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古くから、穢多がおり、動物を狩猟し、その肉や皮や骨などを加工する事を生業とするものが多く存在してきたそうですね。江戸時代ではこれが制度化され、死んだ牛馬を引き取り、肉を食料とし、その皮で皮革産業を営んだそうですね。

質問は、これらの仕事は、穢多しか携わることができなかったのですか?(すなわち、他の身分は従事してはいけなかったのですか?)
あるいは、穢多は、他の職業に従事できなったので、これらの仕事にかかわざるをえなかったのですか?

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A 回答 (2件)

江戸時代の穢多は服装・住居も含めて厳しく制限されていましたが、皮革業だけでなく、寺社の祭事のサポートとそれに関連して冠婚葬祭業、武士のサポート役としての警察業務である岡っ引き(時代劇によく出てきますね)などが、彼らの独占事業で、それを決めたのは幕府です。

穢多以外の人はそれらの職業には就けませんでした。

収入面では、一般の町人並みかそれ以上と云われています。江戸の穢多の元締めは大名に金を貸すほどの大金持ちだったようです。
吉原で太夫をあげてドンチャン騒ぎする多くの客も、夜になると禁じられた裕福な衣装にコッソリ着替えた穢多たちだった、という話も残っています。

明治維新となり、穢多の身分は廃止されましたが、職業特権も撤廃されました。
元穢多以外の人たちも、儲かる商売なのでどんどん参入したため、元穢多の人々は困ることになります。仕事を奪われましたが、元穢多だったという差別意識は簡単にはなくならず、普通の職業には就けなかったのです。現在に至る部落問題が始まるのはそれからのことです。
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この回答へのお礼

早速のご返答ありがとうございます。
<皮革業だけでなく>他にも<彼らの独占事業で、それを決めたのは幕府です>ですね。すなわち<職業特権>だったのですね。(これらの職業を決めたのは、穢多に対する(統一的な)理屈があるのでしょうね)
<明治維新>も<元穢多だったという差別意識は簡単にはなくならず、普通の職業には就けなかったのです。現在に至る部落問題が始まる>のですね。

お礼日時:2020/05/20 15:11

分かっている事を質問する必要はありません。


因みにお隣の韓国では日韓併合時に日本が止めさせたものの、実質、リャンバン支配でペッチョンが奴隷階級と言う社会構造は変わっておりません。
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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2020/05/24 19:06

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