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動詞の「きく」は、多様な意味を持っており、現代人は「聞く」・「聴く」・「効く」・「利く」を当ています。
ところで、漢字を未だ使っていない頃の縄文・弥生の方々は、「きく」をどのように思い、どのように扱っていたのでしょうか?

A 回答 (13件中1~10件)

1. キは 用言(動詞)の来ルの体言法(名詞形=連用形)であり 《自


分の側に近寄る》という意味があります。

2. 補充用言のキは 回想の助動詞として《回想したものごとが そのい
ま確実に記憶にのこっている》と言おうとするものです。

2-1. たとえば《逢わざりキ》と言えば 《逢わなかったということの
想いが いま確実に記憶にある》という。


3. そうしますと 聞クのキも同じようにそれは 《耳に・つまり聴覚な
る感官にその音声がやって来ている》さまを言うと推し測られます。

4. 聞クないし聞キは 末尾の音節にもその同じキという語(ないし形態
素)をつらねたものだと考えられます。

5. すなわち 《聴覚なる刺激が――むろん音声として――われに確実に
起きているしそのことを意識として確認しつつ 知っている》と言っている。

6. 確認が自覚を生んでいる。


7. 聴覚現象が確実に起きていて その感性が何かの事柄を言わば証拠立て
るとすれば それは意味として《効く・利く》である。



☆ そんな原形があったのではないかと推測されますまいか。
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この回答へのお礼

早速の御解答ありがとうございます。
「きく」には①まず主要な働きとして<聴覚現象が確実に起きている>のですね。
②として<《効く・利く》>が発生・引き起こされる、のですね。
すなわち、「きく」には主要な<聞く・聴く>ばかりでなく、派生的に「効く」・「利く」も含まれている、のですね。

お礼日時:2020/10/08 16:02

☆☆ (№12) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


§7 ・・・一言主の神は こう名乗ったそうです。

   《あ(吾)は悪事(まがごと)も一言 善事(よごと)も一言
   言離(ことさか・言い放つ)の神 葛城の一言主の大神ぞ》
                          (古事記)

★ (№12お礼欄) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  <《あ(吾)は悪事(まがごと)も一言>

と言いました。この時に、日本人は”吾”・”自分”という意識を初めて知った、と”思っています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆ 日本人にとっての《わたしはわたしである》という自己同一性の自覚 これは いまでも大問題であり それが 基本としていつから始まったかは 重大事であると思います。



ひとつの見方を提出します。

1. 動物は 歴史を持たないと言われます。人間は 万物の霊長として――その霊性ないし知性において――世界にあることを時間の感覚として受け留めおのれの存在についてその生死を知っているのだと言われます。

1-1. 世の中は 無常であると感じそのことから〔天晴れや哀れといった正負の〕もののあはれを知ると言われます。

1-2. もののあはれは 過程であり動態であり その知性は 歴史知性であると考えられます。


2. 歴史知性は――動物とはちがって――ヒトに生まれつきそなわっていると考えられますが その自覚がなかったという段階があると思われます。

2-1. 歴史知性以前というのは すなわち《〈わたし〉の自覚》が薄く もののあはれを知ったことがその知性の主体である各々のわれにおいて把握されていない状態のことであると。

