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皆様にお聴きしたいのでこちらに質問します。
私が子供の頃からお世話になっている。お医者様が2名います。
ひとりの先生は、1930年生まれで、大阪大学医学部卒、
もうひとりの先生は、1940年生まれで京都大学医学部卒なのですが、
当時の大学進学率が10%無かったと聞き驚いたのですが、
今とは大学進学の状況も違うと思うのですが、その当たりも含めて
当時の難易度を教えて下さい。

両名の先生ともその分野の第一人者もしくは開拓者として高名なお医者様です。
よろしくお願いします。

gooドクター

A 回答 (4件)

新制中学開始あたりの方ですね。


当時は今と違い大学受験に「偏差値」や「ランク」などというものが無かった時代なので
今の時代と単純な比較はできませんが、当時「旧帝」の医学部に進む学生は、多くは3つのパターンです。
一つは「旧家」の代々の医者の家に生まれ「幼いころから」勉強し(させられ)て
医者になることを当然だと思っていた人たち。
次には地域で「神童」と言われた人が、一生懸命勉強して、その結果入学できた人たち。
3つ目は「軍隊」や「外地」から帰国した家族の中で「賢い子供」が入学したパターンです。
いずれにせよ、旧帝の医学部の定員は全部合わせても「数百人」ですから、難しかったことは確かでしょう。
少なくとも「私立の医学部」よりは格段きつかったと思います。
結果、有能な人物が医者になれないといった問題から、医者不足に対応するため
戦後「各県に一大学」医学部が作られました。さらに、旧帝は研究者養成が目標であるため
「旧帝とは別の1大学」が作られました。従って「旧帝」出身者の医者は「その道で有名」になる人が多いのです
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この回答へのお礼

当時の時代背景を詳しくありがとうございました。
1930年生まれの先生は、戦中戦後の子供の頃街中で傷痍軍人の人を見て人の役に立ちたいと思い、医者になったらしいです。

お礼日時:2020/09/04 02:43

旧帝大医学部は昔からどれも難関なのは当たり前でそれは現在でも同じ。

概ね歴史が古いほど難易度は上がる。

医学における研究・臨床・教育の三本柱では主に研究に重きを置き、白い巨塔でのし烈な派閥・権威争いに翻弄されやがて権力の座に胡坐をかく。よく言われる頭でっかちで手が動かない。

過酷な臨床の場やへき地医療で患者のために身を削り日夜奮闘しているのはそういった人たちではなく、私大や地方国公立大を出た人たちに多い。

以上
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貧困国家時代


庶民は勉強が出来ても中卒で諦める。
ただそれだけです。
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確かに大学そのものに行く人が少なくなった時代で、現在のように塾が無かった時代に独学で勉強をされたことを考えると並外れた努力家だと思います。


また、医学部は非常にお金が掛かるので、ご家庭のご負担が大きく、ご両親のご苦労もされていると思います。
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この回答へのお礼

塾が無かった時代に独学で勉強ですね。そこは気付きませんでした。私も勉強は塾など集団で勉強しないと、独学出来ない人です。金銭面も含めて、ハードルが高いですね。

お礼日時:2020/09/04 01:30

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