三国志、水滸伝のあらすじや登場人物の解説がされている指南書でおすすめのがあれば紹介してください。研究書ではなく初心者のための解説本で。
また、2作品とも読破された方、中国文学初心者にはどちらを勧めますか。

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A 回答 (4件)

お望み通りではないかと思いますが、、、



「水滸伝」の本というのは、探していてもなかなか無いものなんですよ。
ですから、初心者用というのも見つからないと思います。

強いてあげるとすれば、
中央公論社「中国劇画 水滸伝」(1巻・2巻)です。
同じような本としては、「三国志」「孫子の兵法」「西遊記」「紅楼夢」
があって、内容は「紙芝居風」です。

さて、「三国志」関係ですが。。。
簡略化されたものは、なかなかないですね。
少なくとも初心者の方には、漫画とか、「絵」や「図」がたくさん入っているものがイイでしょう。
下記にいくつかあげておきます。
絶版や廃版もあるかもしれませんが、古本屋さんなどで探してみてください。

<漫画>

マンガ三国志「上・中・下」 三笠書房(とみ新蔵:作画、守屋洋:監修)
(上記は、「早わかりコミック」として、文庫でも出ています)
三国志「1~10」 講談社(園田光慶:画、久保田千太郎:作)
三国志「1~6」 スコラ漫画文庫(李志清:画)
諸葛孔明「1~?(私は4巻まで持ってます)」 スコラ漫画文庫(李志清:画)
まんが三国志シリーズ「諸葛孔明伝」 小学館(藤原芳秀:画、瀬戸龍哉:作)
学習漫画中国の歴史3(三国志の英雄たち) 集英社(長澤和俊:監修)
まあ、あとは「蒼天航路」とか「三国志」(横山氏)です。

<その他>

絵巻三国志 光栄(正子公也:画、森下翠:文)
三国志解体新書 光栄
三国志武将画伝 小学館(中村亮:画、瀬戸龍哉:伝、立間祥介:監修)
三国志(英雄たちの100年戦争) 成美堂出版(瀬戸龍哉:編)
図解雑学三国志 ナツメ社(渡邉義浩:薯)

少しレベルを上げてですと(全部、図解入りです)

別冊歴史読本「三国志誕生」 新人物往来社
三国志(英雄の舞台) 旺文社
中国歴史歴史群像シリーズ「真・三国志」1・2 学研
歴史群像シリーズ17「三国志・上巻」 学研
歴史群像シリーズ18「三国志・下巻」 学研
歴史群像シリーズ28「群雄三国志」 学研
大三国志(中原に覇を競った英雄たち)
現代視点中国の群像「曹操・劉備・孫権」 旺文社
現代視点中国の群像「諸葛孔明」 旺文社
別冊歴史読本中国史シリーズ「三国志の英雄たち」 新人物往来社
ROMANCE OF THE THREE KINGDOMS「三国志演義」 アスペクト
 (ビデオ「三国志演義」の書籍版みたいなものです)
「三国時代」スペシャル アスペクト

まだまだいっぱいあるのですが、これくらいにしておきます。
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初心者のための解説ったって、そう簡単ではありませんよ。


なにしろ登場人物が多い(前の方が述べている通りです)。

●三国志演義
三国志(歴史書)と違い、史実に現れない登場人物も現れます。
基本的な話としては、後漢末の乱れた時代から群雄割拠を経て、魏呉蜀の三国鼎立、晋の統一という具合に進みます。
読み物としては、いろいろな計略が多く登場し、また故事成語のもととなっているものも多いということで、勉強になる作品と言えます。
そういうのが面白いという人には向いています。

●水滸伝
皇帝に取り入った男のために不幸な境遇に陥った宋江という男が、108人の仲間を集めて反乱を起こします。あくまでも国家への忠節のために。
読み物としては、戦略的なものが三国志に比べて少ないので、すらっと読むことができます。

僕は、三国志派です。
水滸伝は、どんどん仲間が加わるのですが、それがしらじらしくて仕方ありません。
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三国志も水滸伝も様々な展開を見せていますので訳本・解説書・小説も非常に沢山あり、中身も微妙に異なっています。


三国志等は正史が一番なのでしょうが、やっぱり最初は読みづらい。
私はどちらも吉川英治作品から入りました。
読みやすかったです。

さて「初心者のための解説本で」という事でしたらゲームの解説本などは如何でしょう。
コーエーなどシュミレーションゲームの解説本や武将ファイルが出版されています
学術的にどうか?という箇所も多々ありますが。難しい事は抜きにして取っ掛かりとしては最適です。
おおまかなストーリー、時代背景、主だった事件、戦争、政変と登場人物が簡単に解説されていますので。
それに専門家が学ぶためではなくゲームを楽しむ人が読むための本ですのでわかりやすい構成になっています。

