今、とても歴史にはまっていまして、最初は中国の三国志あたりだったんです
どんどん古い歴史に興味がでてきてしまい、困ったことについに四大文明以前が知りたくなってしまいました。
ところが四大文明以前ともなると、さすがにそのような本やサイトが
少ないみたいなのです。
今は・・・コーカソイドやモンゴロイドといったキーワードに敏感に反応したりしてまして・・。
すごく広範囲で曖昧な質問になってしまうのですが、どのようなことでも全くの推測で構いませんので何か知っていることがあれば教えていただきたいのですが。。
ちなみに今はヨーロッパ人が歩んできた道のりのなるべく古い歴史を知りたいと思っています。
でも古いことならなんでも知りたい気分です。
類人猿でも構わないくらい。。
もしかしたら文化人類学や歴史のカテゴリになるのかもしれませんので
カテゴリが違いましたらすみません。
このような失礼な質問で申し訳ありませんが、楽しみにお待ちしております。

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A 回答 (6件)

No.2のmartinbuhoです。



昔読んだ本を紹介します。図書館にあるかも・・

白水社クセジュ文庫 「アッチラとフン族」ルイ・アンビス 安藤和雄訳

ハンガリア人の祖先と言われるフン族をヨーロッパ人が研究・解説した本です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
大変参考になりました。
そういえば45光年先に生命がいる可能性がある惑星がある可能性がでてきたらしいですね。もしかしてそこにネアンデルタール人がいたりしてなんて思ってしまいました(笑)
また何かあればよろしくお願いしまーす。

お礼日時:2001/08/19 03:43

 花を愛した「ネアンデルタール人」なんていかがですか?



 イラクのシャニダール洞窟で発見された6万年前のネアンデルタール人の人骨化石。シャニダール1号人骨は、片目を失明し、右腕は先天的に失い、おまけに脚にはひどい関節炎を患っていました。野生人には、致命的ともいえる状態でありながら、彼は40歳を越えた「老人」でした。ちなみにネアンデルタール人は、私たちよりもずっと早く成長し、またずっと早く老いていきます。つまり、集団全体に重い負担をかけた個体も、みんなから世話をされ、天寿を全うした、というわけです。4号人骨は、いっそうセンセーショナルな話題を提供しました。フランスのアルレット・ルロワ=グーラン女史が、墓穴の土の中から、複数種類の無数の花粉化石を顕微鏡下にとらえ、それらが種類ごとに密集、かつまとまっていることから、4号の死を悼んで花を供えて葬送された、と結論づけました。(参考資料「君はネアンデルタールを見たか」)
 真相はいかに・・・。
 
 「君はネアンデルタールを見たか」のURLを載せておきます。

『ネアンデルタール』 ジョン・ターントン著 嶋田洋一訳
           ソニー・マガジンズ

『ネアンデルタール人と現代人』 ヒトの500万年史
           河合信和著 文芸春秋
            *「君はネアンデルタールを見たか」の作者です。       

参考URL:http://isweb10.infoseek.co.jp/diary/nobukazu/pag …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
「ネアンデルタール」の小説、発売した次の日に買ってしまいました(笑)かなり面白かったです。
ネアンデルタール人ていろんな面で不思議ですね。
死を悼む風習があったら現代人より賢いし逞しいし優しいし完璧ですね。
でも花はほかには見つかってなくて、それに花を神聖視しているかどうかは分からないらしいですね。
でも現代人より脳の容量が確か大きいんですよね。もしかしたら僕達の知らないところで自然に優しい生活してたりして・・でもイルカが。。

お礼日時:2001/08/17 02:50

「5000年前の男―解明された凍結ミイラの謎」


っていう本がお勧めですよ。文春文庫です。

氷河から発見された死体が、当初数年前の遭難者と思われたのですが、検視のたびに年代が古くなり、ついに5000年前の死体と鑑定されたという事件です。

検視にあたった考古学者(or人類学者?)が書いた本です。一般の読者向けなので、そんなに難しくはありません。

この死者はアイスマンあるいはエッツィというあだ名で呼ばれています。遺伝子の研究により、ヨーロッパ各地に母方の血縁者が生存していることも判明しました。つい先日、彼の背中に鍼灸の痕が発見されたというニュースもあり、まだまだ研究途中のようです。
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この回答へのお礼

