述べると、ますます相手の「思う壺」になるだけではないのでしょうかね。

そもそも、芸術祭への参加を認めるかは、開催者のマネジメントの問題なので、当初から参加を拒絶しても良いのに、責任者である知事が参加を認めた時点から、判断の誤りがあるのではないでしょうか。

税金を使う事業運営の責任者として、不適切と判断すれば出展中止を求めるのは当然のことであり、それは憲法21条の問題ではなく、あくまでも事業マネジメントの問題と言える。
何故なら、中止を求められた作家は、個人の活動全般を否定されたわけではない。あくまでも、あいちトリエンナーレにおいての展示を中止させられただけである。作家たちは、別のイベントや個人の活動で展示できるのであり、ゆえに表現の自由が直ちに侵害されたものではないので、表現の自由の侵害には当たらないのに、騒ぐことによって、ますます相手の「思う壺」になってしまいそうです。

※これは憲法21条の問題ではなく、事業マネジメントの問題である
https://president.jp/articles/-/29634?page=2


従って、今回の場合は、開催者は、粛々と、参加を認めないだけでよく、ご提案のような過激な対応を行うべきではないでしょう。

お礼日時:2019/10/06 23:08

お礼をいただきまして、ありがとうございます。



>そうでなければ、そんな「突拍子もない行為」はせず、静かにしているのではないでしょうか。
そういった意味だったのですね。その意味では、目立ちたがり、と言えます。

>政府としては、本当は、「内容が不適切」と思っているのではないでしょうか。
それは、左派が主張しているような「安倍政権が不快に感じれば、法的根拠や国会の承認もなく、反対派を弾圧するだけでなく、反対派に協力した人間すら連座する独裁国家」という意味になります。
私は日本が独裁国家でも、安倍内閣が感情ではなく、歴代内閣と同じく憲法を守り、国会を尊重し、国家を運営していると信じているので、今回の不交付は手続き上の理由であると考えています。

>今回のような「表現の不自由展」の内容では、そう簡単に「多くの人の賛同」が得られるとは思いません
不交付になったのは、「表現の不自由展・その後」ではなくて、それが含まれるあいちトリエンナーレ国際芸術祭の補助金です。「表現の不自由展・その後」が不交付を納得する賛同する人は大勢いるでしょうが、極一部の展示物のために国際芸術祭全体の補助金を不交付にすることに賛同する人は少ないと考えています。

>祭りのように、歴史や積重ねがいる
できて5年も経過していないようなものでも、補助金は交付されています。件の芸術祭も、始まって10年近くになります。
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この回答へのお礼

◇おっしゃるように「安倍政権が不快に感じれば、法的根拠や国会の承認もなく、反対派を弾圧するだけでなく、反対派に協力した人間すら連座する独裁国家」などと、主張する人がいることが想定され、そのような人を相手にするのが、面倒なので、表向き、「手続き上の問題」だとしているのではないでしょうか。
本当に、「手続き上の問題」が理由なら、全部ではなく、該当する部分のカットをする方法もあったのではないでしょうか。

※舛添要一氏が補助金不交付を批判
https://news.nifty.com/article/domestic/society/ …


◇今回の補助金は、「日本博を契機とする文化資源コンテンツ創成事業」の一環として補助されているのであり、
補助の目的は「各地域が誇る様々な文化観光資源を体系的に創成・展開するとともに、国内外への戦略的広報を推進し、文化による『国家ブランディング』の強化、『観光インバウンド』の飛躍的・持続的拡充を図る。」ことにあるそうです。

※日本博を契機とする文化資源コンテンツ創成事業
http://www.bunka.go.jp/shinsei_boshu/kobo/141300 …

今回の審査は、
(1)各地域が誇る文化観光資源の創生や展開
(2)国内外への戦略的広報の推進
(3)文化による国家ブランディングの強化
(4)観光インバウンドの拡充-
といった事業目的を審査したそうです。

