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 カテゴリーがこれでいいのか・・・。
 質問はずばり妖怪はいるか?です。このたぐいの質問は個人の信じるか信じないかの話になって紛糾してしまいがちですが、あまりそういうことにならないようなご意見をお待ちしています。ちょうど夏休みで帰省して田舎のおばあちゃんちで「~見たよ」なんて人いないかなぁ。以前マンガですが、「本当にあった」話しで妖怪おとろしを見たというひとがいました(僕は信じました)。

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A 回答 (11件中1~10件)

どこで読んだか忘れてしまい、裏付けがとれてないのですが、


「妖怪」は明治時代以降だかの言葉で、それまでは「化け物」と言われてた、
と、ありました。化け物、百鬼夜行、付喪神っていずれも、何らかのモノや
ケモノ、時には人間が化けたものですものね。

で、妖怪の存在なんですけど、控えめに言えば「昔は妖怪がいる余地があった」
のじゃないかなぁ、と思います。見知らぬ気配や、見知らぬ音、見知らぬ味、
見知らぬモノ、そういった異世界からつながっているようなモノたちがあって、
妖怪そのものの存在はわからんけれども、妖怪の存在を感じざるをえないような、
物理的、心理的な舞台があった、そういうことじゃないかと思います。
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この回答へのお礼

 ご回答どうも! そうですねぇ、確かに古典を読んでみると、妖怪と言う文字は現れませんねぇ。物理的心理的舞台ですか・・・それは現代においても個人がそういう舞台を自分の中に持っていれば見れると言うことでしょうか? 見たと言う人がいる以上そうなんでしょうね。見れない僕っていったい・・・。

お礼日時:2001/08/21 14:27

こんにちは!!


私が小学校4年生の時、清里に林間学校に行った時なんですけど、
その時リフトに乗って自然の中を見て回ってたんですけど、
何人かの友達が、下へ行くリフトがすれ違ったときに、
「みつ編みをした妖精がいるっ!!」といったのでそこを見たけど
何も見えませんでした。
友達の話によると、すれ違ったリフトの椅子にちょこんとピンクの
洋服をきた妖精がちょこんと、すわっていたそうなのですが・・・

私はみなかったので、本当なのかはわかりませんが、まぁそんなことが
ありましたぁ。

PS>芸能人で見たって人の話は聞いたことがありますねぇ。。。
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この回答へのお礼

こんにちわmimizukumimimiさん。清里ですか・・・うーん響きからしていかにもいそうですねぇ(笑)。何ですって? 妖精? しかもみつ編みしてる!? 世の中には見える人がやっぱりいるんですねぇ。ちなみに羽根ははえてたんでしょうか?

お礼日時:2001/08/20 19:02

私はいると信じています。


座敷わらしのようなものは見たこともあります。あれが幽霊だったかも知れませんが・・・付喪神なら見れるかもしれません。物を大切にしていると、その気持ちが物にも伝わり、妖怪となる。夢の中でなら会えるかも・・・ってちょっと無責任ですね。
私は、幽霊や、妖怪、UFOや超能力者などを含めて全部信じています。
何事も信じなければその正体を掴むことはできないと思います。
でも、悪霊や、幽霊が出ると言われるスポットへはあまり行かないほうが良いですよ。私も小さい頃、動物霊に憑かれたことがあります。俗に言う狐憑きです。
ですから、充分気をつけてください。
その点、妖怪は憑くことはないのでしょうか・・・?
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この回答へのお礼

 ご回答ありがとうございます。座敷わらしデスか! すごいですね、一番見たいのはそれですよ。座敷わらしっていると裕福になるんですよね。反対にいるとビンボーになるのが貧乏神・・・なんで神なんすかネェ? やっぱり妖怪たちのカテゴリー分類は難しい・・・。

お礼日時:2001/08/19 20:18

NEWSです。


新しく本がでました。「地方発明治妖怪ニュース」
柏書房(03-3947-8251)B5変形187ページ2300円
なんか面白そうですよ。以上ご報告まで。
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この回答へのお礼

ご回答&ご報告ありがとうございます。明治ってのが意味ありそうですねぇ。検索してから本屋行ってみまーす。

お礼日時:2001/08/17 13:56

自然に対する恐れや敬いを、わかりやすい形にしたものが妖怪であるような気がします。


日本の神道をはじめ世界中の宗教に自然を畏怖するものがあり、他の国では精霊と云われる者が妖怪なのではないでしょうか。
日本に「鰯の頭も信心から」という諺があるように、神道には全てのものには神様が宿るという考え方があります。神様が宿るものだから、無駄に扱ってはいけない。大事に扱うようにしましょうというように。
でもこれは、神道の考え方というよりは、日本人が無意識の中で物を大事にするという気持ちで過ごしてきた現われであると思うのです。
日本には言霊というように、一度言葉として発してしまった言葉は、魂を持つというものもあります。
不注意な言動を戒めるものなのかもしれませんが、言葉の重みを如実に表しているような気がします。
物を無駄にする、モラルを守らずにいるとコミュニティの中で一緒に暮らしづらくなる。それは、子供が大人になるために必要な道徳を、妖怪と云う形にかえて現したものなのでしょうね。
近代になり、今の世の中では妖怪も住みづらいでしょうね。
でも、妖怪が住めなくなった世の中は、人間にとって住みやすいところなのでしょうか。一度じっくり考える必要がありそうですね。
PS.
若い頃、深夜に山の中の神社で肝試しをしていたところ、前から歩いてきた人が大木の中に消えてしまったのを二人で見てしまった経験を持ちます。
あれは木霊だったのでしょうか?
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この回答へのお礼

 なんだ木霊見たんですか? いいなぁ。妖怪って不気味だけど幽霊より愛着があるのは鬼太郎のおかげなんですかね?

