会員登録で5000円分が当たります

スポーツにはまったく縁がない者です。
「空手家」とよく言いますが、「空手をやっている人」とは明らかに響きが違いますよね。
「空手家」は段を持っている人の呼び名でしょうか?
ある知人は以前空手をやっていました。しかし空手では試験を受けませんでしたので段は持っていません。
この人の場合は「空手家だった」とは言えないのでしょうか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (7件)

Gです。

 大晦日に間に合いました。 <g>

まず、変換誤字がたくさんありました。 ごめんなさい。 未知(道)、意思(石)、何ですね(なんですね)などすみませんでした。

続きです。

もう少し道の事について書かせてください。

空手道を考える時に道とはと考えさせる指導員をもっともっと作っていきたいと思い教え始めて早くも20年近くなります。

今どれだけの自称師範と呼ぶ人がその道を作り上げた恩師を心から尊敬しその道を毎日24時間歩もうとしているのだろうか。 道は生きるために必要な物でなくてはならないのです。 毎日の生活に使えないものがなぜ道と呼ぶことができるのでしょうか。 自分を毎日知識、精神力、体力全てを鍛えるのが道なわけです。 人生の歩みは歩くようにできた道を歩む事であり、歩み事で自分を向上させる糧でなくて何のための道でしょうか。 空手道はその道のひとつに過ぎません。

武道にしろ空手道にしろ、道が見え始めるために級と言うレベルがあるわけです。 初段は段の始めであり一段ではないですね。 有段者として有級者から脱皮しなくてはならない事を表すべき物です。 

今どれだけの有段者が「一撃必殺」の有意義な意味を理解しているのでしょうか。 人間と言う生き物を一撃で殺す能力の重要性とはどこにあると考えているのでしょうか。 打ったり蹴ったりして人を痛める技を教える指導員は何を考えて教えているのでしょうか。 「使っちゃいけないよ」と教える事がいかに矛盾している事なのか一瞬でも考えた事があるのだろうか。 一生使えるように教えなくては意味がなくなります。

空手小屋から空手家に脱皮するためにどれだけの努力をして、空手の家に住めるようにしているでしょうか。 一撃で人を殺せるようになるだけが目標では小屋でも良いから雨を凌げば家と言えると言うのと変りありません。 ドアをつけ窓をつけトイレをつけキッチンをつけ水道を引き電気を引き電話線も引き、生活に必要な物を備え、食物を蓄えられ、たまにはゆっくりお風呂に入れるようにするだけでも多くの努力や犠牲とも思われる事をしなくてはなりませんね。 それらをするから有意義な家が作られそれが向上と言うもの以外ではないと言うわけです。

いろいろな小屋を何年もかけてやってもこの人生の喜びが得られ、努力と苦労をする事無しには喜びを感じる事を実現する実力はつかないわけです。 あれもやりこれもやりでは所詮いろいろな小屋を作ったに過ぎないわけです。 いろいろな幼稚園に通うだけで年だけ大人になると言う事と同じなわけです。 それが結局「我流」と言う物になってしまうわけです。

日本語に大家と言う単語がありますね。 上に書いた「家」の観念が組み込まれた物だとお分かりだと思います。

実力は自分の物だけではなく分け与える事ができるだけの実力を持つ事が結局向上心を高め、試練に立ち向かえる人たちを導く事にもなるわけです。 板と板との間に箸や鉛筆などを入れ隙間を作り割りやすくして割った所で所詮板を重ねただけの数枚を割る実力にはならないわけです。 そして割れる実力、破壊力、を道を行く者として、何のために持たなくてはならないのか、どれだけの自称師範が分かっているのでしょうか。

柔道や剣道が道といいながら結局はボクシングやフェンシングと変わりないスポーツに成り下がってしまったのはある意味では当然の結果と言う事になるでしょう。 柔道が競技として認められたにもかかわらず「競技としてのポイント制を今後取り入れる」と言う国際連盟での話があると「本家としての一本制をとる日本としては恥じる事だ」と言うコメントが出る事自体が柔の道と言う物が日本には存在するのかと言う疑惑も私には理解できます。

ご質問の空手家・空手道の沿った私個人の信じるところを長々と書いてしまいましたが、runbiniさん以外の方々にもこの回答を読んでくださり、こう言う古びた考えもまた残っていて新年からのトレーニングの糧にしていただければと思い書かせてもらいました。 なお、これらは全て私個人の信じる事であり、私の弟子でない限り押し付けようとも理解していただく事は期待しておりません。 また、これらに対して他の回答者による反論や批判はお断りしますのでよろしくお願いいたします。

もうそろそろ日本では新年を迎えますね。 来年がよりすばらしい年になる事を一万キロはなれたところから祈っています。 

この回答への補足

空手暦40数年の知人が皆様の回答を読んでどなたも素晴らしいと言っていました。特にGanbatteruyoさんについて「いちいちごもっともと言うのが感想ですが、これだけ懇切丁寧には感心します。余程お優しい方でしょう。」とのことです。私にとって未知の世界の方々から回答がいただけて嬉しいです。改めて皆様に御礼申し上げます。

補足日時:2005/01/06 07:30
    • good
    • 0
この回答へのお礼

道とは、家とは。新しい年を迎えるにふさわしい良いお話でした。後者の知人にも読んでもらいます。遠い記憶の中の、アジアのある偉大な人を思い出しました。空手家(に限らず武道家)は道を歩む人を指すのですね。ありがとうございました。私もそんな生き方ができたらと思います。
お先に2005年に行ってお待ちしています。今年は大変お世話になりました。来年も皆様にとって良い年でありますように!

お礼日時:2004/12/31 23:19

Gです。

 ごめんなさい、補足があるのに早く来れなくて。 今日が道場での年収めとなります。 

>昔は空手道と言っていたそうですが、この空手家の話と関連がありますか?

今も空手道と言います。 ただ、空手道といえることをやっているかと言うと疑問が残るのが多いということです。 空手道や武道など 道という名前のついたものはそれなりの認識を持っていなければ呼ぶ「価値」がないと私は思っています。 空手道らしきことやって自称空手道が多すぎると言う事でもあります。

道とはその上を歩む物でなくてはなりません。 その横を沿って流れている物が「流派」なわけです。 ですから、どの流派でもその道に沿っていなくてはならないということでもあります。

いろいろな道を行ったり来たりしていてはその道を見ることができません。 それは教えるものがどれだけ深く広くその道を知っているかによって変ってきてしまいます。 しかし、道は全て同じ所へたどり着きます。 道が違うだけの事です。

たどり着く事が武道の道ではなく、歩く事が未知なわけです。 舗装された道の時もあるでしょう。 また、いばらの道も待っています。 川や山を自分の足で一歩一歩越えるのが武道の道と心得なくてはなりません。 そうする事で道端の意志を拾い不滅を感じ取り、野菊の美しさを感じ、雑草の力に感動し、体にも精神にも傷を受け治し方を知り今後の傷を防ぎ方を知り、必要であれば「殺す」技術も磨きながら道をいくわけです。 ハイゥエイを車で走ってはこれらの事は分かりませんね。

