いただきますという言葉がありますが、
この言葉の起源、元の意味というのは何でしょうか?
どのように意味が変遷してきたのでしょうか?

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A 回答 (3件)

ズバリ、「戴きます」「頂きます」でしょう。


「戴く・頂く」の語源には、『ヒタダク(額抱)の義』や『ウナダク(頂抱)に通ず』『イトタカクアゲク(最高上来)の義』など挙げられます。

また、意味として
1)頭の上に載せる。
2)つつしんで受けたり、ありがたい気持ちを表わしたりして、物を高くささげる。また、敬って大切にする。
3)(上の人から物をもらうとき、高くささげて受けとるところから)「もらう・買い受ける」の謙譲語。頂戴する。
4)「食う・飲む」の謙譲語。つつしんで飲食する。また、「食う・飲む」の丁寧な言い方。
などです。

1)~4)の順番で変遷してきたと考えられます。

ookinanekoさんの回答のような気持ちで、「戴きます」と手を合わせたのでしょうね。
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この回答へのお礼


私は子供の頃から親に感謝するという意味だろうと思ってきたのですが、
それ以上の深い意味があるようですね。
たいへん勉強させて頂きました。
ありがとうございます。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

ookinanekoさんに同意見です。


これは永六輔さんの公演で聞いた話ですが。
「いただきます」は「あなたの命を私の命に換えさせていただきます」の略だそうです。

ちなみにご存知だと思いますが「ご馳走様」は食事を調達してくれた方に感謝の意を示すものだそうです。

役に立てば幸いです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
2つワンセットで調理者と食べ物の両方に感謝できるわけですね。
とても良くできてるなと感心しました。

お礼日時:2001/01/06 19:17

人の話に聞いたんですが、他の生き物の命を殺め、自らが生きる故に、命をいただき、生きさせていただきます。

からきてるそうです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

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Q「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか

「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか。
 個人的には謙譲語だろうと考えていますが、手元の資料では決定打が見つかりません。
 辞書やサイトで、謙譲語か否かを明記しているものがあったら教えてください。
 少し前に書いた文章から引用します。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 で、謙譲語性が感じられる言葉には、2種類あるような気がする……ってのが本題。
 ひとつは「ごめんなすって系」。
 いろいろある。
「申し訳(が)ございませんが~」「失礼ですが~」「おそれいりますが~」「恐縮ですが~」
「申し訳(が)ございません。」「失礼(しました)。」だと謝罪の言葉だろう。これに「が~」がつくと、正体不明の前置きになる。「失礼」の語尾変化?に関してはスルーしておく。
「おそれいります。」「恐縮です。」だと感謝の言葉だろう。これも「が~」がつくと、正体不明の前置きになる。
 ヌエ的なものに「済みません。」がある。単独で使うと、謝罪のニュアンスが強いが、感謝の言葉として通用しなくはない。
 これらの言葉は謙譲語性をもっていると思うが「謙譲語」かと言うとNOだろう。謝罪の言葉や感謝の言葉は、「謙譲語」とは異なる系列なのかもしれない。もし「謙譲語」としている辞書類があったら教えてほしい。

 で、もうひとつが「よくわからない系」。
「承知する」あたりがこれ。「承諾する」「承認する」「承服・承伏する」にどの程度の謙譲語性があるのかは言葉の神様に訊いてください。
 もっと微妙なのが「かしこまりました」。
 意外なことに、これを謙譲語とする根拠が見当たらない。
 さまざまなところで、「了解いたしました」「承知いたしました」よりも謙譲語性が高い言葉として扱われている。個人的な感覚では、謙譲語だと思う。しかし、あれほど敬語の話を網羅している菊地本(『敬語』『敬語再入門』)がいっさいふれていない。
 ちなみにWeb辞書を見ると、「謙譲語」とは言っていないが、ほぼ謙譲語って気がするが……。

http://kotobank.jp/word/%E7%95%8F%E3%81%BE%E3%82%8B?dic=daijisen&oid=03205500
■Web辞書『大辞泉』から
================引用開始
かしこま・る 【▽畏まる】
[動ラ五(四)]

3 命令・依頼などを謹んで承る意を表す。承りました。「はい、―・りました」
================引用終了

■Web辞書『大辞林』から
================引用開始
かしこまる【畏まる】

( 動ラ五[四] )
〔形容詞「かしこし」と同源〕

(2)(目上の人の言葉を)つつしんで承る。(依頼・指示などを)承諾する。 「はい,-・りました」 「太刀を持って来い。-・った/狂言・入間川」
================引用終了

