なぜ、人は映画を見るのでしょう?又は、映画を作るのでしょう?平凡な日常を忘れるため?疑似体験したいため?私はいつも映画を見た後、現実に戻り「あ~でも現実は結局こうなんだ~」と落胆させられます。映画のような体験を実際にする人っていないじゃないですか?でも「あ~映画って、本っ当に、いいもんですね~」と思うのは、なぜなんでしょう。映画はなんのためにあるのか!?と私はよく考えてしまうのです。変な質問ですみません。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

映画はエンターテインメントである、と思って楽しんで見る人もいるでしょうし、映画監督、映像作家を志して興味あるものからないものまで全て網羅する人もいるでしょうね。

つくりたい!!と思う側と観たい!!と思う側があって成り立っている商売ですもん。受け取り方は様々で。
日常生活からみて真っ暗い映画館内とか、大画面とか、ドルビーサウンドの音響とか、非日常の入り口みたいじゃないですか。そこで売ってるお菓子もまた特別だったり。隣の席の人との感動の共有もしかりですよね。
映画をみて、ひとが夢なり感動なりもらうとしたら、映画を創っているひとらもまたそれ以上の魅力に動かされているんだと思います。商売ですから、奇麗事だけでは動いていない業界ともいえますが。
もっと学術的な側面からの回答を希望されるのでしたら、哲学から見た映画の捉え方もあると思います。「ベンヤミン」「ハイデッカー」など読んで見るのもよいかもしれません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

詳しい回答ありがとうございます!映画館もまた非日常の要素ですね。やはり現実逃避のアイテムに過ぎないのかな…

お礼日時:2001/08/07 22:29

私の場合深く考えてなかった時は「疑似体験」がしたいからかなーと思ったけど、よくよく考えてみると「現実逃避」をしたいからだと思う。

他にも小説がそういう感じ。
いったん「中」に入ると周りの音も聞こえにくくなるし、終わってからも少し余韻が残って「自分」に戻るのに時間がかかる。でもこうなるのは「私にとって」とても面白いものだけ。

keikochocoさんは見終わったあとに「あ~でも現実は結局こうなんだ~」と思ってイヤかもしれないけど、見てる間、または読んでる間だけはその面白くない現実から逃れられるんじゃないのかな。その分「のめり込み度」も大きくなるけど。
または映画や本の作り物でも、その面白い内容によって、現実に起こっている現象ではないけど、「今見てる自分」は楽しい思い共有してるということで良いと思う。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

回答ありがとうございます!やっぱり現実逃避なんですねー。夢を見るのと一緒ですね…

お礼日時:2001/08/07 22:26

それは、ドラマなんかでもそうですよね。


実際だったらそんな簡単にいかないことがいとも簡単に
うまくいったり。
でもkeikochocoさんがおっしゃっているように日常を忘れたい、
疑似体験したいっていうのが最大の理由ではないかと思います。
少しは現実に役立つような体験ができたらもうけものだし。
映画は、世の中の人に夢を与えるためにあるのだと私は思います。
癒し系が受けているのも、そういうところからではないでしょうか。
なんかありきたりな回答ですみません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます!映画は単なる娯楽なんでしょうかね。確かに夢は持てますよね!

お礼日時:2001/08/07 22:31

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q 41歳の平凡なサラリーマンです。

 41歳の平凡なサラリーマンです。
 じつは、25歳の頃から、いるはずのない人間が見えます。
 最初のときは、車に乗ろうと駐車場に行ったら、初老の紳士が私の車に乗っていたのです。鍵をかけ忘れて、少しボケた爺さんが乗っちゃったのかな、と思って注意しようとしたら、消えてしまいました。
 怖くもないし悪意も感じなかったので気にしないようにしたのですが、そういうことがしょっちゅう起き、今ではどこにいても一人や二人、いないはずの人が見えます。
 怖くはないですが、鬱陶しいので精神科にかかったのですが、精神科医は幻覚とも何とも説明せず、精神安定剤をくれただけでした。
 薬を飲んでもぼうっとするだけで、見えないはずの人は相変わらずいます。
 仕事でも家庭でも生活に支障はないのですが、嫌な感じです。
 また、特定の誰かがいつもついているというのではなく、街中に大勢の人がいるのと同じで、そこいら中で見えます。
 私はもともと幽霊とかの存在には否定的だったのですが、こんなことになって戸惑っています。
 霊媒師とかの所に行くつもりはありません。
 似たような体験をお持ちのかた、どう対処されているでしょう?

