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平安時代に白河上皇が院政を始めますが、それにより天皇と上皇の権力はどのように変化していきますか?

A 回答 (3件)

天皇は基本的に生涯天皇であるわけですが、死ぬときもしくは死後後継者争いが起きないように、生前に譲位する形式が取られました。

それが上皇の始まりです。ただ、上皇の政治権力を明確に規定した法制度(律令)はなく、なんとなく幼い天皇を助けるといったイメージで、実際の政治は「摂関家」が外戚政策で行っていましたが、「後三条天皇」という「外戚政策」のコントロールのきかない天皇が即位し「荘園整理令」などを出し摂関家に集中していた「土地利権」を天皇家に奪い返すころから、その利権を実際に動かすことを「天皇家」の中で始めます。それが院政で、「上皇」が多数出現し、「天皇家の利権」を動かし始めます。実際に動かした人を「治天の君」と言って、この後「明治時代の直前まで「院政」や「治天の君」による政治が行われました。(ただし、後醍醐天皇の時期を除きます)こうした政治制度ですが「幕府」ができると実際の支配は、武士が行うようになり「天皇利権」も非常に小さくなります。特に承久の乱いこうはその傾向が強いです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました!

お礼日時:2020/12/06 12:05

時代により変化していきます。


企業の社長が退き会長制を引き院政を引くのと同じです。社長が実績をあげない限り、院政は続きます。
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この回答へのお礼

ありがとうございました!

お礼日時:2020/11/29 10:52

当時の天皇も今の天皇と同じで、仕事は祭祀中心で、政治を直接みていたわけではない。

政治を司っていたのは摂政関白だ。

院政が始まりは、上皇と摂関家の対立を生んだだけで、天皇は相変わらず祭司で忙しくしていただけだ。何の変りもない。

ところで、上皇とは天皇の父親で、摂関家とは何かといえば、天皇の妃の父親、つまり天皇の義父であったりする。つまり摂関家とは天皇の外戚だ。

というわけで、院政は天皇の父系、摂関家は天皇の母系ということになる。
つまり、院政とは、それまで天皇の外戚と云う立場(母系の立場)で天皇に変わって朝廷を牛耳っていた摂関家に対し、天皇の父系の立場で天皇に変わって政治の実権を握ろうとしたことになる。
つまり天皇の権威の奪い合いを、身内と親戚が始めたことになる。
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この回答へのお礼

ありがとうございました!

お礼日時:2020/11/29 10:52

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