2-2. 言いかえると 無常なる世の中として成り立っている世界と われとは 未分化で一体であるというような状態。

2-3. 原始心性としてのアニミズムやシャーマニズムのような心。

2-4. これを 《ヨリ(憑り)原始心性》とよびます。世界とわれとが未分化で われなる意識は あらゆるものごとに憑りついてしまっていた。



3. ヨリ心性の雲霧をやぶったのは やはり無常観であり生死の自覚であろうと見られます。

3-1. では それ以前とどう違うか。たとえば ひとが息を引き取ったなら ヨリ心性としては なお眠りに就いたと見たのではないか。

3-2. その眠り観をやぶったのは 墳墓を掘り返してそこに見たのが 眠りに就いた者の蛆虫に集られた無残な姿だったときだと言います。

3-3. ひとは死を死ぬと知って 無常はほんとうに取り返しのつかない歴史なのだと知ったと言います。

3-4. このうつろいゆく世界にあってみづからも朽ちざるを得ないものなのだと知ったその時間観が 歴史知性となったのだと。

3-5. 死ぬのは ほかの誰でもなく おのおの《わたし》なのだと知ったのだと。

3-6. この有限なる存在としてのわれが そのわれを直視して わたしはわたしであると宣言したと。

3-7. そのよわい・もろい存在として それでも 世界に入るのだと。これが イリ(入り)なる歴史知性の誕生であると。《 in-der-Welt-sein 》。



4. 西暦300年ごろのやまとの三輪山のふもとにおける人びとのあいだに誕生した《イリ思想》です。

4-1. 崇神ミマキイリヒコイニヱのミコトとなづけられた人間 ここに《イリ思想》が見て取れます。

4-2. それまでは ヒメタタライスケヨリヒメ だとかイクタマヨリビメというように 《ヨリ原始心性》での命名が見られます。

4-3. 崇神イリヒコの世になると やたら イリヒコ・イリヒメという名が目立ちます。

4-4. ここで 日本人の原像として われの自覚が基本的に成ったと見ます。



5. なお ひとことつけ添えるだけですが このあと イリ歴史知性をしのぐ(?)超歴史知性があらわれます。

5-1. 神功オキナガタラシヒメは 《かみを帰(よ)せたまひき》と古事記にあるとおり 《ヨセ(寄せ)なる超歴史知性》へと 走りました。

5-2. その子の応神ホムダワケが その心性を共有したと思われます。400年ごろです。

5-3. イリ歴史知性を自分の元に寄せ ヨリ心性をたばねるスーパー歴史知性の誕生です。

5-4. 世の中が 言わば市民社会圏とその上の空中庭園( the Hanging Garden )にたとえられる公民圏とから成る二階建て構造となったと見られます。
・・・



6. 世の中は 知性(心性)として ヨリとイリとヨセとの三つの種類に区分されると思われます。
・・・


7. これからの世界においてひとつの課題は ヨセなるスーパー歴史知性の克服であり それとともに できるものなら 共生するという方向ではないかと。

7-1. 中国共産党との――心の奥底における――和解・共生であると。《民は由らしむべし。知らしむべからず》なるヨセ思想の克服。
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この回答へのお礼

長文の御解説ありがとうございます。
(猫に小判の思いで説明されていることと危惧します)
<3-5. 死ぬのは ほかの誰でもなく おのおの《わたし》なのだと知ったのだと。
3-6. この有限なる存在としてのわれが そのわれを直視して わたしはわたしであると宣言したと。>
この時点で、過ぎ行く時・歴史と自分という自覚がなされたのですね。
すなわち、ヨリからイリへ移行し、その後はヨセに到達するのですね。

お礼日時:2020/10/17 11:54

№11を承け 敬語についてのあれこれです。



§7
カミがまったく姿を現わさないかと言えば 例外の事例があります。

ヒトコトヌシ(一言主)のカミが 現実の姿になったところを 雄略ワカタケルは葛城の山で見たし 話さえもしたと言います。一言主の神は こう名乗ったそうです。

    《あ(吾)は悪事(まがごと)も一言 善事(よごと)も一言
    言離(ことさか・言い放つ)の神 葛城の一言主の大神ぞ》
                           (古事記)

§8
でも雄略オホハツセワカタケルのミコトは 日本書紀では 政敵は言うにおよばず同族を暗殺するわ何やかやで《大悪天皇(はなはだあしきすめらみこと)》とうわさされて呼ばれている人物です。