※文化庁「申請手続きに不備」
https://www.sankei.com/life/news/190926/lif19092 …

今回の「表現の不自由展・その後」の企画は、補助金の目的や、審査内容の何れにも合致していないので、補助金が出なくて当然です。
「多くの人が賛同」すれば、歴史や積重ねが無くても、多少、補助金の目的から外れても、国として、補助金を交付できたでしょうが、今回の企画は一部であったとしても、その反響から、とても「多くの人が賛同」していると思えなかったので、税金を使って補助しないと判断したのは当然ではないでしょうか。

補助金が必要なら、税金を当てにせず、賛同する人から、補助金を集めれば良いので、その意味では、今回の企画は、多くの人にとって迷惑以外のなにものでもなかつたのではないでしょうか。

お礼日時:2019/10/03 23:36

お礼をいただきまして、ありがとうございます。



>その意図が全く無かったとも言えないのではないでしょうか。
あの手の芸術家が目立とうと考えるなら、昭和帝の御写真ではなく、上皇陛下や今上陛下の御写真を侮辱するでしょう。質問者様は御存知だと思いますが、10年前にあった皇室を侮辱した寸劇を問題ないと考える輩です。
赤子であった悠仁親王殿下に見立てたぬいぐるみを投げ捨てたり、癌で治療されていた上皇陛下(当時は今上陛下)を下ネタを交えて侮辱したり、といった想像絶する表現を、「目立つ」ためでなく、仲間内で笑いあうために行う連中です。そのような輩が写真を焼く映像だけで「目立てる」とも、その映像を見れば普通の人がどういった反応するとも、理解していたと思えますか?。

赤子を投げ捨て、爆笑する輩ですよ。

>今回の件は、「思想に偏った展示物だから税金を使わない」のではなく、「祭り」のように多くの市民から賛同を得ていないだけでしょう。
不交付理由は、事前に申請した内容と実際の展示が異なっていたからであり、特定の思想によるものではないです。不交付理由は、展示を中断し、再開しないこと、とされています。言い換えれば、脅迫があっても展示を続ければ、交付を行ったというのが、文化庁の言い分です。
表現の自由という観点から見れば、参加者や参加者全体の許可なく勝手に中断した知事や監督を、表現の自由を損なったのだとも言えるでしょう。

>多くの人が賛同するようになれば、自然に税金を使うことになるでしょう。
そうなると、再交付される可能性が大いにありますけれど、それで質問者様は納得されますか?。
今回の不交付は一部の活動家だけでなく、右派からも問題と考えられているようですし、自民党議員も減額が妥当とする人もいらっしゃるようです(「表現の不自由」以外の作品も含めて、不交付ですから)。また、決定は文科省の三役、与党(勿論、野党も)、官邸に相談なく、文化庁の独断で行った物であり、有権者の賛同は得られていない状態です。
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この回答へのお礼

何度も有難うございます。

◇おっしゃる芸術家の作品を見たことないし、見ようとも思わないので、確たることは言えませんが、一般論として、おっしゃるような「突拍子もない行為」を行う人は、その人の深層心理のどこかに、「目立ちたい」(注目されたい)の意識があるのではないでしょうかね。
そうでなければ、そんな「突拍子もない行為」はせず、静かにしているのではないでしょうか。

※目立ちたがりになる心理が謎
https://workport.co.jp/plus/articles/3397


◇「不交付理由は、事前に申請した内容と実際の展示が異なっていたからであり、特定の思想によるものではない」は、おっしゃる通りですが、
政府としては、本当は、「内容が不適切」と思っているのではないでしょうか。
しかし、内容を理由として、不交付とすれば、それこそ「表現の自由の迫害」とか言って騒がれるので、苦肉の策として、不交付の理由付けをしているのではないでしょうか。

ただ、「参加者や参加者全体の許可なく勝手に中断した監督が、表現の自由を損なった」は同感で、「表現の自由」を唱えるのであれば、徹底抗戦する勇気はなかったのでしょうかね。
しかし、「知事」については、「公人」なのに、最初から判断が甘かったのではないでしょうかね。


