時間とは何ですか?どのように定義されるものですか?
さらに、時間のは連続しているものですか?非連続なものですか?
 場違いかもしれませんが、科学的な見地から教えてください。
ブラックホールなど、強力な重力場のもとでは、時間は相対的におくれますよね。その辺から、考えられそうな気もしますが・・・。

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A 回答 (9件)

時間についての問いには、実質2つの要素が内包されており、回答が混乱しがちである。


要するに質問者は、「時間とはどのように生じたか」と問いながら、その『時間』とはどのようなものであるか分かっていずに、「何だか分からないものがどのように生じたか分からない」という、正しく答えるのには長い道筋が必要な問いなのだ。

たとえば、「無の潜在としての認識可能性の“断面”の移動=自我仮説に対する、相補的な時空仮説の発生」と端的に言ったところでよく分からず、たとえば;

1.時間の不可逆性は、一般的(統計力学的)には「エントロピー増大」とされるが、微視的(本質的)にまで通用する不可逆現象としては、宇宙の膨張=不確定性(h)で相殺すべき空間の増大=不確定性の収束(cの減少)。
即ち各時点で、原理的レベルで異なる定数によって成る=異なる認識可能性を一つの軸(自我同一性)にするところに、時間性は依拠している。

2.全ての環境認識は、認識体の感受表面における量子相互作用(光だけでなく、音や触覚のような運動量の交換や、味覚や嗅覚のような化合物の反応も、最終的には量子相互作用であり、その“向こう”にある媒質の違いに過ぎない)である。
そこにおける、光や音のような情報性(先行感覚)に対して、触覚や味覚のような実体的感覚の蓄積を相関させる、即ち経験(時間的記憶)による予測(空間的広がり)として、時空は生じている。

3.存在の実態において、現象表面的には静止していても、細胞レベルでは新陳代謝し、分子は振動し、原子レベルでは回転し、という具合に、現象階層性を遡るほどに、より高速で運動しており、スーパーストリングやM理論といった“究極の理論”においては、量子相互作用=光速に至っている。
光速で運動する物体は時間が経過しないという事からいえば、宇宙の発生は階層現象表面性に付随して派生するものであり、原理的には宇宙の果てのビッグバンの壁と“瞬間相互作用”でつながっている=現象表面的時空仮説に対する“光の風(量子相互作用)”=認識可能性における無の射影として、存在性は発生している。

4.無の無限性(確率的存在を無限に詰め込むと、存在確率の山が平坦になって無と等価)の潜在としての認識可能性の仮説的移動の相殺としての量子相互作用=光速に対して、その時空仮説における階層現象表面的に生じる非光速性の、超光速(エネルギーが虚数になる=相互作用(自乗)においてマイナス=時間軸逆行と等価)領域を過去とし、光速以下を未来として、「自己(現在=光速)からの過去(超光速)と未来(光速下)の対発生」という構造が成り立つ。
その過去(経験)による未来(予測)による仮想的現在において存在性が生じる時、その超光速(光速下と超光速領域を分ける認識体はブラックホールと相同)における時空軸の転換において、仮想的延長において直交基底をなす時間軸(過去の経験)と空間軸(未来の予想としての空間的広がり)は同一軸であり、即ち、存在性の本質をなす不確定性原理における二対の相補性、「位置(S)と運動量(位置の時間的変化St)」「時点(T)と質量(時間的相対運動Ts)」は、本質において同一軸であって「相補的」ではなく、仮想的現在への延長において生じているということだ。

5.こうした条件を認識した上で、相対性理論の規定する四次元時空の方程式を見ると、時間項がマイナスになっていて、時間軸と空間軸の等距離点に“ライトコーン(量子相互作用)=0の広がり”、という界面原点が生じることも納得できる。
時間軸は、自我仮説性が持ち込んだ“余分な軸”であり、それによって生じた時空仮説に対して、相対性理論における光速限界や量子力学における相補的不確定性は、無の射影としての補完的なものなのだ。
原理的に無であるとは分からないことが、有限性を生じている=存在の本質なのだ。

基本的な内容だけでも、こうした認識論から素粒子論までの幅広い(それも等価性による再解釈を伴う)理解が必要であり、「時間とは何か」という問いは、それを行う者を選ぶ、と言えよう。
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 「時間とは何か?」という疑問に付いて、私は常にこの