そのことを理解するために カミとヒトおよびモノとコトとの位置づけを見ておきます。世界観です。

○ (モノとコト e = mc^2 ) 〜〜〜〜〜〜〜〜~~~~~~~~

モノ(物)――――もの(者)――――――――オホモノヌシ(大物主)
コト(事・言)――みこと(美言・命・尊)――ヒトコトヌシ(一言主)
  ↓      ↓            ↓
自然・社会・・・・ひと・・・・・・・・・・・かみ

 * この範式において 次の図式も得られます。

 モノの木――――――ねこ(根子)――――――――生命の木
 日の移り行くコト――ひこ・ひめ(日子・日女)――日(光源)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~~~~~~~~~~~~~~~
 
☆ つまりは 先の§5[6]のカミは 明(あき)つ神もしくは現人(あらひと)神として 《オホモノヌシ=ヒトコトヌシ》なるカミの座に 人間が就いたことを意味するはずです。


§9
その昔は――農耕の本格的に始まった弥生時代から説き起こすのですが―― 秋には稔りの初穂をカミガミに《まつる(そなえる)》ことで 感謝祭のごとく《まつり(祭)》を催し ムラの人びとの共生を図りました。このときムラは 社会のかたちとして平屋建てだったでしょう。
 
そうしてそこへ どうしてもお山の大将にしてくれ そうでなきゃおれは生きて行けないという人間が現われました。人びとは 社会にも――社会もヤシロなんですが――雲の上に神棚をこしらえて ここへその人間をまつりあげたのではないかという推理です。

これが オホキミ(大君)であり のちのスメラミコト(天皇)であり 現人神であると。
 
社会が 二階建て構造に成りました。そういう国の家です。
 

§9-1
もっとも のちの世から第十代であり初代天皇とされている崇神ミマキイリヒコイニヱのミコトは まだ平屋建ての社会でした。300年ごろすなわち雄略ワカタケルより二百年ほど前のことです。

ムラびとの代表としてオホタタネコを オホモノヌシのカミを祀る神主として ヒコ(日子:彦)なる公民と ネコ(根子)なる市民とがひとしくやはり共生する社会を築きました。崇神イリヒコは へりくだるオホキミでした。

イリ(入り)とは 生死を知り自分たちが時間的存在であると知っておのおのが世界に入りするという《イン‐デア‐ヱルト‐ザイン In-der-Welt-sein》だと自覚したという思想です。


§10
そこで 《見し(あたかもカミがおのれの姿を見せる)⇒召し》という言葉が現われたとともに たとえば一階の市民たちがお二階さんに従うことを 《まつらふ・まつろふ》と言うようにもなりました。

つまり昔のムラムラのマツリが お二階さんの主導であたかもその管理のもとにおこなわれるようになったということです。むろん税を納めます。(一階の市民たちは 世界一お人よしであったのでしょうか)。

あるいは 国の家としての社会全体の共生のための共同自治は 《まつりごと》という言葉で統治や支配を意味することになったとさ。というお話です。

 
すなわち・つまり・とどのつまり・けっきょく この二階建て構造を維持するためには 身分なる上下関係が重要でその保守が大事だということになります。

そのために敬語法のうちの尊敬語法および謙譲語法があり 発達したようです。ていねい語法は 一階の住人たちの真骨頂です。


§11
余滴
 
たとえば社会のどん底や周縁に追いやられた者で優秀な人間がその不遇のうちに亡くなった場合には 《崇り》が起こると言われました。

現人神のさらに背後にあって目に見えない世界に存在するカミが タタル(立たる)わけです。

波が立ツ・腹が立ツ・腹を立テのほかに 自然現象かつ社会現象として何ものか――その霊?――が自発的に立タルと言っています。当テ∽当タル。

この立タル=崇りにも世の中は平気になりましたね。顔のつらが厚くなりました。――と言って もうこの話を切り上げます。ありがとうございました。

(§9-1の《イリ思想》あるいは 《ネコ‐ヒコの共生連帯》に希望があります。根っ子あるいは草の根の民主制です。沖縄には ニッチュ(←ねひと=根人)という言葉があります)。
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この回答へのお礼