 気がかりなことがが2つある。
 まず、『大辞林』の記述。「(目上の人の言葉を)つつしんで承る」なら謙譲語だろう。しかし「(依頼・指示などを)承諾する」だと謙譲語とは言いきれない。
 もうひとつの気がかりは、過去にいくつも例をあげたように、Web辞書の敬語に関する記述はあてにならないこと。だから菊地本を頼りにしているのだが、今回は……。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか。
 個人的には謙譲語だろうと考えていますが、手元の資料では決定打が見つかりません。
 辞書やサイトで、謙譲語か否かを明記しているものがあったら教えてください。
 少し前に書いた文章から引用します。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 で、謙譲語性が感じられる言葉には、2種類あるような気がする……ってのが本題。
 ひとつは「ごめんなすって系」。
 いろいろある。
「申し訳(が)ございませんが~」「失礼ですが~」「おそれいりますが~」「恐縮ですが~」 ...続きを読む

Aベストアンサー

大石初太郎「敬語」(ちくま文庫)においては謙譲語B(「聞き手に敬意を表する要素」)に仕訳されています。
「謙譲語B マイル<行く・来る> 申ス イタス 存ジル カシコマリ(マシタ) (見)テマイル」(「同書」102頁)

ちなみに菊池康人は注釈の形で「(<謙譲語A><謙譲語B>という呼び方は、大石初太郎が行われたもの。氏は便宜的なものとはことわらずに、この呼称をとられる。)」(「敬語」280頁(講談社学術文庫))としています。

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現在、「シュール」と呼ばれる現象に関して研究している者です。
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詳細は控えますが、作者は夢を起源にはしたもののシュルレアリスム的意識は
持ってなかったと言われており、大衆によって「シュルレアリスム的だ」と評価されたものでした。

問題なのは、この「シュール」という言葉や概念がいつ頃誕生したかです。
恐らくはこの手のものを「不条理」と呼ぶのでしょうが、世間的に見ると
「シュール」の方が広く人々に広まっています。この言葉が登場したのはいつ頃だったのか、
またどうして「シュール」という言葉が広まったのか、知り得る限りの情報を求めています。

どのような小さなヒントでも構いません。
回答者様の情報を、お待ちしています。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

研究だと仰るので、少し細かい点にも触れてお答えします。気を悪くしないでください。

まず「シュルレアリスム」surréalismeの定義を正確にしなければならないでしょう。ご存じかも知れませんが、確認しておきます。
フランス語で接頭語surが「~の上に立脚している」というニュアンスであることはご存じだと思いますが、この接頭語に注目すると、シュルレアリスムは「レアリスムに立脚した芸術運動」ということになります。変だと思うかもしれませんね。しかし理論としてのシュルレアリスムは「『超』現実主義」と訳されるように、よりリアリティのある表象を目指すものです。過剰に精神的なリアリティを追求した結果、表現手段は写実的ではなくなったといえるでしょうか。シュルレアリスム的な表現手段の中で、夢や無意識、不条理が多く描かれますが、それは表面的に隠されている現実の歪みを提示するにあたって有効な手法だからだ、といえるでしょう。

ただし、こうした趣向は日本に受容された時に、あまり理解されなかったといえます。surは否定語であるかのように、「非現実的」(大辞泉)と示されている場合さえあります。この場合は「超」が「非」という否定の接頭辞という逆の意味で解釈されたと言えます。「現実から上=現実から飛んでる」という解釈がありますが、これはフランス語に即すると正確ではないこじつけです。意味が反転してしまったのです。
もっとも上記の議論は巌谷国士の『シュルレアリスムとは何か』に書いてあります。簡単に読める本ですし、「シュール」という語と「シュルレアリスム」の差も若干ふれていたので、参考になるでしょう。ご存じかも知れませんが。

なぜ、特につげ作品に特化するのかは見当がつきませんが、日本の批評家がフランスに通用する芸術作品を探し求めて、シュルレアリスム的と評していたことも確かです。その甲斐あってか知りませんが、『ねじ式』自体はフランス語でも論文が出ているそうですね。その中ではシュルレアリスム的であると批評してあるかどうか――ちょっと読んでみないと何とも言えませんが、指導教官に聞いてみてはどうですか。
もっとも、当時、学術としてマンガが論考に値すると思われていたのかどうかということを含めて、議論が必要にはなるでしょう。現代のようにマンガが市民権を得ていた時代ではないので。面白いでしょうが、難しいでしょうね。

最後に少しだけ注意点を。シュルレアリスムという時に、ismeという接尾辞は体系化された運動ということを意味します。そこで集団的な芸術運動に参加せず個人的な活動を好むなら、ismeに包摂されることを嫌う作家はおります。しかし芸術史を批評する場合、作家の意に反して、その作品が大局としてはとある芸術運動に分類されるということがあります。作家の意見と批評は分けて考えるべきでしょう。

