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先日、羊の肉様から<宗教と哲学>というご質問が投げかけられ、
varietyknowledge様から次のようなご回答(ほんの一部ですが)がなされました。

<社会問題に発展した宗教団体、テロ行為を起こした宗教団体があるから。
自分の知る限り、哲学が理由でそのようなことを起こした人はいない。>と。

このご回答に触発され、次の質問をします.
宗教に対比して、哲学は、社会問題に発展しない、テロ行為を起こさない、紛争を起こさないのは、なぜでしょうか?
(私は、哲学は日常を離れ、遊離した、高尚な、どうでもよいことを対象にし、他者とは直接な利害関係がないから、と考えていますが)

A 回答 (12件中1~10件)

哲学は「理」に留まっていますが、


宗教は理を越えて「情」にまで
食い込みます。

その違いです。

人間は理では動かないモノです。

情に達して始めて行動に出られるのです。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございます。
<哲学は「理」に留まっていますが、
宗教は理を越えて「情」にまで>ですね。
哲学は「理」に留まっているから、すなわち行動しないから社会問題に発展しようがないのですね。

お礼日時:2020/08/03 15:56

口実が感情的でも理性的で自制可能です


因みに「怒り」は6秒我慢することとでじょじょにおさまっていくことが判明しています。
しかしながら自制不能状態は有ります。それが「衝動」です
「衝動」に駆られるとそれを制御しようとする「脳の働きや心の働き」がスポイルされます
スポイルされるからこそ自制できないのです。
自制が出来ないその理由を「意志が弱い」とする人達がいますがそれは誤解です
「制御しようとする」ための「脳の働きや心の働き」がスポイルされるので「意志が全く働かなくなるのです。」
「衝動」に駆られたらそのしようとするその行動をしない限り自分では止められません
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この回答へのお礼

承知しました。

お礼日時:2020/08/13 07:42

優性思想は哲学の一端であり、ゆえに社会問題、テロ、戦争、虐殺に発展しました。

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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2020/08/06 13:43

前回の回答を例上げてご説明いたします


例えば潜在意識下の脳作用の結果人を殺すとの判断がくだされたとします
「人殺すための行動準備」→それの理由を顕在意識にし上りそれを意識する→顕在意識下で殺すどうか最終判断する 
となります
ここで問題なのは「人を殺す」その理由です
ムカついたとか腹が立ったから等が勧請的理由である場合と理性的理由の量法があるのです
無論その理由も潜在意識下の脳作用で決めます
とは言えば感情的理由であろうと理性的理由であろうとどちらであっても潜在意識下の脳作用でくだされた結論は「人を殺す」という事です 
よって最終判断でそのとおりにするとしたら感情的理でも理性的理由でも「人を殺せる」となるのです
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この回答へのお礼

再度の御回答ありがとうございます
<最終判断でそのとおりにするとしたら感情的理でも理性的理由でも「人を殺せる」となるのです。>ですね。

お礼日時:2020/08/06 13:42

誤解されている人達が多いので説明させて頂きます 


情動と理性的行動を区別したがる人達が多いのですがそれらは潜在意識下ある意味は同じ扱いなのです
と言うのも脳は受動的に作用していて何かが合ったらそれに応じて何らかの反応をするようにするからです
要するに感情にしろ理性にしろどちらであっても反応が先にあってその後にそれに応じた感情なり理性なりが生じるのです 
よって情動による行動と理性よる行動が一致する場合があるのです
極端に言えば情動でも理性的行動でもどちらであっても「人を殺しうる」のです
その意味において人は理のみでは動かないというのは正しくはありません
理で動かないのではなく理で動こうとする場合には「最終判断」をする時間的余裕がその時間的余裕のためにその行動を自制出来るのという事です
そのために理では動かないと誤解されているのです
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございました。
<理で動かないのではなく理で動こうとする場合には「最終判断」をする時間的余裕がその時間的余裕のためにその行動を自制出来るのという事です
そのために理では動かないと誤解されているのです>については、私にとって貴重・大切なご意見でした。
じつは、上記に関連し、感情について、皆様の御高説を頂きたいと希望し、新たな質問を考えているところであります。また、よろしくお願いします。

