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方法序説に興味がありますが良く解りません 教えてください

A 回答 (9件)

"我思う 故に我あり"よってその人にとってのみ自分だけは確実に存在している事が確認できます.



しかし,他人となると話しは別です.

他人が考えている事は分かりません.

そこに意思が在るのか無いのかさえ分かりません.

分かったと思っている事は全て自分の感覚を通して見聞きした事のみです.

自分の意思は確かでも,感覚は全て錯覚or妄想かも知れません.

仮に脳に直接言葉聞こえたとしてもそれは他人の言葉では無く自分の妄想でないと誰が証明できるでしょうか.

結局,感覚を通してでしか存在の確認出来ない他人はそこに存在する事を証明する事はできないのです.
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No.8 英語分析家さん。



《うたがう》とは 否定的にでしょうが 《考える・思う》ってこと
ですよね?

《うたがう〔としての考える〕》については うたがわないのですか?
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デカルトはフランスのエリートとして各地の名門大学で研究してきた数学者です。人とは何か?を問う人、ユマニストに共通することは、生きていくなかで、如何なるものにも「依存」しない姿勢態度をとることです。

現代人はこの態度を「懐疑」と呼んでいます。たとえ学び尽くしたエリートであっても、デカルトは知識に依存する態度を取りません。それが知的誠実さとも言えます。彼はこれまで手にした知識を、一旦保留=エポケーしたのです。それでも疑えない知識がありました。己の存在も「幻想」と考えていたのですが、疑い得ないものが、ひとつだけあったのです。それがあらゆる幻想を、「疑う自己」だったのです。それゆえに、この疑う自己の存在は疑えない。故に、「我考える故に、我あり」となったのです。自己の存在は疑えない。故に、我の認識も疑えない。主体(主観)を認識の基盤にする哲学が、ここで開始されたのです。
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哲学はより確かなこと、真理を求める学問なので真理めいた話があっても疑ってみます



私は◯野◯夫ですと言っても、◯野◯夫って10秒前の丸野丸夫と同じか?

違うんじゃないのか 去年の丸野丸夫と同じか?違うんじゃないか?

法律ってなんだ 誰が作ったんだ? 法律が有っても犯罪は多発するじゃないか

資本主義って何だ? 芸術ってなんだ? この世に絶対揺るがない真理はなんだろう

とルネ・デカルトが疑いに疑いぬいた結果 何が真理かわからないが

その真理を考えている自分がいる 自分?自分ってなんだ?何かがある 思っている何かが在る

という事を表す哲学では有名な命題です。 つまり「我思う故に我あり」と言うのは

此の世には何かが在ることは確かだという事です。
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大学の教養学部の講義で出会いました。


当時は単位をとることだけが目的でしたので、講義を受けてレポートだして終わりみたいな感じでした。

確かに、全てを疑って自分の思考そのものも延々と疑い続けるのですが、最後は神の存在を前提にして、「我思うゆえに我あり」という結論を導いています。

当時、私が思ったのは、「おいおい延々と悩み続けて、最後はこれかよ。だったら思い悩み続けることが無駄じゃん。」と思いました。

こういう思考は高貴な方々には重要なのかもしれませんが、自分が現実の社会の中で遭遇する現実的な課題や問題の解決にはなんの役にも立たないと思います。
また、私は神仏はいないと確信していますが、それでも、我思うゆえに我あり、と思っています。

ギリギリのところに追い詰められたら、神仏を信じないと生きていけない人もいますので、他人が神仏を信じいろいろな宗教を信じることを否定はしません。むしろ、そういう人たちには積極的に肯定して現実的な解決に結びつく解釈を示してあげる方が良い、とも思っています。
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《我思うゆえに我あり》は 《わたしが思って(考えて)いるなら わたしは


