「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

「差別」ということが定期的に話題になっていて、少し前に大阪なおみ氏の
言葉がメディアに取り上げられていました。
彼女曰く「いつも同じ議論の繰り返し…」、全くその通りで言論的に何の進
展もないと思う。

スペック(spec)という言葉が人間に対し使われるようになっています。これは
他人に対して使う言葉であって、自分は「秘めたポテンシャル」をもった凄い
存在という、自己愛的な見方をする、その矛盾の中に差別が生まれる、とも言
えると思います。

この厄介な差別という問題について、皆さんが普段思っていることを教えてく
ださい。
えげつないほど生々しいご回答も期待しています。

「The 差別」の質問画像

A 回答 (19件中1~10件)

差別とか偏見って、何重苦なんです。

被害が深刻だから、互いに被害の深刻さを競ってしまうんですね。暴力とか暴言って、結局、自己の被害が深刻だから。
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この回答へのお礼

お互いに苦しいってことですね?

お礼日時:2020/10/31 00:01

no10



差別というのは結局、好き嫌い、損得勘定の問題に還元されると思います。

良し悪しではない。
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この回答へのお礼

好き嫌い、損得勘定の問題から生まれることが多いと言えるでしょう。

良し悪しとは、倫理観から生まれるものでしょう?

お礼日時:2020/10/31 00:00

ニャンポコさん、くわまんTVさんって知ってます?Youtuberで、フリーハグしてる方です。


差別とか怨嗟を起こす人の中には、自分は相手の事を知らないのにやってるって面があると思います。食わず嫌いですかね。
宜しければ彼の動画を一度見てみてください。
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この回答へのお礼

くわまんTV、見ました。
ちょっと感動しましたね。

鼻で笑う人もいるだろうと思いますが、うーん、改めて考えさせられる。
人は何故仲良くできないのか?

お礼日時:2020/10/30 23:58

社会や風潮からくる差別は良くないと思います


みんなが言ってるから
みんなしてるから

差別する!

主体性なき区別ですね

これは良くないです

自分自身の言動や行動に責任を、持たないですもんね





自分自身の意思や感情で
しっかりと区別するのは、良いことだとおもいますよ


自分自身の、言動や、行動に責任を持ちますもんね


では

黒人差別などの人種差別
主体性なき言動や行動ですもんね

黒人が生理的に合わない人なら
それは、それで致し方ないはなしですもんね

黒人が生理的に合わない人がいてるから
黒人がバスに乗るにしても、座席に座ってはならない!

こんな馬鹿げた主体性なき区別が行われてたのも
変な話ですもんね

正確には、白人に席を譲らなければならない!

やったかな?

黒人が生理的に合わない人が
バスの利用を控えたら済む話ですもんね
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この回答へのお礼

そんなわけで、わしやけどさん、返答が著しく遅くなり申し訳ありませんでした。

社会や風潮からくるものが「差別」と定義してしまってもいいのかも知れませんね。

嫌いとか苦手とかは。これは人間として仕方のないことでしょう。大事なことは、「何故」嫌いなのか?苦手なのか?をよく自覚し、だからどうなの?ということだと思います。

嫌いだということは、何らかの欠点を感じていることであり、その欠点があるから、人格を無視してその人を軽んずるということは、時代や社会の風潮に乗っているからできることだと言えましょう。

お礼日時:2020/10/30 23:50

差別を否定する人は、ペドを肯定できないので。



差別は悪いものではないですし、特定の属性を排除するための虐殺も悪い事はでないです。
その社会や時代において、「その属性はペドと同一であった」というだけです。

実際、ペドだって80年代末までは誰も気にしなかったです。

ヒトラーがユダヤ人や同性愛者、障害者、浮浪者ではなくて、ペドを殺害していたら悪人にならなかったでしょう。
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この回答へのお礼

ペドの特徴が本質的な属性と言えるのかどうか?

