「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

(あ) すでに考えられた結果をおこなうことしか望めないか?

(い) われら考える日本人は 少数であるゆえに 悪貨は良貨を駆逐
するの慣わしの前に望みは薄いとあきらめねばならないか?

(う) 哲学以前あるいはさらにへたをすると人間以前という実際を目
の前にして どうすればよいか?

(え) 足の引っ張り合いなるたたかいに まだしばらくは 対処して
いかねばならない情況であろうか?

(お) (あ)の見方によれば 外国人をまづ説得しその外国の人間が
考えた結果であるというのなら 日本人は受け容れるのだろうか?

(か) なぜこれほどまでに日本人は あほばか状態が好きなのか? 
心の奥底でそうなのではないだろうに。

(き) なぞの隠れた愚民化政策が どこかその筋から ほどこされて
いるのだろうか?
(特に 神・絶対ということについての理解が あの聖徳なるぼんくら
太子の水準でありつづけている。《世間虚仮 唯仏是真》なるおのれの
みの観念の世界の中にくすぶりつづけるしかも高ぶり状態。タコツボ地
獄)。

(く) あるいは あほばかヰルスが ひょっとしたら ばら撒かれて
いるのだろうか?

(け) ・・・

どうでしょう?

A 回答 (5件)

内容の是非はともかく、閑話に「外国の人間」により「すでに考えられた」話を引用してみましょう。



**
日本は多くの人々がそう思っているように、自分の文化にヨーロッパの技術をつけ加えたのではなく、ヨーロッパの科学と技術が日本の特性によって装飾されたのだ。
実際生活の基礎は、たとえ、日本文化がーー内面的な区別なのだから外観ではよけいにヨーロッパ人の目にはいってくるからーー生活の色彩を限定しているにしても、もはや特に日本的な文化ではないのであって、それはヨーロッパやアメリカの、したがってアーリア民族の強力な科学・技術的労作なのである。
これらの業績に基づいてのみ、東洋も一般的な人類の進歩についてゆくことができるのだ。
これらは日々のパンのための闘争の基礎を作り出し、そのための武器と道具を生み出したのであって、ただ表面的な包装だけが、徐々に日本人の存在様式に調和させられたに過ぎない。
**

あら? 書きながら気付いたけど、そういえば仏(ブッダ)って、(いわば)アーリア人でしたっけ?

**
今日以後、かりにヨーロッパとアメリカが滅亡したとして、すべてアーリア人の影響がそれ以上日本に及ぼされなくなったとしよう。
その場合、短期間はなお今日の日本の科学と技術の上昇は続くことができるに違いない。
しかしわずかな年月で、はやくも泉は水がかれてしまい、日本的特性は強まってゆくだろうが、現在の文化は硬直し、七十年前にアーリア文化の大波によって破られた眠りに再び落ちてゆくだろう。
**

そして、私も眠りに落ちることにしよう。


(追記 時局柄世人の眼に触れさせぬがよし。)
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


**
▲ 日本は多くの人々がそう思っているように、自分の文化にヨーロ
ッパの技術をつけ加えたのではなく、ヨーロッパの科学と技術が日本
の特性によって装飾されたのだ。
☆ 和魂洋才。単純なものづくりや数学にも素養があった日本人が西
洋の科学・技術を利活用した・・・のでは?


▲ 実際生活の基礎は、たとえ、日本文化がーー・・・ーー生活の色
彩を限定しているにしても、もはや特に日本的な文化ではないのであ
って、それはヨーロッパやアメリカの、したがってアーリア民族の強
力な科学・技術的労作なのである。
☆ 文化は――アタマを耕すゆえ――思考形式であり 文明が――大
人になることとして――人間関係ないし社会生活の共同自治である。

どちらの分野にも 同じ人類として世界共通の要素が現われ出ている
ことがあり得ます。


▲ これらの業績に基づいてのみ、東洋も一般的な人類の進歩につい
てゆくことができるのだ。
☆ 古代国家において国道は整備したし駅家制度も出来ていたが 鉄
道を敷いて汽車を走らす文化文明にまでは 日本は 行き着かなかっ
た。

▲ これらは日々のパンのための闘争の基礎を作り出し、そのための
武器と道具を生み出したのであって、ただ表面的な包装だけが、徐々
に日本人の存在様式に調和させられたに過ぎない。
☆ 汽船も飛行機も 驚き桃の木山椒の木であった。

**

★ ・・・そういえば仏(ブッダ)って、(いわば)アーリア人でし
たっけ?
☆ そうですね。

**

▲ 今日以後、かりにヨーロッパとアメリカが滅亡したとして、すべ
てアーリア人の影響がそれ以上日本に及ぼされなくなったとしよう。
その場合、短期間はなお今日の日本の科学と技術の上昇は続くことが
できるに違いない。
しかしわずかな年月で、・・・日本的特性は強まってゆくだろうが、
現在の文化は硬直し、七十年前にアーリア文化の大波によって破られ
た眠りに再び落ちてゆくだろう。
☆ これは 分からないが そうなるか知れない。