またまた面白そうな情報ありがとうございます!
氷河ってどの辺でしょうねー。
寒冷地適用っていうんでしょうか。
ヨーロッパ人が目が青くなって肌が白くなった理由ってすごく興味があるんです。
もしかしたらもう答えがでているのかも知れませんが僕の中では未だに謎なんです(笑)
新モンゴロイドの寒冷地適用?では目が細くなって鼻が低くなっているのになぁなんて。
なんか疑問が溶けそうな気がしがします。
多分全然違う本なんでしょうけど(笑)
それでもやっぱり5000年も前の完全な死体ということで大変興味深いですねー。
研究がどんどん進んでほしいです。

お礼日時:2001/08/17 02:23

karさんのモンゴロイド等が記載されていましたので心の隅に有った記憶を思い出しましたが古い話ではないのですが昭和45年に芙蓉書房から発刊された西川一三著の『秘境八年の潜行』は戦前、軍の命令で蒙古、回教、タング-ト、チベット等の種族の動静を探るために蒙古のラマ僧として潜行したノンフイクションです。


敗戦で帰国が出来ず、蒙古から同行した蒙古のラマ僧に日本人として見破られる事無く秘境と言われたチベット(有名な寺院でラマ僧の修行で蒙古に帰国しないでラマ僧として寺に残れと)、ブ-タン等を経由し最後は終戦8年後にインドのカルカッタで強制送還。
単なる学術書でもなく紀行文でもない現実に現地の人と同じ生活をし、夫々の地域の文化、風土、風習、食べ物、習慣等を克明に記載した書籍です。
非常に読み応えのある書籍と思います。
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この回答へのお礼

へぇー、そんな人がいたんですか!
もともと小説が好きで歴史小説のようなノンフィクションに近い
ものも好きなのですごく興味があります。
日本人との共通の生活習慣とかありそうですよねー。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/08/17 02:08

知的興味が際限もなく広がる・・いいですね。

もっとも吸収力のある時期にいるということです。うらやましい!

四大文明を卒業したら更に時代を溯る道がありますが、この道は歴史を離れて考古学、人類学の分野ですね。もうひとつの道は四大文明以外の地球上の小さな文明の跡を探る道ではないでしょうか。コーカソイドのヨーロッパ(地中海を含む)、アフリカからアジア、オセアニア、アメリカ大陸へと広がったモンゴロイドの足跡、二つの流れは後のモンゴロイドの末裔によるヨーロッパ侵略で接触する訳ですが・・

ご質問のヨーロッパ人の歴史に関しては「ヨーロッパの歴史、欧州共通教科書」東京書籍刊 ¥6,800 をお勧めします。国籍の異なる12名の欧州の歴史家が
書き上げた本で、豊富な写真、地図、図表が各ページに挿入されているため、非常に読みやすく、理解しやすい参考書です。まず図書館で見てください。

ヨーロッパの次は是非モンゴロイドの旅を続けてください。アフリカから南米南端
フエゴ島までの偉大な旅路とアメリカ南西部のアナサジ文明、メキシコ高原のアステカ文明、中米のマヤ文明、アンデスのインカ文明、それらの文明に先行する数々の初期文明は日本の教科書ではほとんど踏み込まない分野です。モンゴロイド関係では入門書として「モンゴロイドの大いなる旅」同朋舎刊 ¥1,300
少し詳しいシリーズものとして「モンゴロイドの地球」東京大学出版会刊 全5巻
@¥2,678をお勧めします。

類人猿の研究はこれらの旅の後でもいいのでは?
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この回答へのお礼

今オーストラリアのムンゴ人の遺伝子に寄り道してきたところですがやっぱりまだ早かったようです(笑)
モンゴロイドの旅は面白いですねぇ。
日本人のルーツに興味があった時にモンゴロイドの旅がのっていてすごく面白かった記憶があります。
そういえばモンゴル帝国と匈奴からフン族に目覚めまして、フン族についてのってる本を探していたのですが、すっかり忘れてました(笑)
今はコーカソイドとモンゴロイドが別れたあたりがよくわかないので知りたいですねー。
「ヨーロッパの歴史 欧州共通教科書」は面白そうですね。
探してみます。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/08/17 01:56