あれをやり、これをやり、では武道の奥の深さが分かるわけがないのです。 なぜ、級や段があるのか。 これらはその道でどれだけ歩いたか、ではないのです。 あくまでも、次の試練(次に体系付けられて仕込まれた指南)から習える準備ができたかどうか、何ですね。 

数字を知らなくては1+1は習えないし、1+1が分からなければ微分積分を教える事はできません。 アルファベットを知らない人に英作文は教える事ができませんね。 白帯で白帯のことを習うのは白帯びを卒業するためではなく、次の帯で習う事が出来る自分を作り上げると言う事に過ぎません。 ですから、当然のごとく黒帯を締めるということは黒帯で習うべき事の準備ができていると言う証拠でなくてはならないわけです。

しかし、この根本的なことが分からなくて、試合の練習をし昇級/昇段試験のための練習をし、型の動作の順序を覚えただけの「空手道」では「作法」なら分かっていても何段であろうと本当の意味での空手道たる道が分からないわけです。

全ての名前のついた「技」は物理的に使い物になりません。 使うために習う物ではないからです。 まず、ここで「疑惑」「挫折」が起こります。 しかし、教えるものがしっかり導く(いい言葉です。道をいくために手を引いて歩く、と言うことです)事で、これらの技から100も1000も使える本当の技を教える事ができるわけです。 これが立ち方であろうと、けり方であろうと、殴り方であろうと、全く同じ事です。 

重心を下げて立つ事を賞賛するだけの教え方では習う事は何もありません。 これらの技はあくまでもアルファベットや数字に過ぎません。 型は単語のスペルに過ぎません。 これだけよくできても文章は作れませんね。 英語カテの私の回答を見ていただければひとつの筋が見えると思います。

各種の武道をやる事は結局我流になってしまうと言う事実が起きてしまうのはここなわけです。  何年もかけてひとつの武道の真髄がわかって初めてその道が見えてくるわけです。

ごめんなさい。 道場に行かなくてはならないので、もう少し締め切らないでください。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お忙しいところ奥深いお話をありがとうございます。
道のお話感謝します。級や段はご褒美でもまして飾り物でもないわけですね。「道」を歩んでいる人が次の試練の準備ができているという証なんですか。日々努力されている方に頭が下がる思いです。前者の彼は今年は日本に来れなかったので空手道場見学は来年になりそうです。関係ない私一人で行くには勇気が足りません。後者の彼はエライさんなので道場を経営しているわけではありません。話していると生々しいお話はどんどん出てきますけどね。気楽に質問したつもりですが、さまざまお聞きできて嬉しいです。ご存知のとおり私は空手をわかったつもりで云々言っているのではありません。あくまでも自分に無いものを持っていらっしゃる方々のお話をうかがっているだけです。この質問は来年まで開店しているつもりです。お時間がある時にまた書き込んでやってください。

お礼日時:2004/12/30 10:54

1本ちゃんと道が見えていれば何も文句は言いませんし、喜んで門出を祝いましょう。


また戻ってきたら喜んで迎えいれましょう。

ただ、大体が戻らず、中途半端で次に移り、終えてしまうから「いけない行為」とされています。

師匠に自分の考えをぶつけてみれば、今度はこうしてみろと逆に教えられるでしょう。
道もおのずから見つかり、
困ったら師匠に相談すれば良い事です。
この人は前に進めます。

これを勝手気ままにやれば永久に我流になるだけです。

いけないとは言いません。
やり方(出家の仕方)が問題なのです。

この回答への補足

ここをお借りして皆様にお礼を申し上げます。
武道には試合がありますよね。の~んびり暮らしている私にとっては、優劣を決めて順番をつける(あるいは序列に組み込む)という感覚は普段あまりない世界です。
そして生き方そのものが武道ということも。
ですから武道をされている皆様がおっしゃる事はなるほどと思い、とても参考になります。

補足日時:2004/12/29 22:45
    • good
    • 0
この回答へのお礼

やめ方なんですね。この人は戻ろうと思えばすぐにでも受け入れられます。しかし生活が変わってしまったのでしばらくは無理でしょう。この人が真の空手家であったかどうかは死ぬ前にわかるというわけですね。

お礼日時:2004/12/29 22:42

そもそも、なんで「空手家」という表現を使いたかったのでしょうか?


そこが見えないと、なんとも言えません。

そういうひとつの型に嵌った考え方自体が、武道と呼ばれるものを30年ばかりやってきた私には違和感を覚える次第です。

空手家,柔家とか関係なく、自分が何者(どういう生き方・価値観を大事にしていく者かという意)なのだと名乗れればそれで良いのです。
たまたま、自分が何者かを見つける触媒だったものが空手なりなんなりであっただけなのではないでしょうか。

「空手家」なるものは、まずは本人が自称し、かつ周りがそれを認めれば誰でもなれるのです。



先の回答にあったところが気になるので、指摘をしておきます。

宗教の世界は理の世界です。
理が自身に混在しているのであれば、自身で宗派を開けば良いのです。
破門とは、その者が属していた世界がその者を追い出そうとする行為です。
その者が、その理で生きている人間であれば大きな問題でしょうが、既に自身の理が違うところにありそれに拠っているのであれば、(経済面以外では)苦にもならないでしょう。

また、落語・相撲のくだりがありましたが、それもまた関係ない話です。
派閥を2股することが許されないのと同じ理由なので、ここで論議する対象ではありません。
派閥の領袖が起こす嫉妬や愛憎,自己顕示欲が元でおこる話(破門)である以上、当人の生き方・在り方を当人が考える上では全くどうでもいい話です。

なにかしらの庇護を受けたものは、その庇護者に恩を返さなくては成りません。
そのときに、庇護を返す先が2つあるばかりに身動きできなくなる状態を庇護者は嫌うのです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

> そもそも、なんで「空手家」という表現を使いたかったのでしょうか?
> そこが見えないと、なんとも言えません。

ちょっとした知り合いが空手をやっていて海外本部長なんです。ほかの知り合いは空手をやっていました。今度空手家の事を書いた本を読みます。という、この普通の人の環境で考えて、「空手家ってどういう人のことを言うんだろう?」と素朴に思ったので質問させていただきました。

> なにかしらの庇護を受けたものは、その庇護者に恩を返さなくては成りません。
> そのときに、庇護を返す先が2つあるばかりに身動きできなくなる状態を庇護者は嫌うのです。

なるほど。深いお話をありがとうございます。本人が空手家として生きれば、そして周りも認めれば空手家なのですね。

お礼日時:2004/12/29 21:27

こんにちは。

^^
私もGさんの意見と似ています。

テコンドーをやり、空手もなさっているようです。
強い武道家である事は認めますが、

空手家とは言えないと思うんです。
道は1つですから、勝手に2個に増やされても困ります。
空手の足技は、空手で克服して己を磨くのが普通で、
楽に足技を他から取ってくるのはいかがな物でしょう?