度々のご回答ありがとうございました。
<すなわち・つまり・とどのつまり・けっきょく この二階建て構造を維持するためには 身分なる上下関係が重要でその保守が大事だということになります。> そのために敬語が必要になったのですね。
綿密な論証、ありがとうございました。
今まで、brageiione様の説明などを敬遠していましたが、今回は読みまして、二階建てという意味が初めて分かりました。
脇道へそれますが、<《あ(吾)は悪事(まがごと)も一言>と言いました。この時に、日本人は”吾”・”自分”という意識を初めて知った、と”思っています。

お礼日時:2020/10/12 16:48

★ (№5お礼欄) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


謙譲語から思うことですが、日本文化は屈折した心の文化ですね。

矢に(受動的に)刺されたのではなく、矢を(能動的に)射させたのように、またさせて頂きますのように。

白なのか黒なのか、はたまた灰なのか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆ そうですね。質問から少し外れますが 敬語にかんして日本人のへその曲がり具合いを確認しておきます。


○ めし(召し・飯 ← 見し)
☆ なる言葉を取り上げ 《見(み∽め)し》という起源について考えます。

§1
まづ:
▲ (万葉集一・50)・・・国を見(め)し給はむと〔売之賜牟登〕=《お治めになろうと》
▲ (同上 一・52)・・・見(め)し給へば〔見之賜者〕=《ご覧になると》
☆ といった用例があるようです。

◆ (大野晋・古語辞典) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
めし:《見る》の尊敬語
1.ご覧になる
2.お治めになる
3.お呼び寄せになる
4.結婚の相手となさる
5.お取り寄せになる
6.お取りあげになる
7.〔目の前にご覧になる意から〕飲む・食う・着る・乗る・引く・買うなどの意の尊敬語
8.他の動詞の連用形について 厚い尊敬の意を添える。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
☆ シは スルという動詞。メは ミの母音交替形。見(め)スというのは 見ナサルというように 能動性をつけ加えているわけのようです。

つまり [1]の意が現われます。《見る》という動作について能動性あるいは主体性をわざわざ言い表わすことで 尊敬の意を添えています。

つぎに この[1]の見ナサルゆえ そのものを《身近に寄せる》ということが起こります。その捉え方によって [2]から[6]までの意味の発生について それなりに不都合無しと言ってよいのでしょう。

[7]は 《[3]近くへ人を寄せた》あとの動作について しかもそのものごとに直接に触れず 遠回しに言うものです。直接に《食べるなどなど》とは言っていないという意味です。ほのめかして言うことによって尊敬の念が出ると考えているようです。

* 《誰だれサマ(様)》の用法に同じですね。
《さま》つまり《そういう状態ないし雰囲気ないし情況》がそこに見てとれますが おそらくその雰囲気の主はあなたさまであろうと思いますと言っているところから出たようです。ひとを《お方》と言うのも その方向を指してそこにいるエライ人のことを示すという発想のようです。

 


§2
ここで 別の解釈をします。
 
シを 使役の意に採る場合です。見ナサルではなく 見セル・見セシメル。
 
すでに権威を帯びた偉い人が みづからの姿を ひとに見セル。このようにも 解釈できます。

ただし モノを取り寄せるという用例では 合いません。おそらく この使役の語法は 第二次的であろうとも考えられます。
 
高貴な人が 召し使いに 食事や入浴や着替えのときに みづからの姿を見セル。召し使い(つまり ここに《召し》が用いられています。《見せる》ときの使用人です)は そばにまで行かなくては食事を運び得ません。高貴な人は 自分では着替えもしなかったようです。ゆえに 《めし(召し⇒飯)・召しあがる・お召し物(衣服)》という意味が派生したらしいのです。すべて《見(め)し=見せる》からです。