事について考えてきました、そして、一つの答えに辿り着
きました。それは「時間は物差しで計れる」ということです。

それはどういうことかと申しますと物理学者は時間という
ものは時間が遅れるにせよ歪むにせよ時間は流れているも
のと考えられてきました、かつてのアインシュタインや
ニュートンなどがそうです。

 しかし私の考え方では過去未来、現在という存在は今ココに
存在していると思うのです。

 いたい何を言っているのだと思うでしょうが、これは
私の考え方なので信じる信じないは貴方様の自由にしてく
ださい。

 それはどういうことかと申しますと時間は遅れたり
進んだりしている事はご承知かと思いますが、私の考え
では時間というものは流れているのではなく水平に動いて
いるのだと思うのです。仮にここに物体A,B,Cがあると
します。物体Bは物体Aよりも速く、物体Cは物体Aより
もゆっくり動いているとします。そうすると我々が時計で
測っている時間というものはB>A>Cと遅れます。次に
そのA,B,Cの中に私が分身の術を使って入ったとします。
するとAに入った僕からしてみると過去、現在、未来の僕
が3次元の空間に存在しているという事になるのです。こ
れが「時間が物差しではかれる」ということになのです
(実際にはかれるわけじゃないんだけど… (^_^;) )。

 単純に言いましたが、もう少しで図式が完成いたします。
この図式はアインシュタインの考え方を紐解いて考えたも
のなのですが、このことを言いますと私の制作問題に
関わってきますのでお気遣いねがいます。
 この式が完成したならばもっと詳しい事が説明できると思います。
いまや物理学は調べ尽くされいます。これからは疑問や発想が科学を作り
上げてゆくでしょう。

 貴方様の発想や疑問が花咲く事を期待しております。
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時間の観念(過去/現在/未来がある、過去から


未来へ時間は連続的に流れていく、など)というもの
は、確かに我々の考え出したものでしょう。

うろ覚えですが、清水博著「時間と自己」のなかで、
ある精神的疾患を持つ人のなかには、このような
時間感覚を持つことができない人がいるということが
書かれています。
その人達にとって時間とは、連続的に「流れる」もの
ではなく、ぽつぽつと離散的に知覚され、先立つ事象と
そのあとに起こる事象が一連のものであると感じられない
そうです。

このように、我々が時間に対して抱いている感覚は、
我々人類の中でさえも共有されないものであり、
普遍的なものではなさそうです。

それはさておき、どんな自然科学分野でも問題に
なることですが、観察者がいなければ、時間経過
という現象も存在しないのでしょうか?
時間という軸は我々が勝手につくり出したもの
なんでしょうか?

私は直観的に考えて、時間とはもっと本質的なものである
ように思うんですよね。

時間は空間と異なり、一方にしか進まない、という
ことを考えるのに、「不可逆変化」と関連付けて
説明することがあるようで、私も直観的に分りやすい
ように思います。

ニュートン力学における時間は空間軸(x,y,z)と同等な
軸tで表され、例えば落下運動の方程式は、x,y,z,tの間の
関係を言っているだけで、tの向きは全く規定しません。
そのため、tを減らす方向に方程式を発展させれば
時間が逆回転して元の状態に戻るわけで、このレベルでは
まだ時間に一方向性はありません。(例えば、落下した
物体を全く逆の速度で投げ上げれば、エネルギーや位置などの
物体の状態はそのまま元に戻ります。したがって、高い
ところに物体がある状態と、落下した先の低いところに
物体がある状態はどっちが先でも後でも良いことに
なります)

しかし、これは可逆変化の場合だけで、世の中の大部分の
現象に見られる不可逆な変化はそうではありません。
例えば、ガラスのコップが割れるという現象があったときに、
落下運動と異なり、元来た道をそのまま逆にたどって元に戻る
ということは絶対にあり得ません。

このように、あるAという状態とBという状態に対して、
A→Bという変化はあり得るが、B→Aという変化は
絶対にあり得ない、という事実が状態の間に順序付けを
し、それが時間の前後というものを生み出している、
という考え方です。

(まあ、これも当然いろいろ批判があって、マクロな
レベルで見て不可逆なものも、ミクロな可逆変化の
集合として記述されるので、そう考えると、上の話は
何も言ってないことになってしまいます)

熱力学の理論では、物質やエネルギーの出入りの無い
空間は不可逆変化を繰り返し、最終的には何の変化も
起こらない、平衡状態に陥ります。宇宙全体がそのような
空間であるとすると、不可逆変化が時間の流れの要因で
あるとした場合、最終的には時間は止まる、ということに
なるのかな?

