【無料配信♪】Renta !全タテコミ作品第1話

明治初期の日本の国政を担ったのは薩長を中心とする武士だったのでしょうか?
本当に武家(士族)が非支配階級となったのはいつ頃ですか?

A 回答 (2件)

いろいろな説があります。

明治の初め「明治政府」の中心が、薩長を中心とした討幕勢力であったことは間違いないですが、もともと明治政府の中心になった人たちの多くは「身分のさほど高くない「藩士」であったことも事実です。議会が始まったころは「藩閥政府」と呼ばれていたのですから、ここも「武士中心」でしょう。その前後のあった自由民権運動も板垣・大隈を中心とする「上からの民権」勢力が力を持っていたという意味では、武士の流れを汲んだ人たちです。ようやく「大正デモクラシー」と言われるようになって、武士以外の人たちが「支配階級」としっかり対立できる勢力に育ってきたと言えると思います。ただ、現在も多くの政治家の出自を見れば「士族の時代が続いている」」と考えられるとも思います。
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佐賀の乱。

などのあと
廃藩置県の決定を機会に、武士の特権が奪われることに対する抵抗が各地で発生。
それの鎮圧で、かなり武士階級の特権がなくなりました。
軍人という形なら、日露戦争ごろも、武士出身が有利でした。
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