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織田信長が明智光秀を坂本城(京都)から出雲に遠ざけたのは、謀反をするのでは?と俄かに感じていたからでは?

質問者からの補足コメント

  • 人間が一番怖いですよ。一度でも人を裏切った人間は、絶対に信用しませんよ。

      補足日時:2020/08/20 19:17

A 回答 (3件)

いえ 疑ってはいません


むしろ信頼していたので 「出雲を分捕って自分のものにしてこい!」とハッパをかけたのでしょう。
まぁ それが裏目に出たのでしょうね。

遠くに追いやるのが「謀反を恐れたから」だとするなら、秀吉なんてとっくに「謀反の恐れあり」になっちゃいます。
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いいえ


当時の織田信長にとっての難敵は
*上杉景勝
*長曾我部元親
*毛利元就
でした

このため
上杉には柴田勝家や前田利家をぶつけて
長宗我部には丹羽長秀をぶつけて
毛利には山陽側から羽柴秀吉 山陰側から明智光秀
と言う布陣で臨むための措置であり
それだけ織田信長が明智光秀を信用していたわけです
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光秀を疑っていたなら、本能寺の防御をもっとしっかり


やっていたはず。
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この回答へのお礼

森蘭丸から明智光秀が謀反をするのでは?といった噂は聞いてましたからね。しかし完全に疑ってはいなかったのでしょう。
ほら、明智光秀は謀反などせず中国へ遠征に出掛けたぞ、蘭丸の思い違いだと。
本能寺の変の前に、話していたかも知れませんね。

お礼日時:2020/08/20 19:12

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