芥川龍之介に関する考察を深めたいと思っています。
特に彼の自殺に至った経緯について詳しく書かれた読みやすい文献などご存知でしたら教えていただけないでしょうか?

A 回答 (3件)

昔吉田精一さんの「芥川龍之介」(前は確か新潮文庫で出てましたが、今はないだろうな…)を読んで、作品論として大変精緻で(でもこちらが素養がなくてちゃんとわかってなかった気がしますが…(^_^;))すごかったです。


ただ、スタンスとして、作品自体を純粋に論じるという感じでした…

今思い出しましたが、内田百閒の小説…ちくまの文庫で一人一冊出てる日本文学全集の百閒のに入ってたんですが、芥川の思い出みたいなのを書いている短編がありました。支那のお土産か何かもらった話だったか…帽子の話だったか…芥川が死んでしまったときの自分を書いていましたね。ご参考に。
小島政二郎の小説もありますが、あの人のはゴシップっぽいからなぁ…それはそれで一つの手法ですが、好き好きで。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。m(_ _)m 
参考にしてみます。

お礼日時:2001/08/18 00:36

現代書館かどこかから出ている「FOR BEGINNERS」シリーズの芥川龍之介をかなり前に見て、参考になりました。

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この回答へのお礼

ありがとうございました。探してみることにします。

お礼日時:2001/08/18 00:33

下記は参考文献を紹介されている研究ページです。



芥川、川端、三島、太宰といった作家の場合、
お知りになりたいような経緯が出てくる本はどうしても、
フィクションか、推測、病理学分析のようになりがちで難しいですね。

参考URL:http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/a-books.htm
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
…しかし、ちょうど今同じサイトを見ていたところでした。文献が多すぎてどれから手をつけていいのか全くわかりません…。いくつか実際に読んで感触をつかんでいくしかないようですね。

お礼日時:2001/08/16 11:43

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Q芥川龍之介の「鼻」について

芥川龍之介の「鼻」の内容についての質問です。
大きな鼻を笑われていた主人公の鼻が短くなって、
一層笑われるようになったのは何故なんでしょうか。

Aベストアンサー

頭の方に答えがあります。
「専念に当来の浄土を渇仰すべき僧侶の身で、鼻の心配をするのが悪い
と思ったからばかりではない。それよりむしろ、自分で鼻を気にして
いると云う事を、人に知られるのが嫌だったからである。」

内道場供奉は、宮中の内道場に供奉する天皇の護持僧、つまり高僧です。
今迄、天皇に仕える徳の高い僧侶として、悟りを開いたような顔をして
とりすましていました。
普通、心の中は見えませんが、鼻を短くしてしまった為に、悟りを開く
どころか、まだ自分の容姿を気にしているような俗人であった事を、
白日にさらして、皆に知られてしまったのです。
皆は、容姿を笑っているのではなく、高僧でありながら容姿を気にしている、
その心を笑っているのです。

Q芥川龍之介の自殺について

芥川の自殺の原因とその理由を教えてください。

Aベストアンサー

「芥川龍之介 自殺 原因」で検索するといろいろ出てきます。
その中の一つを参考に載せますね。

参考URL:http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/3516/introduction/akutagawa.html

Q芥川龍之介さんの『鼻』について質問します。

芥川龍之介さんの『鼻』を読んでいる外国人です。

『鼻』には、こういう記述があります。

>池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。あの鼻では誰も妻になる女があるまいと思ったからである。中には又、あの鼻だから出家したのだろうと批評する者さえあった。しかし内供は、自分が僧であるために、幾分でもこの鼻に煩される事が少くなったと思っていない。内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来ていたのである。そこで内供は、積極的にも消極的にも、この自尊心の毀損を恢復しようと試みた。

「内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来ていたのである。」の意味についてですが、
「結婚できない坊主であるにもかかわらず、『結婚していない』という事実があるので、内供の自尊心がその影響を受けて、より傷つきやすくなった。」ということと私は考えていますが、
友達(同じく日本語を勉強している外国人です)は、「内供の自尊心があまりに傷つきやすいので、『結婚していない』という事実に影響を受けていなかった」と考えています。

私の主張と友達の主張、どちらが正しいですか。

よろしくお願いします。

芥川龍之介さんの『鼻』を読んでいる外国人です。

『鼻』には、こういう記述があります。

>池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。あの鼻では誰も妻になる女があるまいと思ったからである。中には又、あの鼻だから出家したのだろうと批評する者さえあった。しかし内供は、自分が僧であるために、幾分でもこの鼻に煩される事が少くなったと思っていない。内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来て...続きを読む