言えたとしても、属性によって区別をしその本体である人間に軽重・上下を
つけ、苦しめたり殺したりすることを差別というと思いますが、本体よりも属性が勝るということが、道理としておかしいと思うわけです。

お礼日時:2020/10/29 23:05

俺はお前より優れているのだと言う奢った見方によって、自分が見下したものに対して嫌悪が生じる。

ニャンぽこさんが仰る自己愛的なこの心の挙動を経て、形成された上下関係を第三者が見て、上に立つ者に同調する者と下に立つ者に同調する者と言う二者が現れた時に、"当事者で無い者が差別意識を生じる"のだと考えました。
その内、ある有能な者が別に他者に対し奢りを抱いていなくとも、その有能な者に同調しようと企み、差別意識を生じる者が現れるし、ある無能な者が別に劣等感もなく健全に生きているにも関わらず、その無能な者の立ち位置に同調しようと企み、差別意識を生じてあらぬ諍いを生み出す者もいる。
何故、この様に他人に同調することで自己の歪んだ望みを解消しようとする無責任な試みが横行するのかと言えば、それがその個体にとってリスクとコストが低い事だからではないでしょうか。極端な話、偉大なアインシュタインはユダヤ人だ。俺もユダヤ人だ。だから俺は偉い。みたいな感じです。自分に実力、実績、実質が無くても、自分の持つ属性に自己の負うべき責任を転嫁して、自分の歪んだ望み(腐ったプライド)を欺瞞によって簡単に満たす事が出来る。実に虚しい心の挙動ですが、起こっていることはこのような事だと思います。

生きることにおいてコスト削減は本来的な需要です。腐敗、毒は避けたいが、その根拠が自己の経験のみと言うのはあまりにコストがかかりすぎる。他者の経験もできれば利用したいと言うのが本音でしょう。それで知識や伝聞が価値を持つようになる。

それが、差別の根本動機かも知れません。
解決策としては、時にはコストをかける、投資すると言う選択が、有利になる事を学習する事でしょう。
白人の俺は黒人が嫌いだったが、気まぐれで付き合ってみたジェインと言う女性は立派な人だった。黒人に対する俺の見方は偏見だと言う事が分かった。
この様な経験を広め、伝聞する事で、関係は一時的に良くなる。
しかし、平和な中では、悪人は楽して稼ぐ事が出来る。彼らはまた次の火種を起こすでしょう。その時に、悪を働く人には、悪にはリスクがあり、コストががかかる事を学習してもらう必要があります。つまり、コミュニティからの排除と罰です。
それを知って尚、悪い事は危険だからこそ楽しいと思う奴がいるなら、彼にはもっと楽しく危険な事がある事を教えてあげるべきです。
クロサギという漫画が結構前に流行りましたが、そんな感じの仕事をやってもらうのもありだと思います。詐欺師を獲物にする詐欺師の話です。

少し話が膨らみましたが、こんな感じで如何でしょう。
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この回答へのお礼

そんなわけでキサラギさん、返答が大幅に遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

改めて読んでみると実に面白い。考察が中断してしまい残念です。改めてこのテーマで質問を立てるかもしれません。

低リスク・低コストで自身の「奢り」を満足させるということが差別というものなのかもしれませんね。

とすれば、実に唾棄すべき行為です。宮台真司先生は「クズのコスパ野郎!」
なんて言っていますが、私と同様の思いがその乱暴な言葉の中に含まれているのでしょう。

いずれにしても人間の「奢り」ということについて近頃は興味をもってあれこれ考えています。

お礼日時:2020/10/29 22:53

DNAにあるのでしょうね 自分に似た人間は味方で、違う人間は敵だ みたいな性質が。



それを制してみんな仲間だと言うにはDNAからくる本能を抑えなければなりません

それは人前で排便したりしない と言うような事でしょう。

その様な人間にとって当たり前の事が出来ない状況がある。

水俣湾や福島沖の魚を食べれるか。大丈夫と言われていますが ちょっと考えます。
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この回答へのお礼

そんなわけで、ハルさんすいませんでした。

DNAにそういうことがあるのかどうか?あるとしたらそれは単なる表示的なものなのか、もっと根源的なものなのかがよくわかりませんが、差別的本能があるのならば、平等を貫こうとする心もDNAにあるということになると思います。

お礼日時:2020/10/18 00:28

人間が人間を蔑み、軽んじる差別や偏見が、どれほど人の心を傷つけ、


気持ちを踏みにじるものか。
その苦しみ、辛さは、差別された方にしかわからりません。
                    
異なる人間への差別意識、差異へのこだわりを克服することこそ
平和と普遍的人権を創出するための第一歩であり、
開かれた対話を可能にする道であると思います。

ガンジーの言葉に
宇宙の秩序正しい道徳的支配への信仰は
開かれた精神性 大いなる宗教性は
あらゆる人の中に 平等にやどっている
その内なる力を眠らせたままでは決してならない
と言っています

