「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会



哺乳類の動物の世界などでは、オス同士が群れのボスの座を巡って戦うことが
良く知られていますが、彼らは正々堂々と戦います。卑怯なことをしたという
話を私は聞いたことがありません。

しかし、人間の場合は必ずしもそうではありません。特に権力争いとか商売の
争いなどにおいては顕著ではないかと思います。
一方庶民であるほど、汚いことはしたくないという思いが強いのではないかと
思います。

卑怯=心が弱く物事に恐れること。勇気のないこと。臆病。心だての卑しいこと。
(広辞苑)

言葉の意味として「卑怯」とは、善悪とか倫理などという問題ではなく、心根の
問題という定義であると思います。

誰でも、勇気が出ないとか、臆病風に吹かれるという心はあると思います。また、
勇気凛々で、「さあ来い!」みたいな心になることもあります。

1.卑怯な心って何ものでしょうか?

2.勇気って何ものでしょうか?

3.その他関連すること。

質問者からの補足コメント

  • 動物が卑怯なことをしないと考えているのではありません。

      補足日時:2020/07/10 00:00

A 回答 (16件中1~10件)

国家の利益は特権者の私益



確かにですね

小善は大悪になりうる

これも、確かにですね


良かれと思う小さな善が
なにか違う視点でとらえられたとき
大悪になってるとか

リサイクルされない資源を
何故か分別してる

リサイクルすることに善意を感じてるけど
実情はリサイクルすることに掛かる費用が莫大で

リサイクルされてないとかとか

( ̄~ ̄;)

レジ袋の有料化なんかも
環境保護を唄って

小さな善意を喚起させてるけど
石油精製される時にでる
不要物からレジ袋が作られてるとか!

環境保護に異を唱えてるわけじゃないんですけど

小善は大悪の言葉から
連想してしまいましたよ!

国家の利益は特権者の私益
にも!
当てはまるから

ニャンポコリンさんの
言葉に感銘しましたよ!

勇気とは真の主体性を持つからこそ
自身の哲学や価値観から逸れる行いは
卑怯てな話にもなりますもんね


強すぎる信と頑固


言われてみたら
紙一重てな事柄かも知れないけど
他意がなければ
他者にも伝わるのが
信の良さなのかも知れないですね

(  ̄▽ ̄)にっこり
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この回答へのお礼

環境保護などということは公益の中でも大きなことです。
しかし、レジ袋を削減したところで、全体のどれ程になるのか?

地球環境の破壊という問題の全体を見ようとすることは大変です。
勇気も必要でしょう。
だから、大変なことはしないで、簡単にできることしかしないで
満足しているということは、勇気がないと言えるでしょう。

お礼日時:2020/08/02 01:24

真の主体性



公益を無視する主体性だと
身勝手や傲慢
自己中なんておもえますもんね

個人の主体性だと
それで済むけど

集団での主体性になってくると

利権や天下りなどなど

国家の主体性だと
公益の定義が
その国家だけなのか?
他の国家との利益の調整なのか?

Σ(゜Д゜)話が飛躍しすぎですね

個人の真の主体性

公益を考えて、身勝手にならない
( ̄~ ̄;)
これってかなり難しい話かも?

あちらを立てたら
こちらが、立たず
みたいな話にもなりますもんね
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この回答へのお礼

葬儀やら引っ越しやらが、いやに重なってバタバタするときって
ありますよね。だいぶ落ち着いてきました。

主体性とは言うまでもなく、自分の意志で判断してゆくというこ
とですが、自分の持っている哲学・価値観に対する「信」が強い
場合は決して頑固には感じられないと思うのですが、中途半端で
故に意地になる場合があるときに、「ああ、頑なだな」と思うの
であると思います。