§3
メシのシ つまり 他動相ないし使役相の動詞であるこのシをとおして 第一次と第二次の用法が見られます。第二次の用法は 《身分の上下関係》にもとづく尊敬語法となるでしょう。表面的でもあります。
 
第一次の用法は では 人びとの生活から ふつうに・自生的に 起こったか。――自然風のうやまい(ゐやまひ)があったと思われます。《ていねい語法》です。

 
レル・ラレルという敬語法を見てみるとよいはずです。古語では ル・ラル。

これは 自然生成の相を表わすようです。《出来る》という可能の相も――《出て来る》と言っているに過ぎないのですから―― 自然生成の相をもって 能力の有無を表わそうとするものです。
 
自然生成かつ能力があるという相を その表現に使えば 相手を敬うかたちになりました。

見ラレルや食ベラレルは あまり使わないのですが 第一次的なうやまいの気持ちを添えようとしているのではないでしょうか。この語法にかんしては 身分関係にかかわらず 人と人との互いのうやまいの気持ちをつうじておのづから発生したのではないでしょうか?
 
 
§4
或る結論:
 
自然に生成した第一次の《ゐやまひ ないし ていねいな言葉遣い》としての敬語は ひとは《すすんで使っている》と言ってよいでしょう。
 
社会的な身分関係から発生した尊敬語ならびに謙譲語は 起源から言って・奥の奥の意図から言って 落ち着きのよくない人工語でしょう。

その昔 太平洋の島々の人びとの間では いわゆる酋長は偉い人であるから ふつうの人が直(ぢか)に見ると 目がつぶれると言われていたし 信じられて(思いこまれて)いました。つまりこの風習と 《めし(見し)→召し》という言葉の発生とは 軌を一にしていると考えられます。
 
このメシが 《飯》として使われるようになったのは――つまりそれに柄のわるさがついてまわるというような語法へも変化したのは―― その敬語法が 必ずしも自然のものではなく 社会力学上の第二次・人為的な発生であったことを物語るのではないでしょうか。《御前様や貴様》という語法の変遷についても言えるようですね。





§5
大野晋によると 日本語の《かみ(神)》は文献〔あるいは民俗学等々〕で分かる限りでは 次のような意味を持ったと言います。

▲ かみの原義 〜〜〜〜〜〜〜
1. カミは唯一の存在ではなく 多数存在している。
2. カミは何か具体的な姿・形を持っているものではない。
3. カミは漂動・彷徨し ときに来臨して カミガカリ(神憑り)する。
4. カミは それぞれの場所や物・事柄を領有し 支配する働きを持っていた。〔産土神・山つ霊・海つ霊〕
5. カミは――雷神・猛獣・妖怪・山などのように――超人的な威力を持つ恐ろしい存在である。

6. カミはいろいろと人格化して現われる。〔明つ神・現人神〕
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
☆ この[6]の《神の顕現 ないし 人格神》は [3]の《神憑り》――アニミズムなる原始心性の――を一段高いところから採り入れたものと考えます。

ですから 神はほんとうは《見えない》のだけれど 人を呼んで身の周りの仕事を頼むときには《その身を見せる》つまり《見(め)し⇒召し》をおこなった。

――これが 天皇というトップのくらいを置いた社会形態(つまり 国家)のできるとともに 現われたであろうという見方です。



§6
召し上がるとお召し物とは いまも《平民》を対象とするまでに普及して尊敬語法であり続けていると言うべきでしょうか。どうなのでしょう? ――姿を見せる・見せないとは関係なくなっていますが。
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この回答へのお礼

再三のご回答ありがとうございます。
綿密な分析には驚きます。ただし私の頭ではとてもついていけません。
1音または2音がそれぞれ意味を持っており、それが組み合わさって単語を創り上げている、ということですね。
<召し上がるとお召し物とは いまも《平民》を対象とするまでに普及して>いますが、高い敬語も次第に低い敬語になるようですね。<貴様>は典型的な例ですね。