たとえば 給与・昇進の制度として 終身雇用制がジョブ(職務)制
となお共存しており――わたしも そのほうがよいと感じていますが
―― 日本的特性は 存続するかも知れない。IT後進国であるのは
アナログが好きだという一面が 根強いのかも。

**

お礼日時:2020/07/09 02:48

ノーベル賞に該当する業績は、理系の場合、海外での研究成果です。

国内では「個=孤」として思考に集中没頭することを許されない。
小説家は国内でも大丈夫、というかこのファクターを逆手にとって主題として個性的作品に仕上げています。ファクターXの権化になりきって作品を書くわけです。

ファクターXから自由になるか、権化となるか、それ以外に日本人が思考するすべはありません。どちらでもない日本人は中途半端にXと自己との間をうろうろするしかないでしょう。それを自覚してもしなくても、それもまた迷妄のうちです。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ ノーベル賞に該当する業績は、理系の場合、海外での研究成果
です。国内では「個=孤」として思考に集中没頭することを許され
ない。
☆ それほど――自然科学の場合は―― 自己表現が制約されると
も思われないのですが? 共同作業であるなら その協力もチーム
ワークとしておこなわれ さほど困難ではないように推測している
のですが。



★ 小説家は国内でも大丈夫、というかこのファクターを逆手にと
って主題として個性的作品に仕上げています。ファクターXの権化
になりきって作品を書くわけです。
☆ ううーん。わたしの見るところでは 小説〔家〕という作品の
地位が 昔と今ではずいぶん違って来たと思えるのです。

世界における自己の自己了解という問い求めが かなり小説や文学
に言ってみれば期待が大きくかかっていた。いまぢゃ ゼロですね。
(あるいは その担う役割りがまるで違うようになった。)。


★ ファクターXから自由になるか、権化となるか、それ以外に日
本人が思考するすべはありません。
☆ 自由にならなかった漱石が それとしてよい作品を書いたので
はないでしょうか。


★ どちらでもない日本人は中途半端にXと自己との間をうろうろ
するしかないでしょう。それを自覚してもしなくても、それもまた
迷妄のうちです。
☆ ううーん。そういう見方になるなら 思想・哲学としてあまり
考えを深めていませんね。つまりわたしは 《考えるが最終の結論
にまで到らない》のは 途中までは考えているのにと思ったわけで
すが 〔そういう見方になるなら〕初めから迷っているし 考えて
はいない・・・ようですね。

ファクターXについての考察をおこないこれを理論化するまでに到
らねばならないでしょう。

お礼日時:2020/07/08 21:22

日本人の思考にはファクターXが付きまとうのです。

理系科学者の場合もアメリカ等へ出て研究するのでなければこのXに捕まります。山中先生も京都日本で仕事をしては才能を埋没させられますよ。アーメン!二拝二拍手!南無阿弥陀!
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


★ 日本人の思考にはファクターXが付きまとうのです。
☆ はぁ。

★ 理系科学者の場合もアメリカ等へ出て研究するのでなけ
ればこのXに捕まります。
☆ なんですか それ?


★ 山中先生も京都日本で仕事をしては才能を埋没させられ
ますよ。
☆ ええ。山中さんが コロナ禍についてファクターXを言
っていますね。でも それとは違うのでしょう?


いや 分かんない。


★ アーメン!二拝二拍手!南無阿弥陀!
☆ 議論や論文の最後の最後で 言ってはならないタブーが
あったりするってことですかね?

あるいは 自分の考えをストレートに出してしまうなら・つ
まり その最後の最後のところまで行ったなら もう社会の
中では生活して行けないという暗黙の脅しのようなものが目
の前にぶら下がっているんでしょうか。

お礼日時:2020/07/08 17:53

哲学好きのおっさんがマウント取りに来るのがいやだから


相手にしてないだけです
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この回答へのお礼

へええー。ご回答をありがとうございます。


ぢゃあ わたしの知らないところでは おおいに哲学している
わけですね。

どこでですか?

お礼日時:2020/07/08 17:45

日本人の思考は基本、世間に合わせ流されるので、個人としては一応途中まで思考しても最終的な結論の段階では思考停止と同様の状態です。

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この回答へのお礼

どうも そのようですね。だいたいにおいて。

――ご回答をありがとうございます。



★ 最終的な結論の段階では思考停止と同様の状態です。
☆ つまり:
★ 個人としては一応途中まで思考して
☆ いる・・・とも考えられるんですよね。

(自然科学の分野では 抜群だと考えられます)。

つまり もし:
★ 思考停止
☆ というのなら 途中まで思考して来ていますし とりわけ
思考の能力がありじっさい使用しているんですよね。


でも 結論段階では 何らかの思想にまでなるような思索はも
う推し進めない。・・・ようなんですよね。



まぁ クウキ説が そのひとつの原因であり事情であると見ら
れますが なにか なんだかなぁという感じです。

お礼日時:2020/07/08 17:24

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