「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

太平洋戦争が起こった原因と敗戦の理由を教えてください。

A 回答 (7件)

太平洋戦争は狂人ルベルトが引き起こしたもの。


アメリカも認めている。

1937年12月12日揚子江航行中のアメリカの砲艦パネー号が日本軍機に撃沈された。
パーネ号はアメリカの国旗を掲げていた、日米はまだ開戦していない。
パーネ号が先導していたアメリカ.スタンダード会社のタンカー3隻も撃沈。
アメリカは国内は、日本非難、アメリカ政府は日本政府に厳重抗議し新聞各社も日本の悪口を書き立てた。
日本政府はアメリカ政府に公式に謝罪、斎藤駐米大使はラジオ放送枠を買い取って、全米中継で事件の
謝罪を行った。
200万ドルのを超える賠償金を支払い。
当てが外れたルベルト大統領。このネタに。日本を孤立させ戦争に引きずりこむつもりだぅた。
事実日本が謝罪した後、アメリカの世論は沈静化、アメリカの世論調査で、アメリカの70%が
中国支援の全撤回を求める。
アメリカは日本と戦争している中国を支援していた。
それでもルーズーベルトは諦めることなくイギリスとオランダを巻き込み「ABCD包囲網」強硬して
日本を孤立させられた日本は石油輸入する術を失い真珠湾攻撃に出るしかなかった。

敗戦の理由
世界最強の日本艦隊アメリカはフイリッピンまで押し戻されて、艦船同士では勝てないので爆撃機で
日本艦船攻撃に切り替える。
初めに空母攻撃から空母飛び立った艦載機を爆撃機で攻撃轟沈された空母に艦載機は戻れずに海に墜落。
空母.艦載機のいない戦艦はガム島まで撤退し日本艦隊はサイパンで終わり。
本土空襲は日本の家屋が木でできている事で爆弾よりも焼夷弾を使用して焼き払う。
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起きた原因は世界経済の落ち込みでしょうね。



負けた原因は仮想敵国の対アメリカ戦の為に練り上げた計画を全て白紙にして真珠湾攻撃をした山本五十六の判断でしょうね。
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太平洋戦争が起こった原因


 ↑
原因は経済です。

第一次大戦の敗戦国ドイツは、巨額の賠償金
に苦しんでいました。

そこに、米国発の大不況がおしよせ、
英仏がブロック経済をやり、ドイツの貿易を
阻害しました。
不況と賠償に苦しむドイツは、
これはもう、戦争をやるしかない、とポーランドに
攻め込み、第二次大戦が勃発します。

これに参戦した、英国、フランスは、戦況を有利に
するため米国の参戦を促します。

米国も、大不況を乗り切るために、参戦したかった
のですが、国民の賛成が得られません。

それで日本を追い込み、日本から戦争を
仕掛けるよう、ABCD包囲網を
敷いたり、ハルノートを突きつけたりしたので
日本も立ち上がったわけです。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きずり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。
ルーズベルトの責任 〔日米戦争はなぜ始まったか〕

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。

マッカーサーは戦後、あの戦争は日本の自衛戦争であったと
米国議会で証言しています。

ハルノートのハルは、真珠湾攻撃を耳にして躍り上がって
喜んだ、という側近の証言が残っています。
「これで戦争ができる」
また、パル判事は、あのような要求を突きつけられたら
モナコのような小国でも銃を持って立ち上がっただろう
と述べています。




敗戦の理由を教えてください。
 ↑
経済力の違いです。
米国は、日本の10倍もありました。

日露戦争のように、優勢勝ちを狙ったのですが、
上手く行きませんでした。
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カテ違いとそれを甘やかすとBA乞食。


より場に迷惑なのはどちらだろう。

回答はしますが、次からは場を選ぶ努力をして下さい。
(課題の丸投げ臭いし)

あなたがどこで質問をしているつもりなのかわかりませんが、
ここで扱うのは「映画」の「戦争・歴史」についての質問です。
史実を扱う場は他にあります。
カテ違いは他の質問を流す上に、質問するべき場を寂れさせます。