確かに思って(考えて)いる》と言っているにすぎません。

早く言えば 何か一定の命題を語ったということがないフレーズです。




ただし そのようなツッコミを入れられたルネくんは 《この〈われ〉とはほ
かならぬ〈霊性のわれ〉のことなんです》と答えています。


つぎのような事情のもとにあります:

【Q:デカルトのコギトの《われ》は 《非物質的な実体》?】 ~~~~~~
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11474889.html

1. コギトする《われ》というのは あたかも《霊我=アートマン》であった
か? という問いです。その問いの内容についての確認です。

2. すなわち デカルトみづからが その《考えるわれ》は 《非物質的な実
体(英訳ですが  an immaterial substance / incorporeal )》と書いたと言い
ます。

3. これについてさらに詳しい情報をお持ちの方がいらしたら おしえてくだ
さい。
 
4. またこれだけの情報についてでも ご見解がありましたらお寄せください。




5. ■ (デカルトは 《考えるわれ》は 非物質的なものだと書いた)~~~
 
Bruce W. Hauptli (2012):Appendices to Lecture Supplements on Des-
cartes' Meditation

http://faculty.fiu.edu/~hauptli/AppendicestoDesc …
 

Appendix IV. Augustine's "Cogito Argument:"

On November 14, 1640 Descartes writes to Andres Covius, a Dutch Minist-
er who brought Augustine’s argument to his attention:

  (あ) you have obliged me by bringing to my notice the passage
of Saint Augustine which bears some relation to my “I think, therefore
I am.”

   (い) Today I have been to read it at the library of this city [Lei-
den], and I do indeed find that he makes use of it to prove the cer-
tainty of our being, and then to show that there is in us a kind of
image of the Trinity, in that we exist, we know that we exist, and we
love this being and the knowledge that is in us.

   (う) On the other hand, I use it to make it known that this “ I ”
who is thinking is an immaterial substance, and has noting in it that
is incorporeal. These are two very different things….  (13a *)


  * 13a : From Rene Descartes: Philosophical Essays and Correspon-
dence, ed. Roger Ariew, trans. Roger Ariew and Marjorie Grene (Indi-
anapolis: Hackett, 2002), pp. 90-91.

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6. (い)でデカルトが確認しているアウグスティヌスの議論については お手
数ですが 次の質問の趣旨説明欄をご覧ください。(粗い説明ですが)。

【Q:デカルトのコギトは アウグスティヌスからのパクリである。】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11473526.html



7. 問いは (1)(2)に述べましたが 具体的に次の発言をめぐってになり
ます。

■ (う) 《考えている〈われ〉は 〔ひとつの(?)〕非物質的な実体( an
immaterial substance )である。つまり 〈形体が無い・霊的 incorporeal 〉と
いう意味合いである。》


8. なお細かいことですが 論者として挙げられているR.ソレンセンによると:

(え)(大意) デカルトは前掲の(あ)で コギトをめぐるアウグスティヌスの
関連する議論を知らなかったという態度を見せているが それは デカルトがカト
リック系イエズス会のラフレーシュ学院を出ているからには 考えられない。

( Descartes claimed that he had never heard of Augustine’s cogito. Descar-
tes’s Catholic education at La Flèche makes this unlikely.
――Roy Sorensen, A Brief History of the Paradox (Oxford: Oxford U.P., 2003),
pp. 170-171)

☆ ――のだと言います。

 
☆ 以上 実りの多い情報交換ができればさいわいに存じます。
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まぁ今のようなAI技術が発達してくると


その定義もあやしいんですけどね。
自分がほんとにAIじゃないと証明できないし
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この世界はバーチャルリアリティーではないのか。



そうでない、なんて証明は出来るのか。

しかし、バーチャルでは無いか、と疑っている
自分の存在だけは確かだろう。


そういう意味です。
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この世の全てを疑え。

特にキリスト教の教えなどは全部疑ってかかれ。

疑いがないのは、今自分がここで何かを考えていると言う事実ぐらいで、それ以外は全て疑わなければならない。方法的懐疑と言います。
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