強くなりたい。
これは勝手ですが、空手道からは外れています。
K-1目的や、自分の流派を作るなら話は別ですが、
もう、空手家と称すのは止めて頂きたい。
武道家と称してほしい。
これが実情なのではないでしょうか?

武道家だとは認めます。
しかし、「空手家」はもう一方の方に失礼だと考えます。

もう一方の方は、自分なりの道を進む立派な「空手家」だと思います。
段が無くても、暫く(かなり長期に渡り)休部していたとしても、空手家だと思います。

少なくとも私はGさんより相当甘い考え方です。
それでも、2また道は考えものです。

落語、相撲、日本料理界、宗教界なら、即破門の振る舞いだからです。

この回答への補足

ところで「道は1つですから、勝手に2個に増やされても困ります。落語、相撲、日本料理界、宗教界なら、即破門の振る舞い」なのに、武道では柔道○段、空手○段、剣道○段、合気道○段、あわせて○○段、とかいう方も多くいらっしゃいますよね。この方たちはどうして認められているんでしょうか?また、この方たちを柔道家、空手家、剣道家、合気道家と呼んではいけないんでしょうか?

補足日時:2004/12/29 19:05
    • good
    • 0
この回答へのお礼

こんにちは。^^
なるほど、武道家と呼べばいいんですね。最初の彼のために付け加えさせてください。テコンドーと空手は似ているところはありますが全く別物だという事を承知で空手をしていました。特にテコンドーの足技についてはここ30年くらいものすごく力を入れて研究されてきたので空手とは違うと言っていました。そのほかにも色々言ってくれたのですが、スポーツオンチなのでよくわからなかったです、はいすみません。

お礼日時:2004/12/29 19:04

Gです. runbiniさん、こんにちは!



この件はアメリカで伝統空手を昔どおりに教えている私としては全くの個人主張ですのでそのつもりで読んでください。

今の日本の「空手」の現状から見ると「空手家」はほとんどいないと思いますのである意味では死語になってしまっていると思います。 

空手とは試合をしたり型を踊ったりする物では決してないと信じる私は空手は人生の生き方のひとつとみています。 空手がその人の「生き方」であれば私はその人を空手家と呼びます。

しかしそうでなく空手着を着ている時だけ空手をするようでは、何段であろうと、私はその人を空手家とは呼びません。 また、「必要以上」に商売として道場を経営している人も私は空手家と呼びません。

昔は空手が生き甲斐であり、弟子を育てるのを目的とし、自分の時間を空手(パンチやキックは空手のほんの一部の中の一部)が基本となって生きていた人たちが空手を教えることができるだけの実力と指導力を持った時点であの人は空手家だ、といわれる「身分」になりました。

「身分」である以上「私は空手家だ」と言う表現はおかしいことになります。

「実力」を認められることになりますのである程度の段位を持っていることにもなるでしょう。

しかし、空手を毎日使わなくてはならないと教える私はkarate-kaと言う単語を弟子たちに使っています。 つまり、毎日「生活方法である空手」を使おうとする/使えることが実力のひとつと見るわけです。 ですからまだ若い弟子たちにはYou are my baby karate-ka. と読んでいるわけです。

この英語単語としてのkarate-ka/karatekaは一般的に空手(キックやパンチだけでも)を頻繁に練習する人の事も含まれて使われています。 

「空手家だった」と言う表現ですが、空手と言う最良の生き様を信じる私にとって、その最良であるはずの事をもうやっていないとはその人の先生がよくなかったか、最良の物を捨てるだけの価値しかみる事ができなかったのか、と感じるわけです。 つまり、空手家と呼ばれる人は一生空手家でいるだけのものが出来上がっていると判断されるわけです。

ですから、もう過去の事になってしまった、と言うことであれば、「空手家だった」ではなく「空手をしていた」と表現すべきものだと私は思います。

と言う事で、私個人の考えで説明しましたが、一般的にこの単語は「先生/師範」のような「地位」でも、「練士/教士/範士」のようなでも「資格」でもありませんので、人それぞれの解釈を持つものとされています。 ですから、人によっては道場を経営していれば空手家ですし、何段以上なら空手家と呼んでもいい、と言う人もいると思います。 ただ私は空手家なら空手着を着ていなくても空手家であると分かる人(拳にたこができていると言う事ではなく)の事をそう呼んでいるということです。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。

この回答への補足

空手家なら空手着を着ていなくても空手家であると分かる人の話は納得できます。昔は空手道と言っていたそうですが、この空手家の話と関連がありますか?

補足日時:2004/12/29 06:26
    • good
    • 0
この回答へのお礼

Gさんこちらでもこんにちは!知人はテコンドーを子供の頃から始め国際免許2段?を持っています。日本に興味を持ってからは空手も始め、段を取る試験にお金がかかるので取らずにいました。が、道場訓や二十訓通りの生き方をして、私によく「真の空手家は」という話をしてくれていました。その後経済事情で働き始め、空手の方をやめました。これについて彼は恥じていました。が、色々見ていると彼の空手に対する考えは日本への憧れというかちょっとファッション的な要素もあったようです。もう一人のちょっとした知り合いは空手家と呼んでいいと思います。本のモデルにもなった人で副業はほとんどせず、生き方考え方がすべて空手なんです。来年はアジアの支部を中心にあちこちでしごいて来ると言っていますが津波の後の励ましになりそうとのことでした。

お礼日時:2004/12/29 06:18

あくまでも職業として空手をしている人でしょうね。


例えば道場を経営しているとかそこの指導員とかで給料が空手だけという人です。

この回答への補足

とすると空手を副業にやっていたり、空手以外の副業を持っていたら「空手家」とは言わないんでしょうか?
どっちみち知人は「空手家」ではなかったということですね。

補足日時:2004/12/28 23:33
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

専門家回答数ランキング

専門家

※過去一週間分の回答数ランキングです。

Q質問する(無料)

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q空手をやりだしたら誰でも強くなれるのか?