 41歳の平凡なサラリーマンです。
 じつは、25歳の頃から、いるはずのない人間が見えます。
 最初のときは、車に乗ろうと駐車場に行ったら、初老の紳士が私の車に乗っていたのです。鍵をかけ忘れて、少しボケた爺さんが乗っちゃったのかな、と思って注意しようとしたら、消えてしまいました。
 怖くもないし悪意も感じなかったので気にしないようにしたのですが、そういうことがしょっちゅう起き、今ではどこにいても一人や二人、いないはずの人が見えます。
 怖くはないですが、鬱陶しいので精神科にか...続きを読む

Aベストアンサー

目は悪くないですか?

シャルルボネ症候群というのをご存知でしょうか?
それだとしたら、正常な人の見る幻覚です。

映像をご覧ください。

http://www.ted.com/talks/lang/jpn/oliver_sacks_what_hallucination_reveals_about_our_minds.html

この方は神経科医で、臨床で体験した変わった症例を本にしています。


例えば、カブクラ症候群。
自分の親を親そっくりな偽者だと思ってしまう症候群。

エイリアンズハンズ症候群。
自分の手が自分の意思と全く関係なく勝手に動いてしまう症候群。

シャルルボネ症候群は、昔からわかっており、主に目が悪い人が見る幻覚です。
脳のいたずらです。

ある人は、この人の膝に猿がいるのが見える。
サックスは「それは幻覚だとわかるのですか?」と聞くと、「いえ わかりません。
幻ではなく生きた本物の猿としか見えません。しかし患者を診察する医者が膝に
猿を乗せているはずが無いと思うので、幻視なんだろうと推測しているんです」と
言った。

人によってはアニメがまさに現実生き生きと動いているのが見えるそうです。


このビデオの症例の人も、まさにそこにいるようにしか見えない。
しかし、この方は盲目なんです。
目が見えないのに見えていると脳が認識させているんです。

人は目から入った信号を脳でイメージ化している。
目が見えなくなった人でも見えるという体験をさせてしまう。

これが正常な人が見る幻視で、シャルルボネ症候群と呼ばれるもので
目が見える人にも起こる。

関係がある人ならまだしも、「あんただれ?」って知らない人が見えるそうです。
「セサミストリートのカーミットが見える。なんでーー 全く興味ないのに」と
いう幻視が本人の意思とは全く関係なく勝手に見えてしまうらしいです。

おもしろいですね。

統合失調症の場合、攻撃されているなど被害妄想による幻視が起こるらしいです。
あなたの場合は、そういう妄想は起こらないので、たぶん シャルルボネ症候群
なんじゃないかと。

対処方法は無いみたいですよ。
つきあっていくしかないんじゃないかと。

もうちょっと脳神経科学が発達したら、どうにかなるんでしょうけど、現代の医学じゃ
どうしようもないらしいです。

目は悪くないですか?

シャルルボネ症候群というのをご存知でしょうか?
それだとしたら、正常な人の見る幻覚です。

映像をご覧ください。

http://www.ted.com/talks/lang/jpn/oliver_sacks_what_hallucination_reveals_about_our_minds.html

この方は神経科医で、臨床で体験した変わった症例を本にしています。


例えば、カブクラ症候群。
自分の親を親そっくりな偽者だと思ってしまう症候群。

エイリアンズハンズ症候群。
自分の手が自分の意思と全く関係なく勝手に動いてしまう症候群。

シャルルボネ症...続きを読む

Q右脳を鍛えるためには~

右脳を鍛えるために、自宅で簡単に訓練出来る方法を教えて頂けないでしょうか?
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

 脳には幼少時に、神経回路網が集中的に生成される「臨海期」と呼ばれる時期があり、この前であれば右脳の飛躍的な発展が望めます。
 もともと左脳に障害がある場合、その機能を補完するために右脳が極端に肥大化することが知られています。アインシュタインなどがその例です。いかに補完されようとも彼の左脳の言語機能にはやはり障害があり、彼の著書「相対性理論」は理論そのものだけでなく、誤字・脱字・脈絡の無い文脈がより一層その難解さに拍車をかけていたそうです。他にも幼少時に何らかの病気で左脳の一部を切除した場合にも、右脳の神経回路が異常に発達し瞬間視覚記憶能力など(視覚は右脳に依存している)の特殊能力を身につけることがあるそうです。
 また左脳を補完するためでなくとも、この時期ならば訓練によって容易に右脳による特殊能力を開発できるそうです。絶対音感や暗算能力などがこの例です。

