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貧乏だった士族の人間が明治初期の段階に子息を帝大、省庁大学校、士官学校などに入れて高等教育を受けさせ、武士に代わって官吏や学者として社会的地位の上位層の大半を占めた事実がありますが、一体何故この時点で平民は少数派だったのでしょうか?
そもそも、武士なんてただの世襲であって現代の様に受験戦争で勝ち抜いた人間が上に立つエリート主義ではありませんよね。
よって当時学問を学ぶにあたって身分による経済的、環境的な差はあまり無い様に思うのですが、では何故実際明治初期の頭脳エリートの大半は士族で占められたのかが疑問です。
両者のDNAには知的能力にまで差があったのでしょうか?

A 回答 (3件)

評価:小難しいだけで中身がない文章。

しかも間違っている。
(無能が恰好をつけてもこの程度)
あなたの文章からは階級闘争史観による「武士=特権階級という決めつけ」からくる無能な貧乏人のルサンチマンの臭いがします。


A:>貧乏だった士族の人間が明治初期の段階に子息を帝大、省庁大学校、士官学校などに入れて高等教育を受けさせ、武士に代わって官吏や学者として社会的地位の上位層の大半を占めた事実があります

要約:「貧乏な士族」は武士ではない。



B:>明治初期の頭脳エリートの大半は士族で占められたのかが疑問です。

Aが未証明ですが、とりあえず事実という前提で考察します。

回答:平民より教育を受ける基礎や意識ができていた。

そもそも、明治維新直後は役人に使えるのは武士くらいしかいなかった。
彼らは、幕府の役に就いていたので、基礎としての教養や行政組織への理解もあった。(役に付いていない者もそれを望んでいた)
その為に、子供にもそれなりに教育を施していた。

以上から、「裕福な士族」はその道に進む者が多かった。
「貧乏な士族」もそれを目指した。(どこまでやれたかは不明)



C:>当時学問を学ぶにあたって身分による経済的、環境的な差はあまり無い様に思う

この場合の「経済的、環境的な差」の意味を理解できません。
私が考える「家庭の裕福さ」とは違うように思えます。
私は明治期が今よりも学校の無償化が進んでいたとは思えません。
「貧乏だった士族の人間が明治初期の段階に子」の回答画像3
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支配層である上級武士に仕えることで権力の実態を知り、かつ洋学の吸収によって、身分社会の矛盾を学んだ以上、富国強兵のためは身分を問わない人材の登用は必然だったのです。


保守的な上級武士でもなく、土地や身分に束縛された平民でもない微妙な階層、これが隆起してちょっとした台地を作った、と言うところでしょう。その勢力は現在も生きていて、日本の指導層を構成していますね。
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士族ですので、志(こころざし)が農民・商人とかその他の平民とは違っていたからではないでしょうか?



「明日のご飯どうしよう?」「あの女をモノにするには?」なんてことばかり考えている人と、「この国の将来はどうなるのか?この先、欧米に負けたままでは、植民地になってしまうのでは?」なんて考える人では、行動に差があって当然だと思います。
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