運動音痴の小男(165ぐらい)が空手を習い始め、数
ヶ月まじめに通ったとします。この時点でどのぐらい
強くなっているのでしょう? 格闘技経験のない普通の
体格の男には負けるのでしょうか?
喧嘩の為に習うのではないことはわかっているのですが
やはり気になります。

Aベストアンサー

はじめまして、shidenさん。

私は38歳になりますが、極真を始めたのは大学の時で、その前は剛柔を中学からやってました。

私の場合はshidenさんとは違い空手を始めた動機は単純に喧嘩に強くなるため・・・というと語弊があるかも知れませんが、自分よりでかくて強そうなやつにも文句が言えるようになるため・・・みたいなとこでした。

私、今は181あるんですが、高校入る時は160なかったですから。

Robessiataさんも言われてますが、要は場数だと思います。毎日、蹴られて突かれての組手をこなせれば、大概のことは平気になりますって。

運動してない人にとっては、組手の前の基本動作だけでも大変ですから・・・

何よりも自分自身に「あれだけの稽古ができたんだ」というような自信が持てるようになることが、強くなるための第一歩ではないかと考えます。

加えて、喧嘩は体格でするもんじゃないです。ちっさくても強いやつは沢山いますから。
道場では身長が低くて黒帯まで行った人は、デカイやつと組手で揉まれてますから強いですよ。

あと、相手が壊れちゃってもいいって冷静に出来る人が強くて?怖い人だとわたしは思ってます。私にはそれが出来そうもないんで。

私が聞いた話では、極真で平気でそれが出来るのが「松井と黒澤だけだ」…って大山先生が生前おっしゃっていたとか。さもありなんと思っています。

はじめまして、shidenさん。

私は38歳になりますが、極真を始めたのは大学の時で、その前は剛柔を中学からやってました。

私の場合はshidenさんとは違い空手を始めた動機は単純に喧嘩に強くなるため・・・というと語弊があるかも知れませんが、自分よりでかくて強そうなやつにも文句が言えるようになるため・・・みたいなとこでした。

私、今は181あるんですが、高校入る時は160なかったですから。

Robessiataさんも言われてますが、要は場数だと思います。毎日、蹴られて突かれての組手をこなせれば...続きを読む

Q空手の道場を開きたいが・・・仕事をどうするか。

空手二段、26歳男です。
今の仕事(夜勤有り介護職員)を辞め、地元に帰って空手道場を開こうと考えています。平日、週一で19時~の予定で月謝制、場所も公民館か体育館、というようにめぼしもついてきたのですが・・・。

問題は、道場と平行して何の仕事をするかです。
責任を持って仕事を持ちながら、責任を持って同じ曜日の同じ時間に指導をすることはなかなか難しいものだと思っています。道場で空手(他の武道でもかまいません)を教えながら、他にも正規のお仕事を持たれている方は、どのようなお仕事をされておられるのでしょうか??

自営業の方は指導の時間の都合が付きやすい、と聞いたことがありますが、残念ながら私にはその予定はありません。また、将来は家庭を持つことも考えていますので、正社員、正職員にこだわってしまいます。
持っている資格は、ホームヘルパー2級・保育士・社会福祉主事任用資格といったところです。この資格を活かす、活かさないは今のところ特に考えていません。

ご意見をお待ちしております。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

40代男性、仕事の傍ら休日に空手指導をするものです。文面から地方にお住まい(Uターン)の方とお見受けしました。他の方も書いておられましたが探せば普通の会社なら週一日くらいは事情を話し、定時で帰ることはそれほど難しくないのではないでしょうか。また中堅企業の地方採用社員だと給料が安い代わりに本社採用ほどのハードワークはないはずです。
また、私の先生はハードワークの会社でしたがいったん定時+αくらいで仕事を終えて道場に通い、その後また会社にもどり12時くらいまで仕事、休日は指導か大会の役員、という生活を何年か続けていました。
質問とはそれますが武道の実力、指導力と段位はそれほど関係ありません。会社の肩書きが高い人が必ずしも仕事ができるわけではないのと同じことです。あなたの文面からは師を敬う姿勢や情熱などが伺えます、少なくとも週三回の道場稽古+その他の日の自主トレで社会人でもまだまだ上を目指すことは可能です、頑張ってください。

Q空手黒帯の方に質問です

フルコンタクト空手を始めて半年の白帯なのですが、組手をするたび怪我と言う状況です。

私は相手が自分より弱いと感じた時(ほとんどないですが・・・)は相手に合わせて組手をするのですが(相手にダメージを与えようとしない)ほとんどの黒帯の方と組手をする際に相手は手加減なし(勿論全く手加減なしではありませんが)でダメージを与えようという組手をしてきます。

但し指導の先生は私に合わせて組手をしてくれます。

それにより体中アザだらけは言うまでも無く、毎回怪我、つい先日も別の白帯の方がアバラ骨にヒビが入り怪我。

白帯のド素人的にはもう少し手加減してよと思ってしまいます。

帯下の人間になぜそこまでのダメージをおわせるのかなと思ってしまいますが、これはどこの道場でも同じことなのでしょうか?空手道とはやはりそれほど厳しい道なのでしょうか?帯下やど素人ということはただの言い訳にすぎないのでしょうか?

空手黒帯の方教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

黒帯と組手をする時は、かなり厳しく苦しい印象を持つと思います。こちらが思いっきり突いたり蹴ったりしても相手はダメージがなく平然としている。そればかりか恐い顔付きでどんどん前に出てくる。黒帯の突き蹴りは速く見えない。もらうと我慢できないくらい痛い。体はあざだらけになる。ローをもらい歩けなくなる・・・

厳しいことを言いますが、これはフルコンタクト空手を志した者が誰でもいつかは通り抜けなければいけない試練です。強くなるためにはどうしても必要です。人と人が闘うということは厳しいものです。そして黒帯相手に組手することは非常に勉強になるんです。ずっと負け続けていたとしても知らず知らずのうちに強くなっています。打たれ強さも身に付いてきます。今は分からないかもしれませんがこれは何ヵ月後に自分より下の者と組手した時に分かります。

ですが、ひとつ言いたいのは組手には段階があるということです。緑帯、茶帯相手ならともかく、白帯のアバラを折るほど黒帯が攻撃を加えるというのははっきり言いますが異常です。

白帯、オレンジ帯、青帯のうちは突き蹴り、受けの基本を覚える時期であり、あまり過度のスパーリングをすべきではないというのが私の考えです。攻撃、受けの基本を覚えるまでは比較的軽いスパーでいいと思います。そして帯が上がり技を覚え打たれ強さが身に付くにつれ段階的に激しいものにするのが理想的です。もちろん軽い組手ばかりでは強くなれないので時には強くやるべきですが。上級者は下の者に対してそういった「加減」ができなくてはいけません。

教え方のうまい黒帯は下の者にどんどん攻撃させ、相手のよいところを伸ばそうとします。そしてそういった人は本当に実力者が多いです。心の余裕のない者が後輩に勝つことばかり考え攻撃してばかりで加減できないんです。恐らくその黒帯たちは自分たちも同じようにやられてきたので、組手とはこういったものだ、厳しくやらなくてはいけないという固定観念があり、後輩に対して歯止めがきかないのかもしれません。

ただ、その黒帯たちも思い切り全力でやっている訳ではないと思います。もし思い切りやっていたら白帯は毎回KOされていることでしょう。ある程度は軽くやっているとは思います。ですがこの攻撃で白帯が耐えられるか?という判断ができないのだと思います。

