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特攻作戦の目的って何だったんですか?日本軍もさすがに特攻作戦で勝てるとは思ってなかったと思うんですが。

質問者からの補足コメント

  • つらい・・・

    でも天皇は結局責任をとりませんでしたね。

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2020/11/18 19:47

A 回答 (16件中1~10件)

戦果を得るためが最初の目的で、その先には戦争での勝利がありました。



神風特別攻撃隊が有名ですが、特攻隊と呼ばれた最初の部隊は、太平洋戦争開戦、真珠湾攻撃の特殊潜航艇”甲標的”による真珠湾湾内侵入による水中攻撃です。
戦後、この攻撃は湾内侵入に失敗したと言われていたのですが、1990年代頃に5艇の甲標的のうち1艇が侵入に成功し雷撃をしたと認められました。
この時は、生還の可能性が低いもののありえるとされていました。
決死の作戦とは言えず、特別攻撃作戦と呼ばれ戦死した9名の兵士が軍神になりました。
同種の攻撃は、シドニー湾攻撃でも行われています。

生還を期さない攻撃方法の案出は昭和18年頃に始まっており、下級士官の発案で人間魚雷”回天”が構想されて1944年から開発に至り、戦争末期に実戦投入しています。
発案の黒木大尉は戦局の打開を目的に、その回天を開発しています。
また、連合艦隊の参謀であった黒島大佐も、戦局の打開を目的に特殊艇を用いた特攻兵器を1943年に案出しています。

現実の特攻作戦は、フィリピンのレイテ島の攻防で実施されているのですが、絶対防衛権である捷号作戦の一環で戦局の膠着を図る目的で実施されて、それにより連合軍と優位な交渉を得るために実施されています。

フィリピンで破れた以後の特攻作戦は、形骸化していき特攻そのものが目的になり、敗戦に向けて突き進む為に行われました。
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高確率でぶつけられる。

船や乗組員に致命傷を与えられる。士気を見せつけられる。
大佐以上にもなれば大体の将校は戦争中に制服を汚さずコーヒーを飲んでられます。
当時の勇気ない将軍の出す指令なんて無責任なものでしたから。今はもっと勇気ないでしょうが。
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切腹と同じような責任転嫁。

精神論の履き違え。
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勝てる、とは思っていなかったんでしょうが、それなりの損害を与えることでより有利な条件で講和の道を探る、というのが現実的な目的だったんじゃないですか。

それから国民の戦意高揚という二次的な目的もあったかもしれない。
 未熟な搭乗員しかいない中で一定に戦果を挙げようと思うと爆弾や魚雷の命中率を上げるか1発の威力を上げるしかありません。命中率を上げるために航空特攻を採用し、威力を上げるために大型の弾頭を備えた兵器を開発したりました。その最たるものが人間爆弾桜花ですね。
 追い詰められた狂人の思いついた非人道的なクソ作戦ですね。

 昭和天皇の責任のとり方については諸説ありますが、個人的には他のかたちでカタをつけてほしかったですね。たとえ形式的なものであったとしても大元帥だったわけですから。そもそも物事の「形式」を大事にする日本です。なんせ日本人だけで何百万人もの犠牲が生じたのにトップがきちんと責任をとらないというのは。
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特攻作戦の目的って何だったんですか?


 ↑
良く判りません。
こういう戦術を建てた時点で、既に
負け戦です。



日本軍もさすがに特攻作戦で勝てるとは
思ってなかったと思うんですが。
  ↑
私説ですが。

米国先住民、ジェロニモに、記者がインタビュー
しました。

「あなたは、この勝ち目がない戦いをどうして
 続けるのですか」

「確かに勝ち目はない。しかし、ここで無様な負け方
 をしたら子孫が軽蔑される。
 我々は子孫の名誉の為に戦っているのだ」
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>特攻作戦の目的って何だったんですか?


日本の本土決戦と敗戦を可能な限り遅らせる事、できれば特攻で時間を稼いでいるうちに戦況が好転すること、を目的としていました。

もちろん戦況が日本に有利になることはありませんし、降伏しなければ本土決戦も数か月後には実施されることは誰の目にも明らかでしたが、それを分かっていても「突っ込んで行ってしまう」のが日本的武士的な悪い側面であるといえます。

なお、この点は全滅を想定した持久作戦を行った硫黄島の戦いも本質的には全く同じメンタリティであり、目的も「1分1秒でも本土決戦を遅らせる事」にあったわけです。

この点において、日本は世界の標準的な考え方を知らなかったといえます。世界では「たとえ征服され支配されても、民族が生き残っていれば勝ち」なのです。だから兵隊が生きて帰ることは必須条件なのですが、日本は近代になるまで異民族戦争をしていないので「自分達の民族が生き残ることの重要性」を認識せず、だから特攻や突撃による全滅など、兵士の消耗に歯止めがかからなかった、のです。

>でも天皇は結局責任をとりませんでしたね。

天皇には道義的にはともかく、実質的な責任はありませんでしたから、当然です。
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天皇に責任が及ぶことを回避するために、東條をA級にして処分したんです。

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1944年(昭和19年)12月7日昭和東南海地震により、三菱をはじめと


した軍需工場が壊滅的な被害を受けたのがきっかけで、考え出された、
狂気の沙汰の作戦です。
鹿児島の知覧に是非、お出掛けしてみて下さい、日本人なら一度は
行かなきゃならない処と、個人的に思っております。
ハンカチでは事足りませんタオルの持参が必須です。
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大元の質問の回答とは違いますが、



天皇は、マッカーサーに責任を取ると言いに行ったらしいですよ。
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使用したら使用者が死ぬ兵器を必死兵器と言います。

海軍は当初、この必死兵器を禁止していました。真珠湾攻撃で使われた一人乗りの甲標的という簡易潜水艦も、後の回天のような必死兵器ではなく、使用者が”死なない”兵器として造られています。

ところで、空母から飛行機に乗って出撃したら、どのくらいの確率で帰ってこれると思いますか? 敵にやられなければ普通に帰ってこれる、と思うじゃないですか。ところが違うのです。実際の交戦で、敵に撃ち落されたのは全体の3割程度だったらしいです。しかし5割以上が”帰ってこられず”に行方不明になっていて、空母に戻ってこられたのは2割以下、1割ちょっとくらいというほうが正しいくらい少なかったのです。まぁ10人出撃したら9人が死ぬ、そんなのが空母から飛行機で出撃する、ということの意味だったのですね。また船が1隻沈めば千人以上が犠牲になることも少なくありませんでした。
そのような状況の中で、上記の『必死兵器は禁止』という掟をやぶって採用されたのが、いわゆる特攻でした。
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