この違いは、経験を積んで、思索を重ねてゆくうちに分かってく
るものでしょう。

公益とは哲学的には「善」であります。どう考えても私益は善に
はなりにくく、公益は善でしかないと思います。

国家の利益とは結局、特権者の私益の集合体でしかないと思います。
歴史上、ほとんどがそうであったと思います。

小善は大悪になりうると思います。この辺、ややこしいようですが
そうでもないと思いますので、きっちり考えてみることも面白いで
しょう。

お礼日時:2020/07/29 02:12

雑務に追われてるんですね


(  ̄▽ ̄)にっこり

安心しました


勇気とは!【主体性】てな言葉だと
どうでしょうか?
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この回答へのお礼

>勇気とは!【主体性】てな言葉だと

なるほど、真の主体性。いいですね。

お礼日時:2020/07/24 15:58

ニャンポコリンさん


体調でも崩されましたか?
ちょいと心配ですよ

前の回答で
アヘン戦争を語ったのですが
YouTubeを聞き流してたら
このような話も

イギリス側にたった
アヘン戦争を、語ってて

歴史的事実って
証明しょうがないけど
あまりにも、興味深いはなしなので
持ってきましたよ



勇気とは
真剣に話し合うことなのかも?

この動画の内容を踏まえた回答にも
なってますよ

保身ばかりで嘘の上塗り
何処の国でもあることですね
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この回答へのお礼

動画見ました。このシリーズは結構好きです。

誰でも、自分の利益に興味があり、同時に公益にも興味があると思うのです、
よほどの心の傷がない限り。

保身、これですね。

自分の利益を顧みず、公益へ向かうことが勇気と言えましょうか?
賄賂をもらっちゃあいかんです。癖になるらしいですから。

お礼日時:2020/07/24 15:57

卑怯な心というのは 正義も信条もなく人を陥れたりいじめたり、裏切ったりすることです。



勇気は 出来ないんじゃないか、自分にはこの仕事は出来ないんじゃいかという不安を振り切って

やれるだけやってみることです。

その他関連することは 日本人は対人恐怖というのが多いので なかなか人前で言いたいことも言えない

勇気を持って言ってみても言いかぶる事もあるという事です。

勇気を持ってこの世の中を不条理から開放し まだまだ夢のある世の中にしよう。
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この回答へのお礼

>卑怯な心というのは 正義も信条もなく人を陥れたりいじめたり、裏切ったりすることです

正義も信条もなく、というのはその通りだと思います。それらしいものを持ってはいても、
臨機応変に(笑)変わるんですよね。それは、信念ではなく、人を騙すことになるから、「悪」
といっていいのではないかと思います。

「対人恐怖」「内弁慶」というのは日本人の悪弊だと思います。だから、勇気とか正義とかが
よくわからないということはあると思います。

お礼日時:2020/07/19 12:55

御礼ありがとうございます!(  ̄▽ ̄)にっこり


勝てば官軍
勝者の論理
世の中って、確かにそうなってますもんね

不意討ちとは卑怯なり!
みたいな話に

戦国の世の習いとか
多勢に無勢!
なんてな言葉もありますもんね

どちらも、自分のルールに従って
争い事を起こしたり!起こされたり!

そのルールから逸れたから
卑怯てな言葉になってるのかと

大勢で、少数を踏み躙る
踏みにじられたくないから策を練る
策を練らないで
大軍に、大勢で挑むとは卑怯なり
大将同士の一騎討で勝敗を決するなり!
なんてな言葉も
その人のルールに沿った話ですもんね

その時代の習わしや共通ルール
みたいなものは
確実に存在したであろうけど

戦や争い事ってどんなルールよりも
負けない努力が必要なんだろうなぁ~

とは思ってしまうんですよね

大軍を有してるなら
勝ち易いと思い込んで
安易に勝ちを拾いに行くって
争い事にたいして
迂闊な感じがして、争わない努力からしたら
卑怯のような気持ちになるんですよね

負けない努力を怠ったとも

争わなければ、負けないし
おのずと勝ちに繋がるてなルールが
頭のなかにあるけど
それって、
わしやけどの個人的なルールですもんねその点
アヘン戦争時のイギリスなんかは

