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独ソ戦で、1942年までにソ連はレニングラード、モスクワ、スターリングラードの三大都市全てに戦火が達し、バルト三国、ベラルーシ、ウクライナの全域、北コーカサス、ロシア共和国の国境地帯とそれらの主要都市が占
領され、ウラル以西のソ連領の半分近くが敵に落ちる(しかも残り半分のモスクワより東には資源はあっても大きな経済力を持つ地域はありません)という
凄まじい侵攻を受けましたが、これだけの状況になってもなぜ戦争を続けることができたのでしょうか?
日本に例えるのならば「東京、大阪、名古屋の三大都市に戦火が達して、経済力のある西日本が敵に占領され、あと残っているのは敵が目の前まで来ている関東地方と、資源はあっても経済的に弱い東北と北海道だけが背後に残っている」ような状況ですよね?
このような状況になっては、とても日本は戦争を続けられませんよね

A 回答 (3件)

ここは戦争映画・歴史映画のカテゴリなので、適切なカテゴリに質問を移動させてください。



ソ連は1939年に人口調査をしており、当時の全人口は1億0827万1034人、モスクワ市は460万9000人、サンクト・ペテルブルク市(当時はレニングラード)は343万1000人、ヴォルゴグラード州(州都が当時スターリングラード)は177万5000人らしいです。
http://dvor.jp/subekt.data.1939-2002.htm

スターリングラード自体の人口は分かりませんが、上記の数字をそのまま足すと981万5000人。全人口の9.07%となります。

現在の東京都の人口は日本の全人口の約11.1%だとか。23区のみだと7.58%。
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レンドリースによる米英の援助がなければソ連は戦争を継続することは不可能です



ウクライナという工業と農業の大生産地を失い、基本的な工業生産、農業生産はガタ落ちです
よく戦車・自走砲・戦闘機など正面装備の生産量が云々で誤解されている方は多いですが
例えば粗鋼生産量は戦前1830万t蟻正たが、独ソ戦2年目は810万tに激減、終戦の1945年に至っても1230万tと回復していません

特に兵員、戦闘車輌、燃料、弾薬、食糧や生活物資、工業生産の原材料などを生産拠点から前線や他の地域に輸送するための輸送車輌の戦前生産量は
蒸気機関車914両、電気・ディーゼル機関車14両、トラック13万6000両だったのが
1942~45年の生産量の3年間の総計が蒸気機関車92両、電気・ディーゼル機関車0両、トラック19万8000両となっています

その間、ドイツは戦争後期激しい本土爆撃を受けていたにも関わらず、粗鋼生産はイギリスとソ連の生産量合計とさほど変わらぬ生産を行っており、機関車生産に至っては戦争後期でも毎年3000両内外生産していました

これら輸送車輌がなければ前線までの補給が滞り、補給を車輌でなく、馬にたよっていた1943年春の第三次ハリコフ戦のようにドイツ軍に補給切れを察知され機動戦により戦局逆転を繰り返したでしょう

ソ連はレンドリースにより自動車輌40万両を受領、劇的に補給が改善
43年11月の大規模なウクライナ中部ニコポリからキエフ東へ方面軍そのものを移動させ、キエフを奪回できました
レンドリースによる自動車輌や機関車の援助がなければ到底できません

特にソ連が困ったのは航空機生産、T-34など戦車のエンジンを軽量化するのに不可欠なアルミニウム、原料のボーキサイトの極端な不足で
独ソ戦初年度、訪ソしたアメリカのホプキンス特使に戦争を継続させるためにアルミニウムを大量に送るよう泣きついています

一方、ドイツは同盟国ハンガリー、イタリア、そして制圧下のフランス三か国は当時のボーキサイト生産ベスト6に入っている国々でアルミニウムが不足することは終戦までありませんでした

また戦車・自走砲・戦闘機など正面装備もソ連が大量生産してもその4分の3はドイツ軍に撃破されていたことがゴルバチョフの情報公開により明らかになっています
(ソ連軍はT-34の全生産量の8割を戦闘で失ったことを明らかにしていました)

つまり正面装備は自転車操業的に生産しないとドイツに対し優勢を保ち得ず、基本的工業生産に全面的に入れ込むことは不可能に近かったのです

レンドリースの物資は北海経由ではドイツ海空軍により大きな損害を出していましたが
幸い、ソ連は日本と中立条約を締結しており日本の三海峡を経てソ連へアメリカからのレンドリースによる物資を安全に運搬することができました

レンドリースがなければソ連の継戦能力はないに等しいのです
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カテ違いとそれを甘やかすとBA乞食。


より場に迷惑なのはどちらだろう。

↑の理由から「ここ」で詳細はお話しません。

あなたがどこで質問をしているつもりなのかわかりませんが、
ここは「戦争・歴史」以前に「映画」のカテゴリーです。
現実の歴史を扱う場はほかにあります。
カテ違いは他の質問を流す上に、質問するべき場を寂れさせます。

【カテゴリ一覧】
https://oshiete.goo.ne.jp/category/list/

ここを勧めたマヌケなアプリのせいにしても、それを真に受けて選んだのはあなたです。


質問の内容ですが、この程度の事は独ソ戦を調べればわかる事です。
あと、モスクワに戦火は達していません。


ヒント
>日本に例えるのならば「東京、大阪、名古屋の三大都市に戦火が達して、経済力のある西日本が敵に占領され、あと残っているのは敵が目の前まで来ている関東地方と、資源はあっても経済的に弱い東北と北海道だけが背後に残っている」ような状況ですよね?

無意味な比較。
日本がそんな状態になったら、東北も沿岸から侵攻されています。



>なぜ戦争を続けることができたのでしょうか?

ヒント:攻勢限界点、ドイツが北コーカサスを攻めたのはむしろ好都合。

これでわからないなら何を答えても無駄。
(これを知らない時点で、「私は何も調べていません」と言っているのと同じ)
「独ソ戦で、1942年までにソ連はレニング」の回答画像1
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この回答へのお礼

やってみます

戦力も補給関係も都市の位置関係と地形、河川を全部知ってる上で、より多様な考察を知るために質問を立てているんですが?
あとモスクワに戦火は達していないと無知を曝け出していますが、1941年から1942年にかけてのターニングポイントとなった、モスクワ州およびモスクワ市で発生した「モスクワの戦い」すら知らないんですか?
モスクワ市はクレムリンを中心に南北18km東西15kmの領域ですが、ドイツ軍は最大でクレムリンより8km地点、モスクワ市内に突入しています。

お礼日時:2020/06/20 21:12

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