昔私がフルコンタクト空手に入門した頃は本当にひどく、黒帯が入ったばかりの白帯をKOすることはしょっちゅうでした。だから挫折者が非常に多かった。本当にひどい状況を何度も目撃しています。ですが時代が進み道場が増えたり、またいろんな組織が分裂を経験した結果、さまざまな試みを各道場が自主的にできるようになり練習内容が大きく変わりました。特に指導者がこれで生計を立てている、家賃を払わなくてはいけないという事情から、初心者をむやみに止めさせないという稽古になったと思います。サポーターも付けて組手するようにもなりました。昔のような無茶なことをする道場は少なくなったと思います。ですから質問者さんの質問を読んだ時は非常に驚きました。

もしあまりにひどいと判断したら、道場を休んだり、場合によっては変えることも一つの方法です。世界チャンピオンの八巻建弐氏も最初に入った道場でひどい目に遭い、他の道場に移りよき師にめぐり合った結果大成しました。こういう例もあります。もし近隣に他に道場があるなら情報を聞いたり見学してみてもいいと思います。

また何かあったらこのサイトで質問してみてください。
あなたの気持ちは大変よくわかります。

黒帯と組手をする時は、かなり厳しく苦しい印象を持つと思います。こちらが思いっきり突いたり蹴ったりしても相手はダメージがなく平然としている。そればかりか恐い顔付きでどんどん前に出てくる。黒帯の突き蹴りは速く見えない。もらうと我慢できないくらい痛い。体はあざだらけになる。ローをもらい歩けなくなる・・・

厳しいことを言いますが、これはフルコンタクト空手を志した者が誰でもいつかは通り抜けなければいけない試練です。強くなるためにはどうしても必要です。人と人が闘うということは厳しい...続きを読む

Q極真空手の経験者の方に質問します。私は、現在27歳で、極真空手に入門を

極真空手の経験者の方に質問します。私は、現在27歳で、極真空手に入門を考えている者です。いくつか疑問点があるので、箇条書きにて書きますので、回答を宜しくお願い致します。

 (1)私は学生時代に長期に渡り、いじめられていた為に、今でも対人恐怖症的な所があり、自分に対してあまり自信が無く、人に対してオドオドしてしまう性格です。恐怖心や劣等感の感情が非常に強く、誰に対してもオドオドしてしまうような所があるのですが、こういう性格を少しでも直したいと思って入門したいと考えております。このような理由で、実際に入門したとして、何年か稽古をしていくうちに、精神的に強くなれたなと思うようになるものなのでしょうか?

 
 (2)実際に極真空手をされている方で、黒帯以上の方の具体的な強さというのは、一般人と比べると、どれ位の違いがあるのでしょうか?全く相手にならないような感じなのでしょうか?


 

 (3)現在、175cm98キロという超肥満の体系なのですが、この体でやるとやはり怪我等をしやすいでしょうか?ある程度体重を落としてからにした方が良いですか?

Aベストアンサー

格闘経験者です。

(1)
性格が直るか直らないかは人次第です。武道で自信を得れるかどうか・・・それはやってみないと分かりません。しかし「肉体の強さ」は、少なからず自信を与えてくれるものです。努力をして、誰かより優位に立つと思う事が自信となるのです。

(2)
黒帯でも強さは個人によります。度々試合をされてる人は、勝つ為に更なるトレーニングを積んでますので強くなるでしょうね。黒帯の方が一般人を本気で殴る事は普通ありえません。なので想像でしかないですが、もし本気で殴ると・・・簡単に殺せます。それから格闘家と比べると一般人の攻撃はスローモーションですので攻撃はまず当たりません。

(3)
体型にかかわらず、フルコン空手など素手の直接打撃は怪我が前提といって過言ではないです。逆にそれだけの事をやっているから、相手の痛みが分かり思いやりがもてるようになりますし、不測の事態に対処できる術が身につくのだと思います。体重を落とすなら、道場に通うだけですぐに落ちるとおもいます。

通うなら本部道場をお勧めします。本部には少なからず教え方に定評のある師範が居られますので上達も早いです。

最後に、武道はその場に身を置く事で、他者との切磋琢磨により自身を鍛錬するものです。喧嘩の道具ではありませんので勘違いされないようにお願いします。

格闘経験者です。

(1)
性格が直るか直らないかは人次第です。武道で自信を得れるかどうか・・・それはやってみないと分かりません。しかし「肉体の強さ」は、少なからず自信を与えてくれるものです。努力をして、誰かより優位に立つと思う事が自信となるのです。

(2)
黒帯でも強さは個人によります。度々試合をされてる人は、勝つ為に更なるトレーニングを積んでますので強くなるでしょうね。黒帯の方が一般人を本気で殴る事は普通ありえません。なので想像でしかないですが、もし本気で殴ると・・・簡単...続きを読む

Q格闘技、武道をやったら性格が歪む?

20代の男学生です。

(もしかしたらこの質問、此処じゃなく心理学カテゴリにアップすべきだったかも知れませんね。w
そして、この質問では敢えて格闘技と武道とケンカを区別せずに一括にします。それぞれ違いものだと言いはる方もいますが、此処ではそんな主張はあっさり無視する事にしますぞ。)

実は私もいつ誰かに物理的に襲われるかが心配です。

だから、包丁を携帯しようと思ったこともあったんですが 銃砲刀剣類所持取締法なので警察の職務質問を受けたら凄く困るんですね。
中学生の時には護身用としてマスケット銃を幾つか作ってみましたが、何れも発射失敗でした。まあ、仮に出来上がったものがあっても、やはり警察に見つかったら 銃砲刀…(以下略)

そんなに余計にややこしい刀狩法がある癖に、もし私が不審者に不意に襲われても警察に認識されるまでやや時間がかかるし、結局は素手で自分自身を守らなきゃ成りませんね。

ならば、武道などを通じて、自分自身の肉体及び精神を鍛える選択肢があります。はい。
だが、ちょっと待って欲しい。

格闘技が武道をやれば性格が歪んで人格が壊れるんじゃないんですか?!!

始めては唯の私の憶測だろう、と流そうとしましたが… 何と実際にそんな報告がありますので…

http://members3.jcom.home.ne.jp/byoudou17/budoukakeibetu.htm
この人は「空手を習ったせいで、強くなって思い上がって悪い奴になった」いじめっ子と、中学時代まで優しかったが、ケンカに目覚めた次第に悪い人になった友人の事例を紹介しながら、少なくとも自分が出会えた空手を習う人達の3分の2が「いじめっ子や威張っていて傲慢な人間」だと述べています。

http://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/q1332697078
この質問にも類似な報告があります。
(この質問の中で自分自身がいいやつだと言い張る発言がありますが、無視しなさい。)

その他にも格闘技やる女のナルシストさは異常なほどだ、と何処かで読んだことがありますし、そもそも人を殴る事が出来る者の性格がロクでないのじゃないんですか、という発言も何処かで聞いたことがあります。

自衛官、警察官が職務の為に格闘を習うのはどうしょうがないんですね。
だが、少なくとも、個人的に強くなりたいという動機などで武道、格闘技を習ったら性格が、人格があんなになってしまった事例は確かに有りますね。

私を含んで多くの人達は不意に打たれるのが怖かったり、強、自身を持ちたがるんでしょう。
「さあ、格闘技やって肉体も精神も強くなって自信持ち始めて怪しい者に組まれるなど怖くなくなったわ! 」
しかしその代価が人を見下ろして虐める凶暴で歪んだ性格、壊れた人格なら… やっぱり私はあんな喧嘩術などやらない方が百万倍マシだと思います。

此処、格闘技カテゴリに訪れる皆さんは一体どう思っていますか。
ご回答お願い致します!

