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卑弥呼の正体に関する説であくまで皆さんはどれが本当だと思いますか?私の中では四つあります。
①卑弥呼は古代版巫女であった。日巫女説
ー当時記録上は朝廷が存在しているため女性皇族の可能性か
ー役職の名前で、権力をもった巫女がいた(これが朝廷の一員かどうかは不明)
②卑弥呼は女王だが当時は大王によって各地の王に任命されていたので地方で大陸と交流を県や国の王?(江戸幕府の対馬のような扱い?)
③その後大和に滅ぼされた国の王
④朝廷の前身の王で未婚などの点からも女系大王の登場を回避した初の例か?
皆さんのお意見待っております。

gooドクター

A 回答 (5件)

天照大神と卑弥呼では時代が異なります。


一緒にする人が多いのですが、全くの誤解。

卑弥呼は日巫女で日の神である天照大神の神示を伺う巫女です。

時代がかなり離れています。

崇神天皇時代に巫女を勤めていました。

魏の使者を応対したので、使者が大和の王と思い込んで
女王卑弥呼が治める国という誤解を生んだのです。

別に旨を伝える男の弟が出てきますね。
彼がいわゆる天皇という理解をすればいいでしょう。

邪馬台国は中国の当てた漢字で、日本では大和國と当てれば正確ですね。
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この回答へのお礼

やはり大和ですか!ありがとうございます。

お礼日時:2020/10/31 20:27

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巫女であったのは間違いないのでは。



おそらく美人でカリスマ性があった
のでしょう。

これが、後の天照大御神になったのだ、と
思っています。

卑弥呼死後、倭の五王の一人、
武王が辺り一帯を平定し、
雄略天皇になる。

その後、卑弥呼をモデルにした
天照大御神伝説を作って、天皇制
の根拠にした。
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魏志倭人伝によれば、鬼道を使いとありシャーマンつまり巫女でしょう。

ただ目にする者は少ないなどと書かれており(これは神道が”隠す宗教”であるからでもあるでしょうが)、神社に行ったら会えるとか、大衆の前に立って鏡を持ち上げたりとか、そういうことは全くなかったでしょう。
つまり王とは書かれていますが、実務を行い国をまとめている王というより、そのような事を行っている者に担ぎ上げられたシンボリックな王と考えたほうが正しいでしょう。
そういう意味では1が近いと思います。

また3も正しいと思います。記紀には邪馬台国の記憶が一切ありません。120年(2まわり)づらして神功天皇を卑弥呼って書いたんじゃない?なんてすっとぼけています。江戸時代の人たちならそれでダマせたでしょうが、未だにこれを信じるのは畿内説盲信者だけですw
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忍者。



ですねッ!
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