お礼日時:2020/10/11 19:02

№3および№5を継いで 二点おぎないます。



(あ) 《聞こえ》は 《聞き》の自発相を表わすための活用形です。

そして 身分関係といった社会的事情にかかわって 謙譲表現として――《申し上げる》という意味で――使われるようになった。

だとすれば 歴史的にどちらが先に用いられたかは おのづと明らかでしょう。




(い) 《利き・効き》が《聞き》に先行したとは 考えられません。

1. 長い説明になりますが まづおよそ言葉の生成は――世界の認識が ものごとの感性による知覚にもとづくのが一般であるように―― 五感を介するというのが 一般的です。

2. 《わらふ(笑)》のは ほほが《割れる》のを見て 名づけています。

① 《ほほ(頬)ゑみ》も――ワ行の形態素を用いて・または音素として / w /なる子音を同じくして―― ゑみ=割れる(顔がほころぶ) という意味のはずです。

② 《ゑ(笑)くぼ(窪)》は クボとしても割れたさまを表わしています。

③ 《ゑり(彫・鑿)》も 同じく。

④ 《ゑぐり(抉)》も しかり。

⑤ 《わき(分・別 / 腋・脇)》も 《わかち(分)・わかれ(別)》も 同じくであり 《わかり(分・判・解)》は そのものを他のものとの違いを分けて捉えることです。

⑥ 《わすれ(忘)》さえ 記憶の一部がどこかへ分離してしまったと言っているかも知れません。

⑦ 《うすれ(薄)・うせ(失)》も 分離・別離に関係するかも。


3. これだけの語例で判断しますが 五感・特には視覚をとおして語は 最初には つくられていると考えられます。

4. これらの事例に もし一般性があるとするなら 五感としての《聞き》が 知覚のあとの認識にかかわる《利き・効き》なる語よりも先に用いられたものと推し測られるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

再三の御解答ありがとうございます。

申し訳ないのですが、No4のご回答に対するお礼欄を、すべて取り消しいたします。漢字(中国の)にも、「聞」くに、目下から目上に言う、ことがありました。日本と変わりない使い方でした。
沢山引用して頂いたことから推量すると、<五感としての《聞き》が 知覚のあとの認識にかかわる《利き・効き》なる語よりも先に用いられた>ということですね。

不肖私が根拠もなくつぶやきますので、お笑い下さい。漢字が日本に入るまでは「きく」には、「聞く」と「《利き・効き》」とが分離できない・混然とした使い方をしていたものと思います。ところが、漢字が入ってきて、「聞く」と「《利き・効き》」とに分離しなければ、漢字で表せない、と気づいたものとおもいます。お笑い下さい。

お礼日時:2020/10/10 18:04

「聞く」の「き」は、上古には甲類で発音されていたそうです。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E4%BB%A3 …

No.5 bragelloneさんの回答に、「鳴く声を聞かまく欲りと:万葉集」とあります。
奈久許恵乎 伎可麻久保理登 安志多尓波 = 鳴く声を 聞かまく欲りと 朝には
可度尓伊氏多知 由布敝尓波 多尓乎美和多之 = 門に出で立ち 夕には 谷を見わたし
古布礼騰毛 比等己恵太尓母 伊麻太伎己要受 = 恋ふれども 一声だにも 未だ聞こえず
この例の 「伎可」⇒聞か、「伎己」⇒聞こ なので、伎=甲類の発音と推定されています。

もちろん、上古だって、上級・平民や地方差はあるだろうし、全員が同じ発音をしていたと考える方がおかしいのですから、ひとつの推定でしかないでと思います。
言葉の持つ意味も、使っている場面だけでなく、人によって異なる、地域によって違うという可能性は充分にあります。