 臨界期をすぎてしまった場合には、残念ながら極度の発達は望めないようです。しかしながら、脳が開発されるのは神経回路網の生成によってだけではありません。特定の神経回路同士の結びつきが強くなってより電流が流れやすくなることで、疎通という現象が起きます。これによって才能には違いがあっても勉強すればそれぞれに成績が上がるごとく、ある程度の能力の上昇が可能です。
 では実際にどのような訓練をするのかと申しますと、右脳が視覚や聴覚と密接に関連していることと関係があることから、そろばんのような視覚に訴えながらの学習などが挙げられます。記憶術や速読術の開発をうたう類の本ではしばしば、右脳開発の実践的な方法が紹介されています。

 ただ、それでも臨海期をすぎてしまった脳には一定の限界があるのも事実です。そこで発想を全く逆転し、右脳を鍛えるのではなく左脳の束縛をはずすという方法があります。
 人間の左右の脳は対等の関係にあるわけではありません。普通は左脳が優位にあります。これが一時的に逆転すると、それまで自我に抑制されていた右脳からイメージがあふれ出すことになります。入眠時、入浴時、排便時、飲酒酩酊時、躁状態の時などが代表的な例です。
 考える人はやはりう○こをしていたようです。リラックス状態が自我の抑制を解き放ち、通常の覚醒時からは想像できない発想を生み出すようです。
 同じように入眠時もイメージがあふれ出すときです。発明家には必ず枕元にペンと紙を置いておき、その都度書き留める、ということをしていた方も居たそうです。これはいいアイデアだ、とその場では直感しても翌朝にはスッカラカンになっている経験があなたにもきっとあるはずです。
 なお、左右の脳の優劣が常時逆転してしまっている人は天才か変人のどちらかです。逆転している人には端的にその言語活動に特徴が見られます(ある有名なプロ野球選手の例では、右脳が司る空間把握能力が極めて優れていて、ピッチャーの手からボールが離れた瞬間にその軌道を正確に追跡できる程だけれども、それと引き替えに左脳が司る言語機能が拙いわけです)

 もしも最後の部分に興味がお有りならば、福島章先生の「天才」という本を一読なさる事をお勧め致します。福島先生や宮城音弥先生の本は外れなく面白いです。

参考URL:http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/NS/CSfLastGenGoodsPage_001.jsp?GOODS_NO=132899&fl=1

 脳には幼少時に、神経回路網が集中的に生成される「臨海期」と呼ばれる時期があり、この前であれば右脳の飛躍的な発展が望めます。
 もともと左脳に障害がある場合、その機能を補完するために右脳が極端に肥大化することが知られています。アインシュタインなどがその例です。いかに補完されようとも彼の左脳の言語機能にはやはり障害があり、彼の著書「相対性理論」は理論そのものだけでなく、誤字・脱字・脈絡の無い文脈がより一層その難解さに拍車をかけていたそうです。他にも幼少時に何らかの病気で左脳...続きを読む

Q悲しい映画やホラー映画を見る心理について

人間は基本的に、楽しいやうれしいといったプラスの感情を良しとし、悲しいや怖い、怒りなどの感情をマイナスととらえると思います。そして、人間が受け入れやすいのは楽しいといったプラスな感情に思われます。
では、なぜ悲しい映画やホラー映画を見る気になるのでしょうか?

Aベストアンサー

人間の好奇心は留まるところを知りません。どんなことでも体験してみたい欲望はあるのです。
そして目の前には信じられないほどたくさんの出来事が起きています。さらに歴史を紐解くと、その数は天文学的になります。
しかし、人間が一生に体験できることは限られています。

文学や演劇は「体験の移植作用」があります。
自分の身には起きなかった事を目の前に引っ張り出して、恰もその場に居合わせているかのごとき場面・情景を演出して見せてくれます。
したがって人は小説を読み、演劇・映画を観て、その場に居るような、自分が様々な事柄を実際に体験しているような、すなわち疑似体験が出来るのです。

