ネットが遅くてイライラしてない!?

日本には安楽死制度があっても良い気がします。

事件や事故、或いは生まれつきの病気や障害などで生きるのが辛くなったり
「死にたい」と考えている人も少なくはないと思います。

眼が見えない。耳が聞こえない。喋れない。一生車椅子状態。両手足がなくなった。家族が全員亡くなった。植物状態になった。etc……

理由は色々あれど
「いっその事死んだ方が楽かも」
と考えている方が日本には沢山いると思います。

勿論、病気でも障害でもなく健康体にも関わらず、「嫌な事があった」程度では安楽死は許されません。

安楽死するに値する…と言えば聞こえは悪いが、それ相応の状態に置かれている人間に対しては安楽死制度があっても良いと思います。

皆さんはどう思いますか?

A 回答 (10件)

安楽死=尊厳死は誰にも結論が出せません。



日本ならなぜ良いのですか?私は死刑制度反対者です。尊厳死には意見があっても結論が出ません。
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いつでも死んでいいんだと思えば生き方が少しラクになります。

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一理あるとは思いますが。


単純な技術論として「いっその事死んだ方が楽かも」の判断は誰がしますか?

他の回答者様も書き連ねていますが、安楽死の制度化自体が技術的に相当難しいのです、ましてやそれを法制化しようとしてもダチョウ倶楽部状態になりますね。
現実的にはスイス方式が一番近いかもしれませんが、それも貧富の差で出来る人と出来ない人が出て来ます、そうすれば公費で行いますか?の議論ですよね。

安楽死のボーダーラインをどう定め、その定めを誰が認めて、認めた後に誰が安楽死させるか、死亡診断書の死因はどうするか、これらに係る費用はどうするか。
道徳や倫理を除いても、単純なハードルが幾つもあります、これらは間違いなく政治マターです、相当大きなムーブメントを起こさないと実現しません。
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海外には、一定の条件を満たせば安楽死が叶う国があります。



実際、NHKのドキュメンタリー番組で、ある女性が渡航前から

なくなった後までの状況を流していました。

ネットで検索して問い合わせて見てください。

質問者様の願いが叶うと良いですね!(*´-`*)ゞ
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安楽死制度の導入で強固な反対意見が起る理由として、安楽死推進派の一部が


>生まれつきの病気や障害など
という項目を入れてしまう点です。これは現行の福祉制度を否定する事であり、同時にナチスのような優性思想による虐殺を肯定することでもあります。

>眼が見えない。耳が聞こえない。喋れない。一生車椅子状態。両手足がなくなった。家族が全員亡くなった。植物状態になった。etc……
視覚障碍者でも、聴覚障碍者でも、発声に障害あっても、歩行に障害があっても、四肢に障害があっても、孤独であっても、等があっても本邦では文化的な暮らしを送ることができます。そして、そういった状態の人でも健常者と変りなく社会参加が行える技術、制度、文化、等の面々で発展しているのに、どうして否定するのでしょう。

ただし末期癌であったり、意識がこん睡する前に延命治療を拒否していたり、辛すぎる過去から死を望む人に関しては、安楽死を認めても良いと思います。
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障害のある方について 何かを言う事はありませんが、


自分自身を考えると、
ボケて、友達の顔も忘れかけてて、他人に尻拭いてもらうくらいなら、安らかに・・・って気持ちはありますね。
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>眼が見えない。

耳が聞こえない。喋れない。一生車椅子状態。両手足がなくなった。家族が全員亡くなった。植物状態になった。

これだと意思が伝えられませんね。ww
まぁ下記の条件がありますので
検討されてはいかが。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~shimizu/cleth-dls/eu …
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あなたが安楽死を認める対象が


病気で、耐えがたい苦痛があるという定義なら
条件がありますが医師により認められてますよ。
 
積極的安楽死の法的扱い
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E6%A5%BD …
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こう言う例題で考えてみてください



12歳男性
先天性障害により腎臓が機能していない
この為人工透析を受けないと生きていけないが
彼の透析耐性が低く 透析中に常に激痛に見舞われる
腎移植は 父親母親から1回づつ 他人の腎臓で2回行われたが生着しなかった
他の人の腎臓を用いても上手くいかないであろう充分な科学的根拠がある

彼は「自分はもう充分に苦しんだ」と考え 積極的安楽死を希望している
彼に正常な判断能力があり 彼の意思は固いことを複数の精神科医が指摘している

透析を受け続ければ生きていけることはわかっている

彼の希望である積極的安楽死は倫理上容認されるべきか否か?
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非常に難しい問題です。



積極的な治療(延命治療)を拒否するというのは是としますが、生命の危機がない状態で死を求めるというのはやはり、問題だと思います。

なぜか、同調圧力があるからですよ。
自分が本心では死にたくなかっても死を選ばなければならないように追い込まれる
そんなことにならないでしょうか。

「障がい者など生きる権利はない」こういって障害者福祉施設で大量殺人が生じました。
ここまで極端でなくても、「障がい者は世の中に役立っていない」「いない方がよい」
「障がい者をなぜ税金で助けなければならないのか」そんな考えを持っている人は多数います。

結局こういう風潮が障がい者を追い詰め安楽死を選択させざるをえないことにならないでしょうか。

前例があります。
特攻隊は形の上では「お国のため」志願していきました。
しかし実際には「志願をせざるをえない」状況におかれていたのですよ。
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