人類発祥から詳しく解説しています。



 下記をごらん下さい。

参考URL:http://www.jinrui.net/top.html
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この回答へのお礼

大変楽しかったです。ますます謎が深まりました。
気がつくとミトコンドリアイブについて興味がわき、さらにDNAの塩基配列を探してたところで「はっ!これはもはや生物学なのでは?」と気づき我にかえりました(笑)
ありがとうございました。

お礼日時:2001/08/17 01:20

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Q古代世界の四大文明を今、選ぶと。

60年近く前に四大文明を教わりました。
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5大文明や六大文明とする方が適切でしょうか。
黄河・長江文明は、都市の規模や建造物の大きさの面で他の文明と比べると少し見劣りがするように思うのでこんな質問をしました。
素人がふと思った疑問ですから、文明の定義や王権の定義をどうするのかといった、難しい話は避けて回答をお願いします。

Aベストアンサー

特に変化なしでいいと思います。
というのもまだ発掘物が4大文明に比べて少なすぎるのが現状です。

アフリカから発生した人類が最後に到達したとされるのが南アメリカです。
現在確認されているインカ文明などは鎌倉時代くらいのものです。
そこで紀元前数千年の時点での古代文明は形成できないだろうと思われていましたが、
南アメリカからBC2500年ぐらい昔の遺跡が見つかって物議をよんでいます。

黄河は小さいと言われていますが、神農氏の伝説はそれを補ってもあまりあるものです。
気の経絡とか現在科学でも十分解明できていない文明が誕生したのは奇跡といってもいいです。
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全て中国から出た点を考慮しても四大文明の一角に相応しいと思われます。

文明は大きな川の側にできるものですから、今後はミシシッピやアマゾン、
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現在、私が注目しているのはハザール汗国です。
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特に変化なしでいいと思います。
というのもまだ発掘物が4大文明に比べて少なすぎるのが現状です。

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現在確認されているインカ文明などは鎌倉時代くらいのものです。
そこで紀元前数千年の時点での古代文明は形成できないだろうと思われていましたが、
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黄河は小さいと言われていますが、神農氏の伝説はそれを補ってもあまりあるものです。
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Q類人猿化石が少ないのは何故?

猿人から人間へ進化した約500万年間のチンパンジーやゴリラの祖先の化石が見つからないのは何故でしょうか?

発見した学者が功を焦って、チンパンジーやゴリラの祖先も強引に人類化石にこじつけているということはないのでしょうか?

Aベストアンサー

 1番回答者です。お礼文を拝見しました。

> 大型類人猿は衰退一途だと述べているのを見たことがあるので

 たしかにそうなんですが、衰退の一途をたどってきて現在これだけいるということは、猿人原人の時代には、大型類人猿はもっとたくさんいただろうと言えます。

 で、数がたくさんいたなら、それだけ多くの大型類人猿の化石があって当然ですから、数の問題ではないと思います。

 言えるのは、人間の祖先は草原が生活の中心だったのに対して、大型類人猿は密林が生活の中心だった(気候変動で密林が移動した場合も、密林とともに移動した)はずです。

 ジャングルにはいろんな細菌や菌類などなどがいますので、骨まで消化されて化石には成りにくいということもあるかもしれません。

 また気候の変化でジャングルが今は草原になっていたりして、類人猿の骨は多少見つかっていても、大量には見つかりにくい(密林を掘り返せばまだたくさん化石が眠っているかも)という点はあるかもしれませんね。

 それはともかく、「これは猿人の化石だ」と言うためには、比較・判別するための「その時代の大型類人猿の祖先の化石」が必要です。

 「ここの仕組みが違うから、これは猿人の骨の化石だ」というふうに言わなければならないのですから、大型類人猿の化石もそれなりの数見つかっているのだと思われます。
 

 1番回答者です。お礼文を拝見しました。

> 大型類人猿は衰退一途だと述べているのを見たことがあるので

 たしかにそうなんですが、衰退の一途をたどってきて現在これだけいるということは、猿人原人の時代には、大型類人猿はもっとたくさんいただろうと言えます。

 で、数がたくさんいたなら、それだけ多くの大型類人猿の化石があって当然ですから、数の問題ではないと思います。

 言えるのは、人間の祖先は草原が生活の中心だったのに対して、大型類人猿は密林が生活の中心だった(気候変動で密林が移動...続きを読む

Q世界四大文明当時の日本について

世界四大文明当時の日本について教えてください。

当時の日本には文明らしきものはなかったと思っていますが、

だとすれば、いつごろから文明は始まったのでしょうか?