ここを勧めたマヌケなアプリのせいにしても、それを真に受けて選んだのはあなたです。



1:敗戦の理由について。

回答1:作戦の失敗(そもそも、成功の可能性は少なかった)
日米戦での日本の勝利条件は、講和によるアメリカの支那への関与(後述)を止めさせる事です。
アメリカの征服や植民地化は考えていません(そんなことは不可能です)

その為の戦略は、初期にアメリカに大打撃(海軍戦力の壊滅)を与える事ですが、ミッドウエーで敗北した為に早期講和の道が断たれ、その後も戦況を挽回できずに長期戦になった為に、国力の違いにより追い込まれていきました。


1:太平洋戦争が起こった原因について。

回答1:アメリカから戦争を仕掛けられてた。

まず、当時の東アジア情勢をお話しします。
日本は日露戦争の勝利により、ロシアから満州鉄道を譲り受け、旅順、大連の租借権を得ました。
同時に、これらの防衛や現地邦人保護のため、満州へ軍隊を置く権利も得ています。
(当時の満州は、清国の政策に拠って住人のいない空白地帯で、更にモンゴルの領有権は支那やソ連も主張しており、日本は国防上の理由から満州を放置できませんでした。)

一方で、当時の支那は清が滅亡し複数の政権(馬賊や地方軍閥など)が争っている内乱状態で、彼等にはまともな行政・司法・警察等の能力は無く、国際条約の知識や理解も薄く、それらの遵守は期待できませんでした。(実際何度も一方的に破棄されています。)
そして、当時の世界では、外国人の生命・財産の安全を保証できない国は、それにより被害にあった国が保護監督下におくのも仕方が無いと言う認識が持たれていました。

支那の軍閥政権は大陸の日本領内にも侵入して、破壊活動やテロなどの挑発を行っており、日本人も犠牲者が出ていました。
被害を受けていた現地の人達は、日本からの軍の派遣を求めていましたが、当時の政府はそれを認めず、現場の緊張は極限状態に達していました。(何故かこれを「政府が侵略を企んでいた」と仰る方もいるらしいです)
満州事変はこれらの結果、現地の部隊が自衛のために起こした行動です。

当時の支那大陸ですが、多くの国が投資しており、日本人以外にも外国人が多数住んでおり、日本政府は彼等の保護を中国に要請してもいました。
ソ連の支援を受けた共産党が勢力を伸ばしており、彼らはその脅威も受けていました。

満州国の独立は、以上のように安全保障と南満州鉄道を守る為為のものでありました。
(満州事変以前の国境線のままだと、中国のテロや破壊活動から守れません。)

満州国を傀儡政権とかいう意見もありますが、中国に乱立していた政権も清国の後継政権を自称しています。
しかし、その統治は圧政と略奪でしかありませんでした。(満州に人が流れたのはそれが理由です)
そのような彼らが認められるなら、傀儡であっても清国の正当な血統である皇帝であり、治安も良く発展していた満州も認められるべきだと思います。
(というか、満州政権の方がよりふさわしいと思います)

その後、満州国は日本が治安を維持した為に各地から人口が流入し繁栄した為に、再びそれを狙った中国によるテロ活動が起りました。
日本軍は前回と同様、領土内で対応していましたが、そうすると彼らは中国内に逃げて、その後また侵入して同じ事を繰り返しました。
日本は中国奥地にある彼等の本拠地(南京、重慶)を叩かなければ、根本的な解決にならないと判断し、中国領内に攻めていきました。
これが日中戦争に発展します。




↑が対英米戦争に発展した理由と経緯は以下です。
植民地の獲得競争に出遅れていたアメリカは、最後の市場である支那を狙っていました。
アメリカは支那から日本を排除する為に、大陸での日本の行動を「侵略」と決めつけて、蒋介石に支援をする一方で日本には↓のような経済制裁を行いました。