Aベストアンサー

「内供の自尊心は、余りに繊細だったので、妻帯と云うような俗っぽい事実に関与することはなかった」といった意味。

お二人とも、「デリケート=傷つきやすい」と解釈なさっているようですが、「デリケート=繊細で感受性が強い」とお考えになるほうが良いでしょう。
繊細で感受性が強かったので、俗人が気にかけるようなつまらぬことで悩むことはなかった、というニュアンス。

Q芥川龍之介の死後に出た本に、芥川の印が押してありました。誰が押したのでしょう?

先日物置を整理していたらかなり古い本がたくさん出てきて、
芥川龍之介の羅生門がありました。

昭和27年に発行された本で、初版でした。
本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所に、
小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました。

芥川龍之介は昭和元年に亡くなっているそうなのですが、
この印は誰が押したものと考えられるのでしょうか。

Aベストアンサー

まず、「本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所」を奥付(おくづけ)と云います。
「小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました」これは、検印紙に「芥川」の検印がありました云います。

さて、検印ですが、生前の場合は普通は本人が捺しましたが、中には出版社の社員に捺させたり、弟子や家族が捺させていたケイスも珍しくありません。江戸川乱歩など家族総出でも間に合わなくて出版社の応援迄頼んだようです。(子息の思い出話)

何のためにこの「検印」を行うかと云うと、印税の関係です。検印の数分だけ印税を出版社が支払と云う訳です。又、「検」印ですから著者に無断で発行したものではないと云う証にもなります。

さて、著者が物故してしまうとどうなるのでしょう。著者が没後も一定期間(当時は30年だったはず、現在は50年)印税を貰えます。これは著者の遺産ですから、相続をした人(遺族)が貰えます。この貰える人を著作権継承者と云います。継承者は著者の遺産を相続した訳なので、出版をしても良いとか、無断で出版しているものを法的に差し止める権利があります。
長くなりましたが、検印は多分、著作権継承者かその指示で出版社が捺したのでしょう。昭和27年と云えば、昭和2年元旦を起点として(物故の翌年の元旦を起点とする)26年ですから未だ著作権は残存していたと思われます。

尚、最近は印刷部数が膨大になりとても一つ一つ判子を捺していられない所為もあり、検印を行う例は珍しくなりました。

話が煩雑になるので、版権を著者が譲渡した場合などは省略してあります。
又、著作権継承者は作品毎ではなく、纏めてなようです。

まず、「本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所」を奥付(おくづけ)と云います。
「小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました」これは、検印紙に「芥川」の検印がありました云います。

さて、検印ですが、生前の場合は普通は本人が捺しましたが、中には出版社の社員に捺させたり、弟子や家族が捺させていたケイスも珍しくありません。江戸川乱歩など家族総出でも間に合わなくて出版社の応援迄頼んだようです。(子息の思い出話)

何のためにこの「検印」を行うかと云うと...続きを読む

Q芥川龍之介さんの『鼻』についてです。

芥川龍之介さんの『鼻』を読んでいる外国人です。
いろいろな質問があります。

『鼻』には、このような記述があります。

>「禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。」
>「池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。」
>「鼻を粥の中へ落した話は、当時京都まで喧伝された。」

つまり、禅智内供は池の尾という所に住んでいました。池の尾と京都は違う所のようです。そして、「内供」というのは皇居の中に務めている僧のことですよね?「鼻」は平安時代の話のようですが、あのときの「皇居」が京都にあったじゃないですか。つまり、鼻を粥の中へ落した話は、内供の仕事場まで喧伝された、という意味ですか。

>「ところがある年の秋、内供の用を兼ねて、京へ上った弟子の僧が、知己の医者から長い鼻を短くする法を教わって来た。その医者と云うのは、もと震旦から渡って来た男で、当時は長楽寺の供僧 になっていたのである。」