まあ、考え出すと切りがないですね。
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おおむねhishさんの意見に賛成です。


私も常々かんがえていたのですが、どうも時間と言うのは人間が発明したものではないかと思います。発見ではなくて発明です。
人間が居なければ時間を認識するものが居ないので時間の概念はなく、時間もない。と思うのです。だれも測定するものが居なければ時間はないと思います。
また、過去や未来も私たちの脳の中にあるものであって、実際は現在の一瞬しかないのです。時間の経過は私たちの記憶の中にのみ存在するのです。

だーれもいない山の中で大きな木が倒れたとしましょう。
当然大きな音がしたと思われますが、誰一人その音を聞く人はいません。
それでも音がしたといえるでしょうか?
未知の星に未知の生物がいても、それが確認されない限りは居たということにはならないでしょう。
時間もそうだと思うのです。測定する者がいなければ時間なんてないと思います。
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133Cs(セシウム)の超微細準位の周波数9,192,631,770周期が1sec・・・。


定義は定義なんだけど、ほんと不思議ですね。
連続してるものにあえて刻みをつけてA/D変換してると・・・。
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 私たちが時間が流れていると感じる、あるいは時間としてその存在を認めることの根本には、周囲におけるひとつ前の状態がたった今の状態と何らか違った状態になっていると認識できることに由来するのではないでしょうか。



 そして、これらは私たちが周囲の状況を把握することのできる視覚や聴覚等の五感をもっていること、1つ前の状態を記憶できること、そしてその記憶がある方向に従って整理されている(と思える)ことに起因するものでありましょう。(状態の変化の記憶について情報整理の結果、一定の方向性が生じてくるのか、または状態の変化の記憶をある一定方向に整合性を持って整理することにより時間という概念が生じてくるのかは分かりませんが・・・)
 人間の認知の立場から時間を考えると以上のことが基本にあると思います。
 これは何も人間に限らず他の動物や虫やアメーバーの視点たって考えるとすれば、それぞれの生物の知覚機構、記憶、知覚情報処理機構等に応じ、それぞれの時間が存在するようにも思えます。

 以上のことは、物質の状態を規定する物理上の時間を議論する時にも言えることではないかと思います。
 宇宙に存在している諸々の物質的存在の将来(あるいは過去)といった一定方向に対する状態を記述することを目標にする時、いわば座標軸的な時間(軸)を先ず定義し、それに沿って目当ての物体の状態(位置等)の変化を追っていけば良いでしょう。以上では物体の状態(位置等)が変化することが前提になっています。

 ここで、全くの想像上の極論ですが、宇宙に物体がたった1つと自分の視線しかなくて後は真っ暗闇という状況を想定してみますと、その物体がずーっと全く動かず、また自分もその物体に関する情報以外、何も変化が知覚できないとしたら・・・多分、どのくらい時間が経ったのか、あるいはそもそも時間なんて経っているのか、そういうものがあるのかどうかということが分からなくなってしまうでしょう。
 数式で以上のことを記述したとしても、先ず時間というものに一定方向の流れがあるという時間軸の形で定義せずしては何も語らないことになるでしょう(観測対象物は何も変化しないので当該物の変化から時間を逆に規定することはできません)。

 通常の私たちの周りの環境はこうではありません。対象物以外にも何かしら状態が変化しているものが存在している(と認識できる)でしょう。別に対象としているその物自体の状態が変化している必要はなく、周囲の何かが変化していれば、その対象物は逆に変化していないことが認識され、ひいては逆にその対象物の状態が時間が経っても変化がしないこと認識されることになるでしょう。

 その時間の存在を、「座標軸みたいに過去から未来へ一定に流れていますよ」と決め事的に定義することなしに、他のものから裏付けるようとするならば、上の自分のような周囲の状態の変化を認識することができるいわば”観測者”なるものがいなければならないでしょう。また、実際に状態が変化したことが観測されることも必要です。
 マクロといいますか我々の日常的に知覚できるスケールでは一定方向の流れの存在を疑えないような周囲の物等の状態の変化が認められることにより、座標軸な時間が流れているような認識が正当性を持ちますが、ミクロ(量子論的)な世界まで足を踏み込むならば---聞きかじりと想像で書いちゃいます、すいません---観測可能な長さの限界が存在すると同時に時間にも限界があると考えられていることから、もはやそれ以下の長さの時間になってくると物の状態変化自体を観測することができず考えることができなります(一般に思われている一定方向に流れる時間という形では規定できないということにもなるんでしょうか??)

