プロが教えるわが家の防犯対策術!

1. 哲学の普遍性なる太陽は沈んだと勝手に決め込み ぼくちゃんだけの
私的な――すてきな私的なすてきな――夜の灯火を求めて蛾のごとく群れて
いるのは 誰だ?

2. 
《〈ルサンチマンに手を焼いているなら 復讐をやればよいではないか。
敵を虫けらと思えば ポアしてもかまわない。
その衝動をこそ失ってはいけない〉
――とお告げをのりたまう畏くも畏き神ディオニュソスのもとに 
なんぢら 悩める人間たちよ ひれ伏したまえ。・・・

アポロンの理性と感性と明るい日の光こそ糞くらえだ! 
なんぢらは 超人になりたまえ。・・・》

3. という毒舌を囲み《吐しゃ物》事件のもとに群がろうとするのは い
ったいどこのどいつだ?

4. K国人!?

A 回答 (6件)

ドイツ的な優性思想、弱き民に生きる価値なし、の臭いがニーチェ哲学にあるということですか?その延長で考えれば、ナチのニーチェ思想への評価は、そもそもナチ的なものとして、受け取られた通りの思想だと、ブラジェさんは、考えていらっしゃるのですね。

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この回答へのお礼

ううーん。そこまで広げているかと言えば 広げていません。

――ご回答をありがとうございます。


ニーチェの議論そのものについて言えることを言っています。

という主旨です。

お礼日時:2020/01/01 20:12

引用された神のみことば=ルサンチマン処理法は、ニーチェと関係なく、異教徒の私でも「そうですね」と思ってしまいました。

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この回答へのお礼

ですから フリッツくんは 聖書と関係なく おれは自分の思想を発表して
いるのだと言うのなら まだ話の余地はあります。

――ご回答をありがとうございます。


もっとも チカラの論理にもとづき強き者と弱き者とに分け 後者の欠点は
これこれこうだと言ったとしても その前提とした理論が いただけないと
言うことになるかと思います。




いくつか質問も掲げました。次の質問での lupan344 さんとわたしとのやり
取りなどはおもしろいと思います。
【Q:《猛禽と仔羊》:ニーチェの道徳観】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9935080.html

お礼日時:2020/01/01 19:38

ニーチェは、聖書の読解を通して、ユダヤ=キリスト教に、ユダヤ人の歴代の敵民への、ルサンチマンがあり、しかし、そのルサンチマン表明が、ある種のユダヤ人による情報操作のための、演出演技=プロパガンダを見ていたのではないでしょうか。

そんなにルサンチマンがあるというなら、口だけでいってないで、復讐してみよ❗という側面が、彼の思想にあったのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


ニーチェにかんしては よほどしっかりとした擁護論が出てこないかぎり
あまり議論をしたくない心境になっています。そこまで蔑んでいます。


たとえば 旧約聖書においても:
▲ (ローマ書 12:19 ) ~~~~~~
愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。
「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」(申
命記 32:35 )と書いてあります。」
~~~~~~~~~~
☆ と言うまでに ルサンチマンの処理についてはあきらかにされていま
す。

もちろん敵と見なされた民に対して聖絶という・上の愛の命題とは真逆の
内容が書かれているし そのじっさいの行動が引き起こされています。


ですが それにしても それら対立するふたつの命題をきちんと把握して
自己の見解を――聖書論であるかぎり・つまり聖書批判をするという限り
―― のべなくては話になりません。

と考えます。

お礼日時:2020/01/01 19:16

白熱電球の明かりが宇宙空間は絶対零度ではないのd性根。


熱放射で電磁波で放射線だ追うのならば
ハーバード白熱教室の白熱の意味が別の意味になりますよね。
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この回答へのお礼

しゃれ!

お礼日時:2019/12/30 22:38

余談になるのでしょうけれど、


コプト語というのは和kるので干すか

ナグハマディ写本の翻訳も私は
グノーシスの変容等の歯知らないですし、

コプト教会というのは
どのような観点からなら研究というのか
難しいですよね。
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この回答へのお礼

分かりますよ。かんたんな入門書をやりました。

エジプトは アラビア語で ミスルと言います。

ギリシャ語で アイギュプトス。
> エギプトス。そして > ギプトス > ギプト > ゴプト > コプト。

(ちなみに いまロマとよばれる放浪の民は ジプシーとも呼ばれていましたが 
このジプシーは エジプトという語からきています)。



★ ナグハマディ文書
☆ は 荒井献とその学統が翻訳・研究にあたっています。

大貫隆ら弟子たち(三・四人います)の著作もいくつか読みました。これらの内
容について とやかく言うことはありませんが ボスの荒井氏については どう
も わたしにはなじむような読後感を得ていません。

つまり 荒井献を 信用していません。


だからというのではないですが トマスの福音書をもくわえて どうもこのコプ
ト語文献は かんばしいものとは感じられません。(ナグハマディ文書は 六冊
くらいあったと思います。ぜんぶを読んだわけではないというわたしの欠陥をも
そえておきます)。


★ グノーシス
☆ については――二言三言ではすみませんから―― 保留します。

お礼日時:2019/12/30 08:48

かの有名な『hitonomichi36』。

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この回答へのお礼

ううむ。よわりましたね。ずばり 固有名詞ですか。

――ご回答をありがとうございます。


そうですね。かの御仁は 復讐の肯定として それやれ それやれとまで
は 言っていないように思います。が。


あるいは・それとも 最近くらいイメージになってきたんですかね。

お礼日時:2019/12/28 12:04

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