ご参考までに。

研究だと仰るので、少し細かい点にも触れてお答えします。気を悪くしないでください。

まず「シュルレアリスム」surréalismeの定義を正確にしなければならないでしょう。ご存じかも知れませんが、確認しておきます。
フランス語で接頭語surが「~の上に立脚している」というニュアンスであることはご存じだと思いますが、この接頭語に注目すると、シュルレアリスムは「レアリスムに立脚した芸術運動」ということになります。変だと思うかもしれませんね。しかし理論としてのシュルレアリスムは「『超』現実主義」...続きを読む

Q外国人からの謙譲語についての質問です

日本語を勉強中の中国人です。謙譲語についてお伺いします。謙譲語は敬語のなかで一番難しい内容でしょうか。謙譲語はなぜ謙譲語Iと謙譲語IIに分けられていますか。これは以前からすでにあった分類でしょうか。それとも近年謙譲語を理解しやすいため、新しく作った分類なのでしょうか。ちなみに、普通の日本の方は、謙譲語がIとIIに分けられていること、ご存知でしょうか。

また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.謙譲語は敬語のなかで一番難しい内容でしょうか。

おそらくそうだと思います。

2.謙譲語はなぜ謙譲語Iと謙譲語IIに分けられていますか。

<敬語の指針>18~20ページに詳しく、わかりやすく述べられていますので、一読されることをお勧めいたします。
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/pdf/keigo_tousin.pdf
ここでは、その内容をかいつまんで述べておきたいと思います。
まず、謙譲語の定義について、多くの辞書では、「話し手が聞き手や話中の人に対して敬意を表すために,自分または自分の側に立つと思われるものや動作などをへりくだって言い表すもの。」のように説明されています。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/70039/m1u/%E8%AC%99%E8%AD%B2%E8%AA%9E/
謙譲語の1と2を分けていないのがほとんどでしょう。
「先生のところに伺います」の「伺う」は謙譲語1です。
「先生のところに参ります」の「参る」は謙譲語2です。
上記辞書では、どちらも「先生に敬意を表すために、自分の動作をへりくだって言い表しているもの」なので、「謙譲語」と呼んでいるわけです。
それは、ある意味で間違っていません。
「先生のところに伺います」は正しいが、「弟のところに伺います」は、弟に敬意を表す必要が無いので間違いである、という論理が成立します。
しかし、辞書の説明だけなら、「伺う」も「参る」も謙譲語なのに、なぜ、「弟のところに伺います」は正しくて、「弟のところに参ります」が間違いなのか、という説明がつきませんよね。

このように同じ謙譲語なのに、一方は正しくて一方が間違いになるのは、「敬意を表す相手」が違うからです。
つまり、「伺う」は、「行く」という自分の動作の向かう先に対して敬意を表しています。
「参る」は、自分の話している相手(聞き手)に敬意を表しています。
謙譲語1と2を一緒にしてしまうと、こうした区別ができなくなります。
それで、前者を謙譲語1、後者を謙譲語2と呼ぶことにしたわけです。
このように分けないと、「弟のところに伺います」が間違いだから、「弟のところに参ります」も間違いだ、と勘違いする人が出てくるでしょう。
因みに、デジタル大辞泉のように分けている辞書もあります。
http://kotobank.jp/word/%E8%AC%99%E8%AD%B2%E8%AA%9E%E2%85%A0

3.
これは以前からすでにあった分類でしょうか。それとも近年謙譲語を理解しやすいため、新しく作った分類なのでしょうか。

わたしの知っている範囲では、最初に提唱されたのは、2006年11月の「文化庁文化審議会国語分科会報告案」で、翌2007年2月に文化審議会答申としてまとめられた<敬語の指針>だと思います。

4.
ちなみに、普通の日本の方は、謙譲語がIとIIに分けられていること、ご存知でしょうか。

以前は3分類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)でしたが、最近は、5分類(尊敬語・謙譲語1・謙譲語2・丁寧語・美化語)も浸透してきたように思います。
全くの推測ですが、半々か、それより若干少ないぐらいの人が知っているような気がします。
ただ、3分類の辞書でも5分類が登場したことを辞書に明記するなどしていますから、今後は5分類が主流になっていくでしょう。
なぜなら、そのほうが、誤解・勘違いを減らすことができ、敬語を理解しやすくなるからです。