参考URL:http://www.nisseisg.co.jp/kouhou/_sapiens/_sapi0 …
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>時間とは何ですか?どのように定義されるものですか?


難しい質問ですね。
まだ物理学者のあいだで答えが出ていないのです。

>連続しているものですか?非連続なものですか?
今の段階では力学、電磁気学、相対論、量子力学、場の理論など
どの理論においても連続的なものとして扱われています。
しかし、連続でないといけない理由はありません。
空間やエネルギーと同様不連続なものである可能性は十分あります。

>ブラックホールなど、強力な重力場のもとでは、時間は相対的におくれますよね。
>その辺から、考えられそうな気もしますが・・・。
そうですね。
後は、量子力学についても考えなくてはいけません。
相対論ともう一つ量子力学がいまのところうまく統一して論じることが出来ていないのです。
それらを統一する候補として超弦理論等があります。

全然回答になってなくて申し訳ないです。
私自身は素粒子物理の専門家なのですが、
この質問に対する答えはわからないとしか言いようがないのです。
下記URLなども参考にしてみて下さい。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=40277
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「時間とは何?」これは科学の永遠のテーマではないでしょうか。


こんな難しい問題に答えられる人を私はいまだかつて見たことはありません。

参考URL:http://nova.earth.s.kobe-u.ac.jp/~matsuda/review …
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時間とは何ぞや?を語る時に、アインシュタインの相対性理論は


欠かすことのできない知識です。

特殊相対性理論の基礎がわかれば、疑問のほとんどは解決すると
思われます。

詳しくは、自分で学んでください。
参考URL(高校生のためのアインシュタインの特殊相対性理論)はわりといいです。

アインシュタインの人生と、一般相対性理論まで知りたい場合、
このサイト(アインシュタインの科学と生涯)がオススメです。
 ↓
http://homepage2.nifty.com/einstein/

参考URL:http://homepage1.nifty.com/tac-lab/
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Q「質量」は相対的なものですか、絶対的なものですか

質量は絶対的なものでしょうか?
それとも観測する系が違うと変ってくる相対的なものでしょうか?
質量があるものは光速にはなれないという原則から、速度が上がればどんどん重くなると思うのですが、違いますか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ここで言っている質量とはなにか?ということですよね。No.4さんの言われているように、相対論的には

m=m0/√(1-(v/c)^2

です。このmのことを質量と読んでいるのであれば相対的なものです。しかし、質量を相互作用の結合定数と見るのであれば、m0が質量ということになり、相対的なものにはなりません。ちなみに、相対論的力学では、m0を用いて計算をします。

「速度が上がればどんどん重くなると思うのですが」
とのことですが、正確にはエネルギーがどんどん増すということです。その効果を質量に繰り込む必要があるか?ということですね。


ただ、質量とは、運動に対する慣性(変化に対して変化のしにくさ)として考えられます。一般的に相互作用をしている粒子の運動を記述する際には、その効果を質量に繰り込むということを考えます。そうであれば、質量とは相対的なものということが出来ると思いますね。

Q科学的な見地からアドバイスお願い致します。

科学的な見地からアドバイスお願い致します。

最近部屋に居ても汗が噴出します。特に食事をするともうたまりません!

清潔好きの私はその度に水やお湯で絞ったタオルで身体の汗を拭き取ります。
1日に6回くらいします。

そこで質問ですが
タオルで拭き取った汗を洗う時には、水またはお湯のどちらが清潔になるのでしょうか?