ゲームの解説本か歴史コミック→歴史小説→古典・解説書と進んでいくのがお勧めです。
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どのようにお感じになるか自信ありませんが、


どちらも漫画が出ています。
横山光輝さんが長編の漫画にまとめています。

漫画は分かりやすくてとっつきやすいです。
各巻の冒頭に登場人物がいちいち解説されてますし、
巻末には時代背景や地図などが解説されています。
僕自身が明治維新について友達に尋ねたとき、「おーい!竜馬」という漫画を薦められ、大変助かりました。

中国文学は魅力的ですが、登場人物があまりにも多く、
いちいち名前を覚えていられないのが難点です。
(しかも全て漢字と来たもんだ)
しかも大量の登場人物が結局はほとんど死んでしまう。
初心者には「三国志」でしょうか?
何か感じる方をどちらからでも読めばいいと思います。
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まとまりのない文でゴメンナサイ;
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Aベストアンサー

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Q「三国志」と「水滸伝」と、トルストイ氏の「戦争と平和」なら、 どれが特に良いかを比べるにはやはり困難

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Aベストアンサー

3つとも違うので比較は困難じゃないですかね。
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豪傑たちが華々しく活躍するのが
面白いのかもしれませんが、


三国時代は相次ぐ戦乱で人口が激減していて
決して華々しい時代ではないですし、


水滸伝は108の豪傑たちが、悪の政府に
立ち向かうのがかっこいいかもしれません
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その裏、豪傑たちは旅人を殺して金品を
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 文学作品に限らず、なにかしらの物語を読むというとき、
 「登場人物の道徳意識/倫理基準と、物語そのものの評価は分離して考えるべき」(たとえば、「物語の主人公が悪人→だから、この作品はくだらない」というような評価はアリエナイ)
 というのは、現在、何かしらの物語を読み、評価するときのごくスタンダードな立場だ、と認識しています。私自身もまあまず殆どの場合、そのような読み方をする読者でありますし、私が会話する相手にもそのような読者であるということを期待します。

 しかし、こういった「読み」の在り方は、特に物語の読者となるための基本的な教養として共有している層と共有していない層がいるよな、ということが最近どうも気にかかるようになってきました。言ってみれば、小説を読む/マンガを読む/映画を観るということの「メディアリテラシー」の在る層と無い層という言い方もできるのかもしれませんが、この問題は意外と複雑な議論を含みうるような気がしています。私自身、それがどういった議論になりうるのか、ということを、まだあまり整理して考えられていないのですが、

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(1)こうした<読み方>の態度は一体いつごろから普及したのか
(2)誰が、どういう理屈を掲げて言い始めたのか
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といったことをご存じの方がいらっしゃったら教えていただけませんでしょうか。シャルチエなどの近代読書行為論みたいな領域で扱われてそうな気もするのですが、どうもそちらのほうに詳しい知人がいないので。

 宜しくお願い致します。

 文学作品に限らず、なにかしらの物語を読むというとき、
 「登場人物の道徳意識/倫理基準と、物語そのものの評価は分離して考えるべき」(たとえば、「物語の主人公が悪人→だから、この作品はくだらない」というような評価はアリエナイ)
 というのは、現在、何かしらの物語を読み、評価するときのごくスタンダードな立場だ、と認識しています。私自身もまあまず殆どの場合、そのような読み方をする読者でありますし、私が会話する相手にもそのような読者であるということを期待します。

 しかし、こう...続きを読む

Aベストアンサー

補足欄及びお礼欄、拝見しました。
お礼欄に記入があった旨のメールが届いたのは3/3だったんですが、何を書いて良いものやら……、と、一週間悩んでいました。

若干これまでの経緯を整理したいと思います。

まず質問者さんの最初の問題意識というのが

「登場人物の行為を道徳規範に照らし合わせて読むことは、文学作品を読む上で好ましくない読み方である。」という考え方は、近代になって、「文学理論」の成立とともに、誕生したのではないか。
この命題が登場した起源・背景を問いつつ、この命題の正当性を再度検討してみたい。

というものだったように思います。

それに対して、そもそも「道徳規範」抜きには「読む」という行為は成立しない、というのが、わたしの一貫した考え方でした。読み手は、それぞれの身体に刻み込まれた「ハビトゥス」を元手に、象徴体系としてある「文学の森」に分け入っていくのです。それぞれの「道徳規範」に照らし合わせないでは、テクストを理解するどころか、先を読み進むことさえできない。

