京都周辺で、足の怪我や病気に御利益の有る所教えて!大事な人が苦しんでいるので。詳しく教えて!

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A 回答 (3件)

ちょっと違うかもしれませんが...


東大路仁王門(というかバス停東山仁王門前)にある満足稲荷に岩神様が祀られています。この岩にさわった後に足腰の悪い所をさすると治るそうです。
(行ったことがないので詳しいことはわかりません、ごめんなさい)

似たようなご利益で大原野の勝持寺にある仏像の自分の悪い部分をさわると治るそうです。

参考URL:http://www.interq.or.jp/sun/junsho/kyoto/goriyak …  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kajyu/index.h …
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 阪急宝塚線服部駅(豊中市)の東側に服部神社(服部天満宮?)があります。

足の神様です。かつて、菅原道真が九州に左遷される途中、このあたりで足を患って歩けなくなったそうですが、この神社に祈ったところ、足が治ったそうです。以来足の神様となりました。
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足の病気に霊験あるお寺として全国的に有名なのは四国の22番札所「平等寺」です。

関西では「服部天神社」が脚気、神経痛、リューマチなどに霊験のある足の神様として有名(阪急宝塚線服部駅から)京都では大原野の善峰寺に腰痛でお参りする人が多いと聞いていますが足については知りません。お問い合わせされては如何ですか 電話:075-331-0020
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Q神社に御利益が有ると言われる所以は?

明治神宮に初詣でに行き、おみくじを引いた所、その文面が明治天皇と奥さん(ゴーストライター?)の作った文章なのですね。

その時初めて、明治神宮では明治天皇を祭って有ると知り、神社に参拝すると御利益が得られると、ただ無意識に信じ込んでいた事に気が付きました。

そこで質問なのですが、どうして皆、明治神宮を初めとする神社に参拝し厄よけや合格の祈願などをするのでしょうか?

願いが叶えられると信じられる根拠にどのようなものが有るのかが知りたいのです。

何か、その場の雰囲気と勢いで、お守りまで買ってしまいましたが、明治天皇が厄よけの願いを叶えてくれるとは思えないのです。と言うか、皆さんのご意見をご回答願えませんでしょうか?

Aベストアンサー

どこまで真面目な質問なのかちょっとわかりづらいのですが、簡単に2つの事を書きます。

ひとつは、神と天皇について。
古代における神というのは、人間にとってかなり理不尽な存在です。「日本書記」などをみると、前触れもなく突然ひとの前に現れてある命令を下し、それが満たされないと過酷な災いをもたらすのです。いわば神は「祟り」(この言葉も意味が広いのですが)という手段を通じて意思を表す絶対的な存在であったわけです。

しかも、古代の祟りは単に神だけがもたらすのではなく、例えば桓武天皇などの「山陵」、つまり天皇陵にある天皇霊も神と同列で、適切に扱われなければ災いをもたらすものと信じられてきました。律令時代~平安時代頃の長い時期を経て、徐々に荒ぶる神の祟りというものが全く不合理なものから因果的に説明のつくものになってきました。「こうすれば神は祟らない」という対処の方策、つまり祭祀が様式化されてくるわけです。
やがて現代に至って神は穏やかなものと観念されるようになってくるのですが、明治天皇が神と同列に祀られることが不自然でない遠因は、かなり古い時代から準備されていたといっていいでしょう。

日本人の霊魂観というものの原則を知っておくと大変理解が早いと思います。
柳田國男が定説化させたことですが、日本人は亡くなって間もない魂は「荒魂」(あらみたま)などといってさまよい荒れやすく、従って飢饉や災害など社会に色々な災厄をもたらすものだと考えました。仏式であれ神式であれ、これが時間をかけて適切に祀られている間に段々と穏やかになり、やがて社会に恩寵をもたらす「和魂」(にぎみたま)となる、という考え方です。

荒魂となるのは、特に天皇を始めとする社会的に力のあった人たちであり、また菅原道真や相良親王のように不本意な思い・怨恨を抱えて亡くなったとされる人たちでした。彼らの持つ巨大なパワーを鎮めるために人々は大きな社を建てて祭祀を行うわけですが、やがてそのパワーは和魂となると逆に大いなる福をもたらす力ともなり得るものでした。
こういう感覚に、現代の人間がその力を求めて参詣をする心理的な遠因があると言えます。明治天皇という極めて強大な天皇の力のイメージは、そのまま神としての力への信仰にスライドし得るわけです。

2つめは賽銭について。
色々な解釈がなされていますが、ここでは(そのものずばり)新谷尚紀「なぜ日本人は賽銭を投げるのか」から概説します。
新谷の説をごく簡単に言うと、神社仏閣はいわば巨大な「ケガレ」の吸引装置として存在しており、賽銭を投げる時我々は貨幣に自分の「ケガレ」を託しているのだ、ということです。「ケガレ」というのは「汚さ」ではなく民俗学的な概念で、罪や不潔、社会的に悪をもたらすものの一切、生命活動に危機をもたらす全ての包括概念です。

災いをもたらす神が祀られるうちに恩寵をもたらす神になり、その神は具体的な良いことをもたらすというよりむしろ、いわば個人についたケガレという社会的な「悪のたね」を貨幣を通じて吸引し、無力化することで間接的な恩寵をもたらすわけです。当然、かつて怖れられたり生前に存在感の大きかった神ほどその力は強いと感じられることでしょう。宗教文化的にいうと神社は、「ケガレ」というマイナスの力をプラスに変える、言わば社会における巨大な価値転換装置として機能しているのだ、というわけです。