もしあまりさほど変りがないなら今後は水だけにしたいのです。
とうのもお湯でタオルを絞っていたら、そのお湯でまた汗が出てくるからやっかいなのです。

科学的または衛生的な見地からアドバイスよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「衛生的な見地」からお答えします。
手を拭いたり、汗をぬぐったタオルは水やお湯で洗っても完全にきれいにはなりません。洗剤を使って洗濯機で洗っても、タオル地の中のほうに入った微生物を完全に洗い流すことはできません。その結果、梅雨時はなかなか乾かない洗濯物からぞうきんのような臭いがしてくることがあると思います。これは中のほうに残った微生物が繁殖して臭いを出しているのです。たとえ乾いたものでも、暖かくて湿気が多い時は少し使っただけでも臭いが出てくるはずです。

対策をアドバイスします。
まず、ポリのたらいかバケツを用意して、そこにハイターやキッチンブリーチのような家庭用塩素系漂白剤を薄めてためておきます(希釈率は漂白剤に記載されている「ふきん、おしぼり」に準じます)。そしてタオルをたくさん用意しておき、使ってよごれたらどんどん交換し、よごれたタオルはこの漂白剤液の容器にほうりこみます。そして1日分まとめてすすぎ(よごれがひどければ、そのあと洗濯機で洗ったあと)乾かします。

漂白剤ですから色物のタオルはどんどん色が落ちてきます。漂白剤がついたままほかの洗濯物といっしょに洗うと、ほかの洗濯物が部分的に色落ちします。要注意です。

「衛生的な見地」からお答えします。
手を拭いたり、汗をぬぐったタオルは水やお湯で洗っても完全にきれいにはなりません。洗剤を使って洗濯機で洗っても、タオル地の中のほうに入った微生物を完全に洗い流すことはできません。その結果、梅雨時はなかなか乾かない洗濯物からぞうきんのような臭いがしてくることがあると思います。これは中のほうに残った微生物が繁殖して臭いを出しているのです。たとえ乾いたものでも、暖かくて湿気が多い時は少し使っただけでも臭いが出てくるはずです。

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Q相対論における時間の遅れの本質

相対論において、速く運動しているものは静止(あるいは遅く運動)しているものよりも時間の進み方が遅い(飛行機と地上の物体の比較など)、というのは実は「双子のパラドックス」に他ならないのではないでしょうか?
つまり、ただ速いから時間が遅れるのではなく、速くなるためには加速する非慣性系を経なければならない、このプロセスが時間の遅れの本質である、この理解は間違いでしょうか?

Aベストアンサー

そのような理解で
・宇宙線により発生した短寿命の粒子が地上まで届く事
・横ドップラー効果
を説明できますか?(非慣性系は何処にも出てきません)

「時間の遅れ」では「互いに相手の時計が遅れる」という事を言ってますよね。
でも、双子のパラドックスや航空機の実験ではどっちかが一方的に遅れてしまいますよね。"互いに"ではなくなる部分に慣性系を乗り換えた事(非慣性系を経た事)が絡んできます。

Q科学的な見地からの宗教

 日ごろから不思議に思っていたことなのですが、日本人は「宗教は非科学的だ」という言葉を耳にすることがあります。これは日本人が無宗教でいる一つの要因であると思います。日本人にとって「非科学的だね」といわれるのは、現代においては非常に侮辱的な言葉であると思います。では本当に宗教は非科学的なのでしょうか??

(1)宗教のどういった部分が非科学的なのでしょうか??

(2)私はここで言う「非科学的」というときの科学は「自然科学」を基準にしていると考えます。宗教(宗教学)は人文科学に属するわけですが、自然科学の視点から人文科学の研究成果を「非科学的」と判断できるものなのでしょうか??

(3)科学に無知な私が思い浮かべる科学は「実験により証明された事実(データ)を基に、そうした事実の間に法則を見出す営み」と考えています。このように、宗教は非科学的であることを、どなたか実験から証明された事実に基づいて、非科学的であることを立証した研究者をご存知なら教えていただけないでしょうか??またその科学的な実験方法や、その人の著作をご存知であれば教えてください。

どうぞ教えてください。よろしくお願いします。

 日ごろから不思議に思っていたことなのですが、日本人は「宗教は非科学的だ」という言葉を耳にすることがあります。これは日本人が無宗教でいる一つの要因であると思います。日本人にとって「非科学的だね」といわれるのは、現代においては非常に侮辱的な言葉であると思います。では本当に宗教は非科学的なのでしょうか??