その、眠っている力を呼び覚ますものこそ
私達の故郷は地球 国籍は世界 人種は人間であると言う
深い哲学宗教だと思います
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この回答へのお礼

№11の方に申し上げた通りの状況でありました。大変失礼しました。

差別というものは、その人の存在自体が軽んじられ、蔑まれることですから
本当に辛く苦しいものです。人は日常生活の中で平気でやります。私だって気が付かずにやったことがあるでしょう。しかし、これは全く野蛮な悪魔の所業といっていいと思います。

人間は平等であるという「理」にとどまらず、

>眠っている力を呼び覚ますもの

事実の上でそうさせることのできる「事の哲学」を併せ持った哲学こそ深い哲学であるということですね?

お礼日時:2020/10/18 00:23

人間社会は「差別」によって進歩してきました。

自分の所属する集団が他の集団より優位であることによって、
生き延びてきたのです。生存の基本は「自己の優位さ」から生まれます。
従って「差別が悪い」などという考えは、原始的人間の中にはなかった発想だと思います。
(そういえばどこかの国の大統領や首相は、原始的人間のように見えます・笑)

一方人間は「他者への共感」が強い生き物です。
相手の立場に立ってものを考えられるから「餌を分ける」ことのできる、数少ない動物です。
その結果、人間は生き延びられたという考え方もあります。
この矛盾する気持ちが「差別」と「平等」の思想の根本にあると思います。
その思想の仲裁役が「信仰」であり、全ての人に、平等に訪れる「死」と
それまでの不平等な「生」のバランスをとる役目が、信仰によって生み出された神にあるような気がします。

ただ現在、グローバル化の結果、限定された地域の信仰が、いろいろなところでぶつかり合うようになりました。
その結果、神の説く「平等」に信仰ごとに違いがあることに人は気付き、
どちらの平等が正しいのかを争うようになってしまいました。これでは「本末転倒」です。
そして「神」にかわって、調整役として躍り出たのが「近代法」だと思います。
だからこそ「法」は重要なのであり、「法」を守ることが平等につながっていくのだと思います。

きついことを言えば、人間がこれからも進歩していくなら「差別」はなくならないと思います。
そして、「法」によって「差別を解消する」以外、今のところ解決策はないと思います。
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この回答へのお礼

実は、この質問をした直後に人生三回目のギックリ腰になってしまい、三日間
動けませんでした。その後商売のほうのリズムがすっかり崩れてしまい、以前の状態に戻すのに一か月かかってしまいました。
そのため、せっかく回答いただいた方々に返答もできなくなり、大変申し訳ありませんでした。ようやく落ち着いてきましたので、遅ればせながらご返事を
させていただいています。

さて、仰るように人間は「差別」をしてしまう心根と、「平等」を貫こうとする心とを共に持っていると私も思います。

被差別者による「貢献」が様々な業績の基礎になってきた事実はありますが、
それにより人類が進歩してきたとは私は考えたくありません。人類の進歩は平等観つまり、普遍的価値を求める人間の仕事が成したものであり、差別観をもった人間たちの成したことは人類の進歩の邪魔をしてきたのであると考えています。

主としてユダヤ三教の立てる「神」を信仰する人たちの心に差別はなくなっていません。
そして、「近代法」を守ろうという人たちの心には、更に差別の心は強いのではないかと思っています。

問題は人間の心。「法」がここにどう影響を与えることができるのか?

お礼日時:2020/10/18 00:11

あなた自身は現時点で差別意識を所持。


あなた自身は現時点でそれに気づいている。
あなた自身は現時点でその解消を目指している。
あなた自身は現時点で自分の差別意識を消せるつもりでいる。
あなたの状態により回答は変わってきます。
回答者が逆質問するのは品が良くない。
なので上記の前提で回答ましす。

自分の迷いがなくなる方向を目指しますね。
トップミッションはこれ。
∴差別解消は非トップミッション。
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この回答へのお礼

私自身は差別意識は、それほどない、と思っています。
差別意識とは人が本然的に持っているものから、生まれてくるものだと
思っていますから、完全に消せると言うものではなく、抑えるものであ
ると思います。
そのことを私はよくできると思っています。親に教育されたからです。
ありがたいと思っていますよ。

お礼日時:2020/09/13 21:34

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