「内供の用を兼ねて」と「長楽寺」というところがわかりません。
「長楽寺」を調べたら、「京都市東山区にある寺」と「群馬県新田郡尾島町にある寺」が出てきました。
では、弟子の僧は、群馬県にいる長楽寺の供僧から長い鼻を短くする法を教わって、そして京都へ上って、ついでに池の尾へ内供を訪ねたんですか。
あるいは、内供と池の尾に一緒にいる弟子の僧が、ある目的のために(何のためかわからないが)京都へ上って、京都市にいる長楽寺の供僧から長い鼻を短くする法を教わって来た、という意味ですか。
「内供の用を兼ねて」の意味もわからないので、判断できません><

変な質問ですみません。
よろしくお願いします。

芥川龍之介さんの『鼻』を読んでいる外国人です。
いろいろな質問があります。

『鼻』には、このような記述があります。

>「禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。」
>「池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。」
>「鼻を粥の中へ落した話は、当時京都まで喧伝された。」

つまり、禅智内供は池の尾という所に住んでいました。池の尾と京都は違う所のようです。そして、「内供」というのは皇居の中に務めている僧のことですよね?「鼻」...続きを読む

Aベストアンサー

「池の尾」は宇治です。宇治は今と違って貴族の別荘がある、そうですね、東京と軽井沢や伊豆のような扱いだったと思っていただければ。

>内供の俗でない事を仕合せだと云った

これ以下の「内供」は、「禅智内供」のことです。
禅智内供は、おそらく位だけを得て、宇治に住んで、御用があるときにだけ宮中に召しだされる僧だったのだと想像ができます。
よって、

>「鼻を粥の中へ落した話は、当時京都まで喧伝された。」

宇治から京都の街中まで笑い話として「鼻の大きな僧侶が鼻を粥の中へ落とした」という話が伝わった、と思っていただければと思います。

>「内供の用を兼ねて」と「長楽寺」というところがわかりません。

「内供の用を兼ねて」=文中には書いてありませんが、弟子が京都へ行く必要があり
(お坊さんとして偉くなるためには、京都のお寺に行く必要があることがよくありました)
その時に「禅智内供」がたまたま京都に用事があったため、その弟子に用事を済ませてきてくれ、と命じたのでしょう。
よって、弟子が、禅智内供の用事を済ませることも含めて、「京に上った」=京都へ行ったのです。
このことから推察するに、長楽寺は群馬ではなく京都のお寺のことだと思われます。
弟子は、京都の長楽寺にいた「震旦(中国のことです)から渡ってきた男」に鼻を短くする方法を伝授されて、宇治=池の尾に帰ってきた、ということです。

「池の尾」は宇治です。宇治は今と違って貴族の別荘がある、そうですね、東京と軽井沢や伊豆のような扱いだったと思っていただければ。

>内供の俗でない事を仕合せだと云った

これ以下の「内供」は、「禅智内供」のことです。
禅智内供は、おそらく位だけを得て、宇治に住んで、御用があるときにだけ宮中に召しだされる僧だったのだと想像ができます。
よって、

>「鼻を粥の中へ落した話は、当時京都まで喧伝された。」

宇治から京都の街中まで笑い話として「鼻の大きな僧侶が鼻を粥の中へ落とした」という...続きを読む

Q芥川龍之介のように凝った文体の作家

芥川龍之介、中島敦のように凝った文体の作家は他にいますか?
いたら作家名と代表作を教えてください。
できれば現代作家がよいのですが、古い作家でも構いません。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

No.1です。
>一字一句に意味があって省略できないような作品
となるとほとんどの明治・大正の作家が該当すると思いますが、例えば森鴎外、尾崎紅葉、志賀直哉。
比較的新しいところでは、言葉遣いに凝っているなら三島由紀夫。「山月記」「名人伝」「杜子春」など中国物がお好きなら(初期の)宮城谷昌光。

Q芥川龍之介「一塊の土」の読み方について

芥川龍之介「一塊の土」の読み方について
「いっかいのつち」と「ひとくれのつち」とどちらが正しいのでしょうか?
新潮文庫の「戯作三昧・一塊の土」の目次の次のページには「いつかいのつち」とルビがありますが、青空文庫などでは「ひとくれのつち」とされています。
気になりますのでぜひ教えてください。

Aベストアンサー

 1990年代に出版された、岩波書店版の全集では、その作品にルビが付いている訳ではありませんが、最終巻の索引では、「い」の項に「一塊の土」が収録されています。

 現時点では、最も権威のある芥川龍之介全集と思われますので、いっかいのつち でよろしいと思います。

Q芥川龍之介の「羅生門」について教えて下さい。

青空文庫の芥川龍之介の「羅生門」を読んでいる外国人です。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/127_15260.html