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Aベストアンサー

 宗教が非科学的、といわれる理由の最たるものは、相互検証の否定です。
 むしろ、反科学的、といったほうが正確なのかもしれません。
 ほぼすべての宗教は唱える教義の絶対性を謳っており、それは他の宗教や哲学もちろん科学であっても揺るがされることはない、としているのが一般的です。──キリスト教原理主義者が『化石は神がその深遠な意思によって地面に埋め給うたもので、創世以前に生物など存在しなかったのだ』なんてな説を唱えているように、気の毒なほどに頑なな立場を取る向きが少なくないのです。
 そんな訳で、より多くの検証に耐えうるものとして在るべくした結果、科学というものは時折パラダイム・シフトを起こしてしまうのです。
 そこが余計に宗教(こと一神教的な視点を持つ)の立場からは、散々っぱら信じてたのに、それがある日ひっくり返るなんてことが耐え難い、という側面もあります。
 とはいえ、案外多くの人々が、『科学は神の代わりに絶対的な真実を保証するものである』という勘違いをしているという側面もあり、新しい発見によっていままで定説であったものがたやすく否定されて(完全に棄却されるわけではないのですが、一般的な人からはそう見えるようです)しまうような世界のありようはなかなか受け入れがたい、という面もあるようです。
 むしろ、おおよその人は反科学的な感覚を持ち、宗教の立場にある人はことのその傾向が強い。もしくは、強く反科学的な感覚を持つ人は宗教的な世界観に強く共感を覚える、というところでしょうか。
 そして、宗教を実験的に非科学的であると証明しようとした試みについては寡聞にも存じあげませんが、キリスト教原理主義者たちと古生物学者たちとの間で『進化論を科学の教科書に載せるべきかどうか』という裁判は行われたことがあります(詳しくはスティーヴン・ジェイ・グールドの著作を)。
 実験的な手法ではありませんが、数学者のクルト・ゲーデルが、無矛盾な公理系の存在…粗雑極まりない要約ですが『この世界が完璧な神に作られたものであるならこの世界には論理的なほころびはどこにもない』ことを証明するつもりが、『この世界からこの世界を見る限りはそれを証明できない』、ということを証明してしまった、ということがあります。つまり『絶対神の不在を数学的に証明してしまった』のです(とはいえ、後年はそれを本人が否定したがっていたようですが)。
 また、近年、宗教の側から『科学的であるから自分たちの教義がよりもっともである』という科学への擦りよりや、科学による一層の権威づけが顕著になっているようです。
 そのうち、「あなたに神と科学のお恵みあれ」なんて宗教がでてくるかもしれませんね(笑)。

 宗教が非科学的、といわれる理由の最たるものは、相互検証の否定です。
 むしろ、反科学的、といったほうが正確なのかもしれません。
 ほぼすべての宗教は唱える教義の絶対性を謳っており、それは他の宗教や哲学もちろん科学であっても揺るがされることはない、としているのが一般的です。──キリスト教原理主義者が『化石は神がその深遠な意思によって地面に埋め給うたもので、創世以前に生物など存在しなかったのだ』なんてな説を唱えているように、気の毒なほどに頑なな立場を取る向きが少なくないのです...続きを読む

Q重力崩壊について教えてください

太陽の8倍以上の質量をもった星は、その進化の最終段階で中心核が重力収縮し、ついには重力崩壊するそうです。
この現象についてイメージが湧かないので、質問します。

1.重力崩壊の過程を観察しているとある瞬間から見えなくなるのですか?それとも徐々に小さくなってついに見えなくなるイメージでしょうか。
2.星を形成している物質(粒子)はどうなるのでしょうか?原子は原子として存在しているのですか?それとも素粒子などに分解されて存在するのでしょうか?
3.星を形成している物資はどこにゆきますか?別の次元にゆくのでしょうか?それとも見えないだけでそこに留まっていると考えていいのでしょうか。
4.重力崩壊した星の質量は変化しますか?質量保存の原則は守られますか?あるいはどんどん重くなってゆくのですか?
5.重力崩壊した星の大きさはどれくらいですか?ゼロですか?
6.重力崩壊した元の星に復活させることはできますか?ブラックホールから物質を取り出すことは可能でしょうか?