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その頃の日本は縄文時代の後半です。
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この「都市」の定義も様々ですが、日本で確実に都市と呼べるのは7世紀の飛鳥地域からなのですが、この時期だと「文明」というくくりはあまり合いません。
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Qモンゴロイドは白人が進化(変化)したものですか?

現在の人類の祖先は10万年前アフリカを出た200人程度の黒人の集団でありインド人は従来言われていた北方のアーリア人が南下したものでは無くその地で黒人が進化(変化)したものであるとの記事を読んだ記憶がります。
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人類のルーツに関しては諸説ありますが、
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日本の古古代の話ですが

日本の各地に黒曜石が出ます。伊豆の天城にも出ますが、「もっと南の島に出るらしい」ということで神津島まで出かけていって黒曜石を採取します。神津島までいくのに丸太船を使い、ほぼ日中いっぱいかかって着きます。神津島とは言っても、島の内部ではなく、付近の海の中に中にあるので、船を縛っていなければなりません。当然縄などもいる訳です。船はどうやって作ったのでしょう?。これは、弥生時代の話でも縄文時代でもなく、ほぼ2万年前の事だと判っています。日本の黒曜石は、日本海の向こうの朝鮮半島やロシアなどでも見つかるそうです。つまり、そういう交流がなされていたという事です。その後日本の歴史は縄文時代になりますが、それと平行する世界の歴史は旧石器の時代です。発掘からみる日本の歴史は、とてつもなく古く北は北海道から南の沖縄に至るまで至る所で、遺物や遺跡が出てきます。こういうところは世界中さがしても日本にしか無いそうです。例えば、6000年前のものと言われる漆の漆器にはエゴマの油が配合されているらしく、現在にも繋がっています。もし、四大文明前を調べたいのであれば、とりあえず日本の縄文とそれ以前を一度調べられる事をお勧めします。

日本の古古代の話ですが

日本の各地に黒曜石が出ます。伊豆の天城にも出ますが、「もっと南の島に出るらしい」ということで神津島まで出かけていって黒曜石を採取します。神津島までいくのに丸太船を使い、ほぼ日中いっぱいかかって着きます。神津島とは言っても、島の内部ではなく、付近の海の中に中にあるので、船を縛っていなければなりません。当然縄などもいる訳です。船はどうやって作ったのでしょう?。これは、弥生時代の話でも縄文時代でもなく、ほぼ2万年前の事だと判っています。日本の黒曜石は、...続きを読む

Q画文帯四仏四獣鏡は古墳時代の仏教徒が作った物?

5世紀頃の副葬品と言われていますが
日本で造られた物なのでしょうか?
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それともこれは渡来品ですか?

Aベストアンサー

ここにある説明では、日本で製造したコピー品があるような説明になっています。
http://www.iida-museum.org/cgi-bin/bunkazai/weblib.cgi?mode=read&indx=&class=&word=%89%E6%95%B6%91%D1%8El%95%A7%8El%8Fb%8B%BE&cond=%91S%82%C4%82%CC%8F%F0%8C%8F%82%F0%8A%DC%82%DE&page=0&view=1
「本鏡と共通したものに河内国金剛輪寺伝来の一面(現京都国立博物館蔵)がある。本鏡は大和王権による配布鏡である可能性が強く、当地方の重要度を物語る資料といえる。」
http://www.museum.city.nagoya.jp/siryohokan03.html
「この故宮鏡は、大須二子山古墳、千葉県鶴巻塚(つるまきづか)古墳と岡山県王墓山(おうぼさん)古墳の、3面の画文帯仏獣鏡と同型の鏡の可能性が高い。同型の鏡というのは、もとになる1面の鏡から型取りして複数の鋳型(いがた)を作り、その各鋳型で鏡を鋳造する。もとが同じ鏡だから、文様や銘文、傷までそっくりな鏡ができる。」
 