わからないところがあるので、質問します。

>>どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない。選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいした揚句あげくに、やっとこの局所へ逢着した。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「盗人ぬすびとになるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

>>下人は、頸をちぢめながら、山吹の汗袗に重ねた、紺の襖の肩を高くして門のまわりを見まわした。

①「この「すれば」のかたをつけるために」
②「その後に来る可き」
③「紺の襖の肩を高くして」
というところの意味を、教えて下さい。
よろしくお願いします。

青空文庫の芥川龍之介の「羅生門」を読んでいる外国人です。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/127_15260.html

わからないところがあるので、質問します。

>>どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない。選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいした揚句あげくに、やっとこ...続きを読む

Aベストアンサー

まず、下人の思考の流れを押さえましょう。

①「どうにもならないことを、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない」
②「手段を選ばないとすれば」
③「盗人になるより仕方がない」
ということですね。

「当然、その後にくる可き(べき)…」というのは、②の後に③となるのは自然な結論だ、というような意味です。

しかし、下人は「盗人になるよりほかに仕方がない」ということを「積極的に肯定するだけの、勇気が出」ないのです。そのために、「すれば」のかたがつかないのです。

下人は、「仕方がない」と思いつつも、盗人になる決心がつかないようですね。

ここで、②から③への結論を、「積極的に肯定する」とき、下人はどう考えるでしょうか。
「手段を選ばない以上は、おれは盗人になるしかないのだ」といったところでしょう。

下人は、頭では他に手段がないと分かっています。
しかし、盗人になるより仕方がないのを「積極的に肯定するだけの勇気がない」ので、手段を選ばないと「すれば」という段階に あえて止まっているといえます。

この「選ばないとすれば」というのは、どういう意味でしょうか。これは、他にいい手段がある「かもしれない」という希望だといえるでしょう。

しかし手段はないのです。「とすれば」はありません。すがりつく希望はないのです。

「かたをつける」とは、「盗人になるのを積極的に肯定する勇気をもつ」ことで、その希望を切り捨てることを意味しています。

まず、下人の思考の流れを押さえましょう。

①「どうにもならないことを、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない」
②「手段を選ばないとすれば」
③「盗人になるより仕方がない」
ということですね。

「当然、その後にくる可き(べき)…」というのは、②の後に③となるのは自然な結論だ、というような意味です。

しかし、下人は「盗人になるよりほかに仕方がない」ということを「積極的に肯定するだけの、勇気が出」ないのです。そのために、「すれば」のかたがつかないのです。

下人は、「仕方がない」と...続きを読む

Q芥川龍之介さんの名前について

芥川龍之介さんの名前についてのことで、
ご存知の方、教えてください。

たまに、「龍」の字が、「竜」になっていることが、あるのですが、
芥川さんは、両方使用していたのでしょうか?

それとも、誤って伝わって、そのままなのでしょうか?

青空文庫でも、この字がありました。

お詳しい方、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

既に回答1に出ている通りなのですが、一時期当時の文部省は個人の名前迄全て教科書等では教育漢字にあるものはその書体にさせていました。
他の例に、大佛次郎⇒大仏次郎 があります。(本人は「仏」と「佛」とは別の字だとしていましたが…)

従って、専門学校の出題はその意味では誤りではありません。

当用漢字制定迄に物故した作家等の場合、どこ迄を現行書体にして良いのかと云う問題は別にあります。
戦後文字を改めている例としては、江戸川乱歩がいます。「亂」から「乱」に改めています。
なお、記者としては小学校や中学校の場合、難しい漢字をかなにする事は兎も角、高等学校以上では、多少難しくとも固有名詞や特別の意味のあるものはそう無闇に書き換える事に疑問があります。しかし、印刷の資材(活字)等の都合や編集上の都合から書き換えを行っている例もあります。

Q芥川龍之介について

今レポートを書いている途中なのですが・・・・・
芥川龍之介についてのものです・・・・いろいろ調べてはいるのです似た様な物ばかりでして・・・・
もし、何か特別に知っている!経歴や生まれについて、その他家族等
芥川竜之介についてどうな事でもよいので教えて下さい!!

Aベストアンサー

回答ではありませんが、
私が青春時代に読んだ本の中で一番感動した本は芥川龍之介の「奉教人の死」です。
余計なことでしたか、


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