成立年代の古い順は、古事記、万葉集ですが、万葉集には、有名な「籠(こ)もよ み籠(こ)もち ふくしもよ みぶくし持ち この丘(をか)に 菜摘(なつ)ます児(こ) 家聞かな 名告(の)らさね そらみつ やまとの国は おしなべて 吾(われ)こそをれ しきなべて 吾(われ)こそませ 我こそは 告(の)らめ 家をも名をも (巻一・一)」があります。
http://textview.jp/post/culture/13493
この例では、名乗る、告る、聞くなどは、教える、知る、知らせるなどの意味で使っています。
この例では、聴覚的に鳥の鳴く音を「きく」という使い方です。
万葉集には、「佐保川に騒ける千鳥さ夜更けて汝が声聞けば寐ねかてなくに」(読み下し)もあり、聴覚的に千鳥が騒ぐ声を聞いています。
また、「栲(たく)づのの 新羅(しらぎ)の国ゆ 人(ひと)言(こと)を よしと聞かして 問ひ放(さ)くる 親族(うから)兄弟(はらから) なき国に 渡り来まして」(読み下し)もあり、これは、知的な理解・認識で、「人の噂をなるほどと思った」のような意味であって、聴覚とは関係ないです。
ということは、万葉集が編纂成立した頃には、聴覚的な用法と、認知的な用法とがあったと推定してイイでしょう。 
古事記には、イナバの白ウサギの話しで、八上比賣(やがみひめ)が、「吾者不聞汝等之言」という表現も出てきますから、「上司や親の言うことは聞かなくっちゃダメ」のような「従う、言われたことを受諾する」というような用法が古事記成立の頃にあったのでしょう。
No.4白亜気さんの挙げている古事記の成立の頃には、もしかすると、とこしえの昔でも「聞く」は、「知る・情報を入手」のような意味で使っていたと思っていたからなのかもしれません。

三省堂全訳読解古語辞典には、聞く・聴くで、「①音を耳で感じとる。聴いて知る。 ②人の言うことに従う。聞き入れる。 ③たずねる。問う。 ④味わいをためす。吟味する。」と載っています。
三省堂詳説古語辞典には、聞く・聴くで、「①音を耳で知覚する。耳にする。 ②聞き入れる。承知する。承諾する。 ③問う。尋ねる。 ④味見する。吟味する。 ⑤評価する。判断する。処理する。」と載っています。
三省堂詳説古語辞典には、利くで、「①役に立つ ②物事に通じている。すぐれている。」と載っていて、平安時代の使用例が出ています。
小学館全訳古語例会辞典第二版には、利くで、「①役割や効能を充分に発揮する。役に立つ。 ②腕前が巧みである。上手である。 」と載っていて、三省堂詳説古語辞典と同じ使用例が出ています。

ただ、「効く」「ききめ」の古い時代の使用例がどこまでたどれるのかは、サッパリ分かりません。
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この回答へのお礼

早速の御解答ありがとうございます。
丁寧にご説明して頂きましたように、
<、万葉集が編纂成立した頃には、聴覚的な用法と、認知的な用法とがあった>のですね。
「きく」は、当時、現代の「聞く」のみに必ずしも限定されていなかったのですね。この場合は、「きく」はやせ細ってきたのですね。

お礼日時:2020/10/10 14:26

言葉はあったと思いますよ


書き言葉はなくても
話し言葉とかね
それか、ジェスチャーかな?


アイヌ文化も
文字がなかったとか

インカ文明も文字がなかったとか

文字がなくても
言葉はあったみたいで

文字による
書き残しよりも

言葉による
申し送りてのが

どこの文化や文明でも
当たり前のように
行われてるみたいですよ

ポピ俗も、文字がなかったかなぁ~


ちょいと違うはなしで
猿なんかだと
鳴き声で、群れに
危険を教えたりしてるみたいで

ある鳴きかただと
地上から
ある鳴きかただと
空から

メスに求愛をもとめる
鳴きかたなんかも
ありますもんね
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2020/10/09 16:40

