システムメンテナンスのお知らせ

あれは、全部将軍の臣下たちで食べるんでしょうか?
それとも外国にうるんでしょうか?

gooドクター

A 回答 (3件)

日本国内で売っていました。

食べていたのは町人や商人などの農作業しない人たち、でも一部は特産品を作る裕福な農家が買い戻して食べていたようです。

元々江戸時代の武士は人口の3%程度しかいませんでした。そんな彼らが日本全国から4割もの米を集めるわけで、食べきれるわけがありません。
なので、年貢として集めたコメは幕府や藩の出入りの商人に売り渡し、商人は町人たちに売って現金化していたわけです。
    • good
    • 0

お米は租税としてその地域の大名や将軍に納められていたものとされています。

外国との貿易では生糸や製糸、金や茶などを主に扱っていたとされています。なので、外国にはほとんど売っていなかったのだと思います。外国には小麦などを利用したパンもあったのでお米は食べなかったのではないでしょうか。それに、将軍や大名が自分の米を外国に横流しするとは考えにくいです。
    • good
    • 0

一旦米蔵に入れて給料の現物支給になる


1俵が60kgで5俵で300kg=2石取りの取り分
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

gooドクター

人気Q&Aランキング