1938年 航空機の対日輸出に同義的禁輸を実行
1939年 通商条約の半年後の失効を通告
1940年 多くの対日輸出に統制を行う
1941年 米国人が蒋介石の政治顧問になる。フライングタイガース派遣。
1941年7月26日 日本人の在米資産凍結。

これにより紛争が長期化し、大東亜戦争に発展します。
(これらの反日政策については、アメリカ政府に浸透していたソ連の工作員の活動が影響しているという説もあります)

上記のアメリカの行為について、ローガン弁護人(東京裁判の日本側弁護人)は、

「これらの経済制裁は武力による戦争行為とかわらず、むしろより激烈なものであり、対中・対日政策は、交戦状態にある他国に対する、中立国の行為として公平なものではない」

と述べています。


対米戦争は日本の真珠湾攻撃から始まったと思われていますが
↑によれば、日米は真珠湾以前から、アメリカの騙し討ち によって戦争状態であった事になります。

パール判事(東京裁判裁判官)も同様の事を語っています。

【「宣戦布告」をせずに戦争を仕掛けたのはアメリカだった】(動画)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm30717527
《1:05 「国際法の基本原則によれば、もし一国が武力紛争の一方の当事国に対して、武器、軍需品の積み出し禁止し、他の当事国に対して積み出しを、その積み出しを許容するとすれば、その国は必然的に、そのその紛争に軍事干渉することになるものであり、宣戦布告の有無にかかわらず、戦争の当事国になるものである。」
(東京裁判裁判官ラダ・ビノード・パール※国際法の世界的大家)》
「太平洋戦争が起こった原因と敗戦の理由を教」の回答画像4
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要因となったのは、中国大陸および南方政策をめぐっての日米対立。



ちなみに、アメリカはこの地方に根を下ろすつもりりはなかった。
唯一の植民地フィリピンからもすでに撤退を決め、準備に入っていた。
なのに積極的に関わったのは、この地方での日本の勢力拡大が好ましくないと判断したからである。
加えてアメリカは、この地方に権益を持つ中国、ソ連、イギリス、フランス、オランダの利益代表者としての立場にあった。

直接の原因は分からない。
アメリカでやっと情報公開法による資料の極秘扱い解禁が始まったばかりである。
日本ではそういう制度は完備されておらず、加えて敗戦の間際にかなりの書物が焼却されており、すべての資料が出そろうことは永劫ない。

敗戦の理由なら明らかである。
国力が段違いでなく桁違いのアメリカ相手に戦を始めたことである。
ちょっと見通せる人間なら、戦を始めれば負けであることは分かっており、開戦前にそう勧告した軍人もいた。
残念ながら南方に左遷されたが。
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太平洋戦争以前に一部の諸外国が他国に侵攻を始めるようになった時代に日本も自国に及ぶのを恐れ防衛するために軍事強化するようになり戦争に参入、日中戦争で領土を広げ過ぎたこと、各国の同盟関係によりアメリカからの中国領土の返還などの条件をどうしても呑めず交渉が決裂、戦争に突入。



当初からアメリカを知っている山本五十六は物資力で叶わないので反対したが、やむなく真珠湾攻撃を仕掛けるが、人数、物資で圧倒的に勝るアメリカを相手に技術力だけで生産能力がないので徐々に追い込まれてしまったということですね。

戦争を始めた時点で原油も入ってこないので短期決戦を考えて一か八かに仕掛けてせっかく真珠湾まで到達出来たのに攻撃もアメリカのダメージも少し中途半端に終わり、結局は軍や閣僚のトップがアメリカのことをよくわかっていなくなめていた結果が終戦時の原爆や沖縄の犠牲です。

それだけやられてもまだ諦めず戦争を続けようとしていた人もいたようです。
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日本がキリスト教国でないのに優秀すぎたので、叩き潰す事にした。



それ以外の理由では、広島と長崎の女子供老人病人など非戦闘員を210,000人も焼き殺す理由が説明できない。虫けらじゃないんだ。人間なんだ。

合理的、合目的な理由は全て後付けであり、真の理由はキリスト教徒ではない優秀な国家を叩き潰したかったという事です。
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