こう考えたうえで質問に返ると、明治天皇が厄除けをしてくれる、というのとはやはり少し違うのでしょう。明治天皇という巨大な存在感のあった、本来神に近いと観念された人物が慇懃に祭祀されているその場に臨み、その力を頼んで我々は、意識しないけれども自らの「ケガレ」を落とそうとしているわけです。つまり、志望校合格などいろいろな実益は、人が「ケガレ」を落とした結果として間接的にもたらされる、と信じられているということですね。

もちろんこういう文化的に複雑な行為は、そう単純化して説明できることではありません。この解釈は沢山あるもののうちのひとつに過ぎませんし、全てを説明できるモデルではないことは付記しておきます。

脇にそれるかも知れませんが、こういう問題へのアプローチについて一言。
神が「言あげしない存在」であるのは事実ですが、それは裏返して言えば「私たちがそこに言葉の説明を求めないで済む存在だ」ということです。つまり言葉にしなくてもわかり合える集合的な感情や行為の諸々、いわゆるエートスで成り立っているということです。西行法師が「何事のおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」と歌ったのと同じことですね。こういう問題には宗教民俗的なアプローチは不可欠だと思います。
こういう社会現象について、いわば神の側から教義的な目線でもって「正しい」という言い方をすることはふさわしくありません。そのような存在に、何かしら利益を求めてしまう私たちの自然な感情を含めて神道という宗教も成り立っていることを忘れるべきではありません。およそ宗教とは、一片の教義を世俗的な慣習やエートスが何重にも取り巻いて成立しているものなのです。

※ざっと書きましたので読みにくい文章であればご容赦下さい。また意に添わなければ適宜取捨なさって下さい。

どこまで真面目な質問なのかちょっとわかりづらいのですが、簡単に2つの事を書きます。

ひとつは、神と天皇について。
古代における神というのは、人間にとってかなり理不尽な存在です。「日本書記」などをみると、前触れもなく突然ひとの前に現れてある命令を下し、それが満たされないと過酷な災いをもたらすのです。いわば神は「祟り」(この言葉も意味が広いのですが)という手段を通じて意思を表す絶対的な存在であったわけです。

しかも、古代の祟りは単に神だけがもたらすのではなく、例えば桓武天...続きを読む

Q川崎大師の赤札。文字が濡れて消えてしまいました…。御利益はなくなりますか??

昨年、川崎大師の赤札を頂きました。子供の分と3枚の赤札をそれぞれ赤札用のケースに入れ財布に入れて持ち歩いていました。


ですが、本当になぜかわからないのですが、財布が洗濯機の中に落ちており、それを気づかずに洗濯機を回してしまい、気づいたのは洗濯が終わり衣類を取り出した時…。
財布も財布の中身もビチョビチョでした。もちろん、赤札も…。


赤札自体はケースの中から取りどしたらボロボロに破れると思い、取り出さずにケースごと乾かしました。でも、赤札の文字は確実に消えてしまっていると思います…。


こういった場合はもう御利益はないのでしょうか??
また、文字が消えたり破損してしまった場合は川崎大師にお返しした方が良いのでしょうか??


10年に一度しか頂けない物なのに凄くショックです…。


詳しい方いらっしゃいましたら教えて頂きたいです。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

元々は赤札、飲んだんですよ。それでご加護を頂いた。つまり飲んだら消えてしまう。今では衛生上の問題から飲まなくなったけど、頂いたことでご加護は頂いています。ご利益って言うと何かいいことがありそうだけど棚から牡丹餅で一回限りって感じですよね。でも「ご加護」と言うご利益はずっと続きます。

Q未来や過去はないので、今が一番大事って本当ですか?

未来や過去はないので、今が一番大事って本当ですか?

Aベストアンサー

未来や過去があるから、今が一番大事なのです。

過去に行った『因』があるから、今の『果』があり、今の行いを『因』として未来に『果』に繋がるのです。

分かりやすく言えば、昨日・今日・明日です。

Q加足=ロッカーの足=ROのバッタの足で、合ってますか?

加速 KASOKU  足を加える。加足 RO バッタの足

ロッカー。勝つ資格。こち亀・・・。

カカロット。孫悟空。ドラゴンボールZ。人参。キャロット。

んー、、、関慎吾。世界の信号機。黄赤を信じろ。

忍人。人神。

減速 加速

減足 加足

よって、加速=加足。

そして、加足=ロッカーの足=ROのバッタの足で、合ってますか?

でも、加速すると何が起こるのでしょうか?

減速していくと、どうなるのでしょうか?

減速に対抗するには、加速が必要だと思いますが。

Aベストアンサー

「なるほど、分からん!」

初めて、リアルでこの言葉を使いましたよ。

Q諏訪御柱祭の御柱のその後は

ゴールデンウィークを利用して諏訪大社秋宮、春宮を見学してきました。御柱自身はちょうど切り替え中(という言葉が正しいか…)でしたが、大社の雰囲気は十分満喫できました。
ちょっとした疑問なのですが、役目を終えた御柱はその後どのように利用されるのでしょうか。樹齢170年とも紹介されているもみの木ですが、ちょっと気になったもので。
知っている方、教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

売り渡されたり、記念にしたり、後はただの柱だそうです。(参考URL)

参考URL:http://itp.ne.jp/contents/shinanoji/onbashira/onb01.html


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