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【50歳を超える】
ここの「超える」は自動詞ですが、なぜ助詞「を」を使うんですか。

A 回答 (10件)

通常、次のようなことが言えるとされてきました。


他動詞の場合、格助詞「を」を取って、対象を表す。他動詞が働くとその対象に変化が起きる。
例 「木を切る」 変化(木が倒れる) 「飯を食う」変化(飯の量が少なくなる)

自動詞の場合は、「に」や「が」(などが前にくる)
例 「山に登る」「煙が上がる」
ただし、自動詞でも「を」を取ることがある。
 その例 「坂を上る」「山道を登る」「道を歩く」「海を渡る」 経由する(または経過する場所などを表す)(「50歳を超える」はこれらの仲間)
     「家を出る」(動作の起点を表す)

最近説明に困った例。「神を畏れる」
 一番早く自他の区別を載せ始めた「広辞苑」「日本国語大辞典」は揃って「畏れる」は自動詞としていますが、何故「神を」なのか分かりません。後で出された複数の辞書が、「畏れる」は他動詞としています。畏れられた結果、神にどういう変化が起きたのかについては何も書いてありません。
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追記


収束→動いて一点に、のほかに注目、こちら側の視覚等での認識範囲を収束・・もあります。
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助詞「に」「を」、他動詞の目的格を表すこともある、というだけです。


個人的には、収束、と拡散。
「を」は拡散を表す、一点から拡散(当然動きの感覚を含みます)、拡散の場合はその先は無限ですね、動きが止まることはありません、重要になるのは最初の一点、その一点が50歳、その先は?ですね。
参考「に」は収束(動いて)すれば1点で動きはなくなります。
目的核の場合でも、同じ考え方でほぼ理解できます。
50歳「に」・・・だと収束して一点、が50歳ということになります。
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>自動詞ですが、なぜ助詞「を」を使うんですか。



「を」は他動詞の動作対象を示す「を」であるとは限りません。行く来る過ぎるなど、自動詞であってもその通過点を示す格助詞としての用法があるわけです。というかそういう用法があるのでそのように定義づけてあります。鶏と卵ですけれどね。
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格助詞「を」は動的な対象認識を表わし、「50歳」という対象を話者が超えるという運動の対象として捉えているためです。



丘を超える、川を渡る、家を見つける、試験をパスする

などのように使用します。

自動詞で対象に作用を及ぼさなくとも話者自身が運動し、動的な相対的関係を捉え表現する場合には格助詞「を」が使用されます。静的な対象認識は「に」で示されます。■
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「を」以外に何がありえますか? 一択なのでは?

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#3です。



50歳という人生の地点を超える(通過する)。

という意味。
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なんらかの場所や地点を通過する意味の移動動詞の場合は、動作の対象を「を」を使って表しても基本的に自動詞に分類されます。



廊下を走ってはいけません。
空を飛ぶ鳥

など。
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50歳というポイントを超えるのですよ

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父を超える、峠を越す、山場を乗り超える等、逆に、を 意外に何を使いたいのでしょう?

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