その疑似体験の中でも、特に実際に体験できない、体験したくないものが、体験したら大変な事になるものへの欲求を充たしてくれるのが、「悲しい映画」「ホラー映画」などではないでしょうか。

さらに人間は「怖いもの観たさ」「他人の不幸は蜜の味」という言葉で表される妙な特性を有しています。

恐ろしいこと、怖いもの、残酷な事件、悲惨な体験、悲しい出来事などは、実体験は嫌だけど覗いて見たいのです。
小説の中、演劇の中だけででも体験してみたいのです。
他人が不幸になる姿は、第三者的な覗き見的な心境もあり興味が湧くのでしょう。まさに「他人の不幸は蜜の味」の心が動くのでしょう。

そこで流される涙は、主人公になりきって流すものというより、主人公に同情して流す「第三者の目で見ている」人間としての涙なのではないでしょうか。
主人公の感情を十分に理解し、主人公と同じ感情で流す涙もあるかもしれませんが、主人公が涙する時の、その「こころの動き」「感情の揺れ」「相手に対する思い」などを想像し、その思いに同感、同情して泣くのではないかと思います。

その涙や、恐怖が人間の心の中の欲求を満たし、ある意味での癒しに繋がっているのだと思います。まさにマイナスの要素を疑似体験することで、自分の心にとってのプラス効果にチェンジしているのでしょう。

人間の好奇心は留まるところを知りません。どんなことでも体験してみたい欲望はあるのです。
そして目の前には信じられないほどたくさんの出来事が起きています。さらに歴史を紐解くと、その数は天文学的になります。
しかし、人間が一生に体験できることは限られています。

文学や演劇は「体験の移植作用」があります。
自分の身には起きなかった事を目の前に引っ張り出して、恰もその場に居合わせているかのごとき場面・情景を演出して見せてくれます。
したがって人は小説を読み、演劇・映画を観て、そ...続きを読む

Q「~ですね」と普通に言えばいいのに「~ですな」と言う人

よろしくお願いします
よく掲示板等で、普通に「~ですね」でいいのに「~ですな」と
言う人がいますよね。年配の方かと思えばそうでもなさそうです。
例えば、
「楽しみですね」→「楽しみですな」
「待ってて下さいね」→「待ってて下さいな」
「教えて下さい」→「教えて下さいな」
男女関係なく使うようですが、何か上から言われてるようで
違和感が残ってしまって。。。
この言い回しはどう言う人が使うんでしょうか
上の立場から物を言いたいって事なんでしょうか

Aベストアンサー

60過ぎのじじいです。
わしもよう使いますけん、こないな質問みてびっくりしました。

そういえば前に回答したときも
ここの掲示板はレベル高いですよとか
嫌みをいわれましたが、そういうことですかい。

いや、上目目線もあると思います。
しかしやなあ、我々もネットで自分の人格作って楽しんでいるだけやな。
です、ますちゅうのも何となく味気ない。
といってもあんさんとか馴れ馴れしすぎるも具合が悪い。
だからこの辺が適当っていえば適当なんですな。

わしは実生活でもこの調子ですし、老い先も短いので
いまさら変えようなんて気もおこりません。
あしからず。

Qここで的外れな回答をする人の日常会話力

質問文に問題がなく、良回答が多数出ているような質問の中で、ちっとも質問趣旨が読み取れずに、ぜんぜん的外れなことを得意げに書いているような人がいます。
そういう人は、日常生活で、話し相手とちゃんと疎通できているのでしょうか?
話しが聞けない人として、うざったく思われていないでしょうか?

Aベストアンサー

そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。

ただし、このサイトやネット上では文字のみでしかコミュニケーションできないのに対して、日常生活において行なうような対面でのコミュニケーションでは声のトーンや相手の表情等、情報量は格段に増えます。文字でのコミュニケーションが苦手だとしても、対面ではOKだという人も多いです。学習障害の一種で、知能指数は普通レベルだが文字を読んだりすることは苦手という人もいますしね。

まあ、必要なのは「このような発言をして相手がどのように思うか」の想像力が欠けてるんだといいたいのではないかと思います。私の意見では「一定の相関関係があるかもしれないが、そうでないケースも多い。弱い相関しかないと推測する」です。

#自分の意見に賛同しない人は「的はずれ」なんでしょうか?


人気Q&Aランキング

おすすめ情報