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哲学の仕事とは 人びとそれぞれの心の燈心に火をともすことです。



人間は そのつど 科学や医学の光によって人びとに明るさをあた
えることが出来ますし 生まれつきそなわった自然本性なる心で他
者に対して思いやりを持って 温もりをあたえ得ます。

ただし 哲学の命題は そのひと本人がみづからの心の燈心に熱を
得て燃えつづけるようになることです。

(ほんとうは 人間が人間に対して 火をともしてやることは 出
来ない相談です。そのキッカケをつくってやることは 出来ます)。




人格とは そのチロチロと熾火のごとく燃える燈心の火で おのれ
の精神のいとなみをさわやかにして元気づけることです。

精神としての記憶‐知解‐意志の三つの能力行為の一貫性 あるいは 
社会形態としては 司法‐立法‐行政の三つのチカラの整合性のある
まとまりを 活性化させることです。
( cf. 【Q:人間は このように生きている。】)
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11909949.html



科学の明るさや思いやりの暖かさは そのつど・また部分的に対症
療法のごとく ほどこされる〔人知の成果たる〕暖炉のようなもの
です。


哲学は――欲張りですから―― 超越論的な存在をも想定してその
あたかも霊性としてのごとき火を つまり暖炉やクーラーのハタラ
キを超えて長く永く燃えつづける熾火のようなあるいは聖火のよう
な火をイメージした元気じるしを 売り物にしています。


この動態が 人間の人格です。そこには 《自我》なんてゴミがあ
ろうはずがありません。



いかに?

A 回答 (7件)

学問の自由をいろいろと調べて案素が、


ちょうど今日はゲノム編集が賞を学術会議は公務員だそうですから、
ぜんたいのほうししゃ対立したそうで、
生命倫理と科学の研究は
権利と義務という意味ではカントも再読必要なのでしょうが
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この回答へのお礼

委員の任命と学問の自由とは 関係ないように思います。

お礼日時:2020/10/07 23:13

安倍信三が一議員として巣がを支える打とか談話を発表していたようですが、


一銀というのは名前を変えた
のか、マイナス奈央以下、引いたのか
分岐の感じに刺さるが入ってますし、

素がは学者を弾圧し学術会議をだんなsつして舞うし、てますし、それでも安倍信三は支えるのでしょうね。
なんか怖いですね。戦争するにしても兵科学のレベルを下げて器開発はしないのでしょうか。
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この回答へのお礼

学術会議の任命の件は どうなんでしょうね。

お礼日時:2020/10/07 17:40

ミトコンドリアdnaの進化が種子植物は遅いらしいのですが


mt-co1

cco1だそうですが

難しいですね。
系統学の説明も意味側kランク手
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この回答へのお礼

学問は 多岐多様ですね。(しゃれたコメントが出て来ません)。

お礼日時:2020/09/30 23:30

ゲゲゲ


★ で、貴方のともし火で何人救ったか
☆ ゼロです。あるいは 分からない。

じゃ、暇人の遊びじゃねえか

貴方の哲学はクソ以下に決定
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この回答へのお礼

火をともすキッカケになる人の出現をうながしたでしょうね。

お礼日時:2020/09/30 08:25

哲学の仕事とは


よりよく生きる知恵を多くの人に与える事だよ

能書きをこね回す暇人の遊びじゃねえ
で、貴方のともし火で何人救ったか

いかに?
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


★ 哲学の仕事とは
よりよく生きる知恵を多くの人に与える事だよ
☆ そのことに間違いありませんが でもそういう仕事は ほかの
科学でもやりますし 経験知というのもそれぞれみなさんにありま
すし ふつうに世間の知恵もありましょう。とは 思います。




★ 能書きをこね回す暇人の遊びじゃねえ
☆ まぁ あそびもふくめてみんなの知恵ということで いいんぢ
ゃないですか。



★ で、貴方のともし火で何人救ったか
☆ ゼロです。あるいは 分からない。


つまり:
☆☆ (趣旨説明欄)
(ほんとうは 人間が人間に対して 火をともしてやることは 出
来ない相談です。そのキッカケをつくってやることは 出来ます)。
☆ という理解のもとにありますから。



★ いかに?
☆ という返され方があるとすれば わたしの《いかに?》は 少
々とげがありましたか?

自分としては 中立の言い回しだと思っていますが。

お礼日時:2020/09/29 09:18

生命は自我に依って“存在”しえます。



人間もまた、自我に依って自身を存続させています。
ブラジュロンヌさん云うところの“ゴミ”なのです。

そのゴミは常に“不足”を感じています。
ゴミは満たされたいのです。
常に。

それ故に、ゴミである自我に気付く自己が己を知る為に、その“ゴミ”を落とそうとするのです。

生命は自我、なのです。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 生命は自我に依って“存在”しえます。
☆ その自我とは 何ですか?

★ 人間もまた、自我に依って自身を存続させています。
☆ 《自我》とは何かが わたしには分かりません。


★ ブラジュロンヌさん云うところの“ゴミ”なのです。
☆ 要らぬもののことですか?



★ そのゴミは常に“不足”を感じています。
☆ ゴミは 感覚も思考もありません。


★ ゴミは満たされたいのです。
常に。
☆ あなたが・あるいは一般に人間が ゴミの気持ちになって その
ような思いを忖度したということでしょうか?

だから どうなりますか?

★ それ故に、ゴミである自我に気付く自己が己を知る為に、その
“ゴミ”を落とそうとするのです。
☆ あぁ やっぱり《要らぬもの》だったですか。でも このような
ゴミは よほどの暇人が時間を持て余して・または人間の自由を持て
余して 現実から逸脱して 現実の《わたし》を仮りに《自我》とい
う言葉で言ってみて遊んで(たわむれて)いる・・・ということです
ね?



★ 生命は自我、なのです。
☆ えええっ? ぐえええっ? いままでの話と違うぢゃないですか?

前項で出て来ている《自己》――つまり アートマン(霊我とも訳す)
――のことですね? 生命となら。

お礼日時:2020/09/28 20:21

それは哲学ではなくて、宗教ではありませんか?

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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

哲学が――あるいは 人間が哲学として―― 超越論的な存在を仮説
して それとの――その想定じょうの――関係を得ることがあり得ま
す。


つまり その限りで 《神とわれとの関係》が成ります。

神を無限として規定し捉えたばあい この無限(あるいは 絶対性)
は 経験世界や人知を超えています。

ところが 想定を成した場合には 《無限(かみ) - 有限(ひと)》
といったカカハリが 出来ます。

このカカハリは――つまり 信仰のことですが―― 信じるというこ
とが 現実のおこないであるかぎりで 現実です。

つまり 信じるとは 超経験なる場といったナゾの何ものかを 無条
件で無根拠にてわが心に受け容れることを言います。

――こういう成り立ちで 神論が普遍性を持ち おのおのの神観がそ
れとして成り立っています。

この現実を生きることが 哲学することです。



ちなみに 宗教というのは 神観ないし神論として得られている思想
を 何を思ったか オシへとししかもこのオシへを あろうことか
神そのものだと見做し これを――つまり思想として考えるべきもの
を―― 信じなさいと説くに到る。

このような精神錯乱によって成ったものが シュウキョウです。

お礼日時:2020/09/28 20:11

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