あ、そしてもう一つ、この質問のメインテーマとは関係ない質問ですが。
私は近いうちに短剣術を練習しようかと思っています。旧陸軍類の短剣術をですね。
って、例の刀狩法なので実際に包丁、アーミーナイフは振り回す事は出来ませんね。
ならば木棒などを持っての短剣術なら実戦にはどれくらい効果がありますか。

20代の男学生です。

(もしかしたらこの質問、此処じゃなく心理学カテゴリにアップすべきだったかも知れませんね。w
そして、この質問では敢えて格闘技と武道とケンカを区別せずに一括にします。それぞれ違いものだと言いはる方もいますが、此処ではそんな主張はあっさり無視する事にしますぞ。)

実は私もいつ誰かに物理的に襲われるかが心配です。

だから、包丁を携帯しようと思ったこともあったんですが 銃砲刀剣類所持取締法なので警察の職務質問を受けたら凄く困るんですね。
中学生の時には護身用としてマ...続きを読む

Aベストアンサー

 武道は心法と術理を混同して矛盾したまま指導しています。
 そして、その歪んだまま現在まで続いてそのままスポーツ武道としてスポーツ化してしまったため、心法も術理も建前のみで力で強引に技をかける事が当たり前になっています。
 そうやって術理がないがしろになると身体の大きい方が強い、力がある方が強いとなり、勘違いする輩が多く出ます。

 格闘技は試合で勝つ為の技術のみ。そこに精神論が介入する余地はありません。
 心法は練習以外の部分でいろいろ話したりして教える事になります。

 武術系ならそういう歪んだ性格の人間は角が立たないように放り出しておしまい。
 放り出された方が勘違いしたまま道場を開いたりしますね。


 どれも指導者が心法をまともに指導してもらわずに強くなったつもりで道場を開くと力が全て勝つ事が全ての勘違い道場の完成です。
 そういう道場でどういう人間が育つかは想像できますよね。
 つまり、全部師匠次第。 いい師匠に出会えればまともに育つし、こういう事件を起こす輩はそういう底の浅い指導者の指導しか受けていないって事です。





>短剣術なら実戦にはどれくらい効果がありますか。

 効果ないです。 素手でも戦えない人間が武器を持ったところで意味ないし、喧嘩での暗黙の了解を自分から崩す行為です。

 武器を持ち出す = 相手も何を使っても構わない、本気で殺しに来てもらっても構わないって許可する行為

 剣道家の意見聞いたら解るでしょ。 棒状のものがあれば負けないって・・・つまり棒が無ければ戦えないって公言してるんですよ。
 で、こういう事言う人は剣道の技しか出せませんって自分で弱点さらけ出しているって事です。
 剣道でも応用が効く人間は素手で十分戦えますが、剣道もスポーツ化しているのでそういう発想の剣士が殆ど出てこないんです。
 みんなその発想が出来ないから気付かないだけで、剣道の技でも素手でも勝ちにいけるだけの技術を秘めています。

>木棒などを持って

 こう考える事自体多くの剣道家の発想と全く同じ。武器を持って戦う技術を習ったら武器を持たないと戦えないと思い込む愚かな思考です。
 つまり何を習っても応用の効かない思考でやっている人間は実戦では戦えないってことです。

 武道は心法と術理を混同して矛盾したまま指導しています。
 そして、その歪んだまま現在まで続いてそのままスポーツ武道としてスポーツ化してしまったため、心法も術理も建前のみで力で強引に技をかける事が当たり前になっています。
 そうやって術理がないがしろになると身体の大きい方が強い、力がある方が強いとなり、勘違いする輩が多く出ます。

 格闘技は試合で勝つ為の技術のみ。そこに精神論が介入する余地はありません。
 心法は練習以外の部分でいろいろ話したりして教える事になります。

 武術...続きを読む

Q極真空手選手の「生活収入源」

 私はずっと、極真空手はプロ格闘技(いわゆる競技そのもので収入を得る)だと思い込んでいましたが、どうやら違うみたいです。
 数見肇選手ほどのクラスになりますと、指導者も兼ねているのではないかと思うのですが、野地竜太選手をはじめとする若手選手たちは、普段どの様にして生活収入源を得ているのでしょうか? プロボクシングで世界王者にまでなったセレス小林選手や星野敬太郎選手みたいに、一般サラリーマン的な仕事をこなしながら、日々の生活を過ごしているのでしょうか?
 そのあたりの事情をご存知の方がいらしゃいましたら、ぜひ教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

野地竜太選手はどうだったか詳しくは知りませんが、たしか総本部で指導員をしているのでは?

数見選手は指導員として自分の担当する城南川崎東支部のいくつかの道場で指導しています。

若手の選手でも有名な選手はほとんどが指導員として働いていると思います。現役の選手はスケジュールがけっこう厳しくて、午前中は自分の練習にあてて激しく稽古し、夕方から自分の担当する道場で一般の生徒を教えているという感じです。

選手でも極新会館の従業員として登録していない人たちは普通に仕事をもっていて、夜だけ稽古しています。

給料は普通のサラリーマンぐらいと噂を聞きました。直接うちの極真の道場の先生に給料を聞いても「夢がなくなるからそれは言えない、ハハハハ」と笑われました。

↓のURLが城南川崎の朝練です。こんな風に午前中は自分の稽古らしいです。

参考URL:http://www19.big.or.jp/~jyo-nan/jyonanshibu/asaren.htm

Q空手(格闘技)をやっている男性に質問です!

最近知り合った男性が気になるのですが
空手をやっているそうです。

女の私から見たら、なんで格闘技を始めたのか
謎です。しかも続けているとは・・・
男の世界って感じです。ストイックでいいですけど。
「強くなりたい」っていう意識がないもので

彼は見かけは優しそうでそんな格闘技をやっているようには見えないので、いざ怒らせてしまうと突きが出るのか?!蹴りが?!などとあらぬ方向に考えてしまいます。
""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
質 問

1.なぜ空手なのか(もしくは格闘技なのか)
2.空手について女性からいろいろ聞かれたらうれしいですか?あと、ミーハーに「すごいね」と反応してもよいでしょうか?
3.ちょっと内心怖いと思ってるって分かったら傷つきますか??