お礼日時:2001/08/16 00:54

妖怪がいるのかという質問は幽霊はいるのか、妖精はいるのかと言う質問と同義だね。



幽霊はいるが妖怪はいないと言う人もいるな。
私は幽霊がいるなら妖怪もいると言う立場だ。

ところで妖怪の定義って何だろうね。
妖怪が物質として実在する存在であった場合、それが発見されたならそれは「そう言う生き物」として認識されるのではないかな?
例えば、ツチノコ
ツチノコはいまだ発見されず、伝説上の生き物である。ある意味妖怪といえるだろう。
しかし、発見されたならそれは「新種の生き物」として見られるだけだ。
んで、動物園なんかで「昔、伝説の生き物と呼ばれていた」とかプレートに書かれているんだ(笑)
つまり、妖怪とは未知の存在であるが故に妖怪たりえるのだ。

一方、非科学的な(もしくは現在の科学で感知できない超常的な)存在と考えることもできる。
この場合、その存在原理は幽霊と同等であり、その構成要素(エーテルと言う言葉がある)は妖怪も幽霊も同じであろう。
なれば、幽霊が存在するとすると妖怪も存在すると考えるのは自然ではないだろうか?

ま、言いたいことは幽霊が存在するのと同程度に妖怪も存在するのではないだろうかということです。
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この回答へのお礼

 論理的ですね。大体僕も同じことを考えていました。ツチノコの例は言い得て妙ですね。妖怪とは分類自体が難しいんですね。

お礼日時:2001/08/16 00:51

妖怪談義ここらで一服。


妖怪は近所に住んでいます。100歳近くにもなってるのに、
その元気なこと。「わしゃあメガネなど生まれて一度もかけたことがない」などと豪語し、あちこち自転車で飛び回っております。人は皆彼のことを○×町の妖怪と呼びます。
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この回答へのお礼

 それはそれは・・・(笑)。でもそれは妖怪というより仙人にちかいんじゃあないんですか?

お礼日時:2001/08/15 14:57

信じない人の前には決して姿を見せないのが妖怪です。

妖怪は日本の特産ではありません。世界中にいていろいろな姿で人間と交信をしようとしています。

日本では水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」が有名ですね。水木氏は妖怪の研究だけで飯を食っている人です。本もたくさん書いています。
「日本妖怪大全」講談社 「妖怪画談」岩波書店 「妖怪伝」新紀元社

水木氏は海外の妖怪研究もおこなっており、最近はメキシコ南部のオアハカに出かけオアハカ地方に伝わる妖怪を調べ「幸福になるメキシコ」祥伝社 を著しています。現在「世界妖怪協会」の会長です。

妖怪は拝金主義の日本が嫌になったのか最近はほとんど現れないようですが、日本人にやさしさ、思いやりの心が戻れば、また以前のようにあちこちに現れるようになると信じています。
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この回答へのお礼

 妖怪を信じる信じないという概念(認識)がない人(つまりそんなものの存在さえ知らない人)は何かの拍子に見るんですかね。前にニュースで中国で太歳(?)という分類では何になるか知りませんが、一応妖怪の本に乗っているものが発見されて話題になってました。

お礼日時:2001/08/15 14:53

物理的な意味では存在しません(と思います)。

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この回答へのお礼

 ということは、霊的なものですか。

お礼日時:2001/08/15 14:48

世の中、特に日本で有名な妖怪といえば河童伝説が多数ありますよね。


これらは実在の証拠であるミイラとか色々とありますけどその大半は合成して作った偽者だという事が判明しています。しかし、中には彼の京都大霊長類研究所の博士すら何なのか分からず、本物かも知れないと認めざるを得なかったミイラが佐賀県にあります。
妖怪というのは基本的に昔の人達のあらゆる信仰心が作り出した幻影と言われ、邪念の具現化した存在とも言われています。百鬼夜行などは付喪神という、物が99年経つと妖怪になり、読経を唱えながら夜の町を徘徊するという室町時代からの伝説ですけど、何故それが今でも伝わっているかというと、今の老人までの世代は物質文明というより精神文明に近い世代であって、親などから「物を大切にしないと妖怪が出るよ」言われて戒められてたんです。
ですから妖怪というのは人間が作り出した想像の産物と言った方が無難かも知れませんけど、現在のサイエンスではまだ解明出来ない不可思議な事が現実にある以上否定は出来ませんね。人間が無意識に望む事を想像の産物として妖怪を作り出し、それを長い歴史の中で歪曲されて認識されているのか。しかし歴史は過酷ですからここまで現在に伝わっているという事は昔、何かがいたという事かも知れませんね。

でも基本的には「存在するんだ」と思う方が夢があっていいと思います。
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この回答へのお礼

 回答ありがとうございます。夢があっていいのはいいんですが、やっぱりしっくりこないのがホントのところで・・・。幽霊はいるでいいんです。妖怪は・・・? やはり故事来歴などをひもとけば、現実としての妖怪ってのはやはりいないのですかね。みんなの認識がそうなら(サンタさんみたいに)いいんですが、たまに見たとか言う人がいるとね・・・。かと言って口裂け女みたいなデマではないような気がするし。

お礼日時:2001/08/15 14:00

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