コピーは、原型を使って作るので、原型ができた後で造られたことになり、
 
http://www.emuseum.jp/detail/101143?d_lang=ja&s_lang=ja&word=&class=10&title=&c_e=&region=&era=&cptype=&owner=&pos=1&num=5&mode=detail&century=
「文様や図像からみて、原鏡は4世紀頃に中国で製作されたと考えられる。しかし、日本出土品は、いずれも原鏡を粘土などに押しつけて鋳型を作り鋳造した踏返し鏡で、確認できる例は5~6世紀の古墳から出土しているので、その製作年代は5世紀以降に下ると考えられる。」
 
また、模様から考えて、道教、神仙思想、仏教の混淆したもので中国の当時の宗教事情を反映していて、原型を造ったヒトは、いわゆる仏教専門の信者や仏教専門の帰依者などではないでしょう。
 
日本では、王権あるいは有力部族が地方勢力を勢力下にしたときに、権力・権威の証し・ステータスシンボルとして配布したもので、いわゆる宗教とは関係がないと考えても良いと思います。 中国や朝鮮からまだ経典がきて、専門の僧が宗教儀式を行うようなことは、この時代の日本にはなかったでしょう。 中国、朝鮮から高度な技術や品物と技術者、有力者が日本にたくさん渡来しましたから、そうした人が自分の信仰や宗教的儀礼を持ってきたことはあるはずです。
日本への仏教の公の伝来は6世紀です。(上記の状況では、それ以前に、個人的に持ち込んだ道教、神仙思想、仏教はあったでしょう)
四獣鏡という名前からもわかるように、もともと、中国の神話、天の四方の方角を司る霊獣で本来は仏教とは無関係で、後に中国に仏教が伝わったときに、それも取り込んで新たな中国式神仏混淆の宗教になったものです。 鏡を重視するのもそのためです。(仏教には関係ないです)

ここにある説明では、日本で製造したコピー品があるような説明になっています。
http://www.iida-museum.org/cgi-bin/bunkazai/weblib.cgi?mode=read&indx=&class=&word=%89%E6%95%B6%91%D1%8El%95%A7%8El%8Fb%8B%BE&cond=%91S%82%C4%82%CC%8F%F0%8C%8F%82%F0%8A%DC%82%DE&page=0&view=1
「本鏡と共通したものに河内国金剛輪寺伝来の一面(現京都国立博物館蔵)がある。本鏡は大和王権による配布鏡である可能性が強く、当地方の重要度を物語る資料といえる。」
http://www.museum.city.nagoya.jp/siryohokan03.htm...続きを読む

Q四大文明以前について何でも構いませんので教えて下さい

今、とても歴史にはまっていまして、最初は中国の三国志あたりだったんです
どんどん古い歴史に興味がでてきてしまい、困ったことについに四大文明以前が知りたくなってしまいました。
ところが四大文明以前ともなると、さすがにそのような本やサイトが
少ないみたいなのです。
今は・・・コーカソイドやモンゴロイドといったキーワードに敏感に反応したりしてまして・・。
すごく広範囲で曖昧な質問になってしまうのですが、どのようなことでも全くの推測で構いませんので何か知っていることがあれば教えていただきたいのですが。。
ちなみに今はヨーロッパ人が歩んできた道のりのなるべく古い歴史を知りたいと思っています。
でも古いことならなんでも知りたい気分です。
類人猿でも構わないくらい。。
もしかしたら文化人類学や歴史のカテゴリになるのかもしれませんので
カテゴリが違いましたらすみません。
このような失礼な質問で申し訳ありませんが、楽しみにお待ちしております。

Aベストアンサー

No.2のmartinbuhoです。

昔読んだ本を紹介します。図書館にあるかも・・

白水社クセジュ文庫 「アッチラとフン族」ルイ・アンビス 安藤和雄訳

ハンガリア人の祖先と言われるフン族をヨーロッパ人が研究・解説した本です。

Q新モンゴロイドについて教えてください

 北方アジア人の顔つき、体つき(はれぼったい細目、体毛が少ない、手足が短くずんぐりしている)は、寒冷地適応の結果そうなったということが、今の考古学界の定説になっているようなんですが、私にはもう一つ納得がいきません。

 (1)寒い地方に住むと保温のため毛が生えるんじゃないかと思うんですが、毛というものは保温のためではなく、体の保護のためにあると考えれば、寒冷化適応のため毛がなくなったというように理解できなくもありません。寒さを防ぐために衣服を着るようになったので、体を保護する体毛の必要性がなくなったからです。
 毛は皮膚組織が変化したものと思われますが、何のためにあるのでしょうか?