戦わずして、中国を弱らせるために
旨いことアヘンを中国に流行らせて
骨抜きにしながら
アヘン貿易を拒んだら
武力行使をせまり
圧倒的な海軍力で叩き潰す

卑怯とか姑息とか通り越して
まさに、勝てば官軍の世界ですもんね

あの時代のイギリス海軍は
大英帝国なんて言われるほどの
世界最強海軍で
いっぽう中国は、木造の船に青竜刀とかとか

それでも、戦争と歴史では評されていますもんね

卑怯ってルール違反みたいなかんじなんだけど

ルールって自分自身で決めるルールが
やはり
1番のルールなんかと

共通のルールはあるけど
勝てば官軍てなルール明確な話ですもんね
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この回答へのお礼

雑用に追われていることがこのところ多く、返答が遅れております。申し訳ありません。
体調のほうは大丈夫です。

さて、何が卑怯か?という問題ですが、仰る通り個人個人の考え方・ルールというものが
ありますが、それよりも強い「常識」という共通のルールがあります。
強いというのは、個人の持つルールが常識と違っていた場合、非常識・変わり者などとい
うレッテルを貼られかねないということです。

私の持つ「ルール」によれば、戦争をするということ自体が卑怯だということになります。

例えば、日本の戦国時代のことを考えてみると、当時は一国一城の主が国のために他国の
侵略を防ぎ、国を豊かにするために戦争を繰り返していたと当時の民衆は理解していて、
それが常識だったと思います。

ところが、それでは国は豊かにならず、戦のたびに民衆は大きな負担を強いられてきたと
思います。
現代の日本から見れば、県と県が戦争をして殺し合い奪い合いをしてきたのですから、な
んと無駄な馬鹿なことをしてきたかということになります。これは、世界という単位でも
同様です。
しかし、当時はそれが「正義」であり、現代でも国家の利益が正義と考える人が多いと思
います。

その正義は、権力者の発想だと常々思っています。民衆はどこかで、何らかの方法でそう
思わされていると思わざるを得ません。
だって、人が人を力でねじ伏せて自分だけ利益を独占しようなんて、野蛮ですし、残忍で
すし、卑怯だと思います。

アヘン戦争の話を提示されたのはさすがですね。ゆっくり見てみます。

お礼日時:2020/07/19 12:44

強いやつの遺伝子を残そうと種が決めているからでは?


人間の場合は狡猾な奴も含めて、知力の高いやつ=強いやつをボスに据えようと種が決めているのかも知れません。

毒、謀り、ハニトラ、嘘、何でもありですが、それをことごとく破って勝利するのが世に立つ勇者だろうと思います。これも種が決めたことかも知れません。

1.自分なんてダメだからと屈折すること
2.克己の心、強い自分と闘う心
3.まともという言葉があるけれど、この山羊はそんな感じしますね。
まともじゃないとつまらんですよ、人生は。
でも、狡さに生きる奴は、生きるだけで必死なんだと思う。だから、まともな人間は超えなきゃいけない。そんなまともな自分自身を超えて初めて、まともな奴のことも、狡い奴のことも、解るようになるんとちがうだろうか。
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この回答へのお礼

「種が決めている」という表現は納得感がありますね。
人間以外の生物は「種」の自らを存続させようという「意志」が「すべて」
であるとさえ思える時があります。

群れを作る哺乳類では、体の大きさとそれに見合う力の強さが勝負どころの
ようですが、そういうオスが繁殖力が強いとは限らないだろうし、力の強さ
がものをいうケースが自然界の中でどれほどあるのだろうか、などというこ
とを思うのです。
ですから、動物の世界でも、力のみでリーダーを選んでいるのだろうかとい
う疑問は残っています。

人間の場合、
>それをことごとく破って勝利するのが世に立つ勇者だろうと思います

その通りだと思います。しかし、人間は「不正」という実に卑怯なことをし
ますね。
何が卑怯かという線引きの話は長くなりそうなのでしませんが、この「不正」
だけは許せません、悪であると思うからです。