問題は、読み手自身が作品を「鏡」として、自らの身体に刻み込まれた「ハビトゥス」としての「道徳規範」にいかに気がつくか、それが一地方的な、一時代的なもので、「自分の(あるいは人間の)本質」でもなんでもない、ということに気がつくか、ということです。

ところが、このような読み方というのは、ある程度の訓練が必要になってきます。そうでなければ、読み手がすでに持っている「道徳規範」に照らし合わせて読むだけに終わってしまい、そうなれば読書は「道徳規範」を強化・補強する以上の意味を持たなくなってしまうからです。そしてまた、それ以上の読みに耐えられない作品も、山のようにあります。

あくまでも「文学(批評)理論」というのは、多様な「読み」の可能性を開くものでなければならない。そのためにあるのです。

ですから、

> 作品論をやりすぎることで、受容の実体的な状況論がないものにされてしまうのではないか?

というのは、まあ「実体的な状況論」なんて言葉が出てきちゃう時点で、正直、わたしは頭を抱えちゃって、語るべき言葉を失います。だって、「状況」なんて、いかなる意味でも「実体」なんかじゃないですか。
それを「読む」視点を離れて、いったいどんな「実体的状況」があるんですか?

サバルタンのことも書いておられますが、現にそこにいるのに誰も気がつかないのが、サバルタンなんです。そうして、問題は「語り得ない」、さらに耳にも入ってこないサバルタンの声を、どうやって聴き取るか、ということなんです。

> むしろ、「悪者」というよりも、スピヴァクがサヴァルタンの「語り得なさ」を指摘するような意味で、文学は「語り得ない」ものの位置に置かれてしまうのだと思います。

意味がわかりません。

> 極めてドイツ教養主義的なものにかぶれた一高生徒が自殺したとしても、それが不幸であったのか、幸福であったのか。我々はおそらく「語ることができない」。

なんで他人が「幸福であったか、不幸であったか」なんてことが言えるんですか?
そもそも、そういうことを「語る」必要があるんですか?
これを問題にしようと思えば
・「幸福」をどのように定義するのか。
・「ドイツ教養主義」とは、そもそも何であるのか。
・一高生の当時の日本における社会的・歴史的な地位。
・一高生における「ドイツ教養主義」の受容のなされ方。
そして何よりも、これがなぜ語り手にとっての「問題」になるのか、ということをまず、問題にしなきゃならないんじゃないか。

> 社会に対する影響論的な問題を「語ってはいけない」ものとしても同時に現れてしまう。

そうなんですか?
むしろ、「社会に対する影響論的な問題」というかたちで取り出した時点で、それは文学としての問題ではなくなってしまってるんじゃないんですか?
文学の問題というのはむしろ、「語ってはいけない」ではなく、そこにあることすら気がつかないことを、ほかのやり方では語り得ない方法で物語ることなのでは?
そうして、説明するのではなく、示すことによってそれをしようとする文学が示すものを「読み」、そこからさらにそこから理解の及ばない部分を見つけていくのが、文学評論なんじゃないか。
わたしはそんなふうに思っているのですが。

> 作品を読む、という行為は、読者によって自発的に選び取られる行為だということになっています。

わたしはそうは思いません。
「自発性」なんてものは、「自由意思」と同じで、わたしたちが仮に「あることにしている」もののひとつでは?
わたしたちはどんな意味においても、自由に作品を読んでいるわけではありません。

> もちろん作品は、単純な「原因」の側に置かれるのではなく、無数に開かれた読みを持つ作品―読者が、相互に自己触媒的に作用して、一つの信念が形成されていく

…作用して」までは同感です。
だけど、信念なんてものが形成されるものではないと思いますけれども。
さっきも書いたように「理解の及ばない部分」を新たに見つけていく、ってことじゃないかと。

補足欄及びお礼欄、拝見しました。
お礼欄に記入があった旨のメールが届いたのは3/3だったんですが、何を書いて良いものやら……、と、一週間悩んでいました。

若干これまでの経緯を整理したいと思います。

まず質問者さんの最初の問題意識というのが

「登場人物の行為を道徳規範に照らし合わせて読むことは、文学作品を読む上で好ましくない読み方である。」という考え方は、近代になって、「文学理論」の成立とともに、誕生したのではないか。
この命題が登場した起源・背景を問いつつ、この命題の正当...続きを読む


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