回答お願いします。。。

Aベストアンサー

結婚する前に嫁に言われた事を思い出しました。
私も「何故?空手なの?」「喧嘩が好きなの?」「人を傷つけて面白い?」理解したいが為に根掘り葉掘り聞かれましたよ。

1についてですが・・・
祖父が遣っており漠然と強さに憧れてその時に心構えも一緒に学びました。
・空手は義の補(たす)け
=正義の為に使うもの
・技術より心術
=心を学びなさい
・心、技、体にあらず
=空手の効能は「体・技・心」の順。然るに修業途中で辞めるなら心は宿らず。全てを捨て去る事
・人に打たれず人を打たず 事なきを基とする
=争いは売らない、買わない。回避する術を身に付けよ。

といいつつ若い頃は喧嘩してましたね。やはり実戦に使えるか?何人相手にできるか?武器を持った相手と戦えるか?この頃は一人戦国時代でした。又“心”が身に付いていなくて「慢心」=自信過剰でした。挙句の果てに毎日狙われ背中を刺されましたが・・・バカでしょう~空手を遣ったから刺されてのではなく。使い方を間違った、心が無かったから刺されたと痛感しました。その時に祖父の言葉が身に沁みましたよ。

それ以降は回避する方向で精神的に安定していきました。そして使うのは喧嘩の時ではなく。「守る者が生命の危機にさらされた時のみ」と自分を戒めています。

なので2の回答は「人に知られないようにしている」聞かれても困る。

3は結婚当初、嫁にも言われました「目が怖い~怒っている」言われる度に鏡に向かい「優しい目~優しい目~」呪文を唱えていました。他人に思われる前に嫁に言って貰い意識出来たので助かりました…

空手歴30数年、結婚歴20年一度たりとも嫁や子供に手を上げたことはありません。(子供にはお尻ペンは遣りましたが)改心してからは喧嘩した事はありません。

うちの場合、嫁さんが強いので喧嘩に成りません。「子供連れて出て行きます」と大技を繰り出してくるので勝てません。最近では温厚なおっちゃんに変身しています。

空手は現状も続けております。運動不足解消、趣味なので!

空手を含め武道が悪いのではなく。人間性が大きく影響しますので、空手抜きに人間性を見てあげてください。

お幸せに・・・

結婚する前に嫁に言われた事を思い出しました。
私も「何故?空手なの?」「喧嘩が好きなの?」「人を傷つけて面白い?」理解したいが為に根掘り葉掘り聞かれましたよ。

1についてですが・・・
祖父が遣っており漠然と強さに憧れてその時に心構えも一緒に学びました。
・空手は義の補(たす)け
=正義の為に使うもの
・技術より心術
=心を学びなさい
・心、技、体にあらず
=空手の効能は「体・技・心」の順。然るに修業途中で辞めるなら心は宿らず。全てを捨て去る事
・人に打たれず人を打たず 事な...続きを読む

Q空手の型は重要?

大道塾に入門したのですが師範は型ができていないと強い打撃ができない、ということで型は大切だと言います。しかし型はあまり意味がないので教えないという所もあると聞きます。
どっちが正しいのでしょうか?
キックボクシングに型はありませんが打撃が弱いという事などありませんよね?うーん、分かりません…
ご回答宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

型の理解が今ではほとんど言ってなくなってしまいましたね、日本では。 型の試合があると言うこと自体がおかしいのです。 ダンス競技じゃなるまいし。

少し良くなっても「一つ一つの動きには意味がある。 どんな攻撃にどうやって対応するかを型は示している」と自称師範が言っているわけです。 「まさか!」ですね。

型の動きのどこが実戦に使える動きがあると言うのだろう。 立ち方、打ち方、防ぎ方すべてまったく実用にならないものばかりです。 自由組み手を見れば明らかなことですね。 誰も空気を殴るより動く、それも、攻撃してくる相手がいるところに、腰の低いナイハンチ立ち、前屈立ちをしたら一発でやられてしまいますね。

そんなに意味のない型をなぜGは教えるの?と言うことになりますね。

何故って重要だからなんです。 自分を自由に動かすための必須項目(私たちは275,000項目があるといっています)を型の一つ一つの動きの中で教えているのです。 俗に「隠された型の秘密」なんていって紹介しているようですが、決して秘密でも何でもありません。 教えられなかった人にとって「知らなかった」事であり「偶然にも気が付いた」と言うことに過ぎないのです。

師範であればこのことを知っていなくては教えることはできません。 どう一挙一挙を「正しく」やらなくてはならない、と言うことは幼稚園生が1から100まで「正しく」言えて読めて書けるようにならなくてはいけない、と言っているだけのことなんですね。 英語であればABCを言えるかどうか、なんです。 流派としての一貫した「読み方・言い方・書き方」が型の決まりきった動きを習うことなのです。

型のひとつの動きから200-300の事を教えることができるのです。 自分を自由に物理的に、そして精神的に動かし、同時に相手も「触らずして動かす」「技」を習い自分に身につけていくわけです。

名前の付いた「技」と呼ばれているものはすべてこれらを身につけるように教えてもらえるための「土台作り」に過ぎません。 1から10までの基本的数字の理解を教えるためにはいち、に、さんと正しく発音し、順序を知り、数と言うものの理解を無意識に教える作業とまったく同じなのです。

三戦立ちが「回り方を教える」教材であったり、型の逆周り225度の回転がもたらす相手への影響、残像の利用、回転力を使った直進力などここではとても書けきれない自分の実力を磨く技を教えてくれるように作られているのです。

気合をすることでパワーを出す、なんていう解釈は本の初心者用の知識に過ぎません。 気合をして打ったパンチの腕をそのまま伸ばしたままにしておく理由はなんなのか、気合を長くすることは何のためなのか(まさか、パワーの為じゃないでしょう)、残心とはいったいなんなのか(まさか、複数の相手と戦う「戦場で」残心という隙を奨励するのでしょうか)、これらすべて+274,980項目を型から習うのです。

型ができない、ということは100まで数えられないということであり、あいうえおが言えない、ABCの26文字をすらすら言えない、大文字小文字の区別ができない、ということに過ぎないわけですね。

誰が最初の数字は「いち」と発音して横ボーを引いた文字を使うと決めたのでしょうか。 知る必要のないことです。 いちと発音できることで算数の先生が次のことを教えられるように有無を言わせないで教え込んでいるのです。

型を習うことで次なる事を死ぬまで習い続けることができるわけです。 それだけ大切な土台作りだのです。

しかし、このことを知らない、教えられたことがない、昇級・昇段テストや試合の為に型の動きを教える・習うでは武道が泣きます。 私からしてみれば、日本の武道界は一年中涙の梅雨です。

表面から見ると、型はまったく意味を成さないものと見えます。 しかし、上のことをちゃんと教えられていれば、型という「教材」なしでは武道を教えることができないことを身につけることができるわけです。 有無を言わせない実力はここから来るのです。

宮本武蔵の五輪の書や中国の武備志がどうにでも解釈できるように書かれているのは、武道を教えられる師だけがちゃんと理解できるように書かれているのですね。 つまり、土台ができていない、基礎ができていなければとても理解できないようにできた書物であるということでもあります。