質問が多くてすみませんが、
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは、はじめまして。ブラックホールってとっても興味深いものですね。すでにいろいろの方からの回答がでていますが、若干の補足も含めて私の知っている範囲でお答えします。

>1.重力崩壊の過程を観察しているとある瞬間から見えなくなる
>のですか?それとも徐々に小さくなってついに見えなくなるイメ
>ージでしょうか。

これは、観測している系によります。遠くから、重力が大変強力な空間を観測した場合、その空間の時間はは遅く観測されます。ですから、星が重力崩壊をおこして収縮する場合、シュワルツシルド半径に近づくにつれその収縮する速度は遅くなるように観測されます。どんどん暗くなってはいきますが、シュワルツシルド半径をこえて小さくなることを観測できません。シュワルツシルド半径をこえて小さくなるには無限の時間がかかるからです。もっとも波長はどんどん延びて電波でなければ観測はできないでしょうが。

ブラックホールという名称はジョン・ホイラーが1967年に言い出したのですが、それまではブラックホールのことを「凍結星」といっていたぐらいです。ついででいえば、最初クエーサーが発見されたとき、その赤方偏移があまりにもすごいため、これがオッペンハイマーのいっていた凍結星ではないかとの説がありました。

なお、星に対して自由落下する系から見た場合は、一瞬にして星は見えなくなります。

>2.星を形成している物質(粒子)はどうなるのでしょうか?原
>子は原子として存在しているのですか?それとも素粒子などに分
>解されて存在するのでしょうか?

シュワルシルド解(アインシュタイン方程式を「回転なし、電荷なし、ゆがみなし」という条件で解いた厳密解)では、一方通行の球面(事象の地平線)ができ、その中心に物質の密度が無限大になる特異点が生じます。物質は事象の地平線を越えて特異点に落ちていくわけですが、強力な重力のため素粒子に分解されます。素粒子が特異点に落ちた場合どうなるか、これは現時点ではわかりません。

なお、一般相対論では量子論的効果を全く考慮していませんので、このようなミクロの特異点で重力が無限大のものが存在するのかどうかも正確なところはわかりません。


>3.星を形成している物資はどこにゆきますか?別の次元にゆく
>のでしょうか?それとも見えないだけでそこに留まっていると考
>えていいのでしょうか。

これはわかりません。いろいろな時空の図が書かれたりしていますが、それを見る限り他の宇宙へいくという可能性はあるかもしれませんが、別の次元という解はないようですね。

また、ブラックホールとホワイトホールが「アインシュタイン=ローゼンの橋」というワームホールでつながっているという説明もされています。しかしこの私達の宇宙ではブラックホールはほぼあると断定できるようですが、ホワイトホールらしいものは全く観測されていません。私達の宇宙はホワイトホールがない宇宙なのか、それともホワイトホールそのものがそもそもありえないのか何とも言えません。


>4.重力崩壊した星の質量は変化しますか?質量保存の原則は守
>られますか?あるいはどんどん重くなってゆくのですか?

ブラックホールになる時に強力な重力エネルギーを放出しますから若干軽くなるでしょう。質量保存の法則はともかく、エネルギー保存の法則は成り立ちますよ。また、ブラックホールになったあとは他の物質を吸い込むことにより、どんどん重くなっていきます。


>5.重力崩壊した星の大きさはどれくらいですか?ゼロですか?

事象の地平線のおおきさのことでしょうか? それともその中心にある特異点のことでしょうか? 特異点のことでいえば、シュワルシルド解を解く限りでは無限小となります。なお事象の地平線のおおきさはその質量によります。シュワルツシルド半径は、質量Mの天体の場合、半径2GM/C^2(Gは万有引力定数、Cは光速度、C^2は光速度の自乗)となります。

>6.重力崩壊した元の星に復活させることはできますか?ブラッ
>クホールから物質を取り出すことは可能でしょうか?

もともとの星にはならないでしょう。ただブラックホールは永遠に存在し続けるのではなく、べらぼうな時間がかかりますが粒子を放出して蒸発します。また回転しているブラックホールならば、その回転エネルギーを取り出すことは可能でしょう。

なお、ブラックホール蒸発説は定説となっています。この説をホーキングが撤回したということは寡聞にして聞いたことがありません。宇宙の無境界仮説の中で宇宙が収縮時に時間の矢が逆転するという説は撤回しましたが・・・。

こんにちは、はじめまして。ブラックホールってとっても興味深いものですね。すでにいろいろの方からの回答がでていますが、若干の補足も含めて私の知っている範囲でお答えします。

>1.重力崩壊の過程を観察しているとある瞬間から見えなくなる
>のですか?それとも徐々に小さくなってついに見えなくなるイメ
>ージでしょうか。

これは、観測している系によります。遠くから、重力が大変強力な空間を観測した場合、その空間の時間はは遅く観測されます。ですから、星が重力崩壊をおこして収縮する場...続きを読む


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