◇「再交付される可能性が大いにありますけれど、それで質問者様は納得されますか?」のご指摘については、
前提に「多くの人が賛同するようになれば」とあるように、「多くの人が賛同する」のに、何か不都合がありますか。

ただ、「多くの人が賛同する」には、祭りのように、歴史や積重ねがいるので、今回のような「表現の不自由展」の内容では、そう簡単に「多くの人の賛同」が得られるとは思いませんし、むしろ、個人的には、不可能な気がします。

お礼日時:2019/10/02 01:14

No.1です。



>「問題提起を起こすことが目的のような企画」は「芸術」と言えるのでしょうか。
>そうであれば、「芸術に名を借りた政治活動」と言えるのではないでしょうか。
>であれば、そんな特定の活動に税金を使うのは、納得できませんが・・・???

政治的であると芸術ではない、という論理がわかりません。
問題提起を起こすものには、何も政治的なものだけでなく、宗教的、エロ、など、いくらでもありません。
でも、宗教的なものもエロも芸術として認められているものは普通にあります。
キリスト教画、仏像、女性の裸体など、全て税金が使われることが普通にあります。
ピカソなどの抽象画、印象画、写実画など、新たな芸術が生まれるときも芸術ではない、と批判されてきました。
政治的な画といえば、戦争画、反戦画など、いくらでもあります。
政治家を礼賛したもの、皮肉ったもの、いずれもありふれています。
それらをすべて否定したら、それこそ芸術が不毛になってしまいます。

表現には必ず思想があります。
偏った思想がない芸術なんてものは、価値のない作品とも言えるでしょう。
大切なのは、どんな思想であれ、それらを広く認識することなのです。
そして、考えてもらう。
例えば、ナチス礼賛、朝鮮蔑視、なんでもいいんです。大切なのは、それらを見て、どう思うか、その機会を与えることではないでしょうか。
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この回答へのお礼

何とも有難うございます。

「政治的であると芸術ではない」とは申しておりません。
「問題提起を起こすことが目的のような企画」と言われるので、それ以下でも、それ以上でもなく、「問題提起を起こすことが目的のような企画」の「企画」そのものは「芸術」ではなく、「問題を起こす」手段に過ぎないのではないでしょうか。

おっしゃるように、政治的であっても、その作品に、芸術的なものがある場合もあるでしょうが、「問題提起を起こすことが目的のような企画」と言われれば、「問題提起を起こすことが目的」としか言いようがありません。

例えば、「問題提起を起こすことが目的のような企画」の中の「絵画」等が、芸術的な価値がある場合があるかもしれませんが、それに価値があるのは、「絵画」であり、「企画」に対してではありません。

「政治的な画といえば、戦争画、反戦画なと」と言われますが、人々が芸術的な価値を見出すのは、戦争画、反戦画で描かれた「絵画」であり、「戦争」や「反戦」の思想ではありません。

その意味では、今回の場合は、「表現の不自由」とかの思想が前面に出過ぎていないでしょうか。
(ただ、個人的には、「慰安像」等の作品そのものにも、芸術的な価値を感じませんが、これは個人差があるかもしれません???)

「ナチス礼賛、朝鮮蔑視、なんでもいいんです。」とのことですが、「ナチス礼賛」や「朝鮮蔑視」そのものは芸術ではなく、思想なので、中立的であるべき、公的組織がかかわる内容ではありません。

問題は、「ナチス礼賛」や「朝鮮蔑視」を表現した「絵画」等に、芸術的な価値があるかですが、それは、個人によって、価値判断が分かれるでしょうが、そのように価値判断が分かれる内容に、あえて、税金を使うべきでしょうか。

特に、今回の場合は、過去に訴訟沙汰になり、先方が敗訴した作品に関係した内容に関連しており、公的機関に抵抗があるのは、当然なのに、あえて、公的機関で開催する必要があるのでしょうか。

今の自由な世の中、個人開催やYouTube等々・・いくらでも、芸術的な価値を示す方法があるでしょう。
また、税金は、他にいくらでも、使い道があるでしょう。

お礼日時:2019/09/29 22:46

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