型から教えるという方法をとった日本の武道が決して唯一正しいというわけではありません。 しかし、これだけ体系付けられた武道教本としての「口伝」はそれなりにすばらしいものであるのです。

なんでもアリで教える私の道場は日本の四大伝統空手のひとつとして充分実戦に使えまた他の人間との戦いではなく自分との戦いにも使える武道として私は誇りを持って私たちの流派は「人を生かす」ために作られた昔からの流派である、といえる自信を持っています。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

型の理解が今ではほとんど言ってなくなってしまいましたね、日本では。 型の試合があると言うこと自体がおかしいのです。 ダンス競技じゃなるまいし。

少し良くなっても「一つ一つの動きには意味がある。 どんな攻撃にどうやって対応するかを型は示している」と自称師範が言っているわけです。 「まさか!」ですね。

型の動きのどこが実戦に使える動きがあると言うのだろう。 立ち方、打ち方、防ぎ方すべてまったく実用にならないものばかり...続きを読む

Q格闘技をする理由とは

自身も格闘技を学んでいますが、一般的に格闘技を学ぶ理由とは何でしょうか?
社会人になって、わざわざ他人と殴り合っているということが理解できない人も多いようですが。
ストレス発散、護身と人それぞれだと思いますが、皆さんの「理由」を教えていただけたらと思います。
また、何故その格闘技を選んだのかもとても興味があります。
ちなみに私はテコンドーをやっていますが、それは、強さとは美しさだと思うからです。強くなるだけであれば、極端な話し、ナイフでも拳銃でも持ってくれば、中途半端に格闘技をかじるよりも強くなれるし、相手を倒すだけなら金的一発のほうがよっぽど効果的でしょう。
しかしそれではただの暴力だと思うので、強さとは美しさだと思ってテコンドーを選びました。
みなさんは、何故その格闘技を選びましたか?
広い質問で申し訳ありませんが、暇つぶしにでも答えていただけると嬉しいです。

Aベストアンサー

男の子というのは、産まれてから一度は世界最強を夢見る物なのですよ。
大人になってからも格闘技を続けている人達は、その夢を諦めなかった人達という事でしょう。

もちろん、それは腕力のみに限らず、財力だったり速力だったり他のスポーツや文化の方に流れた可能性もありますけどね。

拳銃?刃物?野暮な事を言いなさんな。
自分の肉体のみで最強になる事に価値があるって、実は分かっているはずですよ。

Q極真カラテ有段者たちの毎日のトレーニング内容は?

極真カラテの有段者の人達の毎日の練習内容はどういったものなのか詳しく教えて頂けないでしょうか?

何キロか走ったりとか筋トレなどもやるのでしょうか?
時間としては毎日どのくらいのトレーニングですか?

どうぞ教えてくださいませんか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

よかった また質問立っててくれてて\(^o^)/

内容がどんどん濃くなっていきますね(^_^;)

格闘技の練習時間やトレーニング方法は各自色々だとは思いますが
大道塾塾長 東孝さんの極新時代の話も乗っていますのでどうぞ
http://www.daidojuku.com/f.html
これも面白いかな?
http://www.mas-oyama.com/index.html

此処から先はこの間追加回答しようと思って締め切られた分

今日?あれ?!もう昨日だ!の質問の方に答えても良かったのですが私が答えると場が荒れそうだったのでこちらに(^_^;)

黒帯に色の刺繍がされるってことなのでしょうか?(汗)もしも写真などが掲載されてるサイトなど>
のつもりでhttp://www.kyokushinkaikan.org/gallery/2006/youth/04.htmlを張ったのですが やはり説明を入れておけば良かったですね。この写真のおそらく名前の下 奥に垂れている帯のところこの方は6本線が有るので6段
http://www.kyokushinkaikan.org/gallery/2006/youth/19.htmlの写真の蹴っている方の選手の胸に跳ね上がっている帯には1本線があるので初段 わかります?

弱っちぃとか書いてしまったので少し誤解を招いてしまったようですね
強い弱い簡単に難しいは誰と比べるのかとか個人差も有るので一概には言えないと思います。また 段位と強さは必ずしも一致いたしません 柔道創設期の嘉納治五郎先生の時代は上の段位の者を倒さなければいけなかったそうなので一致していたかも知れませんが 競技人口が増えてしまえば総当たり戦という訳には行かないわけで また一度取った段位は下がる事は無いのでどんな達人といえども後続の者に抜かれていくのは自然の摂理です(自分から下げた方の話も聞いたことは有りますが)

http://www.kyokushin.co.jp/jpn/fght/index.html
この選手等は1級で世界大会3位勿論有段者も多く出場していた中での3位です。

私が弱いと書いたのは人生一生修行という中で初段はまだまだ弱いという意味で勿論↑の選手のように強い方も一杯居ます

ただ武道の3段位までは 学生時代真面目に部活をやっていれば取れる範囲であって勿論始める時期にも寄りますが 中高でも2・3段大学までやれば素質とどの位真面目にやったかにも依りますが大体取れるのではないでしょうか

其の上に成ると此れは社会人になってからも長年続けるか道場の内弟子若しくは指導員等プロとしてやっていかないと中々取れませんので 一般的に強いといっても差し支えないかと思います。

例えばプロボクシングのライセンスは半年位の練習で取れるそうです。
http://okwave.jp/kotaeru.php3?q=2118403

極真の初段も私が学生の頃は 人数も少なく皆さん超人的な強さをしていられましたが 大山総帥の亡くなられた今 黒帯の試合等を見ていても当時の強さを感じられない選手も沢山居ます

其の程度の強さといわれても強さを言葉や文で表現は出来ないかと思います。
極真に興味が御有りなら
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E6%89%8B%E3%83%90%E3%82%AB%E4%B8%80%E4%BB%A3
http://www.tsunoda-jiroh.co.jp/13_ema/06.html
http://store.yahoo.co.jp/buddy-fighting/c3cfbee5ba.html
等など 「空手バカ一代」や「地上最強のカラテ」で検索すれば一杯出てきます 創世記の常人離れした逸話も数多く紹介されています。

どの武術もそうなのですが創始者の方は殆ど実力で勝ち取った地位なので 物凄い強さを誇っていますが それが受け継がれていくうちに色褪せて行くのは宿命かと・・・

折角書いたので 哀れと思って 読んでやってください<(_ _)> 

よかった また質問立っててくれてて\(^o^)/

内容がどんどん濃くなっていきますね(^_^;)

格闘技の練習時間やトレーニング方法は各自色々だとは思いますが
大道塾塾長 東孝さんの極新時代の話も乗っていますのでどうぞ
http://www.daidojuku.com/f.html
これも面白いかな?
http://www.mas-oyama.com/index.html

此処から先はこの間追加回答しようと思って締め切られた分

今日?あれ?!もう昨日だ!の質問の方に答えても良かったのですが私が答えると場が荒れそうだったのでこちらに(^_^;)

黒...続きを読む


人気Q&Aランキング