5.
今回のご質問文の内容は、ほぼ完璧でしょう。
ただ、タイトルは、「外国人から謙譲語についての質問です」とするほうが自然です。
  

1.謙譲語は敬語のなかで一番難しい内容でしょうか。

おそらくそうだと思います。

2.謙譲語はなぜ謙譲語Iと謙譲語IIに分けられていますか。

<敬語の指針>18~20ページに詳しく、わかりやすく述べられていますので、一読されることをお勧めいたします。
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/pdf/keigo_tousin.pdf
ここでは、その内容をかいつまんで述べておきたいと思います。
まず、謙譲語の定義について、多くの辞書では、「話し手が聞き手や話中の人に対して敬意を表すために,自...続きを読む

Q尽力は力を尽くすや努力するという意味を持つ言葉である物事を成す為の力を指しますよね、そこで尽力という

尽力は力を尽くすや努力するという意味を持つ言葉である物事を成す為の力を指しますよね、そこで尽力という言葉の使い方を教えて欲しいです
尽力を尽くす、尽力の努力、などの言い方は正しいですか?
尽力というものは力を尽くすという意味がありますので力を尽くすを尽くすとなり正しくない言葉なのでしょうか?尽力は努力に近い意味を持つので後者の言い方も間違いでしょうか??
正しい言いかたを教えて下さい
尽力をした、尽力をする、などが正しいでしょうか?
教えて下さい

Aベストアンサー

>尽力を尽くす、尽力の努力、などの言い方は正しいですか?
NOです。
>尽力というものは力を尽くすという意味がありますので力を尽くすを尽くすとなり正しくない言葉なのでしょうか?

その通りです。

>尽力は努力に近い意味を持つので後者の言い方も間違いでしょうか??

尽力は「他に対して力を尽くす render services 《to》」、努力は「努めるeffort」です。

社会のために尽力する、など

>尽力をした、尽力をする、などが正しいでしょうか?

あくまでも<他のために>ですが、それで正しいです。

Q「送る」の謙譲語

辞書はないので、ネットで調べましたが、「送る」の謙譲語は、「送らさせていただく」でいいですか?
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といいますのは、私はIMEで日本語変換していますが、なぜか変換してくれないので、あれ?と思った次第です。
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Q「~ありき」のありきってどう言う意味??

首題の通りの質問なのですが、
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Aliasさんに1票。

「はじめに言葉ありき」は新約聖書(文語訳)の,ヨハネによる福音書の冒頭の一文です。
口語訳では(いくつかバージョンがありますが)「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」と続きます。
英文ではIn the beginning there was the word.(古いバージョンではthereがない。倒置法)
これをもじって「はじめに結論ありき」などの言い回しが生まれたのでしょうが,なにしろ聖書の一節ですし,最初に神と共に存在していたわけですから,「後からは疑うことのできない/許されない大前提」→「最初から決まっている」のようなニュアンスで使われるようになったのでしょうね。

例文:「○○大臣の諮問を受けて,××審議会は△△問題に関する答申を取りまとめたが,初めに結論ありきで,議論の席で出された反対意見は完全に無視されたものになった」

いわば,「○○ありき」で一種の決まり文句,慣用句ということができますので,Aliasさんもおっしゃっている通り,「○○があった」というような過去の助動詞「き」の意味は必ずしも残っていないといえるでしょう。
そう考えると,「お金ありきで事業が始まる」も「“初めにお金ありき”という精神(たとえば,客へのサービスなどは二の次で,まずは金だ,という精神か?)で事業をおこした」と解釈すれば,間違いとはいえないと思います。
ただ,もしその発言者が「事業をおこすにはまず先立つものが必要だ」というニュアンスで使ったのであれば,ずれているかな,という気はします。
また,「最初にこれがないと」と訳すのは,慣用句の用法に照らすと,ちょっと違うように思います。
例えば,「夏といったらまずは海に行かないと」のような意味で「夏といったら海ありき,だね」と言われると,首をかしげてしまいます。
「夏祭りの余興を何にするか話し合ったが,実際のところは,初めに水着(姿のファッションショー)ありきという雰囲気で,話し合いは形ばかりのものだった」のような用法ならオッケーでしょう。

Aliasさんに1票。

「はじめに言葉ありき」は新約聖書(文語訳)の,ヨハネによる福音書の冒頭の一文です。
口語訳では(いくつかバージョンがありますが)「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」と続きます。
英文ではIn the beginning there was the word.(古いバージョンではthereがない。倒置法)
これをもじって「はじめに結論ありき」などの言い回しが生まれたのでしょうが,なにしろ聖書の一節ですし,最初に神と共に存在していたわけですから,「後からは疑うことのできな...続きを読む


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