次代の経過とともに発音は単純化されている。


元々は違う発音が同じになった代表例は「ワ行」だ。
平安時代の頃のワ行は、「わ」「ゐ」「う」「ゑ」「を」の五音が区別されていた。
それが江戸時代にはア行の「い」「え」とワ行の「ゐ」「ゑ」の区別がなくなり、今のワ行は「わ」「う」「を」の三音に省略されてしまった。

縄文弥生の頃は、もっと音が多かったと想定される。
また音が同じ単語でも、今でもそうだがイントネーションで音の高低・強弱で区別することもあっただろう。

よって、「聞く」と「効く」など、現代では完全に同音でも文字にすれば区別可能な単語は、縄文弥生の頃は、発音そのものが違っていたことは大いにあり得るだろう。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
引用ばかりになってしまいました。
1.<次代の経過とともに発音は単純化されている。
2.<また音が同じ単語でも、今でもそうだがイントネーションで音の高低・強弱で区別することもあっただろう。>
3.<現代では完全に同音でも文字にすれば区別可能な単語は、縄文弥生の頃は、発音そのものが違っていたことは大いにあり得るだろう。>ですね。

お礼日時:2020/10/09 10:17

漢字は王仁による千字文の伝来以前に南伝で伝わっていたというのが、現在の定説で、弥生式土器の一部に漢字と思われる文様があります。


魏志倭人伝を考えれば、その当時に中国の文化が伝来していたと考えるべきです。

文字を持たない部族は最近も発見されていますが、研究者が注意して」接近しないと、あっという間に分化が汚染されます。典型的なのはドゴン族で、ニューエイジ好きが簡単に騙されています。
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この回答へのお礼

御解答ありがとうございます。

お礼日時:2020/10/09 16:39

◆ (№4) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


古文でも、

聞こゆ、聞こえさせ給う、聞こし召す、

などは、音響的な意味で使っているのではなく、

知ってる、知らせる、お伝えする、報告を得ている、評判を知っている、言われたことに従う、

など知的・精神的なことを言っていることが多いように思います。
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☆ 大野晋の説に拠れば 次のように知られます。

▲ (大野晋ら『古語辞典』1990補訂版:きき【聞き】) ~~~~~~
① 聴覚で音や声を感じ取る。
○ 鳴く声を聞かまく欲りと:万葉集4209

② 言葉を耳にする。聞いて知る。
○ そらみつやまとの国に雁卵(こ)を生むと聞くや:古事記歌謡71
・・・

▲ (同上:きき【利き】) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
《聞きの転。神経を働かせて 物事の感じをためし 手ごたえのある意》
① よく働いて効果がある。
○ 音声悪く 口も利かずしてある説法者一人候ひき:雑談集4

② ききめがある。
○ 利くといひ祟ると申す有馬の湯:俳諧・油槽
○ 薬は利き難し:古今八卦大全3。日葡

▲ (同上:きこえ(聞え) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
《聞きの自発・可能・受身の形。エは自然にそうなる意》
(1)① (自然に)耳に入る。
・・・

(2)《貴人に対して 自分の思う通りに直接に物を言うのは失礼だったので 誰の意志ともなく自然に(相手の)耳に入るようにする意に用いて 謙譲表現とした》
① 申し上げる
・・・
(3) 《複合動詞の前項となって 言う意の謙譲を表わす。例えば「聞えのがれ」「聞えさし」「聞えかよひ」は それぞれ「言ひのがれ」「言ひさし」「言ひかよひ」の謙譲語》
① お話して・・・する。
・・・
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございます。
<(3) 《複合動詞の前項となって 言う意の謙譲を表わす。例えば「聞えのがれ」「聞えさし」「聞えかよひ」は それぞれ「言ひのがれ」「言ひさし」「言ひかよひ」の謙譲語》>から思うことですが、
日本文化は屈折した心の文化ですね。矢に(受動的に)刺されたのではなく、矢を(能動的に)射させたのように、またさせて頂きますのように。
白なのか黒なのか、はたまた灰なのか。

お礼日時:2020/10/10 14:40

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