(2)モンゴロイドがベーリング海峡を渡り、南米の南の端まで行っていますが、南端の彼らの顔つきは、琉球の人の顔つきとよく似た古モンゴロイドのような感じがします。彼らは新モンゴロイドが発生する前の古い時代の人々だったのでしょうか?

Aベストアンサー

ご質問の内容からは、外れますが、アメリカ大陸の原住民と言いましても、顔つきや体型などが、様々あり、一概にまとめられません。
イヌイットの人達などは、かなり日本人に近い顔や体型をしています。
一方アメリカのネイテチィブアメリカン、アスティカ系の北メキシコ、南米のグアラニーなどは、四角いようなこわばった顔をしています。
メキシコ南部やグアテマラのマヤ系の人は、丸い顔に丸い体が特徴的ですが、時として日本人に近い顔の人やタイ・マレーシア人・フィリピン人に近い顔の人もいます。
また、古代インカ帝国の主要民族のケルチャ系の人は、タイやマレーシア・フィリピン人に近い顔の人が多く、タイなどでは見分けがつかないのではと思ってしまいます。
さらに南のマプチュ人あたりになりますと、ポリネシア系が入っていそうな人が多くなります。

現在マプチュ人地区よりも南の地区では、純粋な原住民がいませんので、顔形を比べる事が私にはできませんでしたので、南米大陸南端の人が、どのような顔をしていたのかは知りません。
(ウッシュアイアの博物館ではわかるそうですが)

南米の原住民といえども、かなりの混血が起こっているようです。
ベーリング海を越えた時期においても、大きく3回あるそうですし、太平洋を渡った人達も数多くいたと思えます。
(イースター島は、ポリネシアに属する島ですが、インカ帝国の石垣技術を思わせる遺跡があります。イースター島と南米との間で交流が有ったと思われます。つまり、ポリネシア経由での人の交流も充分考えられると言う事です)

ご質問の内容からは、外れますが、アメリカ大陸の原住民と言いましても、顔つきや体型などが、様々あり、一概にまとめられません。
イヌイットの人達などは、かなり日本人に近い顔や体型をしています。
一方アメリカのネイテチィブアメリカン、アスティカ系の北メキシコ、南米のグアラニーなどは、四角いようなこわばった顔をしています。
メキシコ南部やグアテマラのマヤ系の人は、丸い顔に丸い体が特徴的ですが、時として日本人に近い顔の人やタイ・マレーシア人・フィリピン人に近い顔の人もいます。
また...続きを読む

Qインダス文明の食べ物

宿題で、インダス文明の人たちが食べていたものを
英語で(アメリカにいるので)やってこいと言われ…。
歴史全然ダメなんで…。
誰か教えてくれませんか?
(日本語でもいいです。英語に直しますから)

Aベストアンサー

インダス文明については

http://search.britannica.com/search?query=indus

 で、検索して

http://www.harappa.com/indus/indus4.html

 に、ありませんか。

Q【東アジア】日本人に一番近い民族は?【モンゴロイド】

人類はアフリカの女性から存在し、そこから、
中東、欧州、アジア、ユーラシア大陸を通って、
アメリカ大陸に広がっていたと理解しています。

そこで、質問なのですが、
DNA上、日本人に一番近い民族といえば、
やはり朝鮮民族や漢民族になるのでしょうか?

南北ルートからアイヌ、琉球民族の影響もあると思いますが、
実際どうなんでしょうか?

Aベストアンサー

DNA解析の結果から見ると、日本人で一番多いグループの近縁は、チベット、アンダマン諸島あたりのようです。(縄文人が、分岐したのは、約3万年前と推定されます)
何故か、中国・朝鮮・東南アジアには、近縁グループは少ないようです。
なお、日本人のDNAグループとしては、アイヌ・琉球・本土は他の国のDNAグループに比べると、極めて近い事がわかっています。
どうも、アジアの中でも、日本人はかなり早い時期にDNAグループから分離し、ある意味陸封された形で、DNAが保存されていたようです。(大陸では、DNAの交配が進んで、日本とは大きく変わったと言う事のようですね)


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