お礼日時:2020/08/06 13:40

☆☆ (№6) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


《〈アース役は つらいよ〉という命題を合い言葉としてあ
らゆるハラスメントをおさめて行きましょう》

って哲学が言ったら
★ 社会問題に発展しない
☆ ですか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

★ (同・お礼欄) 対比したらね。


☆ というより 人びとが 鈍感なのではないでしょうか?

言いかえると もし宗教には敏感に反応するとすれば それ
は ただの付和雷同だということでしょう。


ですから・つまり このあほバカ状態を哲学がつくり変える
しか手はないのでは?



★ (趣旨説明欄) 哲学は日常を離れ、遊離した、高尚な、
どうでもよいことを対象にし、他者とは直接な利害関係がな

☆ というのは 単なる偏見ですよね?
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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2020/08/03 15:40

《〈アース役は つらいよ〉という命題を合い言葉として


あらゆるハラスメントをおさめて行きましょう》

って哲学が言ったら
★ 社会問題に発展しない
☆ ですか?
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございました。
対比したらね。

お礼日時:2020/08/03 13:52

この質問に寄せられた回答を見て思いました。


意見は“哲学”をどう捉えて、そしてどう使うかに依って、違いが発生するのだと。

質問の“意”としては、答えを模索する行為・あるいはそうした段階を、哲学としているようですが、哲学が影響を及ぼしていると云う意見は、結論した考えを哲学としている、ように思います。

哲学と云う言葉には、追究という意味合いと、バックボーンとしての意味合いと云う、二つの使われ方があるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございました。
回答者である汽笛様のお考えを、、勝手ながら利用させていただきます。
哲学は①商品開発の工程と②商品を製造しそれを利用する、の別な段階があるのですね、

お礼日時:2020/08/03 15:50

宗教は人々に命令をする。


哲学は人々に命令をしない。

ま、命令といっても形態はいろいろだけど、「〇〇をすることを強いる」という意味ですけどね。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありをとうございます。
宗教は人々に有無を言わせず、信者であろうが他人であろうが、<命令をする。>ですね。
一方、哲学は各人に任せ・各人の自発性を尊重しているのですね。

お礼日時:2020/08/03 12:02

哲学は主観をあつかう分野でだからこそ客観性を重んじる自然科学とは切り離されています


主観をあつかう分野であるがゆえに個人の思想信条主義主張の影響を受けやすいのです。
このことは「戦争感」にも通じるのです
このことは「戦争哲学」でググるとわかるように戦争を不当と捉えている哲学者ばかりではなく戦争を正当捉えて戦争の正当性を証明するための哲学的理論を構築した哲学者もいます
なんからの理由で戦争を企てようとしてる為政者にとって企てようとしてる戦争の正当性を示すことは重要な事です
よって為政者が示そしている戦争の正当性にお墨付きを与えるような思想信条主義主張はそうしようとしている為政者に利用されるように哲学もまた利用されうるのです
加えて同様に哲学的理論によって構築された「理想とする社会」や「理想とする世界」が戦争を企てようとする為政者に都合がプランならそれも当然利用され得るのです
これは何も為政者に限ったことではありません。
現在の政治体制に異を唱え転覆を企てようとしている者にとっても言える事なのです 
よって仮に哲学では直接的に社会問題に発展しない、テロ行為を起こさない、紛争を起こさないとする考え方が正しいとしてもそれらに対して哲学が何らかの形で影響し得ることは否定し得ません。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございます。
<哲学が何らかの形で影響し得ることは否定し得ません>ですね。
影響のみであり、直接に、社会問題に発展したり・テロ行為を起したり・紛争を起こしたりしておりませんよね。

お礼日時:2020/08/03 11:56

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