>まともじゃないとつまらんですよ、人生は

卓見だと思います。私もこの二頭のオスを見て、「人間のオスはどうした?」
と思ったのでした。

お礼日時:2020/07/13 00:48

勇気とは 


本来 外に向けられるものではありません
弱い自分、苦労を回避しようとする自分
新しい挑戦に 尻込みしてしまう自分
いやな事があると 他人のせいにして 人を恨んでしまう自分
等々 自分の殻を打ち破る心なのです

最大の勇気とは、己に勝つことなのです

勇気は数少ない絶対言葉で 反対語が無いのでは??
勇気の右側に臆病があり、左側に無謀があるのでは??
  無謀 … 勇気 … 臆病
すなわち 臆病の反対は無謀と言えます
勇気とは、右でもない、左でもない、真ん中なのです
だから、勇気は時に憶病に見えます(勇気ある撤退等)
時に無謀に見えます
正しい事をするのは勇気です、それを正義と言うのです
暴力は、勇気に見えるが、無謀であり、臆病だからです
臆病な人、無謀な人は残酷です。勇気の人は優しいのです、
忍耐強いからです。
忍耐の別名を勇気と言うのです
愛情、慈愛の別名を勇気と言うのです
愛が慈愛があるか無いかは 勇気の行動でしか現れないからです


卑怯とは、「愚か」「驕り」です
理性、道徳、恥の分からない動物と同じだからです
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この回答へのお礼

>勇気とは、己に勝つことなのです

同感です。

>勇気は数少ない絶対言葉

絶対言葉、ということの意味が分かりません。
無謀、臆病ともに勇気の反対語と言えると考えます。

>勇気とは、右でもない、左でもない、真ん中なのです

そう言えるとは思いますが、これは、仏教哲学の「中道」のことを
仰っているのでしょうか?

以降のお考えについては賛同します。

お礼日時:2020/07/13 00:24

卑怯とは


( ̄~ ̄;)
敗者から罵られたりするときに使われやすい言葉だと
思いますね

正々堂々と戦ったら勝てた相手に
油断して負けた場合などに

なら

正々堂々と戦った勝てる相手と、戦う行為って
卑怯でもあると思うのは

ワシだけかな?
( ̄~ ̄;)

桶狭間の戦いなんて
総数では10倍以上の相手に
一瞬の隙をついて
勝ちを取った!織田信長

今川さんを油断させるための布石はかなり、巡らさせてたとはおもいますけど

なら
卑怯とは敗者の弁としか
思えなくなりますね
心が弱く物事に恐れるって言葉から

慎重てな意味かとも思いましたよ

勇気は!
また次の機会にコメントしますね
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この回答へのお礼

>卑怯とは( ̄~ ̄;)
敗者から罵られたりするときに使われやすい言葉だと思いますね

「勝てば官軍」という、勝負というものは勝てばよい、という哲学をお持ちだと思います。
私は実はこの考え方は正しいと思います。
これは、これまでのコメントと矛盾するのではないかと思われるかもしれませんが、そうで
はありません。

問題の核心は「勝負」とは何か、ということになると思います。これは、話の流れからして
後で述べることにします。

戦国時代の様々な逸話は、山岡荘八の小説などにたくさん描かれているように、多分に策略
的であり、武芸の世界とかスポーツマンシップに則った場合、卑怯と言えるものが少なくあ
りません。
しかし、戦国時代という時代に皆が認めていた哲学に基づいた場合、卑怯ではないというこ
とになるでしょう。

>正々堂々と戦って勝てる相手と、戦う行為って卑怯でもあると思うのは
ワシだけかな?
( ̄~ ̄;)

面白い見方だと思います。しかし、挑んでくる場合は戦わざるを得ないと考えるのは普通の
ことでしょう。

お礼日時:2020/07/13 00:11

卑怯=弱



勇気=強
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この回答へのお礼

うむ、その通りでしょう。

お礼日時:2020/07/10 01:52

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